妹が招いたモノ 3
まだドキドキが止まりません!
高揚覚めぬまま私は今、石造りの街並みが見渡せる広場にいます。
先程ほどまでの忘れ去られたような荒廃した印象とは真逆の場所です。
ちなみにあの場にいた非常に「かっこいい」男性は前任の魔王さんでした。
ああ、数分前の出来事ですので、思い出すだけ胸の鼓動が早まります――――。
◇
「どんな勇者が来たかと思えば……意外や意外。愛らしいお嬢さんじゃないか。どうした? お嬢ちゃん。こんな場末に何の用だ?」
……はっ! 惚けている場合ではありません!
「魔王になる為にこの場に来ました。ところで貴方は?」
と告げてから彼が何者か確認しようとしたのですが、私の言葉を聞いた彼は大きく目を開き、そしてなんとも嬉しそうで、楽しくて仕方がないと聞かずとも見ただけわかってしまうような顔になりました。
なんでしょう……先ほどは憂い帯びて退屈そうな表情だったのに、今は子供のような無邪気さを感じます。
そして、私の胸はそれにこたえるかのようにきゅんきゅんします。
向日葵ちゃん……これが貴女の言っていた『母性』というモノですか?
彼はそんな私を気にすることなく、堪えるかのような含み笑いを零します。
「……これは、驚いた。長い事この椅子に座っているが。まさかまさか。この椅子に座りたいと? ハハッ! 愚かで度し難い女だ! ……美しいはずだ。恐ろしく美しいではないか! いいだろう。くれてやる。譲ってやるとも……だが。一つ聞かせてもらおうか。この椅子に座って何がしたい? 何を目指す?」
「何がしたい、ですか? それは妹と冒険ですかね? そして、何を目指すか、ですが……理想の姉を目指します」
と返答したのですが、魔王さんは、またもや大きく目を見開きます。
「妹と冒険? 理想の姉?」
「いけませんか?」
「ンッフフ……クックッ……最高だっ!! 傑作だ! 痛快で愉快で……驚愕だ」
そう言って椅子から立ち上がり私の目の前まで来ると、優し気な表情を浮かべながら私の横髪を一束、手に取り零す様に離します。
私は女性にしては身長が高い方なので……見上げるというのも悪くないですね!
なんて滅多にない経験に心躍らせていると、彼の姿が赤い炎ようなモノに変わり、それは私の体を飲み込むように燃え広がりました。
ですが赤い炎はすぐに消えました。
『これが私の全てだ。立派な姉になれるといいな』
【魔王ルシフェル・カタストロフィーの遺産を受け継ぎました】
彼の声と共に、突然目の前に浮かび上がった文字。
どうやら、魔王さんから遺産とやら譲り受けたようです。
それと同時に私の出で立ちも変化したようで。
色は黒ですかね、若干赤みを帯びてるようですが随分と露出度の高い……鎧姿ですね。
お臍と言うか腹回りは剥き出しですし。下はビキニ? でしょうか? 去年の夏に向日葵ちゃんに、せがまれて着た覚えがあります。まぁあの時は向日葵ちゃんは顔を赤くしてまともに見てくれませんでしたが。
脚は太もも半ばまで鎧と同じ色の脚甲で覆われていますね。
飾りのついた腰巻きといいますか腰鎧? なのでしょうか、それがあるのでお尻は隠せますね。
ですが、全面は……諦めましょう。動きやすさを考えればこれが最適でしょうから。
しかしながら、この姿……向日葵ちゃんが好きなアニメや漫画に登場する悪役の女性キャラクターようですね。最後に登場する、確か『らすぼす』と向日葵ちゃんは言っていましたね。
そんな風に自分の姿を確認していると、
【ジョブ専用クエスト。『魔王の継承』が開始されました】
【クリア条件は10人、プレイヤーを倒せばクリアとなります。尚、このクエストに失敗するとジョブ『魔王ルシフェル・カタストロフィー』に就くことができなくなります】
と言った内容の文字が表示されました。
「倒せ、ですか」
困りましたね。どの程度で倒すになるのでしょうか。
そう言えば、
『もしわからない事があったら、ヘルプ機能を使うといいよ!』
と向日葵ちゃんのしおりに書かれていましたね。
確か音声入力で――
「システムオープン。項目ヘルプ機能の起動」
【音声入力を確認。システムメニューからヘルプ機能。ナビシステム『ピクシー』を起動しますか?】
「お願いします」
【音声入力を確認。ナビシステム『ピクシー』起動。……正常起動を確認。以後、ピクシーによる音声案内に切り替わります】
文字が消えると女性の合成音声が聞こえてきました。
『ごきげんよう。以後、あなたのサポート致します。ナビゲーションAI、ピクシーです』
「ごきげんよう。ピクシー。早速ですが質問です。クエストについて。倒せ、とはどの程度の事を指しているのでしょうか?」
『現在発生しているクエストを確認しました。このクエストにおいて倒せ、とは相手のHPを0にする事です』
HP――確かこの数値が0になると死亡した事になる、でしたか。
「では、十人プレイヤーを殺せばいいんですね?」
『その通りです』
なるほど、殺せ、ですか。
ゲームの中でもそのような指示を受けるとは……。
ですが、それなら私は大得意です。問題にはなり得ませんね。
殺したり壊したりするのだけは今まで負けた事がありませんので。
ただ、ここはゲームの中です。油断はできませんね。
現実とは違いLv――レベルと言う明確なステータス補正があり、身体能力が向上される世界です。
そして、私はこの世界に生まれたばかりの存在、Lv1というモノです。高レベルのプレイヤーが相手だと現実のようにはいかないでしょう。
いくら身体能力調査の結果が反映されていたとしても、それを覆すのがゲーム。と私は認識しています。
いいですね! いいですね! しかも死んだとしてもやり直せるのですから、躊躇わず殺せます。
まぁ、躊躇うなんて事したことないですが……家族が出来てからは少し考える時があります。
彼ら彼女にも家族はいるんでしょうか、と。
ですが、やっぱり躊躇いませんね。やらないとやられるわけですから。
それに私とやり合う方は殺されるだけの理由がありますからね。
それは私にも言える事。いつかは殺されるでしょう。
ただ、私は最後まで足搔くつもりです。死ねない理由ができたから……っといけませんね。
今はゲームです! 向日葵ちゃんが留守の間になんとしても追いつかなくてはいけません!
効率的にいきましょう。
「では、ピクシー。次の質問です。現在の私の武装は?」
『現在の武装はジョブ専用武装、魔王の寵愛。を装備しています』
「それはどういったものですか?」
『魔王ルシフェル・カタストロフィーが使っていた武装を召喚し、使用することが可能です。武装リストを表示しますか?』
「お願いします」
目の前に赤いパネルが浮かび上がります。
どうやらこれが武装リストのようですね。
短剣、長剣、細剣、大剣、斧……大きなハンマーですかね? あとこれは弓でしょうか。
なるほど、他にもいろいろありますね。
武器はどこかで調達しなければ手に入らないでは? と思っていましたが嬉しい誤算ですね。
これだけ種類があれば困らなそうです。
◇◇
大きな鏡に映った自分の姿をまじまじと見ます。
赤黒く長い髪の毛。濃いカーマインっと言った感じでしょうか。
同じ色合いの瞳。
顔立ちは向日葵ちゃん曰く、『すんごい美人なお姉さん』
これは向日葵ちゃんの主観ですので、私自身としては作り物に見えるます。
なので、あんまり自分の顔が好きではなかったりします。がこれは生まれ持ったモノですので仕方ないですね。
顔の作りや体形と言ったモノはリアルデータをコンバートしましたので、違和感は感じません。
女性にしては高めの身長ですので、低くしたりすると手足の長さが変わって動きにくいと思ったのですが、どうやら正解のようですね。
向日葵ちゃんぐらいの『女の子』と感じるぐらいがいいのですが、これも仕方ないですね。
さて、装備の方は大方、見終わりました。
その中で気になった二種類を最初に使ってみようと思います。
先ず一つ目はハルバードと呼ばれる斧の刃が付いた槍です。
両刃の鎌のような刃が対になってます。
名前は魔槍『ナーガ』
お次は、魔銃。しかも二丁あります。
『ベヒーモス』と『フェンリル』といった名前が付いています。
見た目は大口径の銃を彷彿させる重厚感があるのがベヒーモス。色は黒、
フェンリルは白銀で細身に見えますがしっかりとした重みを感じます。
「ピクシー。この銃の説明は可能ですか?」
『はい。魔銃『ベヒーモス』炸裂式魔力徹甲弾を使用する回転式高出力魔銃です。反動が大きく連射性能が低く装弾数が少ない代わりに高威力です。魔銃『フェンリル』は貫通特化型魔力弾を使用する自動装てん式魔銃で、ベヒーモスに比べ威力は劣る代わりに連射性が高いのが特徴です』
「装弾数は?」
『ベヒーモスが八発。フェンリルが二十八発です』
「弾倉交換は?」
『フェンリルは弾倉を抜いた瞬間、手元に新たな弾倉が出現します。ベヒーモスが弾倉から薬莢を抜いた瞬間に弾倉内に弾丸が生成されます』
「素晴らしいですね! ゲームらしい設定です! ではありがとうございます。ピクシー。質問は以上です」
その他いろいろと調べてみましたが、どうやら武器は一種類しか召喚できないようで、交換する際は手から離してから呼び出す、ようです。
さて、武器の確認もできた事ですし、行きましょうか。
先ずは十人殺さなければいけないのでしたね。
これから人を殺そうとしているのになんだかワクワクしてきました。
きっと本当に殺すわけではなく遊びに行くからでしょうね。
私は弾んで仕方ない心臓の音を聞きながら出口に向かいました。