表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

7話 歩けば棒が迫る。


 視界が元に戻ったと共に映ったのは何処か見覚えの有る景色だった。マップを呼び出せば地下一階に有るジャヴィーの襲撃を受けた小部屋に居ると判った。

 アエラさん達も現在地を察した様で武器に手を掛け警戒しているが、敵の出る気配はしなかった。



「取り敢えず、脱出出来たという事で?」


「ええ、良いと思うわよ

崩壊しないだけ気楽だわ」


「……アレは大変」


「死に物狂いだもんね〜」



 そういう経験が有る様で遠い目をする四人。流石に入れないので、ぼんやりと話を聞きながら、マップを見て考える。一応、全てが埋まったらしくマップ外の右上に邪魔に為らない様に小さく表示されていた数字──踏破率だろう、それが100%に為っている。

 【直感】のお陰も有るが今回は運が良かっただけ。普通に考えると一回だけのダンジョン攻略で完クリは厳しいと言える。何回かは死に掛けたしね。


 それは兎も角として。

 ふと気に為ったので先に進んで、最初の隠し通路を確認してみると通り抜ける事は出来無かった。目印に置いて有った筈の小石さえ無くなっていた。



「──つまり、今回の事でダンジョンは“攻略済み”になったんですか?」


「そういう事ね」


「一度ダンジョンから外に出たり、日が変わったら、みたいな事で再度入る事が出来る様になる可能性って有るんですか?」


「そういったダンジョンが有るという可能性は昔から言われているけど、実際に見付かった事は無いわね

気になるなら翌朝もう一度入って確認してみる?」


「いいんですか?」


「大した労力でもないし、構わないでしょ?」


「シー君には優しいね〜」


「彼方で少し、話し合いをしましょう、ユーネ?」


「え〜、やだ〜」


「待ちなさいっ!」



 罠の可能性が無くなった途端に緊張感は薄れた様で二人はきゃあきゃあ言って騒ぎならダンジョンの外に向かって走り出す。二人を追いアエラさん達と一緒にダンジョンを後にする。

 自分で訊いて置いてから言うのも何だけど。多分、二度目は無い気がする。


 このダンジョンは恐らく“遣り直し無しの一本道”みたいなコンセプトの下に建造されている気がした。それは製作者からの秘めたメッセージかもしれない。「人生なんて良い事ばかり有る訳じゃなく、悪い事や嫌な事の方が実は多くて、それでも生きていくのなら逃げずに向き合う事を絶対忘れるな、逃げ出した先に待ってる未来なんてものは碌な物じゃないからな」と実感の籠った“後輩”への金言みたいに。

 まあ、製作者の性格面が捻くれていた事は、間違いではない気がするけどね。仕掛けや罠、構造からして絶対に愉快犯だと思う。


 ダンジョンから出た森は赤く染まっていた。それが夕暮れによる物だと直ぐに判ると、体感時間の感覚でダンジョン内には半日以上潜っていた感じかな。

 野営地に戻ると、元気なホルフス達の姿を見られて密かに安堵する。攻略して戻ってみたらホルフス達が食い殺されたりしていたら気持ちが一気に沈むから。自分の責任ではないにしろ「彼処で俺がダンジョンを見付けなかったら……」と自己嫌悪になり、少しの間引き摺ったかもしれない。ゲームなら気にしない事も現実となると堪えるから。


 御店も無ければ、簡単なレトルト食品も無い森での野営ですから、疲れている身体を気合いで動かして、食事等の準備をする。

 因みに、魔法の小袋には作った料理を容器に入れて収納して置けば、その後で取り出した時に出来立てを食べられるんだそうです。成る程、狂喜乱舞していた訳ですね。冒険者みたいな生活をしている場合ですと本当に有難い魔道具です。


 焚き火を囲みながら皆で温かいスープ等を食べる。ダンジョン内では干し肉や不味い携行食でしたので、ただそれだけの事でも人は幸せになれる様です。

 嗚呼、生き返るぅ〜。



「そう言えば、魔方陣からスキルを得るという事って珍しくないんですか?

特に驚いたりしている様に見えませんでしたし」


「ああ、その事ね

特殊なダンジョンの中には特定の職業やスキル所有を条件として魔方陣によってスキルを得られるって物が幾つか存在しているのよ」


「そういったダンジョンは管理されているから色々と面倒なんだけどね

条件を満たしているのなら習得して損は無いわ」


「……殆んど有料」


「しかも、潜るのは自力で自己責任だからね〜」


「……金を生む訳ですね」


「そういう事、だからこそダンジョンの発見は下手を打つと戦争にまで発展する火種でもあるのよ」


「そういう意味で言えば、今回のダンジョンが一回で終われば一安心ね

残ってる部分は遺跡として大した価値も無さそうだし時と共に森に呑み込まれて魔獣の住処にでもなれば、それが最良の結果だわ」


「人の欲って深いですね」


「絶対に死者の怨念よりも生者の執念の方が、陰険で害悪でしょうから……

冒険者を遣っている私達が言うのも何だけどね」



 そう言って苦笑する姿を好ましく思うのは彼女達が覚悟を持っているからだと何と無く理解する。そんな彼女達を見倣い、冒険者に改めて為りたいと思う。

 決して中世っぽい印象の社会意識が面倒だからでは有りませんから。



「それはそうと、習得したスキルが何か確認するにはどうしたらいいですか?」


「普通は洗礼を受けてから職業を定める事で所有するスキルが判る様になるけど魔法の場合だけは別でね

魔方陣で習得したスキルが魔法スキルなら、心の中を覗く様なイメージをすれば頭に浮かんでくる筈よ」


「……遣ってみます」



 ステータス画面を見れば一発だけど、折角なので。教わった通りに目蓋を閉じ自分の内側へと向かう様に意識を集中させる。すると脳裏には霞ながらも浮かび上がってくる情報が有る。それを目蓋を閉じたままで静かに口にする。



「……“転移魔法”?」



 解らない様な振りをする内心では驚きまくっていて軽いパニックを起こす。

 取り敢えず、目蓋を開けアエラさん達を見てみると唖然としていた。そうなる気持ちは理解出来るけど、気合いで装い続ける。



「……リゼッタさん?」


「……え?、ああ、えと、転移、魔法なのね?」


「そうみたいですね

でも、初級とか付いてない感じですけど……」


「それはそうでしょうね

多分、貴男以外には使える人物は居ないわよ」


「……………………え?」


「信じたくはない気持ちは判るけど、それが事実よ

だから、軽々しく話したら絶対に駄目、良いわね?」



 リゼッタさんの言葉には素直に頷く。元より他には話すつもりは有りませんし相手も居ませんから。

 しかし、最初に得たのが転移魔法って。運が良いか悪いか難しい悩みですね。一見便利そうなんですけど今は活躍しそうにはない。



「“呪文”は判るわよね?

どんな効果の魔法?」


「え〜と……今有る呪文は“ダンジョンの内部に居る時に使用する事で、入り口まで転移する”そうです

だけど、無理な場合も有るみたいですね」


「……十分、凄いわ」


「シー君が居れば何時でも脱出出来るって訳だ〜

バレたら大変だね〜」


「大変なんて物じゃないわ

間違い無く戦争物よ」


「……大丈夫、私が護る」


「有難う御座います」



 右隣に座るメルザさんが腕を伸ばして抱き寄せるとぎゅっとしてくれる。変に強がらずに今は甘えます。彼女達を巻き込みそうなら距離を置くけど。現状だと使う機会なんて先ず無い。だったら、余計な心配より自分自身を鍛える事だけを考えて行きたい。

 まあ、それが難しいからメルザさんの優しさとかが本当に有難いんです。



「リゼッタさん、魔法って普通のスキルとは違って、複数効果でしたよね?」


「ええ、魔法スキルは他のスキルと違って複数の効果──つまり、複数の呪文を内包しているわ」


「でも、呪文ってスキルを得ただけだと、使えないんでしたよね?」


「必ず一つだけは最初から使える呪文は有るけれど、二つ目以降は所有者自身の成長が必須になるわ」


「この魔法なんですけど、一つだけと思いますか?

今の効果だと“転移”より“脱出”って感じですし、有りそうな気はしますが」


「……そうね、まだ他にも呪文が発現する可能性は、有るでしょうね」


「例えば、任意の街とかに転移出来る魔法とか?」


「可能性としてはね」


「本当に使えたら、まるで物語の魔法使いだね〜」


「……シギル、凄いね」


「使えたら、ですけど」



 転移という言葉に伴ったイメージでは他に二つ位は有りそうな気がする。先程言ったゲーム上では便利な感じの魔法の様に。

 しかし、何をどうすれば発現するか解らない以上は過度に期待はしない。偶々手に入った魔法スキルだし欲張っては駄目でしょう。



「さっき言ってた魔方陣で習得の出来るスキルって、今回の様に魔法スキル系が多いんですか?」


「その逆よ、魔法スキルの習得なんて滅多にないわ

少なくとも確認されている魔方陣を介して習得出来るスキルの中に魔法スキルはたった一つしかないわ」


「そうなんですか?」


「ええ、“呪力放出魔法”という魔法スキルだけど、これが使えないらしいの」


「えっと、何方の意味で、なんですか?」


「何方もよ、発見から既に三百年以上経っているのに未だに習得条件は不明で、習得者が使用出来る呪文も何故か一つしかないの

しかも、その呪文も呪力を全部放出するっていう効果だけらしいわ

だから、習得する為に態々ダンジョンに潜る物好きは滅多に居ないから、其処はダンジョンにしては珍しく放置されているのよ

ダンジョン自体にも旨みが少ないらしいしね」


「魔法スキルにも、色々と有るんですね」


「もし、物語の中みたいに魔法を使えるのなら今頃は私達、魔法士系の職業者は世界の中心に居るわね」



 そう言いリゼッタさんは肩を竦める。憧れの魔法も現実的には夢が無いです。でも、これが現実ですか。




 翌朝、俺はアエラさんとユーネさんと三人で昨日のダンジョンへと向かった。リゼッタさんは既に興味が無くなったらしく眠そうなメルザさんと留守番を自ら引き受けた。まあ、飽く迄確認の為で有って、期待は俺もしていませんけどね。【転移魔法】なんて代物を不特定多数に与える様には件のダンジョンの製作者は思えないしね。だから多分一度きりだと思ってる。



「まあ、予想通りね」


「通れないね〜」



 たった一晩の間にも潜り込んでいた魔獣数体を倒し隠し通路が有った場所まで遣って来たけど、やっぱり壁は単なる壁のままです。通り抜けられそうな感じは全く有りません。

 まあ、それを確認出来た事で少し安心もしました。自分達がセァボから此処を通ってワーナムに向かった事はセァボで知られている事実ですから、もし後から誰かが来て、ダンジョンを見付けて潜って、魔方陣で【転移魔法】を手にすれば自分達の存在を気に掛ける可能性が出てくる。それは歓迎し難い事ですから。



「帰りましょうか」


「そだね〜」


「……あ、ちょっと待って貰えますか?」


「ん?、どうしたの?」


「攻略済みでも、此処ってダンジョンの一部に変わり有りませんよね?」


「まあ、そうなるわね」


「それなら、試してみても良いですか?

ダンジョンから脱出すると“何処に”出るのか」



 転移先の“入り口”とはダンジョンに入った場所を指すのか、或いは入る前の場所──ダンジョンの外を指すのか。それが説明では曖昧だから其処を確かめて置いた方が、いざ使う際に色々と対処がし易いから。まあ、本当に窮地の時には後先考える余裕なんて全く無いんでしょうけどね。



「……ああ、成る程ね

私は構わないわよ」


「シー君、私達が一緒でも大丈夫なのかな〜?」


「はい、自分に触れていて貰えれば一緒に転移出来るみたいですから」


「それじゃあ、早速遣ってみましょうか」


「はい、御願いします」



 アエラさん達が両肩へと手を置いたのを感じながらリゼッタさんから聞いた、魔法の使い方を思い出して順に遣ってゆく。


 魔法の行使には幾つかのプロセスを必要とする事は仕方が無い。それだけ特別という証拠だから。ただ、慣れていけばプロセス自体反射的に出来る様になるとリゼッタさんから聞いた。


 先ず、スキルの使用する呪文を選択する様に意識し自分の中で確定させる。

 次に、その呪文の行使に必要な呪力の量を感じる。この量は明確な数字としてではなく、感覚的な物だ。だから、例え同じ呪文でも個人個人で感じ方が違い、認識的なズレが生じる事は仕方が無いそうだ。ただ、ステータスが数字ではなくアルファベット表記だった理由が解った気がした。

 さて、話は戻って続いて必要な呪力を“練り上げ”呪文という容器に注ぐ様にイメージして、集束。実は何気に此処が難しいそうで魔法初心者が躓く最初の壁なんだそうです。だからか一発で魔法を発動させれば「天才だ!」と称賛され、将来を嘱望されてるとか。因みに、リゼッタさんだが「一発で成功したわよ」と軽く仰有いました。流石は御姉様です。

 以上の準備段階を経て、行使に必要な呪力が満ちた状態で──いよいよです。その呪文を口にします。



「──“アリアドネ”!」



 呪文を唱えた次の瞬間、昨日の例の魔方陣により、地下一階の小部屋まで転送された時と同じ様に視界が一瞬の暗転を挟んで、別の景色に変わった。昨日より落ち着いている感覚のまま分析すると見てるテレビのチャンネルを切り替える、その視界の感覚に近い。

 ちょっと昂る気持ちから声を張ってしまったのは、まあ、仕方が無い事かと。だってほら、魔法だもん。魔法なんだよ?。あの魔法なんですよ?。テンション上がるに決まってます!。だから不可抗力です。


 それは兎も角として。

 転移した先はダンジョン入り口の前、外側だった。魔法が一発で成功した事は素直に嬉しいのだが、少々転移先に関しては悩む事を強いられてしまう。

 脱出する効果としては、外側の方が安全な可能性が高いのだから、喜ぶべき事なんだけど。機密保持的な意味ではダンジョン内部に転移した方が良かったので複雑だったりする。ただ、この転移魔法の効果自体は素晴らしいと言える。



「……使い方は要注意ね」


「贅沢な悩みだけどね〜」


「せめて、入り口の内外を選択出来たら良かったです

……出来ませんかね?」


「どうかしら……魔法自体私は使えないしね」


「今は何も考えないままで使ったの〜?」


「はい、何も考えずに」


「ん〜……大した手間でもないから、ジャヴィー達が出て来た所まで私と二人で行って今度はダンジョンの内側を意識してから魔法を使ってみよっか〜?」


「……いいですか?」


「任せなさい〜」






 結果から言えば、内側に転移出来ました。念の為に再度同じ場所まで行って、意識せずに転移してみたら外側に出ました。つまり、一番安全性の高い入り口の外側がデフォルトであり、任意で入り口内側に変える事が出来るみたいです。

 因みに、隠し通路の壁の所まで行き、其処で最初の曲がり角の辺りに転移する事が出来るか試しましたが不発でしたし、マップ上の地下五階──魔方陣の有る最奥の部屋を意識しながら遣ってみましたが、同じく不発に終わりました。

 どうやら飽く迄も脱出の効果だけみたいです。後はダンジョン以外のケース。説明文ではダンジョン以外でも可能みたいなのですが具体的には不明です。尚、この森は対象外でした。

 マップは登録されているみたいだけど。何が対象の基準や条件か解りません。



「──という感じです」


「結果は悪くないけど……使わずに済むなら使わない方が良いのは確かね

今回のダンジョンみたいに森等の奥に有って未発見のダンジョンなら、人目には付かないでしょうけど……

あまり人が来ない公表済みダンジョンだと誰も居ない確証が無い以上、転移した場面を見られたら言い訳も出来無いでしょうからね」


「はい、そう思います」


「それなら大丈夫ね

まあ、貴男は迂闊な真似は余程の事が無い限りしないでしょうけど」


「“そういう時”は流石に躊躇出来ませんから」


「それで良いわよ

「便利だから」と言って、魔法に頼り過ぎれば何時か必ず後悔する事になるわ

貴男は理解しているもの

私としても安心よ」



 そう言うリゼッタさんに思わず、見惚れてしまう。それは初めて見る微笑み。男女の仲としてではなく、同じ冒険者──否、魔法を行使する者として。自分を認めてくれた気がする。

 それを頭が理解した途端熱く込み上げてくる何かに対して意地を張る様にして背を向ける事で誤魔化す。……まあ、結局は後ろから抱き締められて、そのまま微笑の魔女に誘惑されて、淫夢に沈みましたけどね。いや、本番はしてません。愚息が可愛がられただけで本番はしてませんから。

 


「──哈あぁあああっ!!」


「くぅっ!?」



 だから、アエラさん!、睨み付けながらでの指導は止めませんかっ?!。割りと本気で言いたいです!。

 まあ、リゼッタさんとのイチャ現場を見られたのが原因なんですけど。

 嫉妬してるアエラさんは可愛いんですが、今はただ八つ当たりする修羅です。きっと雌に食われる蟷螂の雄の気分って、こんな様な感じかもしれませんね。


 昼食と休憩を挟んだ後、メルザさんと対峙する。

 その際、ボス戦の戦利品だった楯を借りた。魔法を防ぎ、物理攻撃にも耐える優秀な楯ですからね。死蔵するには勿体無いですが、アエラさん達の内の三人は戦闘スタイル的に楯を持つ方が戦力ダウンする。一応アエラさんは槍と楯を持ち戦えるのか試してみたけど「出来無い事はないけど」という感じで、乗り気では有りませんでした。まあ、何と無く合わないだろうと思ってはいましたが口には絶対に出しません。

 唯一、メルザさんならば問題無さそうなんですが、彼女も攻撃的な質みたいで微妙な感触でした。ただ、必要な場合には楯を持って前面に出る事には反対するつもりは無いそうです。

 そんなこんなで、自分が件の楯を持ってみました。一応「……売る?」というメルザさんの言葉に三人は悩んでいましたが、本当に勿体無い逸品なんですよ。だから、万が一に備えて、手元に残すと決めました。他の三つの武器も同様に。魔法の小袋様々です。



「……んっ!」


「──────────」


「──ちょっ!?」


「──シギルっ!?」


「──シー君っ!?」



 個人的な興味も有って、楯を構えて、メルザさんの本気の【剛撃】を受けたら──ビリヤードの球の様に軽く弾き飛ばされました。ええ、衝撃を感じてる暇も有りませんでした。

 幸い、自分が飛んだ先が開けていたので空中で今の状況を認識してから何とか着地しました。

 思わず前のめりになって膝を付きましたが、楯には罅は愚か、小さな凹みさえ入っていませんでしたよ。……うん、何て物をボスに持たせてやがりましたか。もし、正面に遣っていたら確実に終わってましたね。



「……さあ、来いです!」


「足、震えてるわよ?」


「多分、武者震いです!」


「シー君、自分で多分って言っちゃってるよ〜?」


「はいはい、一旦休憩」


「まだ、まだ遣れます!」


「……シギル、休憩」


「……ぅぅ……はい……」



 メルザさんの左腕に抱え上げられて運ばれる。

 男としてのプライド?。産まれたての仔共みたいに両足をプルプルさせながら頑張っても其処に、どんなプライドが有ると?。ただ虚しいだけですよ。けど、それでも馬鹿みたいに意地張りたいのが男なんです。

 あと、その浪漫が一杯の大きな宝箱二つに弱いのも男なんですよ。勿論ですが小さな宝箱二つに弱いのも男なんですけどね。


 改めて、メルザさんとの修行を再開します。自らの身を以て手加減の大切さを俺は学びましたよ。



「──ぅくっ、まだっ!」


「……ん、その感じで」


「はいっ!」



 楯で受け止めるのが実は結構難しいと知りました。何と無く手に持っていれば後は筋力さえ有れば攻撃を防げそうな感じがしたけど何気に“きちんと当てる”事が難しいんですよ。楯は面だけど、攻撃は点か線。一見して簡単そうなのに、実は技術が必要になる事が実際に遣ってみて判った。しかも、楯の面が大きいと此方は視界を塞がれるし、小さいと範囲が狭まるから抜かれ易くなる。はっきり言ってしまうと武器を使い防御する方が遣り易い。

 それでも、【楯操術】の効果が有るからだろうね。理解するよりも先に身体が動いてくれるから少しずつ着実に身に付けられる。

 でも、此処からスキルが派生発現するまで、何れ位時が掛かるんでしょうか。【性皇剣】で複写する方が断然手っ取り早いですね。狙って取れませんけど!。


 そんな愚痴を心の中では溢しながらも頑張ります。楯を上手く扱える様に為る事は純粋に防御技術自体の向上に繋がるので。画面は物凄く地味なんですけど、これは本当に頑張るだけの価値が有りますから。



「……シギル、お疲れ様」


「っはぁ、あ、有難、う、御座い、ましたぁ……」



 手に持つ大剣を下ろしたメルザさんに御礼を言って楯を支えにしながら、息を整える為に呼吸する。

 何気にキツかったです。前二人の指導もキツいけどメルザさんの指導は兎に角フィジカル面が鬼ハード。楯の扱い方を身に付ける為だった事も有るけど、俺のショタボディの売りである敏捷性や小回りは活躍する機会が有りませんでしたし只管にパワーを要求される内容でしたから。

 でも、楽しかったかな。前世では、此処まで自分を追い込んだ事は無いから。あ、フィジカル的にです。メンタル的に追い込まれた事は多々有りましたから。……思い出したくはない、忌まわしい記憶ですが。



「何気に器用ね、貴男」



 今、膝枕してくれているリゼッタさんに見下ろされながら言われますが、目で「そうですか?」と訊くと「そういう所がね」と苦笑しながら、右手人差し指で鼻先を優しく弾かれる。

 今の俺、リア充ですね。




 自分の我が儘で三日間の野営を終え、ワーナムへの道を再び進み始める朝。

 今生で初となる筋肉痛を味わっています。こんなに美味だったとは!、なんて気分には先ず為りません。自分を苛め抜くドM気質は俺には微塵も無い様です。揺れが!、揺れがぁっ!。せめて揺れるのなら温かく柔らかな母性の海で優しく揺られたいです。



「……大丈夫?」


「はい、何とか……」



 申し訳無さそうな表情のメルザさんに心配されては笑顔で安心させる他に取る選択肢は有りませんとも。

 でも、本当は辛いです。だけど泣かないんだから。だって、男の子だもん。



「まあ、それが普通よね」


「寧ろ、今までのシギルが可笑しい位よ

少なくともダンジョンでの戦闘を考えたら、次の日は筋肉痛に為る所よ

そうは為らないのが才能と言うのなら才能だけどね」


「それ以前に〜、毎日毎晩あんなに頑張ってても全然堪えてないんだもんね〜

それも才能だよね〜」


「まあ、確かに、そうよね……って、ユーネっ!」


「え〜、事実じゃない〜」


「事実でもよっ!

そういった発言を軽々しく口にしないでよねっ!」


「ぶ〜ぶ〜、そう言ってるリゼッタちゃんもシー君と昨夜だってして嬉しそうに腰を動かしてた──」


「──黙りなさいっ!!」


「きゃあ〜っ!」


「ホルフスが疲れない様に気を付けなさいよー」



 逃げ出すユーネさんと、それを追うリゼッタさん。そんな二人にアエラさんはホルフス達の事を考えての棒読みっぽい注意を飛ばし見送りながら、少し速度を上げる様に手綱を動かす。

 それは兎に角としましてユーネさん?、出来るなら俺も軽々しく言うのだけは止めて下さい。一応、状況見て大丈夫だから言ってるんでしょうけど。言われた方は恥ずかしいので。

 まあ、あんなに疲れても遣る事は遣ってますから、言い訳出来ませんけどね。

 ただ、今夜は無理かな。取り敢えず、今日の野営地までは眠っていますかね。他には遣る事も出来る事も有りませんから。

 嗚呼、やっぱり個人的にアエラさんの鼓動と温もりを感じる枕が一番です。




 目が覚めたのは寝ているだけでも勝手に要求をする腹の虫が泣き出した頃。

 水辺で休憩を兼ねる形で簡単に昼食を済ませる。

 以前は本当に食事自体が簡単な物だったけど、今は魔法の小袋が有りますから美味しい食事が摂れます。本当、有るのと無いのでは雲泥の差ですから。日々の食事の質って大事なんだと改めて考えさせられます。


 世界平和は高度な文明の発達した世界よりも、少し大変でも、日々田畑を耕し農作物を育て、それを使い食事を作り、太陽と一緒に生活する位の社会の方が、きっと実現可能でしょう。

 無駄に物が溢れ欲を懐く時間を持つから人類という愚かな思考者は余計な事を考えてしまうのだから。


 そんな高尚な考えなんて別段関係無い今生ですが。筋肉痛が緩和し楽に為った身体をゆっくりと解す様に動かしながら魔獣を倒す。

 “ドット”という名前で点模様みたいなイメージを浮かべそうだけど、実際は濃灰色の毛に身を覆われた見た目には、とても地味な体長が30〜40cm位の、大きな鼠っぽい魔獣。ただ頭だけが犬なんです。もうネーミングも混ざり具合もツッコミ疲れました。

 このドットなんですが、非常に素早く身軽な事から森の中だと遣り難い相手。また集団行動を取る質で、しかし、何故か攻撃時には連携しないといった奇妙な習性を持っている。我等がリゼッタ御姉様の御話では「ドットは基本的に屍肉と木の実等を主食としていて攻撃性は薄いのよ、だから戦闘でも逃げる事を第一に考えているそうだけれど、一方で目の前に屍肉(餌)に為る可能性の存在が居ると逃げずに囲んで待ったり、攻撃して来たりするのよ」という事でした。要するに逃げたいけど餌は欲しい。だから様子を見ながら時に仕掛けてみようか。そんな思考と本能の狭間で揺れる人みたいな奴です。

 まあ、「あ、これ無理」という事を理解すると直ぐ逃げ出しましたけどね。

 肉は臭くて食用には全く向かないそうですが毛皮は纏めて売ると中々の金額に為るんだそうです。



(……しかし、何と言うか可笑しな感じだなぁ……

転生した最初は恐怖の対象でしかなかったのに今では自分が生きる為の糧として認識してるんだから……

俺って意外と環境順応力が有ったんだな〜……)



 本当に今更なんだけど、普通に考えて数日で唐突に放り出された異世界なのに割りと悩まずに馴染んでた様な気がする。遣り直しを要求しても無駄だと考えて現状で生きる為に何をするべきかを考えた結果なのは言うまでもないけど。

 前世でも、この順応力を発揮出来ていれば、自分の人生は違っていたのかも。

 まあ、今は今生の生活の方が良いから未練は微塵も無いんですけどね。




 夜が明ければ前進する。まるで探検隊みたいだけど冒険者としては珍しくない有り触れた事だろう。

 でも、本の少し脚色して面白可笑しく実話ではない架空を有りそうに作り上げ混ぜ込むだけで聞く人々が耳を傾けるエピソードへと変貌する。それは冒険者の日常が一般人からすれば、十分に特殊だからだろう。冒険者自身は「そんな事で何を騒いでるんだか」等と思うかもしれないが人々は自分自身では体験不可能な非日常の物語を楽しむ。

 刺激なんて、その程度で十分であり、必要以上には求めるべきではない。

 退屈な旅路?、見飽きた森の景色?、鬱陶しい位に出て来る格下の魔獣達?。そう、それが平穏だったと知るのは失ってからだ。

 文句言って御免なさい。そんな平穏を返してっ!。



「シギル、行ったわよ!」


「──っ、はいっ!」



 「来なくて良いです!」と反射的に本気で叫び掛けギリギリで飲み込んだ。

 正直、今生で色々と違う存在を見てきたけど大概は平気です。ええ、大概は。だけど、これだけは無理。前世でも無理だったのに、今生のは、もっと無理!。



「〜〜っ、ぁあああっ!!」



 それでも倒さない限り、奴等は俺の前から消え去る事は無い以上、殺る以外の選択肢は無かった。だから気合いで誤魔化す。吼えて思考も感情も全部飛ばして“目の前の敵を殺る”事に意識を染めてしまう。


 そんな死闘を終えた俺はアエラさんの腕に抱かれて仔犬の様に震えながら泣き付いています。終わったら精神的に限界でした。



「……私、出逢ってから、今初めてシギルが年相応に見えているわ」


「……結構、意外、でも、シギル、可愛い」


「むぅ〜……アエラちゃんばっかりズルい〜」


「貴女達ねぇ……」



 三人の反応を窘める様に呟くアエラさんだけど手は優しく頭を撫でてくれる。男としては恥ずかしい姿を晒していますが、今だけは気にしません。子供だから甘えまくります。



「悪気は無いのよ?」


「でも〜、シー君って全然怖がったりしてないから、余計に際立つよね〜

しかも、“オオクローチ”なんかが駄目とか〜……

予想外も予想外だよ〜」


「それは、まあ……」



 嗚咽を漏らし泣きながらアエラさん達の会話を聞き先程まで遣っていた戦闘の光景が脳裏に甦り、自然と身震いしてアエラさんへと強く抱き付く。男としてのプライドなんて今は欠片も要りません。だから奴等の名前は言わないで下さい。思い出しますから。必死に消し去ってる最中ですから言わないでぇえぇーっ!!。


 オオクローチ。名前通り体長50cm以上、最大では1m越えという個体も居るという昆虫型の魔獣です。ええ、前世では“害虫王”“恐怖のG”“黒いアレ”“茶羽君”等々、数多有る異名を人々から与えられし知らない者は居ないだろう昆虫界の神級レジェンド。──ゴキブリです。

 全ての始まりは幼少期。あれはそう、俺がまだ……いや、思い出すのは駄目、それは自殺行為、決して、開いて為らない深淵の蓋。触れては為らない、絶対。

 要するに、嫌いなんです駄目なんです無理なんです拒絶なんです死ねなんです不要なんです絶望なんです滅べなんです敵なんです。

 それはまあ、此方の奴は滑空して来たりしませんし魔獣と言っても雑魚ですし脅威ではないですけど?。無理な物は無理なんです。

 寧ろ、必死に耐え抜いて戦ってたんです。誉めて、讃えて、癒して、温めて、抱き締めて下さい!。


 色々見てきましたけど、何で奴等だけ見た目同じで巨大化しただけなのっ?!。飛ばないし、繁殖力も実は低いらしいけど、どうして他の魔獣みたいに混ざらず単独固定されてるのっ?!。混ぜてよ!?、奴等こそ何か別なのと混ぜようよっ!。ちょっと手強くなったって全く同じじゃなければ俺も別物だって認識できるのに見た目は殆んど変わらずに巨大化しているだけって。あんまりじゃないのっ!!。俺への嫌がらせなのっ?!、ねえっ?!、そうなのっ?!、これが本当の報いだったりするんでしょうかねっ?!。──という慟哭を心の中で叫びに叫ぶ。口に出すのは無理ですからね。だって、俺は“記憶喪失”の設定で遣っていますから。



「……大丈夫よ、シギル

オオクローチは深い森の奥とかにしか居ないから

人々が普段往き来している生活圏近くには先ず出る事なんてないから」


「……ずずっ、ぐずっ……本当、ですか?」


「……稀に、出る」


「……やあぁ……」


「メルザァ?」


「……御免、可愛いから、でも、後悔はしてない」


「反省はしなさいよね」


「アエラちゃん〜、交代、そろそろ交代しよ〜?」


「あのねぇ、ユーネ……」



 その後も暫く、俺が落ち着くまでの間、和やかな、何処かカオスな遣り取りは続けられた。

 その後は遭遇する事無く無事に野営地に到着した。

 尚、その夜は四人に思う存分甘やかされましたので甘えまくりました。お陰でトラウマが和らいだ様な、そんな気がしました。




 遅くとも今日の夕方にはワーナムへと到着する。

 奴等との遭遇により外に恐怖心を懐いた今の俺には小さな農村でも楽園です。奴等が居ない、居る可能性自体が低いという事だけで十分なんですから。



「──っ!?、ユーネっ!」


「右の奥の方っぽい!」



 そんな事を考えていた時アエラさんが何かに気付きユーネさんが方向を言うとホルフスの手綱を撓らせて其方へと走らせる。掴まりながらも奴の居る可能性に軽く身震いするけど、俺が怖かっているのに自分から近付かせる様な真似をするアエラさんではない事を、俺は知っている。

 それを意識すれば自然と恐怖心は消え去り、思考は正常に働き始める。

 可能性でしかないけど、恐らくは“悲鳴”の類いか血の臭いをアエラさん達は察したんだと思う。四人が気付いて俺が気付かない事から考えても、その辺りが妥当な可能性だと言える。

 近ければ俺も気付けると思うけど、其処は経験の差という事でしょうね。今の俺ではスキルでもない限り距離が有ると無理です。


 そんな感じで考えていて2分と掛からず、俺の耳がはっきりと悲鳴を聞き取り“戦闘中”だと理解した。悲鳴だけではなく、怒声や打撃音が響いているから。



「シギル、無理なら──」


「大丈夫です、行けます」


「──行くわよ」


「はいっ!」



 俺を見て心配してくれるアエラさんに問題無い事を真っ直ぐに見詰めて伝え、闘志は消えてはいない事をしっかりと示す。奴が居る可能性は消えはしないが、それでも人命が最優先だ。助けを必要とする誰かが、其処には確かに居る以上は高がトラウマなんかに臆し竦んではいられない。

 何より、アエラさん達の様な冒険者を目指す以上は乗り越えなくては。此処で今直ぐとはいかなくても。何時か、きっと、多分。



「──く、来るなあっ!?」


「──メルザさんっ!」



 悲鳴と共に、視界の先に巨大な何かに襲われている人影を見付けた瞬間、俺はアエラさんの腕から抜けて右斜め後ろを追走しているメルザさんの方に飛んだ。それは走行中の原付きから飛び降りる様な物で普通は後続車に撥ねられる場面。しかし、メルザさんは俺の意図を瞬時に理解し左腕を伸ばして掴み取ると野球のピッチャーみたいに左腕を撓らせて──投げ放つ。


 一度、メルザさんにより吹っ飛ばされたからなのか恐怖心は無かった。だが、空気抵抗だけは俺の身体に確かに襲い掛かる。小柄な自分だから抵抗も少ないが大人の身体で遣ったなら、何れ程キツいのだろうか。

 そんな事を考えながらも右腕を背中へと回し背負う楯を握り締める。

 それと殆んど同時にだ。視界に映った巨大な何かが熊っぽい存在だと気付く。前世で考えれば、死んだ。だが、今は恐怖心は微塵も懐きはしなかった。



(熊?、奴等に比べれば、遥かに可愛いだろっ!)



 アレと比較されていると考えもしない森の熊さんが飛来する俺に気付いたが、無視する様に再び目の前で腰を抜かしている人影──農民っぽい男性に向かって太い腕を振り上げ、溜める間さえ無く振り下ろした。──が、ギリギリ熊の腕と男性の間に滑り込み、楯で受け止める。直線に対して横からのインターセプトで威力の大半は受け流すが、重力には逆らえない。俺は熊の腕に圧し潰される様に膝を付いてしまう。だが、メルザさんの一撃に比べて熊の一撃は意外と軽くて、笑える程度には余裕が有る状況に自分で苦笑する。



(折角だし、遣るか!)



 メルザさんとした修行は一つの成果として至った。【楯操術】の派生スキル、【掠り崩し】です。

 スキルを発動した瞬間に熊の押す力が増し、それを回転して受け流す様にして熊の体勢を崩し、己が腕がブラインドとなって出来た死角を突いてレバーブロー──は入らないだろうから脇差しで刺します。

 しかし、痛みは有っても熊が相手では致命傷までは至らず、激怒した熊さんは俺を睨み下ろしてきます。だが、その頭は横から槍に貫かれて傾き、その勢いに押されて横に倒れる。

 最初から自分が倒せると思ってはいない。間に合う為の時間を稼ぎ出す事が、軽量な自分に出来る最善と判断したに過ぎない。

 それも全てはアエラさんだったら絶対に間に合うと確信しているから。



「無茶するんだから」



 そう言って槍を引き抜くアエラさんを見ながら俺は笑って見せる。人が居ると言い難いですが、言葉より確かな信頼の証として。


 ユーネさん達も追い付き茫然としている男性を見て怪我の有無等を確かめる。

 その間に周囲を見回し、状況を把握する為に情報を少しでも集めようとして、違和感に気付く。熊さんに襲われていた事自体は特に可笑しくはない。だって、魔獣が人を襲うのは生きる為でも有るのだから。要は人が魔獣等を狩り、生活の糧にしているのと同じだ。魔獣は餌として人を襲う。だから、それは当然の事。

 気になったのは“男性が何をしに森に入ったのか”理由が判らない事。男性は軽装だが冒険者という様な感じではない。最低限の、防具を身に付けているだけという印象だ。なら、狩りという可能性は低くなり、自然と山菜採りの可能性が高くなるのだが、その為に欠かせない筈の籠の類いが周囲には見当たらない。

 嫌な予感がする。男性が山賊の仲間で通り掛かった自分達を嵌め様としている可能性と、熊に襲われた為元々居た場所からは逃げて此処にいる可能性。後者は男性が一人ではない場合を想定すべきだろう。

 そう考えていたら、我に返った男性が声を上げた。



「ま、まだ仲間がっ!

御願いしますっ!

どうか助けて下さいっ!」


「落ち着いて、貴男以外に何人一緒だったの?」


「五人です!、男です!」


「熊に襲われて散り散りに為ったのね、場所は?」


「それは…………っ……」



 答え様として辺りを見て自分の居場所が何処なのか判らない事に気付いた様で男性は俯いてしまったが、適当な事を言わない辺りで山賊である可能性は一気に低く為った。演技が上手い可能性も有るので完全には消さずに、警戒心は残す。世の中が善人ばかりなら、“正義”なんて言葉は必要無いんですから。

 それはそうと、急ぐなら一人一人で散った方が良い状況でしょう。それを察しアエラさん達を見れば俺を心配する様に見ている。



「散るしかないけど……」


「無理はしません

でも、この人を残して行く事に為りますよ?」


「だ、大丈夫です!

此処から動きませんから、どうか彼奴等をっ!」


「……判ったわ、もしまた襲われたら叫びなさい

死にたくないなら全力で」


「わ、判りました!」


「それじゃあ……」


「今来た方向には居ないと思いますから現在地の真横から奥側でしょうね」


「そうでしょうね……私とメルザが真横に、アエラは正面に、ユーネとシギルは各々の間の方向で

但し、深くは行かない事

状況を把握する為にも一度集まった方が良いわ」


「判ったわ」



 話が纏まった所で各々が捜索に向かう方向に散り、俺も一人で森の中に入る。ダンジョンでのミミックと戦った時とは違い、本当に一人で敵地に踏み込むから緊張してしまうのは仕方が無い事だろうね。


 脇差しと短剣を抜いて、【二刀流】を有効にする。そう遣って少しでも動きを良くしておく。【直感】が有るとは言っても、効果は絶対ではない以上は準備は怠りはしない。移動したり探索する上でも高めた方が色々と有利だからね。まだ死にたくはないし、善意で他人を助けて死ぬつもりも有りませんから。

 マップを呼び出したまま自分の進行方向を間違える事が無い様に確認しながら奥へと進んで行く。先程の男性の様子から見ても然程離れてはいない筈。衣服に損傷や目立つ汚れも無く、男性は怯えてはいたものの全く動けない程に疲弊した感じではなかった事から、長距離は走っていない筈。多分、男性達が居た場所は先程の場所を最も外として直径1km以内。実質的には更に狭いとは思うけど。


 そんな事を考えながらも走っていると森から開けた場所に出た。其処は綺麗な円形ではないが直径10m程度の広さの空間。作物が有るという訳でもないが、目を引く物が有った。まだ新しい感じの木を伐採した切り株の並んだ所に転んだ空の籠が三つも有った。

 籠を拾い上げ重ねながら周囲を見ると広場の一角、リゼッタさんの居る方向に延びているっぽい道が森の中に続いていた。マップを縮小し、皆から聞いているワーナムの位置を重ねると彼等が村から来た可能性が高い事が判る。となると、この広場が犯行現場だな。

 「犯人は現場に戻る」とドラマ等では言われるが、魔獣は戻るのだろうか?。籠を背負いながら考えつつ更に先へと入って行く。


 「もう少し行ったら戻るべきかな……」と考えた、その直後だった。森の中に咆哮と悲鳴が響いた。

 思ったよりも近いらしく方向が判らないという事に為らなくて助かった。

 走っていると視界の先を何かが横切り、それを追う様に別の何かが横切った。それに並走する様に向きを変えて頭を狙いに行く様に先行の方と距離を詰める。──が、その相手が躓き、転んでしまった。



「ぅわああぁあぁあっ!?」



 そんな絶好機を見逃す程追跡者は優しくはなくて、勢いのままに跳び、倒れた悲鳴を上げる男性へと襲い掛かった。しかし、自分と彼等との間には、まだ距離が有る状況。間に合わない──普通に遣っていては。【武闘巧者】は戦闘時限定スキルだが、効果の発動は自分が敵を認識していれば有効に出来る。ただ、警戒しているだけや、出そうな気配がする、という曖昧な場合は不可。五感で確かに認識していれば、だ。故に先程から有効状態であり、【狙撃】に【剛撃】を乗せ脇差しを投げる。

 動いている対象を狙うと命中率が落ちるが、対象の動きを予測出来るのなら、それは関係無い。走り抜け襲い掛かっていたとしたら回避されたかもしれない。狙うにしても、出来る限り外さない事を優先するなら胴体になる為、ダメージは期待出来無かっただろう。だが、跳んでくれた事で、逃げ場を失った。空中なら回避される可能性は殆んど無いに等しい。それに加えピンポイントで狙い撃てる状況が出来上がった。

 倒れている男性の真上に対象の身体が来た瞬間に。脇差しが頭を貫き、威力に押される格好で男性の直ぐ横に対象は落下した。


 安堵しつつも油断せず、足を止めずに男性の傍まで駆け寄った。



「大丈夫ですか?」


「……ふへ?、あ、え?、き、君が?」


「ええ、そうですよ」



 自分の傍らに添い寝する様に倒れている熊と俺とを交互に見て驚いている男性に苦笑しながら、熊の頭に刺さる脇差しを掴み抜く。──前に、深く差し込む。“死んだ振り”をしている魔獣も居るそうだけれど、それは稀な存在。それより“気絶している”だけで、生きている場合の方が結構有るらしいので、こういう場合には必ず、しっかりと止めを差しておく様に、とアエラさん達に教わった。魔獣ってタフだからね。

 それから抜いた脇差しを振って血を落とす。一応、納刀はしないでおく。森は敵地ですから。

 倒した熊は、最初に見た熊よりも小さかった。勿論俺よりは確実に大きいし、目の前の男性と身長的には変わらない。それに体格は立派なのだから仔熊という可能性は無いと思う。



「……っ、そ、そうだ!、君!、此処に来るまで他に男を見なかったかな?!」


「襲われていた男性から、仲間の救助を頼まれまして手分けしている所です

貴男は御一人ですか?」


「あ、ああ、逃げるだけで必死で……一旦は木に登り隠れていたんだけどね

……甘くみていたよ」


「動けますか?」


「大丈夫、擦り傷程度で、問題無いよ」


「では、付いて来て下さい

一度合流しますから」


「有難う、宜しく頼むよ」



 立ち上がった男性に頷き返してから、背負っていた籠を渡す。正直、動くには邪魔になるからね。

 それから倒した熊を見て背負えるかをチャレンジ。……まあ、判ってました。俺のショタボディは非力な事は判ってたもん。

 男性を連れ、合流地点に向かって歩き出す。帰りは走れませんから。


 途中、森の中を歩いてるアエラさんを見付けたので声を掛けると、一緒に居た男性が此方を見て驚くが、直ぐに俺が助けた男性へと気付いて抱き付いていた。父子だったみたいです。

 それよりもアエラさんが肩に担いでいる槍に刺さる熊さん達が気になります。サイズは自分が倒したのと同じ位ですが、三体です。



「重くないですか?」


「これ位なら平気よ

流石最初の“コンベアー”みたいなのだと二体までで精一杯でしょうけど」



 想像以上にアエラさんが力持ちでした。これも職業補正なんですかね?。

 あと、森の熊さんこと、コンベアー。体毛が狐色で尻尾も狐で、普段は可愛く“コン”と鳴くそうです。体長は1m50cm〜2mを超える個体も居るそうで、とても可愛くは思えない。ただ、肉・内臓・毛皮・骨全てが買い取り対象なので色々と美味しいそうです。生態的には熊でした。


 そんな感じで合流地点に戻ると、リゼッタさん達も無事で、残る三人の男性も一人が右足を骨折していた程度で済み、生きていた。泣きながら抱き合う五人を見ながら「うん、判るよ、判る判る、生きてるんだと実感すると感極まるよね」という感想を懐きながら、「でも、男五人か……」とちょっと不謹慎な感想等も愚痴る様に懐いた。

 尚、俺とユーネさんは、リゼッタさんが持っていた魔法の小袋を受け取って、倒したコンベアーの回収に向かいました。男性達との移動より確実に速い事実をユーネさんと話しながら。

 因みに、メルザさんのは最初の奴よりも大きかった2m50cm超えでした。


 合流し、ワーナムに向け歩きながら気になった事を男性達に訊ねてみた。



「どうして森の中に?

途中、籠を拾った広場には木を伐採し木材を調達する為にしか来ない場所の様に思ったんですけど……」


「……坊主の言ぅ通りだ

普段なら先ず入らねぇし、装備を整えた上でしか入る事は絶対に無ぇんだ」


「それじゃ、何故?」


「……食料が無ぇんだ

装備も、殆んど無ぇ……

それでも、飢え死にさせる訳にはいかねぇからな

危険は承知の上でだ」



 アエラさんが助けた男性──村長さんだったらしい彼の言葉に、他の男性達は悔しそうに俯き、拳を握り締め、歯を食い縛る。

 また何かが起きる予感が確信へと変わった。


 “食料が無い”のなら、村に泊まり、準備を整えて先に進む予定だった以上、他人事ではない。

 其処で、リゼッタさんに男性達の護衛を任せると、俺達は籠を借りて森の中に食料調達に入った。一応、山菜等の知識は学んだし、魔獣に関しては、知らない魔獣は倒した後で回収して皆に訊けば良いので。


 再び森の中に入ったけど実はコンベアーと遭遇する可能性は低いんだそうだ。コンベアーは一旦戦闘状態に入れば狂暴だが、普段は人には近付かず、逆に自ら避ける様に逃げて行くのが普通なんだそうだ。だからコンベアーに襲われるのは事故に近いらしい。

 その話の通り、採取中に一度だけだがコンベアーを見たけど、此方を見た途端自分から逃げ出した。その姿からは先程の様に人々に襲い掛かる光景は想像する事は難しかった。

 寧ろ、何が原因であればコンベアーは狂暴になり、人々を襲うのか。その方が気になってしまった位だ。

 ただ、前世の世で人類の犯した数々の過ちからして幾らでも理由が有りそうで気が滅入ってしまう。でも今生での世界の人々の方が“棲み分け”の意識が強く上手い気もしている。

 だから余計に気になる。コンベアーが彼等を襲った理由が何なのか。或いは、それによっては彼等の方が“悪”であるかもしれない可能性が脳裏に浮かんだ。ただ、それが悪意の有った行動ではなく、結果としてコンベアーにとっての悪に為ったという可能性もね。



(……けど、危険を承知で森に入って食料を調達する必要が有る状況だって事は村自体が窮地って事だし、最悪、村人達を守る為にも「村を捨てるべき」という決断も有り得るかも……)



 “食べられる野草”等を摘みながら、まだ知らないワーナムの現状を想像して心の準備をしておく。

 自分の我が儘で二日間も余計に野営した訳だから、アエラさん達の決断に対し異論は全く無いんだけど。村人達を別の村や町まで、安全に護送する。そういうクエストを依頼され受ける可能性は有り得るから。

 まあ、滅多には出来無い経験を出来る事は貴重だと思うけど、大変だろうな。





《ステータス》

:オリヴィア・リクサス

(偽名:シギル・ハィデ)


年齢:10歳

種族:人族(ヒューム)

職業:──


   評価 強化補正

体力:EX +221

呪力:EX  +99

筋力:F  +147

耐久:F− +116

器用:F+ +215

敏捷:F  +109

智力:F+ +132

魔力:F−  +88

魅力:──  +94

幸運:── +173

性数:──  29人


[スキル]

【掠り崩し】

【楯操術】の派生スキル。相手に攻撃を強要して受け止めてから身体を回転させ往なす様に受け流し相手の体勢を崩して隙を作る。

攻撃性は持たない。

また、攻撃の強要は一種の挑発効果の為、彼我の実力に差が有ると通用しない。



[魔法スキル]

【転移魔法】

《アリアドネ》

ダンジョン等の内部に居る時に使用する事で、入り口まで瞬時に転移する。

複数名でも使用者の身体に触れていれば共に転移する事が可能だが、その際には消費呪力量が増加する。

非生物の場合には緩和。

但し、使用不可能な場所も存在するので要注意。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ