8話 綺麗な故に棘が要る。
丁度、夕陽が世界を染め始めた頃だ。次の目的地である“ワーナム”の村へと到着したのは。
だが、其処で目に映った光景に茫然としてしまう。本来であれば、綺麗だろう村の建物は彼方此方何処を見ても破損している状態で台風等の自然災害が起きた後の被災地の様だった。
自分自身が経験した事は幸いな事に無かったけど、被災した現場を目の当たりにした事は何度か有った。ニュース映像等ではなくて実際に自分自身でだ。
だから、雰囲気で判る。人々が強烈な恐怖を伴った経験をしたのだという事が村の気配から伝わる。
「……人的被害は?」
「幸いにも……」
「そう……」
アエラさんの問い掛けに村長さんは短く答えた。
村長さんの言葉の先は、想像に難くない。人的被害──この場合は死者という意味合いでなんだろうけど被害が無かったからこそ、食糧難で餓死する可能性が出て来てしまった。それは言い方は悪いが被害が無い分だけ、生存率は下がる。
大人十人が三食きちんと食べても十日間は大丈夫な量の食糧が有ったとして。それを百人で分けるのか、五十人で分けるのか。その違いは明らかだ。被災時の一人分の食糧とは数十人が僅か一日だが延命出来る。大袈裟に思えるだろうけど被災状況下の食糧問題とはそれだけ重要であり、命を左右する物だと言える。
村長さんに案内されて、村の奥へと向かう。すると炊き出しをしている感じで人々が火を焚いて、何かを煮込んでいる様に見えた。──が、匂いがしないので御湯だと判った。つまり、村長さん達が持ち帰る筈の食材が無ければ、最低でも今夜は食べられないという状況だという事だ。
「……想像以上に深刻ね
あの時、貴男が質問せずに村に来ていたら色々問題に為っていたでしょうね」
「……そうですね」
リゼッタさんと小声で、他に聞こえない様に話す。正直、其処まで考えていた質問ではなかっただけに、現状を目の当たりにして、自分自身も困惑している事は否めない。ただ、結果的に考えると良い方に転んだという事も否めない。
しかし、現在視界に入る人数はパッと見ただけでも凡そ百人は居る。だけど、殆どは女性で、子供の姿は一人も見えない。その事に気付けば“邪魔になるから遠ざけている”というのが見えてきて、男性も含めた村の実質的な予想総人数は三百人近い筈。
それだけの村人を今回の獲物だけで何日も養う事は不可能だと言える。出来て三日が妥当な所、頑張って節約すれば一週間は凌げるかもしれないけど。それは今回だけに限られた話。
根本的な解決には為らず村の窮地は変わらない。
結局、今回の助力は一時凌ぎでしかないのだから。
調理準備を仕切っている女性に村長さんが声を掛け自分達を紹介する。女性は村長さんの奥さんだそうで隣に居た若い女性は娘さん──俺が助けた息子さんの奥さんだった。見た目にはアエラさん達より幼い様に見えるが、同じ位なんだと小声の会話から判った。
彼等を助けた事は勿論、食糧を調達した事にも凄く感謝され、個人的には凄く戸惑ってしまった。まあ、慣れてないから仕方の無い事なんだとは想うけどね。セァボでの宴会でも、場の雰囲気に馴染めなかった。原因は自分自身なんだけど解決法は、慣れる以外には無いに等しい。
まあ、平たく言えば俺に自覚が伴わないだけだから誰に非が有る訳でもなく、問題という訳でもない。
ただ、気分的に俺が一人困惑するだけだから。
それからリゼッタさんが村長さんの奥さん達の前に調達した獲物を魔法の小袋から取り出して並べると、集まっている女性陣からは驚愕と歓喜の声が上がり、再度感謝された。
獲物である魔獣の解体は此方で請け負う。折角なら美味しく食べたいからね。「女性陣が【屍骸解体】を持っているか判らない以上確実な此方で遣るべき」とリゼッタさんに小声で話し提案して貰った。女性陣も納得してくれた事から見て持っている人は居なかったという事だろうね。まあ、全く解体したりした経験が無いという訳ではないとは思うんだけど。こういった立地の村なんだし、小型の魔獣は一般的な食用の物も少なくはないんだからね。──と言うか、そんな中で気付いたらスキルが出てた自分は特殊なんだと改めて実感させられました。
うん、バレない様に色々気を付けないとね。
それはそれとして、俺も女性陣の料理に参加させて貰う事にする。その理由は単純に興味が有るからと、【食の匠】の効果に関して幾つか確かめたいからだ。一応、ヴァドに居る期間で基本的な事は確認したから理解はしているのだけど、“共同作業”の場合等での特定条件下の効果の有無や程度の変化を怪しまれずに検証するには良い機会だし美味しい食事が出来るなら誰も文句は無いでしょう。
そんな訳で俺が女性陣と料理をしている間に色々とアエラさん達は村長さんに質問している様子が見え、今は話しには参加しないで後で教えて貰う事にする。まだ洗礼すら受けていない俺が目立つのは拙い。後、アエラさん達と話し合って俺の力量に関しての説明や対応を決めて置かないと。それまでは出来る限りで、大人しくしましょう。多少手遅れな気もするけど。
考え過ぎない感じでね。
結果から言うと、料理は美味しく出来ました。
ただ、スキル効果の確認実験としては微妙でした。スキルの効果範囲外でも、女性陣の皆さんが、普通に料理上手でしたので。差が判り難いんです。それでも【屍骸解体】による効果は高い様で、普段食べている同じ魔獣とは思えない位に味が違っているそうです。ええ、普段から“そう”な自分には判りません。
食事を終え、村で唯一の宿屋の部屋で就寝準備を。この宿屋も他の建物同様に損壊してはいるけど、運が良いのか、何れの建物でも雨風を凌ぎ寝起きするには問題無いそうです。俺達に提供された宿屋の部屋も。勿論、代金は無料でです。恩人から代金を取る真似は出来ませんからね。
「それで、このワーナムに何が起きたんですか?」
「盗賊に襲われたのよ」
着替えを終え、ベッドに座ってアエラさん達に話を訊いてみれば、有り触れた単語が。本当に物語序盤で見掛ける定番中の定番イベントで、人災の代表格である盗賊に村は襲われたらしい。
実際に襲われた人々には脅威であり、恐怖だろうが拍子抜けした感じはする。勿論、そんな事は態度にも限度にも出さないけど。
まあ、想定していよりは簡単そうな問題だったのは間違い無いかな。盗賊さえ駆除すれば済む話だったらヴァドでのアエラさん達が請け負ったクエストよりは話が早いから。
「盗賊ですか……それなら結構な規模ですよね?
四〜五百人位ですか?」
「いいえ、全部で二百人も居なかったそうよ」
「え?……あの、村の人は子供を抜きにしても同数は居るんですよね?
それで、ですか?」
正直、意外過ぎた。一応盗賊等の存在が居るという事は知っていたんだけど、基本的に冒険者が出張れば直ぐに討伐されてしまうと聞いていたから。はっきり言って一般人でも対処する事が出来ると思っていた。
「あ〜……シー君に話してなかったけ〜……」
「……機会が無かった」
「そうだったわね……」
「え〜と……」
「私達、冒険者からすれば盗賊なんて余程じゃないと脅威には為らないんだけど一般的には、忌避されてる存在なのよ」
「盗賊等に身を落とす輩は大体が大したスキルも無く努力もしない連中よ
だけどね、曲がりなりにも軍属だったりしたといった経歴の持ち主も居るの
そういった奴が頭になると一般の──特に私達の様に人族の場合には他種族よりも身体的に劣る人が多いから、生存率自体高くなくなるわ」
新事実に呆然となるのは仕方の無い事だと思う。
しかし、今は気にしても大して意味は無い事だから直ぐに切り替える。
「……普通には厄介な相手なんだとは判りましたが、それでもワーナムの人々も何も備えをしていなかったという訳では有りませんよ……え?……まさか、何もしてなかったんですか?」
防犯対策は基本の筈だ。そう考えていた俺の前提をボウリングでピンを弾いてストライクを出すみたいにアエラさん達の肯定により俺は衝撃を受けた。
「何それ?、そんなの、窮地に陥るの当然でしょ、平和呆けしてましたね」と言いたくなってしまうが、其処は気合いで堪えた。
アエラさん達に言っても何の意味も無いのだから。
それよりもだ。どうしてワーナムの人々は防犯対策をしていなかったのかだ。正直、理解出来無い。
「……何を考えているのか判らないでもないけれど、仕方が無いのよ
ワーナムは、私達冒険者が“近道”として利用をする中継地では有るけど、他に態々来る人は居ないの
辺鄙な場所だし、戦略的・経済的な価値も無いから、政治的紛争に巻き込まれるという事も無いわ
だから、盗賊が態々襲う程裕福という訳でもないの」
「そういう意味では今回は予想外って事だね〜
まあ、奪われたのは食糧と装備が殆んどで〜、金銭や女子供は無事だったんだし運が良かったけどね〜」
「……“奴隷”、ですか」
「ええ、そういう事よ」
女性は男の多い盗賊達の慰み者にされてしまうが、子供達は大半が奴隷として売られてしまう。それが、この世界では当たり前で、人身売買は嫌悪はされても犯罪ではない。それ故に、“人拐い”という犯罪稼業が成立してしまうのが問題だったりするのだが。
こういう形で現実として関わるとは思わなかった。……いや、もしかしたら、俺自身も平和呆けしていた部分なのかもしれない。
魔獣や魔物という明確な脅威である異形の存在に、人々は協力し合って平和を維持し築こうとしている。そんな上っ面しか見ないで薄っぺらな理想を掲げて、“正義”を騙る。現実ではなく、都合の良い夢想を見ていたんだろう。直視する事が怖くて。
「盗賊に襲われた、という事実は変わりませんが……それなら現状で村を放棄し別の地に移る選択は?
アエラさん達なら、護衛を依頼されても出来るのでは有りませんか?」
「……依頼されれば、ね
問題は村を放棄して何処に移り住むのか、よ」
「他の村に移り住むとか、此処より安全な場所に移り新しい村を拓くとか……
そう簡単じゃないのよ
別の村に移住したとして、先住民が同数以下だったら主導権争いが起きるわ
それで村長の座を失ったら元々の村長は領主に訴えを起こすでしょうから、先ず流血沙汰は不可避ね」
「逆に多い場所に移ったら先住民と移民の間に格差が出来ちゃって差別を受ける可能性が高いんだよね〜」
「……勝手に村を拓くと、領主や国を敵に回す」
「面倒な話なんだけどね
そういう事なのよ」
「……世知辛いですね」
そう返すが、言われれば当然の様に理解出来る事。前世の世界でなら殆んどの土地には所有者が居るから勝手な真似は出来無い。
「異世界だったら出来るかもしれない」という様に軽く考えていたんだって、言われてから気付いた。
それを前提条件とすれば何故村長さん達が命懸けで正面な装備も無いまま森に食糧を調達しに入ったのか理解する事が出来る。村長として村人の将来を考えて移住より餓死する可能性を理解しながらも、人権的な意味合いを重視した。
決して、簡単な決断ではなかっただろう。自分なら村民投票でもして決めたかもしれない。凄い大変だったと思う。
「それでは解決する方法は盗賊の討伐、ですか?」
「……そうなるわね」
「……あの、物凄く素朴な疑問なんですけど、盗賊を退治出来も、食糧難自体は解決しませんよね?
その辺り、村長さん達ってどう考えてるんですか?」
「それは大丈夫らしいわ
ワーナムにはね、大飢饉を凌いだ“パゥッタ”という短期間で成長・収穫出来て此処の気候・立地だったら一年中栽培が可能な穀物が有るらしいの」
「……味はしない」
「取り敢えず、飢えを凌ぐ為だけなら出来るって事
それさえ奪いそうな盗賊が居なくなりさえすればね」
パゥッタというのが何か明確には判らないんだけど村長さんとしては盗賊さえ排除出来れば、村の再建は可能と考えている、と。
希望的・楽観的でもない確信の有る可能性だったら遣る価値は有ると思う。
但し、それには不可欠なアエラさん達の協力。今の村の状況で依頼をするなら報酬が厳しい筈。しかし、アエラさん達も無料という訳には行かない。セァボの一件とは違い、盗賊が相手とは言え“殺人”依頼だ。その辺りは無視出来無い。
そう考えていたら四人に「ほら、やっぱり」という感じで苦笑され、呆れ顔を浮かべられた。何故?。
「心配しなくても大丈夫よ
幸いにも盗賊達は村の為に蓄えられていた御金に全く気付かなかったらしいわ
だから、依頼料は十分捻出可能だそうよ」
「……えっと…それなら、どうしてもっと早くに他に依頼しなかったんですか?
実は何処かから盗賊が村を見張っているとか?」
「シー君シー君、此処って辺鄙な場所でしょ〜?
だからね、盗賊退治を依頼するにしても出来る所まで何日も掛かちゃうの〜」
「それから、襲われたのが昨日だって事よ」
「昨日……って、え?」
「……本当、貴男って頭の回転が早いわね
まあ、そういう事よ」
ワーナムが盗賊によって襲撃されたのが昨日。その事実を聞いて驚かない訳が無かった。何故なら本来の予定では俺達はワーナムに“三日前”に入っていた。一泊して、次日には此処を発って居ただろうから先ず遭遇をした可能性は低い。だが、同時に村を救う事も出来無かった。いや、村の窮地すら知らず滅んだ後で噂で聞いて知る。その程度だったかもしれない。その可能性は高いと言える。
だから、驚いてしまう。自分の我が儘によって少し予定を変えた事が、此処でワーナムの人々を救う事に結果的に繋がるのだから。驚かない訳が無い。
「……気を付けなさいね?
セァボの時といい、今回のワーナムの件といい……
貴男、“英雄の相”を持つ可能性が高いから」
「……何ですか、それ?
物凄く、遠慮したい感じの言葉なんですが……」
溜め息を吐きながらも、真剣な表情で不穏な単語を口にしたリゼッタさんへと聞きたくないけど仕方無く訊き返す。知らないままで放置すると痛い目に遭う。そんな気がするから。
「その認識は正しいわね
そして、そう思えるのなら知って置いた方が良いわ
英雄の相、それは物語上の主人公の逸話の如く様々な苦難に直面する、といった自他共に大変な相よ
百万人に一人は居るという話らしいけど、大成出来た人物は本当に後世に語られ名を遺しているわ
……出来無かったら、尽く若死にしているけどね」
リゼッタさんに言われて念の為に裏スキル覧を調べ知らない内に、それらしいスキルが発現していないか確かめて、安堵する。何も増えてはいなかった。
「……迷信ですよね?」
「結果的に、そうだったと言われているだけよ
そう、結果的に、ね?」
「…………」
苛めてくるリゼッタさんを半分涙目で睨む。だって俺が嫌がってるの判ってて態と言ってるもん。絶対に態とでしょっ?!。いいもんいいもん!、アエラさんに慰めて貰うんだもん!。
リゼッタさんから視線を外してアエラさんの双丘に顔を埋めてコシコシする。柔らかくて良い匂いがして弾力があって最高ですね。──という感じで堪能して再びリゼッタさんを見れば苦笑していた。
「……それじゃあ、討伐の依頼は受けるんですね?」
「ええ、受けたわ
でもね、貴男は駄目よ」
「……対人、だからですね
魔獣等とは違うので……」
「洗礼を受けて、冒険者や軍属になれば嫌でも対人は経験する事になるわ
だけど、貴男にはまだ早い──と言うよりも、私達は貴男の手を血で穢れさせるつもりは無いのよ」
「……判りました
正直、アエラさん達の事を護る為なら、迷う事は無いですけど……そうではない状況だと躊躇はしなくても後で色々考え込みそうだと思いますから……
今は、留守番しています」
「……もう、この子は〜」
ぎぅ〜っとアエラさんに抱き締められる。……あ、素で言ってたけど、かなり恥ずかしい台詞でしたね。気付いたら凄く照れます。……まあ、アエラさん達は嬉しそうですけど……ってメルザさんっ?!、ちょっと待って貰えませんかっ?!、えっ?、ちょっとだけ?、わ、判りましたから。
「えっと、留守番する事は構わないんですけど盗賊の居場所って判ってます?」
「昨日の今日よ、大凡でも人数が判っているだけでも増しという話だもの……
先ずは調査からね」
「それなら、アエラさんとユーネさんと一緒に三人で調査に出たいです
調査でなら、幾らかは役に立てるでしょうから
その間に、リゼッタさんとメルザさんには村の建物の修復に協力して貰いながら防柵を造りましょう
盗賊の根城を見付けても、行き違いになったり別行動される可能性を考えるなら備えは必要な筈です
必要が無ければ解体すれば良いだけですからね」
「……そうね、確かに一応備えて置くべきだわ
シギルの案で良い?」
「ええ、勿論よ」
「異議無ーし〜」
「……私も頑張る」
「それじゃあ、決定ね
でも、貴男は無茶はしない様にしなさいよ?」
「あはは……善処します」
一夜が明け、少し不安が緩和されたのか。村人達の雰囲気が変わっているのを素人の自分でさえ感じた。それだけ、このワーナムは平穏な田舎の村だという事なんだろうな。そう思うとワーナムを襲撃した盗賊は赦せない。ただ、一方では良い場所を狙ったと盗賊に感心してしまう面も有る。但し、それは意図している場合の話だけど。
村長さん達に昨日の案を説明して協力して貰う事で話が纏まると、予定通りに俺達は盗賊の探索に出た。対象範囲は地形等から一応絞り込まれてはいる。先ず北側は魔獣の多い場所の為身を隠すのには適さない。南から南西部はセァボから続く道が有る方向である為遭遇していない事からして潜伏場所ではない。東側は安全なルートだが、その分発見され易い事から考えて潜伏には適さないだろう。ただ、村から出る者が居る可能性を考えれば見張りは居るのかもしれない。
そういった情報を加味し探索範囲は西部と南東部の二ヶ所に絞られている。
その上で先に選んだのは南東部の方。見張りが居る可能性が有る以上、盗賊の根城が有る可能性も高い。
「……何か見える?」
「ん〜、何も無いね〜」
「此処も外れみたいね」
朝早くに村を出て探索を開始してから、約3時間。これと言った成果は無い。また見付ける為であって、見付かっては為らないので派手な動きは出来無いし、それだから魔獣との戦闘も極力回避する必要が有る。故に、行動は慎重さを必要とされる為、さくさく進むという事は無い。当然だが非常に地味で面倒臭い。
大事な仕事だと、頭では理解していても、気持ちは滅入ってきてしまうのは、仕方が無い事だと言える。だって、手掛かりも無しに探索している訳だから。
其処で、一つ試してみる事にした。現状のままでは運任せに過ぎるから。
「……ユーネさん、マントを貸して貰えますか?」
「良いけど〜……寒い〜?
風邪引いちゃった〜?」
「熱は……無いわね」
ユーネさんの風邪発言にアエラさんは即座に自分と額を合わせて熱を測った。嬉しい様な、過保護過ぎて困ってしまう様な。まあ、贅沢な悩みでしょうけど。今は照れて時間を消費する場合ではないので、二人に笑顔で否定し、考えている事を説明する事にした。
上手く行けば、昼間でに見付けられる可能性も十分有り得るのだから。
ユーネさんから深緑色のマントを借りて身を包むと近場で一番高い樹に登って周囲を見回す。小柄だから目立ち難く、マントの色で一応はカムフラージュして木々に紛れ込めている筈。その上で【望遠視】を使い360°を見回す。大半は木々が邪魔をしているし、開けている場所には目立つ人工物は見当たらない。
まあ、その程度で簡単に見付かるのなら、苦労して探索してはいない。ただ、「自分が盗賊だったら」と考えてみて、思い浮かんだ根城の条件に当て填まった場所を探してみる。すると人影を見付けた。驚きから目を擦って、改めて見れば盗賊っぽい格好をしている数人の男達の姿が見えた。
慌てず、騒がず、方向を確認しながら樹を降りて、二人に話をする。
「何か見えた?」
「……まだ、はっきりとは判りませんが光を反射する何かが有りました
川なら動きはしませんし、反射し続ける筈です
だから、何かが動いていた可能性は高いかと……」
「その方向は?」
「彼方──南南東ですね」
簡易ではあるが、村から借りた周辺の地図と重ねて方向を二人に示す。
一応、はっきりと見えて確信してはいても可能性が有りそうな感じを装う事を忘れずに遣っておく。
ただまあ、その説明だと魔獣が何かしら銜えていただけかもしれないが。今は手掛かりが無い状況。必ず確かめてはくれるだろうと確信しているから、曖昧な可能性でも大丈夫。
顔を見合せ頷き合って、警戒しながら慎重に盗賊の居た方向へと進んで行く。30分程移動した所で身を隠しながら視線の先に有る光景を確認する。数十人が焚き火跡を囲み屯して談笑していた。それだけを見て嫌悪感は湧かないが、村を襲撃して奪った食糧により腹を満たして笑っていると思うと──殺意が湧く。
しかし、手を出さないとアエラさん達と約束した。それを破りたくはないから考えて──思い付く。結構外道な方法だけど、相手も外道だから構わない。
「……約三百、ですよね?
一対一なら楽勝でしょうが疲弊はしますし、その為に隙も出来ますよね?」
「……否定出来無いわね
局所的に見れば圧倒的でも絶対とは言えないもの」
「……其処で、なんですが少し削りませんか?」
「……約束したわよね?」
「……はい、勿論です
だから自分で遣ろうという訳じゃ有りません」
「…………聞かせて
内容次第では許可するわ」
森の中を隠れながら走り逃げて行く。血走った眼、荒く激しい鼻息、目に映る全てを破壊しようとする程強烈な殺意。狩られる側に為って初めて感じる恐怖に言い知れない緊張感を懐きながらも前へと足を進め、深緑の闇の中に見出だした光へと向かって飛び込む。
「一体何──コ、ココッ、コンベアーッ!?」
「ぎゃああっ!?」
「何でこんな所にっ?!」
「ひぃっ!?」
「糞っ、逃げんなっ!
おいっ!、手前ぇ等っ!、食い殺されたくなかったら死ぬ気で戦えっ!!」
「誰か、応援を呼べっ!」
「──っ!、判ったっ!」
「待てよ!、俺が行く!」
「はあっ!?、巫山戯んな、俺に決まってんだろ!」
「煩ぇっ!、俺が──」
「──新手だーっ!!」
「二匹目だとっ!?」
「違うっ!、五匹だっ!、全部で六匹居やがるっ!」
「どうなってんだ畜生っ!
兎に角戦えーっ!!」
混乱する盗賊達の様子を離れた木の上から見下ろし密かに溜飲を下げる。
コンベアーの襲撃は偶然なんかではない。自分達がコンベアーを探し出して、軽く攻撃して怒らせてから盗賊達の所まで誘導した。ただそれだけの事。だが、油断し切っていた盗賊達はコンベアーの突然の襲来に冷静さを欠き、逃げるより応戦を選んでしまう。多少犠牲が出ようとも餌を与えれば九割は助かったが混乱と彼我の実力差による恐怖心が応戦を選ばせる。そして、死んで逝く。
「シー君、エグいね〜」
「そうですか?
生かす価値の無い連中には手段を選ぶ必要も理由も、無いと思いますけど……」
「……怒ってる〜?」
「……どうなんでしょう
結局は八つ当たりなのかもしれませんけど……」
「まあ、結果的には盗賊の数を大分減らせられたから良しとしましょうか」
「同じ方法で全滅させられそうな気もするけど〜……流石に其処まで簡単じゃあないよね〜」
「このまま乗り込めば楽に片付きそうだけど……
まあ、今は戻りましょう
遣り過ぎは良くないしね」
探索と戦力削減を終えて村に戻ってきたのが、丁度昼過ぎだった事も有って、帰り道で仕留めた魔獣達を捌いて一部を昼食に使う。バーベキュースタイルでの“ジュワッ!、肉だらけの焼き肉祭り”だったので、正直、野菜が欲しくなった──所に例のパゥッタが。村長さん、遣りますね。
兎に角、興味も有った為食べてみたら……不味い。いや、食べられるんだけど全く味がしないんですよ。食感は……ジャガイモ?。肉じゃがみたいに煮込まれホクホクッとしてて見た目からは美味しそうなのに。全く味がしない。俺は今日“芋似詐欺”に遭った。
何でもいいから味付けを遣ればいいのに。そう思い訊いてみた所、パゥッタは何故か味が染みないそうで基本的に汁と一緒に食べて誤魔化すのが普通だとか。早く言って下さい。
しかし、そのまま普通の食べ方をしても負けた様な気がするのでチャレンジ。新しい料理方法を試して、美味しく頂きましょうか。──という事で、調理前のパゥッタを見せて貰ったら黄緑色の薩摩芋が目の前に現れました。出来損ないの早く採り過ぎたジャガイモみたいです。
取り敢えず、焼いてみて焼き芋にしてみる。うん、やっぱり味がしない。唯一焦げた炭の苦味だけ有る。
次に、蒸かしてみたけど結果は変わらず。何コレ、料理に喧嘩売ってるの?。マジで味しないじゃない。汁かタレで味を乗せるしか無理なんですかね?。
「……試してみようか」
一つ、妥協案として思い付いた料理方法を試した。パゥッタを薄切りにして、高温の油の海にダイブ!。真夏の太陽に焼かれた様に眩しい狐色になった所で、レスキューします。そして冷める前に、ワーナムでは最もオーソドックスという調味料の“グリーノーフ”という青海苔っぽい感じの乾燥させた葉を砕いた物を振り掛けて──完成です。はい、前世のパクりです。チップスさんです。
「──っ!!、これはっ!?」
「パリッとしている食感は硬過ぎず柔らか過ぎずに、グリーノーフの薄い塩気が程好い味わいとなり……
嗚呼、癖に為りそうだわ」
味見した村長さん夫妻が衝撃と共にチップスを一つまた一つと口に運ぶ。
その様子を傍で見ていたメルザさんが一つ摘まんで口に入れた瞬間でしたね。彼女の背後が急にブラックアウトして雷が落ちた様に見えた気がしたのは。俺の気のせいでしょうけど。
「……っ!、シギル、私、コレ、もっと食べたい」
「あ、はい、作りますね」
メルザさんに両肩を強く掴まれて、睨ま──いえ、訴えられたら断れません。このシギル、チップス製造マシンと化しましょう。
その後、結構な量を作りパゥッタが無くならないか密かにビビってました。
集まってきた村長さんの奥さん達から色々質問され作り方を教えながら作り、「今まで名産品の無かったワーナムに代表作と言える料理が出来ましたっ!」と村長さんに嬉し泣きされて激しい握手をされました。「シギルチップスと名付け売り出しましょう!」とか言い出したので村長さんを全力で止めました。売る事自体は別に構いませんよ。パゥッタの生産も村の特産事業に成るでしょうから。でも、名前は、名前だけは変えましょう!。マジで。
必死の訴え──ではなく協議の結果、商品名的には一応は“パゥチップス”に落ち着きました。世の中に出回る頃には自分も洗礼を受けて一人前に成っている事でしょうから。負けない様に頑張ろう。……いや、アレに勝てる訳無いけど。だって、世界を獲った一品ですからね。適いません。
それは兎も角として。
張り切ったメルザさんを中心として防柵も日暮れ前には余裕で完成しました。強度的にも大丈夫な筈。
村の人達の気持ちも良い感じの方に向いているし、再建は大丈夫でしょうね。盗賊さえ駆除出来れば。
「まあ、戦いが楽に為った事は好材料でしょうね」
「だよね〜」
ベッドの縁に腰を下ろすリゼッタさんの前で三人で並んで床に正座をしながら探索等の結果を報告して、怒られていました。だからユーネさん余計な事を言う真似は、今だけはしないで下さい。お願いですから。
あと、メルザさん一人でチップス食べていないで、助けて下さい。沢山作ってあげたんですから。
提案した俺は勿論だけど賛成・実行をした二人にも雷が落ちました。正論故に反論も出来ませんでした。大人しくして反省している事をリゼッタさんに示すと大きな溜め息を吐いた事で漸く終わったのだと悟る。勿論、態度には出さないで殊勝な姿勢を保ちます。
「……はぁ……もういいわ
一応、確認しておくけれど盗賊の総数は確認出来てはいないのよね?」
「ええ、百人は減ったとは思うから、最低でも二百と考えておくべきよね」
「含めても五百は居ないと思っていいでしょうけど、一つ位は奥の手が有るとは考えて置きましょう」
御赦しが出たので正座を止めると痺れた足を使わず這ってベッドへと上がる。平気そうなアエラさん達が羨ましいですよ。あっ!?、ちょっ、メルザさんっ!?。今は止めてっ?!。そんなに愉しそうな微笑で俺の足を突っ突くのは止めてっ!。──って言うかっ、其処は違うんですけどーっ?!。
「……無理、今のシギル、凄く可愛いから」
まだ夜が明け切らない、薄暗く、村の外側には霧のベールが天蓋の様に世界を包み込んでいる中で。村の入り口には人々が集まる。その先にはアエラさん達が並んで立っている。
「それでは私達は霧に紛れ森の中を移動して敵拠点に近付いて待ち、夜が明けた後に奇襲を仕掛けます
殲滅には幾らか時間を要す事は否めません
その際、逃げ出した盗賊が此方に遣って来る可能性が有りますが、落ち着いて、練習した通りに」
「判りました
皆様も、御気を付けて」
「では、行ってきます」
そう言って背を向ける。その際に合った視線からは「良い子にね?」「無茶はしちゃ駄目だからね〜?」「大人しくしてなさいね」「……しっかり、留守番」という意思を受け取った。……信頼は無いんですか。……いやまあ、色々遣ったという自覚は有りますが。もう少し大人寄りに扱ってくれてもいいと思います。夜は一人前以上なので。
村長さん達も盗賊襲来に備えた警備態勢に入るので宿屋の方へと戻る。自分の戦闘不参加がアエラさん達から出された条件らしく、村の防衛にも可能な限りは関わらない事に為っている状態だから離れるしかないというのが実情。本当に、無理そうなら参戦するけど多分、大丈夫だと思うよ。防柵も有るし、盗賊の数も一部は削っているから討ち漏らす可能性は低いから。
(──とは言え、留守番は暇そうだよなぁ……)
せめて、この村が人々の往来の多い場所だったら、【念齢詐肖】を使って村の女性の内から何人か選んでアタックしてみるんだけど……今の状況で、見知らぬ人物が居たら怪しまれるし盗賊の仲間扱いされても、全然可笑しくはない。
そういった事を考えると今日は宿屋で大人しく待つ方が良いんだろうね。一応暇潰し案としては女性陣の料理の手伝いをしながらの情報収集か、同い年以下の子供を含む非戦力の村人と交流を図るか、だけど。
正直、必要以上に目立つ行動は避けるべきだから、やっぱり大人しくしている事が無難かもしれないな。
「──見付けた」
「──ぇ?、ぅむっ!?」
声が聞こえた。だから、当たり前の様に振り向くと視界を青が染めた。感覚が正体は水だと理解したのと意識が薄れて行ったのが、粗同時だった。
最後に視界に映ったのは家の陰から此方を見ていた三歳位の女の子の目の前の状況が理解出来ていなくて茫然とする姿だった。
意識と共に身体も、深い闇の中へと沈んだ。
緩やかな覚醒とは違い、電源を入れた機械の起動を思わせる様な感じで、唐突且つ急速に意識が目覚め、五感が機能を取り戻す。
思い出した記憶が窮地で途切れていた為、直ぐ様に戦闘の体勢を取ろうとした──が、両手は其処に有る筈の脇差しと短剣を掴めず空を握った。普通であれば自分の状態を先ず確認する所なんだろうが、視界には地面に転がっている武器が映っている。そして、その手前と周囲に存在している青い存在に息を飲む。
水で裸婦の彫刻を造ったみたいな美しい曲線を持つ肢体を恥ずかしがりもせず晒していながら、卑猥さは此方等が“そういう風に”見なければ感じないだろう自然さを纏っている。ただ人ではない。人型ではあるけれど人ではない。
慌てずに視野を拡げて、周囲の様子を確認してみて自分が洞窟みたいな場所に居るのだと判った。自然な岩肌の天井・地面・壁面、それに加え地底湖、或いは地下水辺りなんだと思う。綺麗な水が見える。もしも【暗視】が無かったら俺はパニックに為っただろう。だって、ワーナムから俺は拉致されたのだから。
そして容姿を含む情報を総合して答えを導き出す。正直、悩む程難しくない。そんな事が出来る存在には心当たりなんて、一つしか無いのだから。
(……本物、だよな?
本物の“ウンディーネ”が俺を拐った?
意味が判らないって……)
“妖魔”と総称されて、分類される存在。その中に属する水を司る“精霊”の高位存在のウンディーネ。今、俺の目の前に居るのは精霊の女性達。ゲーム等の統一されたデザインと違い各々に個性が有る。身長・髪型・顔立ち・スタイル、多分、態度からして性格も人の様に違うと思われる。ただ価値観という意味では彼女達は同一なんだろう。少なくとも人とは違う事は知識としては知っている。実物は初めて見たけど。
それは兎も角としてだ。彼女達が俺を拐った理由が判らない。殺されていない事から見て危害を加えたり敵意は無いんだろうけど。「見付けた」と言っていた事から考えても意味も無く“悪戯”といった可能性も無いに等しい筈。
不意に、リゼッタさんの言っていた言葉が脳裏には浮かんでいた。考えたくはない事なんだけど。本当に有り得るかもしれないから気を引き締めないとな。
警戒する此方を見ながら何かを話した後、その内の一人が歩み寄ってきた。
彼女達の半分程は人魚の様な下半身をしているが、もう半分は人と同じで二足歩行をしている。代表的なウンディーネの姿は人魚で描かれてはいるが、実際は自由に変化させられるのでイメージは人々の想像等が影響した結果だそうだ。
歩み寄り、立ち止まった女性は、アエラさんと同じ位の背の高さが有るから、自然と俺が彼女を見上げる格好になってしまう。目の保養──いや、毒──でもなくて、目の遣り場に困るナイスアングルなんですが下手に視線は逸らせない。だから不可抗力なんです。ええ、仕方無いんですよ。非力な子供が死なない様に頑張っているだけで疚しい事では有りませんから。
「──じっとしててね」
そう言うと俺の目の前で屈み込んで──綺麗な手で服を脱がそうとしたので、慌てて飛び退いた。いや、別に服を脱ぐ事が嫌だって訳じゃあない。勿論、俺に露出癖は有りませんけど。アエラさん達を始めとして手足の指の数以上の女性と致してきましたから、今更肌を晒す事に抵抗は無い。
但し、それは合意の上の相手だからで、拉致誘拐の犯人とでは有りません。
「……何のつもりです?
急に「じっとしててね」と言われても従える状況ではないと思いませんか?」
そう言ったら、彼女達は物凄く意外そうに驚いた。警戒は解きはしなかったが彼女達の反応を見る限りはやはり害意は無いらしい。余計に目的が判らないな。
「……貴男、私達の言葉が理解出来ているの?」
「……聞き間違いではないのなら、ですけどね」
「信じられないわ……」
「信じられないというのは此方も似た様な状況です
拐われて、目が覚めたら、いきなり服を脱がされそうになるだなんて……
有り得ませんから」
「……本当に解るのね」
その遣り取りで思い出しアエラさん達が居ない事に内心で安堵する。妖魔には人に近い社会性が有るが、言語や価値観の壁も有って意志疎通は至難とされるが【記録書】の翻訳能力にて俺は可能なみたいです。
驚いていた彼女だったが静かに俯いて何かを考える様に黙り込んだ。その姿を見詰めながらも動いたり、逃げたりはせずに待つ事を選んで静かにする。
彼女は少し考え込むと、小さく頷いた。自分なりに何かを決めたみたいだ。
「人の雄よ、私達は貴男に協力を求めます」
そう言うと彼女は後ろに並んだ仲間に頷いて見せ、俺の武器を持って来させて直接手渡してきた。敵意・害意は無いという意思表示なんだろうな。出来るなら最初から遣って欲しかった所なんだけど……普通だと無理な話なんだよなぁ〜。抑、言葉が通じないから。何方等かが頑張って知って片言でも喋れるのであれば意志疎通が出来る可能性は有るんだろうけど。人側は先ず接触自体が難しいから可能性は低い。精霊の方が人に興味を持ってくれれば一番の近道なんだけどね。まあ、態々今の価値観から外れる真似はしないから、守り続けられる不変の秩序・摂理という物も有る以上勝手な希望なんだけどね。
そういう意味でも自分は特殊な存在だろうな。
それは兎も角として今は彼女と冷静に話をする事が大事だと言える。
「……協力、ですか?
事情も解らない現状では、返答は出来ません
それと“人の雄”ではなく俺はオリヴィアです」
「判りました、オリヴィア
きちんと説明しましょう」
そう言いながら俺は受け取った武器を本来の位置に戻しながら、彼女に付いて他のウンディーネ達の居る場所へと歩いていく。
身長差の関係も有るけど少し視線を下げると揺れる蠱惑的な美尻が有ります。とても美味しそ──いえ、可笑しな感じがします。
そんな事を考えていると彼女が止まり、右手を向け一人のウンディーネを差しながら口を開いた。
「この者は私達の中で一番若い者なのだけど、見ての通り体調が悪いの」
彼女が言う様に彼女達の中で一際小柄な娘の顔色を見るが──判らないけど、苦し気な様子と、ぐったりしている様な感じはする。健康な──通常の状態自体知らないから飽く迄も見た印象でしかないんだけど。まあ、他の人達と比べても元気が無いのは確かかな。
「……そうみたいですが、俺は治癒魔法とかは持っていませんよ?」
「そんな事をしても、私達には何の意味も無いわ」
「……それでは、何を?」
「この者に、貴男の精気を注いで欲しいの」
「……………………え?」
「人に倣うのなら繁殖行為をして欲しいの」
「……その、どうして?」
「私達は貴男達人とは違い栄養補給する必要は無いのだけれど、この者の様に体調が崩れた場合には精気を得る事で不調となる原因を自己解決するの
その為に貴男にはこの者に精気を注いで欲しいの」
突拍子も無い御願いだが納得出来無い訳ではない。“そういう設定”は前世で珍しくはなかった。だから行為自体には抵抗は無い。しかし、疑問が幾つか有り確認してからではないと、頷く事は出来無い。
「……事情は判りましたがどうして俺なんです?
村には沢山人が居ましたし男性でなければならないのだとしても、他に成人した人が大勢居ましたよね?
それに精気を得るだけなら魔獣から奪えば早いのではないんですか?」
「確かに、精気を得るだけなら魔獣から奪う方が早い事は間違い無いわ
でも、私達にとって魔獣の精気は意味が無いわ
いえ、正確には自己解決に用いるには“純度”が人に比べて物凄く低いのよ
それから、貴男の言う様に人でも雄でなくては駄目
“陰と陽”は解る?」
「対の存在で、共に在るが故に互いが不可欠、という意味ですか?」
「ええ、それで十分よ
精霊にも雌雄は有るけれど私達の様に高位種は大体が雌のみなのよ
だから人の雄の精気でしか意味を為さないわ
その中でも貴男は、どの雄よりも活力に満ちた精気を持っていたからよ」
「……そういうのは、精霊だからの感覚ですか?」
「高位精霊の力の一つよ
それで、どうかしら?」
「……精気を注いだら俺は死んだりしますか?」
「そんな事は無いわ
いえ、正確には死なないで済む貴男が居たから私達も人の雄を殺めずに済む事を嬉しく思っているのよ
基本的に私達精霊は人とは関わらず存在し、自然界の秩序を保っているから」
「……彼女は、俺が相手で平気なんですか?」
「?、どうして?」
「え?、いや、普通は全く知らない相手とは……あ、もしかして……貴女達には恋愛感情や価値観とかって無かったりしますか?」
「ああ、そういう事ね
私達にも好き嫌いの感情や価値観は有るけど、それは人とは似て非なる物ね
だから気にしないで」
「……判りました
俺で彼女を助けられるなら協力させて貰います」
「有難う、オリヴィア」
そう言い微笑む彼女達に見惚れそうになる。精霊が相手という事も有り本名を教えたんだけど……真名的効果って無いよね?。
それはそれとして追加で訊きたい事が出来たので、行為の前に訊いておこう。
「あと、もう一つだけ
貴女達は普段から村の側に居るんですか?」
「いいえ、今は“渡り”の途中で近くを通っただけよ
私達は人の前には姿を現す事は滅多にしないから
貴男が助けれてくれた後は私達は直ぐに発つから会う事は無いでしょうね」
了承して、いざ、始めるという所で止まる。それは失念と言えば失念だけど、前世での場合には御都合的設定が働いていた為、特に気にしなかった問題だ。
「……あの、素朴というか根本的というか、ちょっと疑問なんですどね?
行う上で肝心な事ですが、精霊って“実体”は有るんですか?」
「……ああ、人は私達には実体が無いと考えているのだったわね
安心して、私達にも実体は有るのよ
誤解される理由は、私達が自然と同化する為ね」
「そうなんですか……
それと、衣服は着てないと思うんですが……そのまま触れても大丈夫ですか?」
「ええ、問題無いわ
人の衣服の様に見える所も私達の一部で、人の皮膚と同じ様な物だから」
「判りました」
まあ、事に及ぼうとする時点で、彼女達にも実体が有るだろうとは思ったよ。ただ、衣服なのか肌なのか区別が出来無いし、実際に精気を注いでみたら漏れたなんて笑えないから。一応確認しておいた。
改めて相手となる座った姿勢のままの彼女の前へと屈んで、視線を合わせると右手で頬に触れ、ゆっくり顔を近付けて唇を塞いだ。スベスベとした肌は上質なシルクを思わせ、見た目に反して冷たい感じはなく、程好い温かさをしている。小さ目な唇は柔らかくも、ぷっくりとした感触がしてたっぷり味わいたくなる。
彼女に抵抗感や拒絶感は感じられない事から以前に経験が有るのか、種族的に初めてでも気にしないのか俺を受け入れるだけでなく彼女の方も求めてくる。
「……んっ、ぢゅんっ……ふぅっ、んちゅぢゅっ……はぁっ、んぅっ、ん……」
吐息と水音が重なり合い一つの曲を組み上げる様に彼女を求めている。愚息は既に臨戦体勢に入ったが、理性か本能か判断し難いが彼女をもっと味わいたいと訴え掛けてくる。今直ぐに彼女と一つに為りたいのを堪えながら、彼女を後ろに優しく押し倒すと、重ねた唇を肢体へと這わせる。
薄手の水着でも着ている様な滑らかな彼女の双丘に小さくも、しっかりとした芽吹いた蕾を見付け、唇で摘み取る様に食む。すると彼女は一際甲高い声を投げ身体を強張らせた。
そんな反応から基本的に人と性感帯は違わない事を理解すれば、意識は彼女と行為に一気に傾く。何しろ経験を活かせるのだから、試行錯誤する必要は無くて自分も愉しむだけの余裕を持つ事が出来るのだから。
行為の最中、興味深いと感じたのは人と同様に濡れ男を誘う様に薫る事。その香は媚薬の様に思える。
精霊である彼女達には、必要な事だとは思えないが今の彼女が“人の精気”を必要としているという事を考えてみれば、そういった身体機能を備えている事は可笑しくはないのだろう。
「……行きますよ?」
「ん……来て……」
装備を外して衣服を脱ぎ彼女の脚の間に身体を入れ愚息を未知の洞窟の奥へと送り込んだ。人の身体とは明らかに違う感触。思わず背筋に悪寒が走る。それは生物としての本能だろう。“喰われる”という認識を瞬間的に感じてしまう程の快感に襲われたのだから。
だが、それは一瞬の事。薬物等による中毒性が強烈である様に、彼女が与える快感を“雄の本能”が貪る様に求め始める。客観的に見ている別の自分が「あ、これ、マジでヤバいは」と冷や汗を流しているのだが欲求と身体は止まらない。更に自分の動きに合わせ、ダンスを踊るかの様に揺れ誘ってくる双丘と蕾。耳を犯す様に響く嬌声は脳髄に侵食して染め上げてゆく。
彼女の全てが、雄に催促するかの様に感じて。しかし、其処には忌避感や嫌悪感、恐怖心は存在せず只管に彼女を満たそうと。心身は彼女を求め続ける。
それが怖さなのだが。
その程度の事では、全く障害には為らない。そして俺は彼女と共に達っすると約束した通り、たっぷりと彼女に精気を注いだ。その際に感じたのは搾るよりも吸い取られる様な虚脱感。──とはいえ、【性皇剣】によりチート化された身に気絶という言葉は無い!。……か、過去の事は、持ち出し禁止ですから!。
ただまあ、一息吐いたら冷静に為って理解出来た。俺と交渉したリーダー的な彼女が言っていた通りなら俺じゃなかったら、確かに死人が出ていたと言える。精気が体力と呪力の何方を差すのか、或いは両方かは定かではないが。必要量は確かに致死量だと感じた。飽く迄、個人的な主観での判断だけどアエラさん達と一人5回ずつ、連続でした後みたいな感じだからね。普通では無理でしょう。
そう思っていると彼女の両腕が首に回され、潤んだ双眸が俺を見詰めてくる。
「……ね?、オリヴィア、もっとして?……」
「……えっと、大丈夫?
体調は良くなったの?」
「うん、もう平気
でも、もっとオリヴィアが欲しい、もっとしたい
それとも……駄目?」
そんな風に女性に言われ「うん、もう無理です」と言える鋼以上の精神を持つ男は先ず居ないと思う。
言えるのなら男としての心が枯れているのだろう。女性の“御強請り”を無視出来るんだからね。
それは兎も角として。
続けて三回戦を終えると流石に彼女の方が果てた。“精霊に勝った”といった事実よりも「人と似てても一回の耐久力が半端無い」という戦慄が勝ったのは、口にすべき事ではない。
それでも自分の遣るべき事を成し遂げた達成感が、充足感と倦怠感と相俟って心地好く感じられていた。──身体に触れてくる他の誰かに気付くまでは。
「……え、え〜と?」
視線の先には昂った熱に浮かされ、発情していると見受けられる艶っぽ過ぎるウンディーネの御姉様方が準備万端な様子で俺を事を見詰めて居らっしゃるでは有りませんか。その中には濡れ過ぎて漏れ出している状態の方も何人か。
引き吊り掛ける表情筋に「気合いで耐えろっ!」と檄を飛ばしながら、首筋を伝う冷や汗を誤魔化す。
そんな俺を見詰めながらリーダー格の彼女が近付き顔を寄せてくる。近くだと先程まで抱いていた娘より綺麗で魅惑的だと思った。スタイルも抜群だし。
「……無理を承知で貴男に御願いが有るの……」
「御願い、ですか?」
「ええ、御願いだから……
その者と同じ様にとまでは言わないから……私達にも貴男の精気を注いで……」
「えっと……何故?」
「私達にも解らないの……
“当てられた”って可能性も考えられるけど……
こんな事は初めてで……
でも、凄く切ないの……」
「……判りました
出来る限り、頑張ります」
「嗚呼っ、有難うっ!」
「もしも、断ったら?」という言葉は飲み込んだ。精霊は“個にして全”だと聞いた事が有る。だったら俺達に感化された可能性は否定出来無い。何より俺を求める彼女達を拒絶しては【性皇剣】持ちとして男が廃りますからね。
俺の返事に歓喜しながら彼女達は群がって来た。
深く闇の淵に沈んでいた意識が水面へと浮かぶ様に現実へと戻ってくる。
肺に溜まった熱い空気を開く唇から吐き出しながら大きく外気を吸い込んだ。ひんやりとした空気が肺を刺激すると、意識は急速に目覚めて感覚を取り戻す。重たい目蓋を開き、最初は霞んでいた視界もピントが合うのと同時に記憶の糸を手繰り寄せて、理解する。
気怠い身体を起こすと、衣服を着ている事に気付き周囲にウンディーネの姿が見えない事から言っていた通りに出発したんだと察し──取り残されている事に気付いた。
「……使えるかな?」
【転移魔法】の対象内に入っていれば脱出出来る。だが、出来無かった場合は何かしら手を考えなくては死んでしまうね。彼女達に悪気は無いんだろうけど。多分、眠っていた俺の事を気遣って休ませてくれたんだろうから。だけどまあ、出来る事なら元居た場所に戻して欲しかった。いや、村人と接触してしまう事や目撃されてしまう事を懸念したのなら、それは難しい要求なのかもしれないが。それなら、せめて村以外の場所でも良かったのにね。……ああいや、その場合は魔獣に襲われるか。ずっと彼女達も俺が目覚めるのを待っている訳にも行かないだろうから仕方無いかな。
そう考えていた時、傍に直径5cm程の透明な球体が転がっているのに気付く。その中には指環が見える。
「……置き土産かな?」
そんな気がして、右手を伸ばし、その球体に指先が触れた瞬間だった。球体が電気を点けた様に光った。反射的に左手で顔を隠し、その場から転がって離れて右手を脇差しの柄に掛けた──所で声が響いた。
「おはよう、オリヴィア
眠っていたから起こさずに行くけれど、私達は貴男に出逢えて良かったわ
とても素晴らしい一時を、貴男はくれたから……
だから私達は貴男を決して忘れはしないわ
この指環は御礼よ
村に向かう途中で見付けた物だけど、指環は数百年は経っている品だから村とは無関係な筈よ
使うなり売るなりしてね
……それと、オリヴィア、もし、また会えるたなら、その時は私、貴男と──」
──と、肝心な所で妙に騒がしくなり、途切れた。滅茶苦茶気になるんですが続きは不明なままらしい。球体は割れて、水になって地面へと染み込んでいる。残されたのは話に出ていた灰──いや、くすんだ白い指環だった。数百年前の品というのが本当なら凄いが同時に怖くも有る。だって効果が不明な魔道具という可能性も有り得るからね。まあ、彼女達が御礼として置いていった位だから一応“呪われている”可能性は無いとは思う。それよりも彼女の言葉が気になって、どうしようも無いんですが何とかして下さい。
まあ、考えも仕方が無い以上は切り替えましょう。気にはなるけど、先ず一つ確認して置かないとね。
ステータスを呼び出してスキルの増加を確かめると──ええ、増えています。どうやら、相手が女性なら精霊──妖魔でも効果対象みたいです。……まさか、魔獣でも雌なら対象に?。いや、獣姦趣味は無いし、魔獣相手をにして命懸けで試そうとは思いませんよ。ただ、可能性として考えただけですから。
「──と言うか、あれ?、数が可笑しくない?」
一覧上に表示されている新規スキルを数えてみると全部で、二十一個有った。彼女達は二十人だったので“一人”分多い事になる。……え?、もしかして実は二十一人目が居たとか?。ははは……まさか、ねぇ。
背筋を冷たい何かが撫でて伝い落ちる様に流れゆく。しかし、意識的に排除して気にしない様に努めると、思考を切り替えた。改めて新規スキルを見てみて──其処で気付いた。
[裏スキル]
【精霊の祝福・水】
水の精霊・ウンディーネに愛される者の証。
水害・水難から身を護られ水属性のスキルの効果等が通常より増大する。
但し、最大で十倍までで、相互間の信頼関係によって増減するが通常より下がるという事は無い。
うん、これは複写した訳じゃなくて、俺自身が獲得した物だね、間違い無く。それに確か、聞いた話だと“高位精霊に好かれた者は属性スキルの効果が増す”という事だった筈だから、そういう事なんだろうな。ただ、必ずしも俺みたいに“直に愛し合って”という事が条件ではないと思う。だって、精霊──特に高位存在は人の前には現れないという話なのだから、先ず可能性は低い。それに加え“最大で十倍”という点と増減の条件から考えるなら“気に入られた”程度でも獲得が可能かもしれない。裏スキルだから所有者自身気付かないし、それ以上に関係を向上させ難い事から知られている増大の具合が1.1〜2倍程度なんだと説明出来無くはないしね。
「……と言うかさ、これの獲得条件が彼女達との行為だったとすると、同じ様なスキル持ちか、単独の時に限られるよなぁ……」
抑、接触する可能性自体低いのに、それだとすると“偶に居る”という程度の話では済まないし、効果も低くはない様な気がする。いや、抑として、獲得する条件が考えている通りだと俺の場合、効果の増大率は初期値となる現時点で何倍なんだろうか。決して低くという事は無い筈。もし、低い場合は、上げる為には一体何を遣ればいいのか。そういう問題になるよね。
ただまあ、それはそれで脱出する目処が立った事で気持ちに余裕が出来たから改めて周囲を見回す。
マップも表示出来るので特殊過ぎる場所という事は無さそうだ。
「──って、そうか
確か、マッピングって自動だったんだっけ……」
念の為に、ステータスを見て確認してみれば、そう表記されていた。
それで納得する。何しろマップには行った事の無い場所が“既知”として書き込まれているんだからね。つまりだ、気絶していても俺自身が移動した場所なら自動的にマッピングされるという事なんだね。うん、把握出来ている様で意外と認識が足りていない部分も結構有るのかもしれない。──とは言え、そのお陰でワーナムの方向は判った。
問題は時間的な事だけど気にするのは、先に周囲を探索してからにしよう。
そう思っていたんだけど【暗視】も有るから5分も経たずに地面の有る部分の探索は終了した。
終了はしたんだけれども問題が起きました。何しろ目の前には、自然の岩壁に“カモフラージュ”されて隠されていた人工の大扉が出現しているからです。
壁だった場所に近いたらウンディーネが御礼として置いて行った指環が光り、壁がグニャリと歪んだ後に掛けられていた魔法が霧散するかの様に消え去って、大扉が現れました。ただ、問題は其処ではない。
「……賭け、だよな……」
本来ならアエラさん達と一緒に挑みたいが、此処に彼女達を連れて来る方法が今の自分には存在しない。このまま放置しておいても誰も此処には来れないとは思うんだけど、結果としてカモフラージュを解いた為村への影響が全く無いとは言い切れない。それなら、攻略に挑戦するというのも選択肢としては有りかと。
しかし、その場合、俺が村で行方不明に為っている時間が延びてしまう。今も判らないという状態なのに更に延ばしてしまう選択はアエラさん達を心配させるだけではなく、村の人達に罪悪感を与え、溝や衝突を生じさせる原因に為りそうだという事が懸念される。下手するとアエラさん達と村人が争う事に──は先ず為らないか、実力的に。
「……よし、遣ろう」
意識しては使えないが、【直感】が危険を報せてはいないし、【転移魔法】で脱出してしまえばいい。
だったら、折角の機会を活かして“冒険”してみる事も成長には必要だろう。
これも縁だろうしね。
やはり特殊な造りらしく大扉は見た目よりも軽くて簡単に押して開けられた。その先は自然の洞窟の様に曲がりくねった道が奥へと延びていた。怯む事無く、油断もせずに進んで行けば以前のダンジョンの最奥の小部屋に似た場所に着く。ブロックの人工壁が左右と前方、天井と床を囲む中、床に魔方陣が描かれていて正面の壁には文字が並ぶ。以前、迂闊に読んでしまいリゼッタさんに驚かれた、綺麗な状態の古代文字が。
こういう部分にも色々な魔法技術が使われていると思うと、ダンジョン自体の持つ価値の多様性を改めて考えさせられてしまう。
「“汝、勇敢なる挑戦者よ
我が秘術を得たくば、我が試練を乗り越えよ”、ね
これは何方なのかな?」
その下に有るのは魔方陣起動用の詠唱文みたいだ。一度、ダンジョンに挑んだ経験が有るから判る事だと実際に直面してみて初めて実感する事が出来る。
何事も経験は大事だね。
取り敢えず、魔方陣から離れて周囲の確認をして、他に仕掛けも無かったので魔方陣に入る。装備を確認して両手に脇差しと短剣を持った状態にする。何しろ転移先が安全な保証なんて無いに等しいのが此処でのダンジョンという存在だ。寧ろ、悪意の塊だと思う。少なくとも、初体験だったダンジョンはそうだった。
此処が同じ様に悪意有るダンジョンだとは限らない訳だけど、少なくとも人を歓迎してはいない。何しろ地下に設置されている上に出入口は水中。勿論、昔は普通の洞窟だったんだけど地震等で地形が変化した為水没してしまった、という可能性は考えられるけど。カモフラージュを解除した指環が水中に沈んだままで誰にも発見されなかった。それを、どう考えるかだ。このダンジョンの製作者が意図的に水中に隠したなら誰にも近付かれたくはない可能性も有る。偶発的なら指環の所有者の死亡後に、洞窟が水没したという事も可能性としては有り得る。
まあ、考え過ぎても何も答えは出ない以上、挑んで確かめるしかないけど。
深呼吸して、集中する。そして、詠唱文を唱える。
「……“求めよ、然れば、深淵へと誘おう”──」
経験は偉大だと言える。転移する感覚を知っているからこそ冷静で居られるし集中力も切れない。視界が淡い光りに包まれながらも意識は転移後に備える。
視界が戻るよりも早く、皮膚が、口耳鼻が、異変を察知した。衣服が濡れて、一気に重くなった。身体を浮遊感と共に束縛感が襲い圧迫感を感じる。視界には“気泡”が映った。
「……普通だったら即死が確定の罠じゃないか……」
水中に転移させられて、俺は溜め息混じりに呟く。ウンディーネから複写したスキルが無かったら、俺は終わっていたかも。まあ、転移する余裕は有ったから混乱さえしなければ生きて脱出は出来ただろうけど。このダンジョンの製作者は質が悪いのは間違い無い。
[スキル]
【水棲】
水中で活動出来る。
呼吸は酸素を必要としない為に息継ぎの必要も無い。また身体への悪影響も出る事は無いが、水の抵抗等は普通に生じる。
【水化】
自分の身体を水状態に変化させる事が出来る。
変化中は物理的には身体は損傷する事は無い。
変化前に損傷していても、変化後に必要な量の水分を吸収する事で再生可能。
この二つが有るから俺は洞窟からの脱出も出来ると確信していた訳だけど。
これで、はっきりした。このダンジョンの製作者は挑戦者を歓迎しては居らず容赦無く殺す為に魔方陣の罠を仕掛けている。それは以前は人が普通に来られる状態だったという証拠にも為ってくる。何しろ、俺の様に水中でも活動の出来る存在でないと来れないなら魔方陣の罠は無意味だし。
皮肉というべきなのか、俺を拐ったウンディーネが指環を見付けたから大扉は姿を現し、俺だったが為に罠は無意味と為った訳だ。或いは【精霊の祝福・水】が護ってくれたのかもね。捻くれ者が残す執念よりも彼女達の俺への純真な愛が勝るのは当然でしょうね。……口に出す勇気は俺には有りませんが。
周囲を確認してみれば、水底──床に幾つも髑髏や骸骨が散乱し堆積している状態が目に映った。本当に初見殺し以上に質が悪い。それだけに攻略しても何も無さそうな気がするけど、此処で退くのは負けた様な気がするから、進む。
この際、成果の有無には拘らずに攻略する事だけを考えて挑もうと思う。絶対此処を攻略して、製作者を悔しがらせて遣るんだ!。
攻略していく上で幾つか気を付けなくてはならない注意点が存在する。先ず、俺自身のダンジョン内での状態だろう。普通は地面に立って歩いて進む訳だけど隙間無く満たされた水中を泳ぎながら移動しなくては為らないという事だろう。落とし穴や落下物系の罠は水中という事で使えないが串刺し系の様な罠は効果が普通よりも高い。水中故に瞬発力で飛び退くといった緊急回避方法が出来無い為命中率が上がるのだから。他には視界の確保だろう。通常なら兎も角、水が濁り視界を奪った場合、簡単に視界の状態は回復しない。特に気を付けるべき点に、今までの戦闘方法は通用し難いという事だろう。
「……後は、一人での挑戦だって事かな」
相談も出来無いし、度々確認する事等も出来無い。今有る物、その全てを駆使していくしかない。改めて考えると無謀な挑戦だって言えるんだけど。今更引き下がるつもりも無いから、意地でも攻略して遣ろう。
気を引き締めてから先ず底に堆積する骨の山の中に混じっている装備品を回収する事にした。留守番する事も有り俺が魔法の小袋を預かっていた為、放置するという勿体無い選択をせず持ち帰る事が出来る。
「水中って意外にも状態が保存され易いよな」
完全な状態で、という訳ではないが、空気や日光に曝されない為か、劣化せず発見される事が珍しくない様な印象が有る。その辺は詳しくはないので飽く迄も個人的な印象だけど。
それから、魔法の小袋は防水は勿論、防刃処理等もされている逸品らしくて、水中でも問題無しです。
一瞬、魔法の小袋の中にダンジョン内に満ちる水を入るだけ入れてしまったら水位は下がるのか。そんな疑問を懐き、実験しようか悩んでしまうが、止める。もし、絶えずダンジョンに水が供給されているなら、入れた水を出せなくなって容量を無駄に圧迫されたら他の物を入れられなくなる可能性が有るからね。
回収しながら考えるのはアエラさん達への回収物の説明(言い訳)だった事は、言うまでもない。
「──っと、来たか……」
陸上では聞き慣れない、掻き回す様な音が響く。
如何に水中であろうとも此処はダンジョン。なら、存在している方が自然だ。
回収を中断し、脇差しと短剣を構えながら、其方に振り向けば姿を捉える。
見た目は粗鮫。しかし、胸鰭が蝶の羽だった。
「……まさか、その姿から“チョウザメ”って事?」
まだ魔物に関する知識は乏しいから解らないけど、今までの経験から、そんな名前の様な気がする。
まあ、今はそれよりも、群れで遣って来ている事を警戒しないとね。しかし、本当にダンジョンって所は容赦の無い場所だな。
此方を認識したらしく、先頭を泳ぐ一匹がスピードアップして迫ってくる。
陸上なら、飛来する鳥の魔獣を相手にしても動きを見極めながら引き付けて、ギリギリで躱してからの、カウンター気味での一閃。それで勝負有りだけど。
水中では全く勝手が違い動きが制限される。水棲の生物の大半の身体に強靭な筋肉性の構造を備えている理由が理解出来る。陸上と水中では動き一つに掛かる抵抗力が全く違うからだ。彼等は呼吸等の問題で陸に上がれば色々制限が掛かり弱くなってしまうが。もし関係無く活動出来るのなら大きな脅威となる筈だ。
しかし、それは何も対処方法が存在しない場合だ。対処が出来るのであれば、脅威には為り得ない。
何もしなければ浮くか、沈むのが当たり前だけど。“意識的に”自分を沈めて床に着地し、猛烈な勢いで迫ってきて体当たりしようとしているチョウザメを、身体の下を潜り抜ける様に身を屈め、背鰭の様に立て構えていた脇差しが自らの速度によってチョウザメの腹を斬り裂いた。
水中に煙の様に広がったチョウザメの血。水中でも臭いがするのは頂けないが気にしては居られない。
僅かに遅れて二匹同時に襲い掛かってくる。各々が左右の手足の何れかを狙い咬み付こうとする。それを独楽の様に回って躱すのと同時に鰓辺りを下から上に斬り付ける。都合三匹分の血が周囲を漂えば、嫌でも濁り視界を遮ってくれる。普通なら、その場から離れ戦闘を継続する所だろう。だが、敢えて一匹目の血が漂う場所に向かって移動し血霞に紛れる。
追従していた残り五匹が此方に突っ込んで来た所を背後から襲い、残り四匹。
陸上でも言えるが物体は加速すればする程に停止に必要な力と距離が増える。視界が悪い中に突っ込めば止まり切れず壁に激突するというのは単純な話。その衝撃で気絶し浮かぶ一匹は放置するとして、回避した残りを先に狙う。
如何に強靭な筋肉を持ち自由に泳ぎ回れるとしても急停止・急旋回は出来ても遊泳速度は落ちる。如何に強力なエンジンも巨大なら総重量は増し、その分だけ一定速度に到達するまでは時間を要し、動きは鈍る。それに加えて視覚と嗅覚が一時的にでも、機能しない状態になれば混乱や焦りを懐くのは当然だと言えた。
距離を取ろうとしていた三匹を仕留めて、放置した最後の一匹に脇差しを突き刺して戦闘は終了する。
戦闘中は気付かなかったけれど血が、屍骸が残ったという事はチョウザメ達は魔物ではなく、魔獣という事になる。製作者が態々、捕まえて放流した可能性が自然と思い浮かんだ。
チョウザメ達を回収して血で濁った水に向け右手を突き出す。そのまま水質の浄化──この場合濾過でも構わないだろうが、それを意識する。すると、右手が淡く光を纏い、濁った水が綺麗に変化した。
「……性能がヤバいね」
それはウンディーネから複写した【精霊魔法・水】という魔法スキルの効果。但し、このスキルが普通と違うのは詠唱・呪文が無いという事だろう。それ故に後々に呪文が増えるという事は起きないが、自在性は別次元だと言える。流石は精霊の固有スキルです。
実は、チョウザメ戦でも使用してみていた。水中で浮いている状態は陸上での空中に有る状態に近い為、接地した形で戦いたかった事から水圧を操作する事で擬似的に陸上戦の動き方を可能にしてみた。
失敗する可能性は十分に考えられたけど【水化】の再生能力が有るから出来た実験だった訳です。
それから、【水中戦闘】【高速遊泳】【環境適合】【感知】のスキルが有った事で初めての水中戦でも、ある程度は思い通りに動く事が出来た。いや、本当に彼女達には感謝です。
(しかし、魔物じゃなくて魔獣がメインだとしたら、ダンジョン内の敵数自体は上限が有るかもな……)
勿論、そんなに製作者は易しくはないだろうから、“そう思わせる為の罠だ”という感じに考えておいた方が良いだろうな。
そんな事を考えながら、先輩達の遺品を回収し終え先へと進む事にする。
【探知】を使いながら、最初に転送された部屋から延びる通路を進む。先程のチョウザメ達が遣って来た方向なので油断はしない。罠が有る可能性も高い。
【直感】様、物凄く頼りにしてますからね!。
所で、紛らわしいけど、【感知】と【探知】は別のスキルですよ。【感知】は自分を中心にして球形状の範囲内が対象。【探知】は【感知】の範囲を一部だけ切り取った感じの範囲内を対象としている。全方位をカバーする【感知】は防御向きのスキル。【探知】は限定される代わりに距離や精度に優れている。
因みにだけど【探知】はユーネさんも持っている。ユーネさんの話では魔獣・魔物・人の区別は出来るが個体での識別は出来無いし強さは判らないらしい。
便利なスキルなんだけど至れり尽くせりといった訳ではないんですよ。
超高性能な万能レーダーみたいなスキルも世の中に有るんでしょうかね。
通路を慎重に進むけれど敵とは遭遇しないし、罠が作動する事も無いままに、次の部屋へと辿り着いた。思わず気が抜けそうな位に呆気無かったが、それ故に不気味でしかない。
一通り部屋を探索したが特に気になった事は無い。最初の部屋に堆積していた骨の山に対し、綺麗な床はオープンしたばかりの水中施設みたいな事から見ても奥まで進んだ者は限り無く居ない気がする。
先に続く道は二つ。先程通ってきた通路から見て、正面と右側。一応マップを表示してみても情報が少な過ぎて判断に困る。だから【直感】に頼る。両方へと進む意思を浮かべてみると正面は特に何も感じないが右側の方には良くも悪くも何かを強く感じる。
(……これはアレかな?
正面は攻略の最短ルート、右側は時間は掛かるし罠も有るんだけど、宝箱とかも有るって感じかな……)
少々悩むが、遣る以上は完全攻略したいのが性だ。だから、漢の選択は一つ。何時かじゃなく、今此処で行くしかないでしょう!。
気合いを入れて、右側の通路に入って進めば前からチョウザメが遣って来た。一匹一匹は先程の個体より小さくて半分位なんだけど二十匹は居るし──早い。小型な分、敏捷で厄介だ。しかし、その反面、攻撃・防御は格段に落ちる。
その為、先程よりかは、多少時間を要しはしたけどノーダメージで倒し終えて回収しました。追加が来る可能性が有るので、浄化も忘れずに遣ります。
その後は敵は出て来ずに次の部屋に着いた。其処は正面と左右両側に先に続く通路の有る部屋。マップで確認してみれば左の通路は一つ前の選ばなかった方と繋がっている様な気がする感じだったので除外する。正面は特に何も感じない。右側は……やはり、両方の何かが有るという感じ。
ふと、昔──前世の話を思い出した。迷路を抜ける必勝法だか何だか詳しくは忘れたけど、右手か左手か何方等かを壁に付き続けて進んで行けばクリア出来るという感じの話を。
まあ、ダンジョンだから関係無いんだけどね。
右の通路を進んで行く。──と、それは、いきなり自分に襲い掛かった。
これまでは大人しかったダンジョンが牙を剥いた。前後の通路が、左右の壁が轟音を響かせて水を震わせ閉じ込める様に動き出し、【直感】が最大級の警鐘を鳴らした為、一切躊躇せず【高速遊泳】で全力で前に向かって泳いだ。
余裕は有ったが、抜けた先で壁が閉じるのを見届けマップを確認してみると、今通った筈の場所が綺麗に空白となっていた。空白は最初は未到地を示すのだが今は明らかに“不可能”な場所として表示されている事に冷や汗が流れる。
閉じ込めるだけではなく“空間諸とも”消滅させる製作者の思考に身の危険を感じない訳が無い。だが、「ビビったら敗けだぞ」と負けず嫌いな俺が呟く。
一息吐きながら【感知】により補足したチョウザメ御一行を狩り、回収する。身体を動かした事で思考も冷静さを取り戻した。
「取り敢えず、進もうか」
マップを見ると位置的に行き止まりではない様には思えるので、大丈夫な筈。万が一の時には転移すれば脱出は、出来るのだから。……悔しいが、死ぬよりは遥かに増しだ。潔く死ぬ、という潔癖過ぎる価値観は持ち合わせてはいません。俺は生き汚くても生き残る為に足掻きますから。
通路を抜けた先。其処に部屋は有ったんですけど。今までの三部屋とは違って……まるで、船底に付いた富士壺みたいな凸凹な物が全体を覆い尽くしている。そういう造り、デザインと言われてしまえば、深くは考えずに納得すると思う。
但し、【感知】に多数の反応が無ければの話だ。
(……姿が全く見えない、という事は部屋を覆ってる富士壺の中って事か……)
無数の富士壺の大きさは均一ではない。ただ、形は基本的に同じ様に見える。そして口を開けている様に見える穴。大きさは小さい物で直径5cm程。それから推測すれば相手の大きさは最低でも直径4cm以下だと考える事は出来る。
問題は魔物か魔獣かだ。魔獣なら数量限定だけど、魔物の場合には下手すると時も数も無制限一本勝負を強いられる可能性が高い。此処の製作者の敵意的に。
「──っ、来るかっ!」
【感知】しながらも特に動く気配が無かった反応が近い物から一斉に此方等に向かって動き出した。
スキル的には大丈夫でも初見の相手だから緊張する事は仕方が無いと思う。
彼方此方の富士壺から、水槽のエアポンプみたいに泡が吹き上がってくる。
その光景だけを見たなら綺麗なんだけれど、此処は性悪な製作者の怨念の籠る醜悪なダンジョンだから。見惚れてなんていられないでしょう。死にたくないんだったらね。
気泡の森に潜むかの様に接近してくる敵。しかし、【感知】にも【探知】にもばっちり補足出来ている。
一番最初に接近した敵に視線を向けて姿を確認して──顔を引き吊らせる。
見た目で言えば穴子だ。大きさも予想していた位で体長は40〜50cm程だ。だが、一目見て理解する。此奴等はヤバい。マジで、ヤバ過ぎる。そんなに何がヤバいって、此奴等の身体──ドリルじゃないか!。
そんな此方の心の叫びを“ネタ振り”だとでも受け取ったのか絶妙な間合いで身体を捻って高速回転して突進してきた。穴子だからドリルって事?。魔物なら製作者のセンスだろうけど魔獣だったら災害指定対象確定なんじゃないかな?。──と言うか、名前は?。アナ──それは違う、多分違うからアナリルとか?、或いは、ドリナゴかな?。取り敢えずは、ドリナゴと呼ぶ事にしておこう。
それは兎も角として。
正直、脇差し等で攻守を行ったら削られそうだし、高速回転している彼奴等を綺麗に斬る自信は無い。
先ず間違い無く、武具が先に破壊されてしまう。
(くそっ、一か八かだ!)
【精霊魔法・水】を使い脇差しと短剣、その刃へと水を纏わせて圧縮していき薄く、鋭く、“水の刃”をイメージする。ギリギリで回避したドリナゴの鼻先に短剣の水刃を差し込む様に突き出して、振り抜く。
擦れ違ったドリナゴより迫って来る次のドリナゴを視界に入れて迎撃する。
正直、手応えは有った。何かを斬り裂いた感覚は、確かに有った。だが、一々確認していられる程の間を此奴等は与えてくれない。
弾幕と言ってもいい程に次から次へと突進して来るドリナゴ、ドリナゴ。
鬱陶しくなるが、それを気にして苛々してしまうと余計な思考に引っ張られて動きが鈍り、乱雑になる。だから、兎に角ドリナゴを斬って斬って斬りまくる。
幸いにもドリナゴの球筋──いや、弾道……軌道は直線だけだった。カーブやフォークやナックルとかが無くて良かったです。
そして周囲が血により、まるで血の池地獄みたいに成り果てた中、【感知】の反応が完全に無くなった。【水棲】のお陰で呼吸する必要は無いんだけど。今は疲労感から肩で息をして、大きく乱れた呼吸をする。
魔獣だったから、追加は現れないだろうけど。暫くドリナゴは見たくない。
食べたら美味しいのかもしれないけど。出来れば、ダンジョンの中には居ない事を願うのみです。
漂うドリナゴを数えるが途中で嫌になって止めて、取り敢えず回収してみたら二百匹を越えていました。うん、それ位は居たよね。──と言うか、魔法の小袋容量半端無いって。マジで製作者様の事尊敬します。
水を浄化してから部屋を調べてみる。富士壺自体は生きてはいないみたいだしドリナゴが作った巣穴だと考えるべきなのかもね。
そんな富士壺部屋の中に一ヶ所だけ、富士壺が全く付いていない場所が有る。罠を疑ってしまうが直ぐに思い当たる事が有った。
その場所に手を当てれば壁の中へと通り抜けた。
隠し通路だ。付着させる事が出来無いから、綺麗に空き地状態だった訳だね。製作者的には隠したかったのかもしれないんだけど。裏目に出ましたね〜。
「まあ、性格の悪さだけは健在みたいだけど……」
確かに隠し通路は有る。しかし、その直径は僅かに30cm程しかない。絶対に入れなくて未練たらたらで悔しがる発見者を嘲笑って愉悦を感じたいんだろう。そんな姿が容易く浮かぶ。
だが、俺は北叟笑む。
それは何故か?。答えは簡単、俺は通れるからね。新しく得たスキルの中には【変体】という物が有る。これは単独では意味の無いスキルだけど特定の効果を持ったスキルが有る場合に限って効果を発揮する。
その特定の効果を持った【水化】により【変体】は有効となる。自分の身体を水に変え、そのまま形体をスライムみたいに柔らかく伸ばしながら隠し通路へと入っていく。
そのままの大きさが続く通路は宛ら配水管みたいでまるで自分が汚物に為った様な感じで気分が悪い。
きっと、これも製作者の狙いなのかもしれないな。「ププッ、其処まで遣って何も無かったりして〜」と最悪な想像をしてしまう。想像して、有り得そうだと思えてしまったから余計に気が滅入ってしまった。
それでも通路の最奥まで辿り着くと、一辺1m位の正方形の小部屋が有って、宝箱が置かれている。
【探知】と【直感】でも確認するが流石にミミックではなかった。ミミックも水中だと溺死するのかも。そう考えると、シュールな光景だと言えるかな。
宝箱を開けようとして、実は上蓋が天井に当たって開かないとか、中身が取り出せないとか、有りそうな気がしてしまったんだけど普通に開きました。流石に疑い過ぎですよね。それは反省しましょう。
宝箱の中身は青い指環。うん、どうして宝箱の中は装飾品系なのかな?。誰か教えて下さい。もしかしてダンジョンの製作時代でのブームの名残ですか?。
富士壺ルームまで戻り、【水化】【変体】を解いて元に戻って一息吐きながら指環を見ながら考える。
一応、魔道具の使い方は教わって知っているけど。鑑定する方法は今は無い。リゼッタさんは出来るけど俺は使えない。この指環が魔道具か否かは試してみる事ではっきりするんだけど危険性は否めない。
因みに、特殊効果を持つ武器・防具と魔道具は一見同じ物に思えるが実際には別物として分類される。
また効果を持つ装飾品等であっても魔道具に入らず鑑定が出来無い物も有る。例えば前回のダンジョンで入手した腕輪と黒い指輪。何方等も鑑定出来無かった事から魔道具とは違う物と判断された訳です。
明確な分類線は曖昧だと聞いたけど、一応魔道具は“不特定多数が扱える事”というのが大前提らしく、所謂“使い手を選ぶ”的な物は魔道具とは見なさない感じなんだそうです。ただ魔道具の中には使用に際し“一定量の呪力が必要”等使用者が限定されてしまう条件等が付随している物も有るそうですが、その辺は仕方の無い事でも有るので分類線が曖昧に為っているという事です。
「……よし、試そう」
【直感】で確かめても、特には悪い感じはしない。悪くはないなら、試しても害には為らないでしょう。少なくとも呪い系じゃないだろうから。もし、呪い系だったら、此処の製作者は性根が腐ってるね。
そう考えながら、指環を右手の中指に填めて、一つ深呼吸をしてから指環へと呪力を送った。
「…………え?、マジ?」
すると、既に知っている感覚と詳細情報が齎され、目の前の空間が水面の様に波紋を生んで歪み、静かに揺れている。魔法の小袋の指環版の魔道具みたいだ。小袋とは違って、出入口は空中に空間歪曲として現れ使用出来るみたい。決して水中だから波紋が生じた訳ではないって事ですね。
それは兎も角、頭の中に「初起動により、収得呪力情報を認識、所有者登録を完了致しました、所有者はオリヴィア・リクサス様、以後、他の呪力に反応する事は有りません」といったガイドアナウンスが響く。まさかの専用魔道具です。……あ、一応、登録変更は俺の一存で出来るみたい。──って、えっ!?、指環、外れないのっ?!。防犯上の仕様だって言われると一応納得は出来るけどさ……。アエラさん達に訊かれたら何て言い訳(説明)しよう。意外と面倒臭いしなぁ……うん、正直に話そうかな。その方が堂々と使えるし、此方も気楽だから。
証拠隠滅──と言うか、人聞きが悪いんだけれど。小袋から指環の方に中身を移し替える。勿論、此処で俺が回収した物だけね。
俺専用だから出さなきゃ此処での事はアエラさん達にも気付かれない。上手く誤魔化す為にも小袋の方に入れて置かない方が良いと考えた訳です。
尚、この手の魔道具だと一々中身を取り出さずとも出入口を繋げる事で任意に中身を移動させる事が可能だったりします。しかも、一瞬でです。移動する物を取捨選択しながら遣っても大して時間が掛からない。昔の人達って本当に凄い。……とても、ダンジョンの製作者と同じ様な時代上に存在していたとは思えないのは俺だけですかね?。
富士壺ルームを後にして先へと進む通路に向かった──途中で、止まる。特に気にしていなかったけど、この富士壺みたいな巣穴に商品価値は無いのかな?。そう考えて指環を使い採取出来るか試すと……なんと出来るでは有りませんか。──という事で部屋一杯の富士壺も回収してから先に進みました。自然資源だし要らないなら森か川にでも棄てれば自然に分解されて消えるでしょうからね。
通路を進んだ先の部屋はチョウザメが屯していた。大中小と四十匹程。ですがドリナゴを相手にした今の俺には楽勝です。止まって見えますからね。
部屋は特に何も無いので次の通路へと入った。
その通路を進む途中だ。壁の一角が明らかに他とは造りが違っていた。しかし周辺にレバーやスイッチは見当たらない事から考えて通路の先が怪しい。それとマップで確認すると通路の先が行き止まりだった場合此処を通らないと戻る事は出来無い事が判った。
慎重に進んだ先に部屋は存在していた。ただ、一目見て面倒臭いと思ったのは仕方が無いと思う。何しろ部屋全体がスライドパズルという造りをしているのに気付いてしまったからだ。天井・床・四方の壁全てが独立している事から見ても六つ全部を完成させないと迷宮機構は作動しない様に為っているんだろうな。
面倒臭いけど、ある意味正解と終わりが見えているというのは精神的に楽だ。だから、愚痴りながらでも地道に解きましょうかね。……スライドパズルなんて遣るの何時振りなのかな。思い出せない位には前って事だけは確かだけどね。
かなりの時間が掛かった──という事は無かった。最初こそ馬鹿正直にパネル一つ一つを動かしていたが【変体】を使い部屋全部に触手の様にした無数の手を伸ばして、六面同時進行で時短に成功しました。
迷宮機構が作動する音を聞いてから通路に戻ると、塞がれていた壁が無くなり先へと続く通路が。そして一週する格好で持って来た部屋では残っていた通路が塞がれていました。結果、更に戻り特に何も無かった部屋の選択しなかった方の通路に向かったら──罠が作動してくれました。
天井と床から突き出した無数の鉄串が伸び牙の様に襲い掛かった。部屋全部を繋ぐ様な鉄串の森の中を、【水化】により凌いだ俺は通路へと移動する。マジで鬼畜な迷宮機構。普通なら死んでる所です。
通路を進んだ先の部屋。其処で再び迷宮機構が牙を剥いてくれます。入ったら来た通路と進む通路が閉じ部屋中で魔素が集束する。このダンジョン初の魔物に緊張と共に期待を懐く中、姿を現したのは鰒だった。それも丸々と膨らんだ姿。ただ、普通じゃないという事は前回のダンジョンにて学んでいる。見た目的には無害で美味しそうだけど、此奴等は立派な魔物だし、此処の製作者が配置をする程に厄介な筈だ。
そう思って警戒するが、特に何もして来ない。その辺りを泳いでいるだけだ。それだけに──不気味だ。
だが、一つだけ判った。此奴等を倒さない限り道は開かれない以上、此奴等は攻撃反応型の迎撃用魔物の可能性が高い。魔物の中で特に面倒な相手だと以前に聞いた記憶が有る。本当に製作者は鬼畜ですね!。
覚悟を決め、手近に居た鰒に脇差しを降り下ろした──が、鰒は斬れないで、ゴムボールを叩いた感触で弾き飛び、そのまま部屋の床に当たって更に跳ねる。跳ねて──他の鰒に当たり連鎖的に拡がっていくのを見て失敗した事に気付く。
【精霊魔法・水】を使い水刃を纏わせて鰒を斬れば容易く倒せた。だが、既に部屋は跳ね回るゴムフグで溢れ返っていた。
攻撃力は低いが、時間を確実に消費させられる事に苛立ちを禁じ得ない。
ゴムフグを倒し終えると通路を塞いでいた壁は消え先に進む事が出来た。特に部屋には何も無かった。
唯一、ゴムフグが残した魔素材がスポンジみたいなゴム玉だけが収穫だった。
気を取り直して進んだらチョウザメの屯する部屋に出たので、ささっと退治。後片付けしたら封鎖された通路の方へと進んでみた。全く開く様子は無かったが通路の途中にて隠し通路を発見して、奥へと進んだ。今回は他の通路と大きさも同じだった。疑問に思いはしなかったが、その理由は通路の終わりに有った。
アメフラシみたいに紫の液体を口から吐き出して、此方等を威嚇するのは虎の顔に兎の耳を持つ、頭以外鰻みたいな形をした体長が3m程の何か。一匹だけで紫の液体も浄化すれば特に問題では無かった事も有り直ぐに終わりました。ただ屍骸が残ったので魔獣では有るんでしょうけど。一体何なんでしょうかね。
通路を戻り、先へと進み行き止まりの部屋に出て、屯するチョウザメを倒して壁に隠し通路を発見して、その先では下層へと下りる階段を見付けた。「え?、水中なのに階段って……」という疑問は飲み込んだ。気にしても仕方無いから。
下層に下りて進む。上と違って迷路の様に入り組む通路が続いていた。
その通路にはゴムフグとヤドカリが出てきた。このヤドカリは見た目は普通のヤドカリだが、弓を構えて矢を射ってくるし殻を使い防御もするという面倒臭い魔物だった。曲がり角から射って逃げるとか遣るし、鬱陶しい相手だと思う。
通路の突き当たりでは、壁画と共にレバーを発見。雨の景色が描かれた壁画を見てからレバーを下げた。でも、変化が無かったので戻したけど何も起きない。其処で考えて──レバーを再び下げて、後にする。
他の通路を進むと同様に壁画とレバーを発見する。壁画には煙が描かれていてレバーは上がっていたので触らずに離れる。
残る通路を進んだ先には巨大なヤドカリが、十匹の普通のヤドカリを従え待ち構えていた。連携されると鬱陶しさは増し増しです。
倒したら弓が残ったので回収し、後ろに有る壁画とレバーを確認する。壁画は滝が描かれていてレバーは上がっていたので下げる。すると、轟音が響いたので迷路機構が作動したんだと理解し、「“複数が連動”しているのでは?」という考えが合っていた事に内心安堵していた。
先へ進む道が開いたので奥へと進んで行く。
簡単と言えば簡単だが、上層の悪辣さから考えると至極真っ当なダンジョンと言える気がします。まあ、比較出来る程ダンジョンを知ってる訳ではないけど。
尤も、此処に辿り着ける様な者が居るとは製作者も考えてはいなかったのかもしれないけどな。
この階層に入ってからは通路しか見ていない。
まだ一部でしかないが、部屋が全く無いというのも不思議な感じだ。しかし、思い返してみてみると前のダンジョンの地下四階層は階段の有る部屋以外は全て通路だけだった筈。それを思い出しながら、マップに記録機能が無いかと試せば──出て来るじゃないの。しかも名前が付いている。彼処って、“ルツァケトのダンジョン”なんだ。もう入れないんだけど。
それから、同時に複数のマップも表示出来るらしく【記録書】の性能を未だに把握し切れていないんだと思い知らされた。
尚、此処は名前が未表示という事は、攻略か既知が表示条件なのかもね。
通路を進み突き当たりに到達すると石像が有った。“リザードマン”みたいな姿をした石像は、近付いた瞬間に、手にしていた槍を突き出してきた。しかし、【感知】にも【探知】にもばっちり引っ掛っていれば余裕で躱せます。それから水刃を纏わせた短剣を振り抜いて横薙ぎに一閃すれば簡単に倒せた。
台座に為っていた部分が10cm程迫り上がった所で何かが填まる様な音を立て停止した。……破壊したら駄目だったら終わりだな。
また魔素材として石像は延べ棒みたいな形の石材を残していた。石材なのかは定かではないけどね。
単なる行き止まりを一度挟んでから、突き当たりで再び石像を発見。ちょっと実験してみたくなったので水刃を纏わせた短剣を持ち【狙撃】で投擲してみれば石像は不意討ちされた事で動く事無く魔素材を残して消滅していった。可哀想な気がしたが、これも非情な戦場の掟だから仕方無い。
残る台座が同じ様に迫り上がり、停止したのに続き何かが連動する様に動いた音が響き渡った。
これが同じ迷路機構なら道が開いたという事だけど……まだ未確認のエリアが有るから、何処だったかは判らないかもしれない。
マップを埋める様にして進んで行くと、何と無くの場所は推測出来た。大して意味は無いんだけどね。
それから先は罠が色々と仕掛けられていたが、全て【水化】【変体】を使える俺には無意味だった。
途中、宝箱を一つ発見。蛇の様に曲がった一本道を進んだ一番奥に待ち構える様に鎮座していたのは通路一杯に膨らみ嵌まっている様にも見えてしまう巨大なゴムフグが一匹。動けるか確かめたくて暫く何もせず見ていたが身体に似合わぬ小さな鰭をピコピコさせて泳いでいる夢でも見ている見たいに思えた。
水刃でプスッ、と身体を一刺ししてあげれば空気が抜ける様に萎んで消えた。魔素材だろうバレーボールサイズのゴム玉を残して。
巨大ゴムフグが消えると圧迫され押し込まれていた柱みたいな物が、天井から下がってきた。その瞬間に【直感】が警鐘を鳴らした為に【高速遊泳】で全力で来た道を引き返す。背後で天井が崩れ始めていた。
水中でも崩落してくれば確かに沈みはするだろうが水に逃げ場が有ればの話。この場合は、どうなのか。全ては「仕様です」の一言により片付けられる。
一息吐いてから、新たに開かれた通路に入る。罠とゴムフグ&ヤドカリの出現が有りはするものの、特に分かれ道も無い一本道で、隠し通路一つも無いままにボス部屋らしい巨大な扉の前に到着した。
このダンジョンの中では扉自体が初物という事から念入りに調べてみたけど、特に何も無かったので扉を押し開いて中に入った。
ボス部屋らしい広さだ。感心している間にも魔素は集束し、ボスが顕現する。其奴は巨大な蛸。しかし、脚は八本ではない。パッと見ただけでも三十本以上は有るだろう。吸盤ではなく棘が金棒みたいに生えてて捕まれば痛いといった程度では済まない感じ。打撃も正面に食らえば骨折に加え内臓破裂は確実そうな程の凶悪さを感じられる。
赤でも茶でもない漆黒の身体は正に“海の悪魔”と呼ぶに相応しい不気味さ。其処に真っ赤な瞳を持った大小数十個の眼球が個別に動いて周囲を見回す。
そして、口が有るだろう身体の真下から、屁をするみたいに墨を吐き出した。煙幕の様に部屋に広がってボス蛸の姿を隠す。
(さて、どうするかな……
墨は浄化出来そうだけど、これはこれで此方も上手く利用出来そうだしな……)
あの脚は俺には無意味。物理攻撃なら効果が無いに等しいと言える。しかし、気になるのは眼の方だな。死角を無くす為だけならば彼処までの数は要らない。とすれば、考えられるのは死角の排除だけではなく、それに紛れ込ませる格好で隠されている“奥の手”が有ると考えるべきだろう。
ただ、現状では圧倒的に敵の情報が不足している。先ずは戦いながら情報収集していくしかないかな。
此方の手札も最初から出すつもりもは無いしね。
後ろへ飛び退く様に水を蹴って下がれば、墨の中を多数の脚が自分を追う様に伸びて来る。それを静かに迎え撃ち、斬り落とす。
陸上なら床に落ちている所なんだろうけど、脚達は水中に浮きながら蠢いて、魔素と化して霧散した。
水刃を使わずとも普通に斬り落とせる程度の硬度。……有り得ない事だろう。此処の製作者の鬼畜さ的に考えて──これは誘いだ。「なんだ、簡単に斬れるんじゃないか」という感じの思考を懐かせる為の誘導。“肉を切らせて骨を断つ”という事だろう。ボス蛸は幾ら切っても再生するか、“蜥蜴の尻尾切り”同様に注意を引き付ける為だけの餌という可能性かな。
何方等にしても何かしら決め手が有るんだろうな。眼に関係している何かが。
斬られた脚を引っ込め、直ぐに別の脚を伸ばしきた所を攻撃せずに躱し、脚の周囲を回る様に泳ぎながら沿い伝って本体へ向かう。暗闇に近い墨の中を抜けて迫り来る脚を斬り、躱し、本体に肉薄した所で事前に用意していた魔法を口から撃ち放った。
次の瞬間、ボス蛸が悲鳴の様に奇声を上げる。蛸の鳴き声は知らないが、今は気にする事ではない。
【精霊魔法・水】により用意していたのは“聴覚”専用のスタングレネード。空気より音を伝え易い水。そして、水自体は音を出す楽器の役割も担う。それを意識して組み合わせたのが“水衝音波”の効果。要は咆哮的な物だって事。
この墨の中でも問題無く相手を捕捉出来るとしたら【感知】等のスキルを先ず思い浮かべるが、実際には無効化されている。勿論、ボス蛸は平気という場合や耐性等を備えているという可能性も考えられる中で、それを切り捨てた。そして視覚を意識させて置いての「実は聴覚でした」の方が可能性が高いと踏んだ。
それを最初の動きを見て確信したから、用意した。説明すれば単純な事だけど実は結構、危な目な賭け。聴覚が無かったら一瞬でも隙が出来てしまったから。幾ら【水化】等が有っても不死や無敵ではないしね。
暴れるボス蛸の乱れ脚を斬り潜りながら近付いて、一気に止めを刺しに行く。──所で墨の中で幾つかの赤い光が輝き、自分に向け閃光が走り抜けた。
水泡を上げ、ゴトッ、と床に落下したのは石化したオリヴィアだった。周囲の墨が自ら退ける様に晴れ、ボス蛸の数多の眼が眼前の愚かな“侵入者”を捉え、嘲笑している様に揺れた。──その瞬間だった。
ボス蛸を頭上から静かに不可視の水刃が断ち斬る。僅かに残る墨が歪みとなり水刃の位置を示すと其処に石化した筈のオリヴィアの姿が存在していた。
タネを明かせば簡単。
【精霊魔法・水】に加え【変体】を併用する事で、擬似的に分身体を造り出し接近している最中に自身は回避していたというだけ。赤い閃光にて石化したのは分身体の方だった訳です。
それに加え、墨を利用し死角に紛れていた。聴覚を潰されていたからボス蛸は此方には気付かなかった。“奥の手”に絶対の自信が有るが故に生じた死角だ。“初めての戦闘”では先ず自他共に気付かない。俺が気付けたのは前世の経験と知識、そして直前に貰ったウンディーネ達のスキルが有ったからに過ぎない。
本当、運が良かった。
霧散するボス蛸が残した魔素材は、赤い瞳の眼球。直径20cmの物が一つに、直径5cmの物が三つです。効果は石化だろうね。
一息吐いてから、最後のマップの空白となっている壁の向こう側へと入る。
普通の隠し通路とは違い其処には水は無かった。
最初のダンジョン同様に魔方陣の有る部屋の壁には古代文字が刻まれている。“……よく辿り着けたわ、その執念深さに免じて私の秘技を授けてあげるわよ、有難く思いなさいよね!”というツンデレな遺言が。
まあ、文面が女性的でも本当にダンジョン製作者が女性だったかは判らない。だって、文字だけだから。女性と思わせ、勘違いした此方を最後に嗤って遣る。そんな事を考えている奴が製作者な可能性は有る。
考えても証拠は無いし、マップの完成を確認したら魔方陣に入り、習得の為の詠唱を口にする。
「“思い描くは夢の欠片、造り出すは夢の器
指先に灯すは夢の彩光
一片の奇跡を刻もう
器に欠片を、刻み灯して、現に細やかな祝福を
誰が為、彼が為、己が為、福音を以て、形成そう
儚き世に抗う為に”──」
継承が完了した感覚と、転移させられる感覚。
抵抗する間も無く視界は暗転し、見知らぬ場所へと俺は放り出された。いや、ある意味見慣れた森の中になんだけれど。
てっきり、地下の洞窟に戻ると思っていただけに、予想外の事に動揺する。
取り敢えず、手近な木に登って周囲を確認した。
無事に盗賊達を討伐し、後始末も終え、アエラ達は村へ帰還した。村長を始め防衛戦の為に待機していた村人達から歓喜が上がり、それは瞬く間に村全体へと波及していった。
その光景を見詰めながらアエラ達は「こういう時、冒険者を遣ってて良かったって思うのよね」と笑顔で語り合っていた。
それから、村人達からの歓迎を受ける中、普段なら真っ先に顔を見せてくれるだろうシギルが居ない事に気付くが、約束した通りに宿屋で待っているのだろうと考え宿屋へと向かった。
だが、自分達が利用する部屋にシギルの姿は無い。「……もしかしたら、村の女性達の所かしら?」と、料理を手伝ったりしていたシギルの様子を思い出して足を運んでみた。しかし、女性達からは「あの子?、いいえ、来ていませんが」「朝、皆様が出発した時に見ただけですが」「今日は話していませんが」と似た返事ばかりでシギルの事は誰も知らなかった。
“行方不明”という事は小さな村に直ぐに広まる。シギルはアエラ達と同様に村の大恩人である。当然、村人達も彼を心配し捜索を開始するのだが、村の中に彼の姿は無かった。
森や山に入った可能性は無いとは言わないものの、シギルの性格や思考傾向を知っているアエラ達からは「理由が無い限り、危険な真似はしない」と断言されシギルと直に接した村人達からも同意が出た。
手詰まりとなった状況で一人の女性が幼い女の子を伴って遣って来た。そして女の子から目撃情報が。
「──それじゃ、村の池に引っ張り込まれたの?」
「うん、水がブワーッ!、ってなって、お兄ちゃんを連れてったの」
女の子の説明は拙いが、逆に信頼も出来た。そしてリゼッタは女の子の説明に脳裏に一つの可能性を思い浮かべていた。
「……村長さん、この辺に水の精霊に所縁の有る所や言い伝えは有りますか?」
「……いいや、そんな話は聞いた事も……」
「では、池の水は何処から引いていますか?」
「あの池は元々村が出来る前から有ったそうなんで、涌いてるとしか……」
「それなら、村に一番近い水場は何処です?」
「一番近いのは……ああ、北西の森だろうな」
「では、行ってみます」
村長とリゼッタの会話を見ていたアエラ達は最後の情報に目配せして頷き合い即断即決で行動に移る。
冒険者という仕事柄か、こういう時の僅かな躊躇が手遅れに繋がってしまうと彼女達は知っている。
だからこその迅速さだ。
だが、彼女達の迅速さはシギルが子供だからという訳ではない。彼が彼女達にとって大切な存在だから。失いたくはないから。
だから、彼女達は必死に手を伸ばしている。
ただ純粋に、彼を想い。
【望遠視】で見える範囲ギリギリの所にワーナムの村を見付けたので、其方に向かって歩いて行く。
一気に走っても構わない所だけど、あまり目立った行動をすると意味も無しに注目を集めるので避ける。アエラさん達にも迷惑等を掛けてしまう事だろうから大人しくしようと思う。
それはそれとして。
ダンジョンにて継承したスキルを確認してみれば、【付与魔法】と出ている。前世のイメージから言えば使える魔法スキルだろう。しかし、この魔法スキルは曲者だったりする。何しろ“自分の持つスキル効果を対象に付与する”魔法で、好き放題は出来無いから。
まあ、当然と言えば当然なのかもしれない。如何に魔法とは言っても、万能な訳ではないのだから。多分世界の理を無視する真似は出来無いんだろうね。
「──っと、終わりか」
「スキルが有るから」と言ってしまえば、それまでなんだけど。ダンジョンを単独攻略した経験と自信は大きな成長に繋がっているという実感が有る。
間合い的にも扱い易くて第一武器の脇差しではなく距離感や戦闘技術が必要な短剣のみでの戦闘に研きが掛かっている。調子に乗り自惚れている訳ではなく、本当に強くなっている事を感じられている。
多分、ドリナゴと戦った経験が大きいんだろうな。大抵の魔獣の動きは大袈裟ではなくて緩やかに見える位なんだから。ただまあ、今は緊張感等から全感覚が鋭敏化しているだけであり一夜明ければ──つまりは寝て起きたらリセットされ今とは違うかもしれない。
それでも、確実に強くは成れているとは言えるね。使えるスキルが増えたからという事ではなく、純粋に経験を積んで技術・思考が向上しているという事。
最も、まだまだ未熟だし純粋な戦闘技術という点でアエラさん達には敵わないだろうからね。今の目標はアエラさん達に一対一で、スキル無しで、勝つ事だ。あ、自動的に発動する物は除外してね。そればかりはどうしようもないから。
「──シギルっ!」
呼ばれて顔を向ければ、此方に向け走って来ているアエラさん達の姿が有る。【感知】範囲外だったから気付かなかったんだけど、成る程ね、こうして見ると確かに魔獣・魔物とは人の反応は違うね。【探知】は感度・精度が高い分、判り易いから確かめなくたって大丈夫なんだけど。まあ、上手く使い分けられるから構わないんだけどね。
そう考えている間に俺の視界は塞がれた。柔らかな母性という名の愛に包まれ眠りに誘われる様に。
再会直後に絞め落とされ掛けるだなんて貴重な体験でしたよ、ええ。まさかの凶器だったとはね。流石はアエラさんです。
「はいはい、イチャついていないで説明しなさい」
つい、力加減を間違った事を謝りながらも、自分が無事だった事に涙を流してくれるアエラさんと改めて抱き合っていたら、呆れた感じでリゼッタさんが止め説明を催促してきました。もしかして妬いてます?。
「潰して欲しい?」
「説明させて頂きます」
何だかんだで会話の量が一番多いリゼッタさん故に最近は口に出さなくても、思考を読まれます。俺って顔に出易いのかな?。自分じゃあ判らないんだけど。
まあ、それだけ御互いに理解し合っているという事なんだろうけど。
「え〜と、村で見送った後宿屋に向かって歩いていた時に急に何かに襲われて、そのまま気絶したんです
それで、気が付いたら全然知らない地下洞窟みたいな場所に居たんですね
周りを見たら、女性の姿の初めて見る者が居まして、色んな事からウンディーネだろうなと思ってたら──服を脱がされ掛けて」
「…………服を?」
「はい、服をです
勿論、驚いて逃げましたが何と無く意志疎通出来て、彼女達が困っているんだと解ったんです」
「…………普通、精霊との意志疎通なんて……いえ、シギルだものね、そういう事も有りそうだわ……」
失敬な、リゼッタさん。人を非常識の権化みたいに言わないで下さい。多少の自覚は有るんですから。
それからアエラさん?、「大丈夫?」と言いながら右手で撫でないで下さい。愚息が喜ぶだけですから。メルザさんもですからね。ユーネさん、若気てないで少しは止めて下さい。俺の愚息は凶暴ですから。
「……はぁ……それで?」
「何でも仲間の一人が体調不良らしくて、それを治す為には人の、男性の精気が必要なんだそうで……」
「……貴男、まさか?」
「ええ……まあ……その、ウンディーネとしました」
流石に予想外だったのか四人共に絶句した。まあ、有り得ない事ですからね。普通、そうなりますよね。俺だって最初は疑問に思いウンディーネに訊いたし。“精霊は実体が無い存在”という常識を覆す訳ですし当然でしょうね。
でも、今言った事で嘘は吐いてませんよ。意図的に隠したり曖昧に言った点は有りますけど。その辺りは仕方有りませんから。
言わない限りはバレない事なんですけどね。
暫くして、アエラさんとリゼッタさんは溜め息を、ユーネさん達は笑い声を、各々に溢した。話の内容上反応は二つに分かれるのは予想出来ましたけど。
心配してくれていたのは何処に行ったんですか?。えっ?、「其方に関しては全く心配していない」って……喜んでいい所なのか、凄く微妙なんですけど。
「それでウンディーネってどんな感じだったの〜?」
「一言で言うとヤバいです
多分、普通の男性だったら搾り滓に為ってますね」
「……またしたい?」
「……したくない、と言う事は難しいですね
中毒性とは違うんですけど“引き寄せられる”という感覚は有りますから」
「シー君の浮気者〜」
「命懸けで浮気しようとは思いませんよ?」
「……シギル、しよ?」
「……え?」
「もしかしてメルザちゃん妬いてる〜?」
「……そんな事、無い」
ユーネさんの質問から、気軽に猥談していたら急にメルザさんから誘われて、ユーネさんに揶揄われたら外方を向きながら否定する顔を赤くしたメルザさんが可愛くて仕方有りません。行ってもいいですかね?。
そんな俺達を放置して、アエラさん達は別の話題で盛り上がっていた。
「そう言えば、極めて稀に精霊が人を襲った場合には“生命を枯渇させる”って聞いた気がするわね」
「精気って、別に其方って訳じゃないって事?」
「アエラ……そういう事は訊かないでよ」
「私達は今更でしょ?」
「全くもぅ……してる以上無関係じゃないでしょう
それに……した方が効率的なのかもしれないわね」
「そういう物なの?」
「流石に知らないわよ
でも、しないで子供を作る事って出来無いでしょ?
精気が“生命の源素”だと考えるなら、そして男性の精気が必要というのなら、女性型しかいない彼女達が行為を必要としても、何も可笑しくはないわね」
「……成る程ね」
「まあ、それ以上に今回も一騒動“引き寄せている”方が気になるわ
貴男って本当に色んな事に巻き込まれるわね
しかも選りに選って精霊に絡まれるだなんて……
運が良いのか悪いのか」
言わないで下さい。
俺も考えてましたけど、考えたくなかった事というのも正直な気持ちなんで。出来れば流して下さい。
「そう言えば、シー君〜?
その右手の指環は〜?」
そう目敏いユーネさんが指摘した事で視線が右手の青い指環に集まる。
こればっかりは誤魔化す為に嘘を吐かなくて無理な事に胸が痛みます。
でも、堂々と使えるなら皆の助けにもなれるから。そんな言い訳を自分にして小さく息を飲み、話す。
「彼女達として気絶した後目が覚めたら置いて有った御礼みたいです
貴重な魔道具をくれる辺り価値観が違うんだなって、改めて思いましたけど」
「……ちょっと待ちなさい
それ、魔道具なの?
貴男、どうして……って、貴男っ、まさかっ?!」
「あ、あはは……えっと、好奇心には勝てなくて……つい、試してみました」
誤魔化す様に苦笑するがリゼッタさんの表情からは感情が抜け落ちる。静かな怒気と威圧感に少し前まで御祭り騒ぎだった愚息さえ「ひぃっ!?」と悲鳴を上げガクブルしながら萎縮。
アエラさん達は、そっと俺達から距離を置いた。
「……私、教えたわよね?
現代の魔道具とは違って、古代品の危険性を」
「……はい、勿論です
迂闊だった事は確かですし怒られる事も覚悟してます
済みませんでした」
「……私に謝っても意味は無いわよ、馬鹿っ……」
殴られる、怒鳴られる。そんな覚悟をしていたけどリゼッタさんは俺の身体を強く抱き締める。小刻みに震えている彼女の身体に、安堵するのではなく物凄い罪悪感に苛まれる。
「貴男は、もう少し自分を大切にしなさいっ……
死んだら終わりなのよ?
貴男が死んで、悲しむ人が居るんだという事を少しは理解して置きなさい……」
「……御免なさい……」
「……解ってるの?」
涙目で拗ねる様に睨む。そんなの反則です。反省の前に反応しちゃいますよ。可愛過ぎです。しかも更に「もぅ……ちゃんと聞いて反省しない」と言う感じで苦笑しながらのキスなんて──止めじゃないですか。
ユーネさんが揶揄う様に入ってきてもベタ踏みしたドライブハイな俺は急には止まれません。ですから、責任を取って下さい。俺も頑張りますから。
《ステータス》
:オリヴィア・リクサス
(偽名:シギル・ハィデ)
年齢:10歳
種族:人族
職業:──
評価 強化補正
体力:EX +409
呪力:EX +267
筋力:F +233
耐久:F− +201
器用:F+ +358
敏捷:F +284
智力:F+ +315
魔力:F− +272
魅力:── +216
幸運:── +359
性数:── 49人
[スキル]
【水棲】
水中で活動出来る。
呼吸は酸素を必要としない為に息継ぎの必要も無い。また身体への悪影響も出る事は無いが、水の抵抗等は普通に生じる。
【水化】
自分の身体を水状態に変化させる事が出来る。
変化中は物理的には身体は損傷する事は無い。
変化前に損傷していても、変化後に必要な量の水分を吸収する事で再生可能。
効果は発動中のみ。
【水中戦闘】
水中に於いての戦闘技術・技術修得速度の高上昇。
【高速遊泳】
遊泳技術・技術修得速度、及び遊泳速度のの高上昇。
【環境適合】
自身が存在している環境に短時間で適合出来る。
【感知】
自分を基点として球形状の一定角度の範囲内を対象に生物・移動物体を捕捉する事が出来る。
最大角度は180°まで、最長範囲は直径5km。
効果は発動中のみ。
【探知】
自分を中心として球形状に全方位の範囲内に存在する生物・移動物体を捕捉する事が出来る。
最大範囲は直径1km。
効果は発動中のみ。
【変体】
自身を“不定形化”出来るスキルが有る場合に限り、効果は適用される。
自身の身体の形状・体積・性質を自由に変化させる。
効果は発動中のみ。
【吸精】
接触している対象生物から精気を吸収する。
対象との力量差・精神状態によって質量は変化。
また異性との性行為を介す場合であれば、吸収出来る精気の質量は高上昇。
吸収した精気は自身の体力・呪力への変換、損傷部や不調部の再生に使用可能。
【同調譲渡】
対象に同調し、精気或いは体力・呪力を譲渡する。
【水属性吸収】
水属性の効果を無効化し、吸収する事が出来る。
吸収した効果は消費量分の体力・呪力に還元し自身の対象の量を回復する。
【精霊眼】
範囲内に有る対象の精気を可視化して見られる。
また障害・遮蔽物が有れど透視して見る事が出来る。
施行者の技量により透視が可能な対象は変わる。
【魔法耐性】
あらゆる魔法効果に対する高い耐性を持つ。
効き難くなるが絶対という訳ではない。
尚、効果対象は敵性効果に限られている。
【貯水】
水を自身に同化させる事で大量の水を保持出来る。
量は呪力により変化。
保持中の維持に呪力消耗は生じない。
【精霊晶歌】
精霊言語により奏でられる歌を唄う事で、他の精霊に助力を求める。
歌い手の力量が高い程に、同スキル使用者が多い程に多くの精霊、高位の精霊に呼び掛ける事が出来る。
【無音行動】
行動時、自身が発生させる全ての音を消去する。
但し、副次発生する一部は効果対象外となる。
効果は発動中のみ。
【絶影】
存在・気配の完全隠蔽。
反応知覚系スキルの効果の対象外となる。
但し、同スキル所有者には適用されない。
尚、姿を消す訳ではない為五感知覚は効果対象外。
効果は発動中のみ。
[魔法スキル]
【精霊魔法・水】
水を生成・操作出来る。
生成量・操作精度等は全て呪力・器用・智力・魔力に因って変動する。
【精霊召喚・水】
己より同位以下の水属性の精霊を召喚して使役する。
召喚対象は、一度でも直に目にしていなければ不可能として発動しない。
召喚対象により消費呪力は増減する。
【付与魔法】
自分の所有するスキル効果を対象に付与する。
所有していないスキル効果は付与出来無い。
付与効果の効果持続時間は一時付与・永続付与という付与の種類に因り異なる。
付与する効果・効果時間で消費呪力は増減する。
[裏スキル]
【水覇の王璽】
水の精霊の最高位の証。
水の在る処、水属値が最も高い地に於いては、能力・スキル効果が高上昇。
また下位の水の精霊に対し命令権を行使可能。
【精霊の祝福・水】
水の精霊・ウンディーネに愛される者の証。
水害・水難から身を護られ水属性のスキルの効果等が通常より増大する。
但し、最大で十倍までで、相互間の信頼関係によって増減するが通常より下がるという事は無い。