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豆腐屋さんの社畜日記 ~愉快なブラック企業と労働基準監督署~  作者: 西織


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【〝頑張れば頑張った分稼げる〟は大抵ウソ】

【〝頑張れば頑張った分稼げる〟は大抵ウソ】



 欠勤の話になったので、この辺りで金払いの話をしておきたい。


 この会社の社員がなぜ休まないのか。それは、「一日休んだだけで、半年間給与が下がり続ける可能性がある」というシステムのせいでもある……、とは前に書かせてもらった。その話をしておきたい。



 お給料の話だ。



 地獄みたいな仕事とはいえ、大量にお金をもらっているならこの仕事に文句はない。月500万もらえるなら黙って働く。まぁそれは大袈裟としても、額によっては「そんだけ貰えてるんならええやんけ」というラインも存在するだろう。


 では、月110時間残業するわたしは、いったい幾らもらっているのか。

  


 この会社の給与は、基本金22万+歩合制。


 ボーナスはあるが、わたしが入社して過去三年は業績悪化のために出ていない。昇給はなし。退職金もなし。残業代は言わずもがな。



 ……正社員とは? という気持ちにはなるが、ひとまず置いて。


 給与の最低額は22万円。そこから売り上げに応じて給与が上がる。



 わたしが貰っていたお給料は総支給22万円だ。


 新人は一年間歩合がつかないが、一年を過ぎても22万だった。


 この会社で貰える最低の金額である。歩合はゼロということになる。



 こう書くと、まるでわたしがサボっていた、もしくは使えない社員だったために、給料が少ないのではないか。そう思われるかもしれない。


 確かに、だれよりも頑張っていたかというとそうでもない。特に、お父さん方の頑張りには負ける。しかし、彼らには負けるがきちんと仕事はしていた。頑張って働いていた。だが、普通の頑張りではダメなのだ。狂気染みてなければ給料は上がらない。



 何せ、販売員の大多数が歩合ゼロ。


 全社員の売り上げは確認できるが、歩合がゼロの社員は全体の三分の二。一部の人しか給料が上がっていないのだ。



 なぜ、大多数の社員が歩合ゼロなのか。


 答えは簡単。設定が厳しすぎるためだ。



 歩合によって給与は上がるが、給与が上がるためには一定の売上を達成しなくてはならない。



 その売上額は、平均一日7万5000円。月に150万円の売上を達成すると、そこでようやくスタートラインに立つことができる。


 月150万を達成すると、給与が1万円増える。155万だとさらに1万円。そこから5万円ごとに+1万円の給料が得られる。



 はてさて、ここでお聞きしたい。



 イメージしづらいとは思うが、豆腐屋さんの移動販売で一日平均7万5000円……、簡単だと思うだろうか。


 一日の客数は100人から150人の間くらい。150人はベテランが余裕ないくらいに必死で走らないと難しい。100~120人だとまぁそれなりという感じだろうか。それなりと言っても、勤務時間は7時~21時ではあるのだが。


 

 120人お客さんを拾えたとして、ひとりあたり625円。これで7万5000円には届く。


 しかし、625円……、これはなかなかに厳しい。100人だったら700円。豆腐と関連商品だけで、一人頭それくらいの金額を要求される。



 豆腐は一丁180円。寄せ豆腐が260円。


 油揚げが一枚60円。大きな油揚げが180円。


 がんもが一つ125円。大きながんもが235円。


 厚揚げは140円。



 これらがこの店のメイン商品だ。ひとつひとつの単価は確かに高い。スーパーでお豆腐を買っている人からすれば、「豆腐一丁180円!? バカ言っちゃいけねえ!」となると思う。まぁ宅配ピザみたいなものだ。配送料込みの値段だ。


 お客さんの中には1000円分も買ってくれる人もいれば、豆腐1丁2丁で終わる人も多い。アベレージ625円で7万5000円は正直厳しい。



 ここで初めて商品の値段を書いたわけだが、その高さに驚かれただろうか。まぁ食パンを1000円で売る会社だ。


 ただ、これらのレギュラー商品はまだ良心的な値段で、季節限定商品になるともっとえげつない値段を叩きだす。



 味付きのがんも、という商品がある。


 これらは季節限定で販売していて、一ヶ月のうちに2週間しか販売しない。そして毎月味が変わる。春ならたけのこ、夏なら枝豆、と旬の具材が入っていて、味がついてるのでそのまま食べられる。鍋などに入れる必要がない。温めてそのまま食卓に出せる、便利な料理だ。


 これが結構旨い。廃棄で出たときはしょっちゅうもらっていくくらいには、わたしは好きだった。



 しかし、一枚がとても小さい。二口三口で食べきってしまう小ぶりのものだ。


 にも関わらず、その値段はなんと200円~300円。四人家族が一枚ずつ食べたら、小さながんもだけで最低でも800円超えだ。「味ついてるんで、レンジでチンしてそのまま食卓に出せますよ!」とはこの商品の定番セールストークだが、そんなクソ高いおかず出すならもっといい出来合いのものがあると思う。


 だが、これが結構売れる。好きな人は好きだ。



 ほかには青豆豆腐なんてものもあったが、これはお値段500円。豆腐に500円て君。しかもまーた癖が強いんだ。



 まぁそういうイレギュラーな商品はあるものの、なかなか7万5000円は厳しい。実際、社員の三分の二が届いてないのだから、難しいのは伝わるだろう。


 ちなみに最低目標金額は6万5000円。社長の話では、この売上でようやくペイらしい。だから最低でも6万5000円は達成しろ、と言われる。正直この時点でもう厳しい。達成していない人はたくさんいた。



 しかし厳しいとはいえ、歩合制と言うのが実に上手い。


 実情はどうあれ、「頑張ったら頑張った分だけ、給料が上がる」という形式だからだ。会社の空気としては「給料が上がらないのは頑張りが足りないだけ」だった。残業100時間以上やって頑張りが足りないって言われてもなぁ。



「売上を上げていないうちは、意見言う権利なんてないからな」



 わたしが実際に言われた言葉だ。


 こういう空気が蔓延していれば、不平も言いにくくなる。残業代の話なんてもってのほかだ。「悪いのは会社ではなく、売上を上げない自分」という風潮にすることで、会社への糾弾を防いでいた。そういう空気にした。


 当然だが、歩合制なら残業代を払わなくてもいいわけではない。だが、「これだけ働いているんだから金を寄越せ!」とはとても言えなかった。



 社長は事あるごとに歩合制を強調し、売上を上げない社員を罵った。「なぜ頑張れるシステムがあるのに頑張らない?」と煽った。「退職金がないんだから、自分で稼がないとちゃんとした老後は送れへんぞ」とまで言ってきたが、さすがにこれはじゃあ退職金払えよ、と言いたかった。




 ではこの仕事、いったい幾らまで稼げるのか。「頑張った分だけ稼げる」というのなら、その最高値はどこまでなのか。


 例えばの話、もし先輩社員が「俺、今年は頑張ったから年収1千万超えそうやわ~」なんて言っていたら、「え……、僕もがんばろ……」となっただろう。上はどれほどもらっているのか。これはやる気に直結する話である。



 売上トップの人の話をしよう。


 この人は凄まじい売上と客数を誇る、ほかの社員とは一線を画する凄い販売員だ。わかりやすく、一番さん、と呼ぼうと思う。


 飄々としたおじさまで、普段は優しいが仕事に関しては厳しい人だった。仕事に対してストイックで、それがそのまま数字に出ている。凄まじい売上を叩きだし、周りと圧倒的な差をつけながら売上トップに座るスンゴイ人だ。


 売り方が独特すぎて、「あの人の売り方は参考にできない」「マネできない」とみんな口を揃えて言った。



 そこでお聞きしたいのだが、自分が豆腐の販売員だとして。売りたい商品があった場合、どうすれば売れると思う?



 ある人は言う。「その日は普段より多く雑談して、相手のテンションを上げてからオススメする」。


 ある人は言う。「仲の良いお母さんにオススメして、買ってもらう」。


 ある人は言う。「その商品を美味しく食べられるレシピを伝えて、それで買ってもらう」。

 


 わたしは三つ目のレシピ提案を上げると思う。


 しかし、一番さんは言うのだ。



「んなもん、『お母さん、これ今日のオススメ』って言うときゃええんや。それで売れる」



 これ伝わらないと思うんですけど、めちゃくちゃ格好良いんですよ。まさに伊達男って感じで、超格好良いんですよ。


 みんながあれこれどうしたら売れるのか、どうすれば売上が上がるのか、と悩み、売上トップの一番さんに「どうしたらそんなに売れるんですか?」と尋ねる。すると、一番さんは煙草を口から離しながら、「普通や普通。お客さんがおったら拾って帰ってくるだけ。特別なことは何もしとらん」と笑うのだ。めちゃくちゃ格好良い。



 実際、わたしは一番さんといっしょに行商させてもらったが、それほど特別なことをしているようには見えなかった。(理解できなかっただけかもしれないが)



 だが売れる。めちゃくちゃに売れる。一番さんがオススメすれば、どのお客さんも「あぁそう?」と言った感じで買っていった。


 まぁ正直な話をすると、結構レシピ提案はしていたから、『お母さん、これ今日のオススメ』という一言だけで売っていたわけではないのだが。



 それに不思議な話なのだが、一番さんは一人当たりの接客が短い。だから数多くの客を拾えるわけだが、これはほかの販売員とは真逆の行為だ。


 ほかの販売員は、ある程度はお客さんと話す時間を作りたがる。上記に書いた「仲の良いお母さんに買ってもらおう」というのはそれの典型で、お客さんと仲良くしておいて損はない。リピート率も上がるし、オススメの商品も買ってもらいやすい。コミュニケーションは何より大事だ。


 しかし、一番さんはそれを重視しない。さっさとさっさと次に行く。割と素っ気なく見える。しかし、翌週もお客さんが出てくれるし、オススメの商品も買ってくれる。




 不思議だ。


 これで一番さんの容姿が竹野内豊や大沢たかおばりに格好いいなら納得がいくのだが、普通のおじさまだ。だが、売れる。本当にすごい人だった。


 ベテランの中で唯一、昼休憩を一時間取っている人でもある。だが、この人が何をしようがだれも文句は言えない。売上があるからだ。社長でさえ、一番さんには頭が上がらなかった。



 では、この一番さん。圧倒的売上を誇る一番さんではあるが、歩合はどれほどあったのか。


 詳しい額を知ることはできないが、「給料は30万以上はもらっている」という話を本人から教えてもらったことがある。30万以上40万以下ということだろう。


 そして、これがこの会社の限界値なんだと思う。一番さんがある程度上下することはあっても、これ以上にぶっちぎりで稼げる人がいるとも思えない。



 この額が最高で、そのうえ退職金なし、残業代なしとなると……。


 よくもまぁ社長はあんなにも偉そうにものが言えるなぁと思う。



 そして、この歩合制。


 実は大きな落とし穴がある。



 頑張った分だけ稼げるが、頑張りすぎると給料が下がるのだ。



 何を言っているかわからないと思う。だが実際、わたしがいた一年と三ヶ月の間に、一番さん、所長、ほかの先輩ふたりが、わたしの目の前で給料が下がっている。一番さんが一時期、売上トップから大きく落ちたことがある。


 売上が十分あったからだ。だから下がった。



 そのシステムについても説明しよう。


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