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豆腐屋さんの社畜日記 ~愉快なブラック企業と労働基準監督署~  作者: 西織


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【これはアリなの?】【ボーナスは突然やってくる】

【これはアリなの?】



 トンデモ就業規則の説明から一夜明けた翌日。わたしは早速、労基の田上さんに電話を掛けた。こんな就業規則を通そうとしているが、これは本当に大丈夫なのかと。


 同意書にサインをし、落ち込みに落ち込んでいるわたしと違い、話を聞いた田上さんの返事はさっぱりしたものだった。



「有給っていうのはそんな勝手に使われるようにはできないです。それに、土曜日出勤をさせるのであれば、相応の賃金を払う必要がありますし。確かに、前からみなし残業を導入したいとは言っていたんですが、あれを成立させるにはこちらの許可が必要だと伝えたはずなんですけどね……」



 田上さんは呆れたような、疲れたような声色でそう言っていた。


 彼の言う通り、社長は前々からみなし残業を導入するように労基へ相談していたらしい。しかし、みなし残業の許可を得るにはしっかりとした時間や残業代の計算をしたうえ、厳しい審査を通して許可を得なければいけない。そういうものらしい。その辺すべてをすっとばして、会社側は早くもぶっこんできた。


 いかにも社長らしい。


 そういうことはすんな、って言っておいたはずなんですけどね……、と田上さんも呆れていた。



 では、同意書の件は。


 わたしたちがサインしてしまった同意書は効力を持たないのだろうか。



 それに関して、彼はしっかりと否定をした。


 今回の就業規則はあまりに労働基準法から離れていて、労基からは絶対に許可が出せない。そのため、同意しようが何しようが、そもそも就業規則として成り立っていない。だから意味がない。


 そう言われた。


 そう言われたのだ。


 このときは胸を撫で下ろした。だってそうだろう。労働基準監督官からそんなふうに言われれば、「あぁあれは意味がないものだったんだ」と思うだろう。


 少なくとも田上さんは、わたしに対して「この就業規則は有用なものではない」、と言っていた。それは確かだ。それを覚えていてほしい。


 彼は「ちょっと、いい加減な物を作るな、と釘を刺しておきます」と言って、電話を切った。



 ちなみに。



 この就業規則を作ったのは、社内SE兼事務の方だそうだ。ほとんどひとりで作ったらしい。慣れない仕事に相当四苦八苦したと聞いた。


 これはこれで可哀想な人だ。


 せっかく「凄く頑張って就業規則を作った! 遅い時間まで残って、営業所回って社員の同意も得た! これであとは労基に持って行けば終わり!」とほっとしていたら、労基から「それあかんで」と却下されるのである。おそらく提出前にも関わらず。


提出前に労基からダメ出しが入ったら、社員がチクったことがバレバレになるわけだが、わたしは既にどうでもよくなっていた。




 ちなみにこの騒動の数ヶ月後、この方は退職している。


 総務のお姉さんは「あんな仕事をさせられたから、もう嫌気が差したんじゃない?」と言っていた。



【ボーナスは突然やってくる】



 突然、7月にボーナスが支給されることになった。夏のボーナスだ。


 総務部長から「寸志ですがお配りいたします」と言われた。就業規則の説明のときにだ。新しい就業規則があまりにも無茶苦茶だったから、〝8時行商〟で無理をさせすぎたから……、か、どうかはわからないが、まぁとにかくボーナスがもらえることになった。


 なんと数年ぶりの支給である。


 経営不振ではなかったのか? と思わずにはいられなかったが、よくよく考えれば利益は上がっている。


 何せ、工場の残業代はオールカット、わたしたちはサービス残業増加、そして人が辞めているので人件費削減。行商は売上を上げているのだから、むしろ下がる要素がない。


 さて。


 ボーナス。賞与。


 実に素晴らしい響きである。これ以上心が躍る言葉もないだろう。



 ただ、残念ながらわたしはもらえる資格がなかった。入社1年目はもらえない。支給されるのは2年目からである。


 ちなみに3年目の滝野さんは初めてもらうことになる。ここ数年は経営不振でボーナスがなかったからだ。


 さて、ではいくらもらえるのだろうか。



 皆様の会社はいかがだろうか。2ヶ月分? 3ヶ月分? はたまたそれ以上?


 この時期はベースアップやら何やらで、ボーナスが上がった会社も多かったようだ。なかなかに景気が良かったように思う。



 ちなみにこのボーナス、なんと社長から直々に手渡しで頂く。ひとりひとり社長室に呼ばれて、だ。社長からありがたいお言葉を受け、ボーナスの入った封筒を頂くわけだ。振り込め。給料は普通に銀行振り込みなのに、ボーナスだけ手渡しなのは、単に社長がこういうことが好きなんだろう。



 さて。では3年目の滝野さんは、夏のボーナスを一体いくらもらったのか。


 初ボーナスの金額を、滝野さんは教えてくれた、



 その額、1万8千円。



 夏のボーナス、いちまんはっせんえん。



 0.1ヶ月分以下!


 少なすぎるやろ! と叫ぶ滝野さんを前に、思わずげらげらと笑ってしまった。


 いやだって、1万8千円て。大卒正社員入社3年目のボーナスが、1万8千円って。ちょっと面白すぎるだろう。社長室に呼び出され、封筒を仰々しく受け取ったというのに、その中身が1万8千円だなんて。コントかよ。せめて2万円入れてくれ。





 似たような話になってしまうが。


 ボーナスは数年前から実質消失していたが、それ以外にも賞与がひとつ存在していた。特別ボーナス的な。毎月の定例会議で売上のトップ3が表彰され、その人たちに特別ボーナスが配られるのだ。


 全販売員の前で名前を呼ばれ、社長の前まで出て行き、そこで封筒を頂戴する。拍手を送られながら席に戻る、という一連の流れ。初めて会議に出席したときは、「すげえ! ボーナスもらえるんだ!」と目をキラキラさせたものだ。


 その中身は一体いくらなのか。気にはなるものの、お金の話だ。少しばかり訊きづらかった。その額はわからないままだった。売上1位には一万円くらい配られるのだろうか、それとも五千円くらいだろうか、と心を躍らせていた。



 本当に偶然と言うか雑談の類だったのだか、その表彰について幹部が教えてくれた。



「会議のときの表彰あるやろ。あれなー、あそこで名前呼ばれると格好ええよなー。当時俺がライバル視しとった人がさ、毎回表彰されよんねん。だから、俺も頑張ってそこまで行こう! と思ったわけよ。お金欲しかったしな。


 で、がむしゃらに頑張って頑張って、ようやく3位まではいけた。名前も呼ばれたよ。封筒ももらったよ。いくら入ってるんやろー! と思って、封筒から出したらびっくりやで。


 100円玉がころん、って出てきたんや」



 ひゃくえん。


 ひゃくえんである。



 1ヶ月の間、頑張って頑張って売上が3番目に入るほど頑張って、みんなの前で表彰されて、社長から直々に封筒を渡され、そこで手に入るのが100円玉一枚。


 とんだ茶番だ。やっぱりコントだ。ちなみに2位は500円玉で、1位は千円札が入っているらしい。売上トップのボーナスが千円って君。小学生のこづかいじゃないんだから。


 このボーナスは社長のポケットマネーらしい。そりゃ総額1600円くらいなら自分の財布から出すだろ、って感じだが。


 社員の士気向上のためにやっているだろう表彰式だが、それならばもう少し何とかならないだろうか。千円じゃだれも頑張ろうとは思えない。値段を知ってからは本当にしょーもなく感じたものだ。



 ちなみに、わたしは一ヶ月目だけ3位に入ったが、そのときは「……あいつは新人やからなしやな」と言われ、4位の人に回された。なんでだよ100円くれよ。

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