6話 秘す志が遺る跡には。
セァボを発ち、日が傾き始める前にアエラさん達は野営する準備へと入った。その理由は現在地より先の場所での野営は危険な為と説明してくれた。日中通り抜ける分には問題無いが、野営する場合には最低でもアエラさん達と同じ腕前で十人は居ないと全滅しても可笑しくないらしい。
ただ、頭抜けて強過ぎる魔獣が居るといった様な訳ではなく、物量的な意味で押し切られてしまうという事らしい。バッファローの群れみたいな感じにだ。
「……少し良いですか?」
「ん?、どうしたの?」
「数日──いいえ、1日で構いません
足を止めて、指導して貰う事は出来ませんか?」
そう言うとアエラさんは傍の三人の方を向いて顔を見合わせてから向き直る。野営作業を中断し、此方に集まってきて座る。真剣な表情を前にすると巫山戯た事は言えません。言う気は有りませんが。
「貴男の事だから、考えが有っての事よね?
ちゃんと聞かせて頂戴」
「はい、勿論です
セァボの一件で今の自分に足りない物が判りました
それが実戦経験です
でも、魔獣相手の戦闘経験という訳では有りません
自分自身の戦闘経験による力量の把握が、です
グフィエスの変異種の様な存在は滅多に居ないですが明確な力量さが有る場合は油断する事も有りません
ですが、自分よりも少し上程度の相手の場合、僅かな油断が致命的になります
その際、一番の問題は自分自身の力量を自分が正確に把握する事が出来ていないという事です
現実的に見て大きな差より小さな差の方が、戦場では死に直結すると思います
だから、今の自分の力量、引いては自分に出来る事を知る為に、アエラさん達に指導して貰いたいんです」
如何にスキルを得ようが強化補正値を上げようが、正しく把握して扱えないと宝の持ち腐れ。それを先の一件で理解した。その辺の下級の魔獣が相手なら今の自分でも特に問題は無い。十分に戦える事は判った。
しかし、今言った通りに自分の力量より少し上位の相手に「十分遣れる」とか思っていたら、隙を突かれ返り討ちに合いました。
そんな展開は嫌だから。しっかりと準備をしたい。
アエラさん達は御互いに顔を見合せて頷き合った。その様子から察しはするが明確な回答を聞くまでは、緊張感を持って待つ。
「……判ったわ
でも、遣るからには私達も真剣に教えるわ
当然、厳しいわよ?」
「はい、厳しくないと身に付きませんから……
宜しく御願いします!」
姿勢を正し、頭を下げて弟子入りする様に。
下らない意地だけれど。男として護られているだけでは嫌だから。未熟な事は自分が誰より判っている。だから、強くなる。
大切な物を護れる様に。
早速、という事で最初に手合わせするのは使用する武器的に近いユーネさん。現状だと戦闘のスタイルも似ているから彼女から学ぶ事は少なくはない。
「ほらっ!、此方っ!」
「くぅっ!?」
ユーネさんが提案をした指導方法は“鬼ごっこ式”とでも呼ぼうかな。先ずは先攻後攻を決めて、先攻が逃げて後攻が追う。そして後攻が先攻に三回の攻撃を当てれば逃追交代。攻撃は有効打に限らず、防がれるだけでも一回とする。一見楽そうに思えるが、実際はかなりキツい内容です。
一応、手加減されているとは言え、回避された場合カウント数は増えないから走り回ってれば疲れます。そうなる前に駆け引きして当てなくては駄目、という頭を使う内容なんです。
逃げる先攻側は移動可能範囲が決まっているので、決して不可能ではないけど──何気にハードです。
最初は俺が先攻で始まり5分程態と走らされてから三回目の攻撃を防がされて交代し、約15分掛かって三回目を成功させて交代、約30分追い掛け回されて交代し、約1時間掛かって何とか交代して──現在、全力で躱せば大丈夫な所を見極められてユーネさんに追い立てられてます。
体力的には英雄級なので頑張れますが、精神的には滅茶苦茶疲れてます。でも効果的な方法だと感じてもいますから弱音は吐かずに歯を食い縛ります。
ただ、追い立ててきてるユーネさんが物凄い笑顔で愉しそうなんですけど!?。何と無く、S気質だなって思ってはいましたけど!。大丈夫ですかーっ?!。
「んふふ〜、何だかこれ、癖に為りそう〜
ほらほらほら〜、シー君の可愛い御尻が私の女王蜂に狙われてるよ〜?」
「い、いやぁああぁっ!?」
妖しく笑み、蛇みたいな真っ赤な舌先で唇を舐めたユーネさんを見て、悪寒が背筋を駆け抜けた。其方の界隈の方々には御褒美でも俺にはまだ早過ぎます!。今はまだ下らない自尊心に縋り付いているだけなんだとしても、Mの旗の軍門に降りはしない!。だから、必死に抗い足掻きます!。御尻の純潔は守り抜く!。──と言うか、ユーネさん何気に女王蜂とか上手い事言ってますよね?!。意外と今生の世界でも、その手の方々の為のジャンルってば有るんでしょうか?!。
そんな感じで夕飯までを俺は全力で生き抜いた。
次にユーネさんとしたら絶対に遣り返す。そう胸に密かに誓いを立てて。
嗚呼ー……夕飯の優しい味付けが心身に沁みます。思わず涙が出る位に。
食は癒しで、活力の源。正しく、その通りですね。
夕飯を食べて、片付けも終わった所でアエラさんの口から意外な提案が出た。「折角だから此処で夜戦を経験してみる?」と。俺に否は無かったが、危険性を聞いていた為、即座に頷く事は出来無かった為、先ず色々な確認から行ったら、アエラさん達が笑顔で頭を撫でてくれました。呆然と為っていると「危険だって理解が出来るかの確認よ」「引き際を見極められるか否かが生死を分けるから」という言わば抜き打ち試験みたいな事だったと言われ納得しました。若さ故に、確かに見えている筈の物が見えなくなる事は有るから冷静さって大事ですよね。俺は臆病だからですけど。
そんな訳で、野営地から先に進んだ森の中に居る。ええ、夜間戦闘の実地研修自体は本当だった訳です。実際は【暗視】が有るんで平気ですが、無い筈なのでバレない様に誤魔化すのに神経を使ってます。因みに【暗視】が無くても夜目は普通に利く方です。最初にアエラさんと夜にしていた時から見えていた方なので今の所は上手く隠せているとは思います。
アエラさん達も同じ様に夜目は利く方だそうです。ただ、視界が鮮明に見える【暗視】には及ばないのも事実ですけど。普通なら、夜目で十分だそうです。
(科学技術の進歩によって人間は能力を衰退させる、という話を聞いたっけ……
本当、便利過ぎる世の中も良いとは限らないよな〜)
悪質化する犯罪にしても科学技術の進歩の弊害だし人々の社会性の欠如だとか歪曲なんかも昔の社会では考えられなかった事だし。そう考えると科学技術って本当に進歩すべきなのか、悩ましい所だと思えるな。
まあ、今の俺には殆んど無関係な話なんだけど。
「シー君の熱〜い視線を〜
お尻に感じるけど〜?」
「美味しそうなので」
「むぅ〜……棒読み〜」
「二人共、巫山戯てないで集中しなさい」
「「は〜い」」
「……変な所で似て……」
俺とユーネさんの会話に呆れて怒りを散らしたのは生真面目なリゼッタさん。ですがね?、態と目の前でふりふりと御尻を振られて挑発されれば、少しは何か遣り返したくなるの辺りが男心なんですよね〜。
──と言うのは、まあ、此方の緊張を紛らわす為に遣ってくれたユーネさんを庇う為の言い分ですけど。……ただまあ、美味しそうなのは本当ですけどね。
其処はユーネさんも感じ取ってたとは思いますよ。顔が少し赤かったので。
現在、この場所には三人が居るだけだったりする。アエラさんとメルザさんは野営地の確保──防衛の為残っている。発案者だが、“ジャンケン”に負けた為だったりする。尚、普通にジャンケンをしている姿が不思議に思えてしまうのは俺だけなんだろうかね?。前世の常識的に考えるなら掛け声・手の形や意味等は違っていても可笑しくない気がするんですが。まあ、深く考えたら駄目なんだと思いますけどね。
そんな訳で、二人を残しユーネさん達とデート中。これが肝試しや遊園地等のお化け屋敷だったら御約束「きゃーっ、怖いーっ!」からの抱き付きイベントに発展し、恋愛確変なのに。そんな甘く切なくて優しい幻想なんて存在しません。だって此処は戦場だもの。生き死にの生存競争が常の弱肉強食が唯一の絶対秩序であって他は何でも有りの禁じ手無しの生命の狩猟場なんですから。
──と、先頭を歩いてるユーネさんが止まり、身を屈めたので倣った。左手の人差し指で此方を見ないで前を指差し「見て」と俺に促してきたので確認するとチキットが一匹。無防備に地面を啄んでいる。以前、アエラさんが倒した物より小柄だから成体前か、まだ成体に成ったばかり辺りの個体なのかもしれないな。ただ、環境等でも個体差が有るらしいので、必ずしも全てが同じではないらしくゲームとの違いを感じる。まあ、ゲームでも進めれば序盤に出た敵が強くなって再登場する事は珍しくない御約束の様な物だからね。そう考えると決して個体に差が有る事は可笑しいとは言えないんだと思う。
どうでもいい事だけど。
予め決めて有ったハンドサインで「一人で殺る」と俺に指示するユーネさん。勿論、危なくなった場合は助けてくれるんだろうけど──甘えては居られない。護る為に、強く成る為に、志願しての事なんだから。
静かにユーネさんの隣に進み出ると右手を左の腰に佩く脇差しの柄に添える。ゆっくりと抜いて構えるとチキットを見据え、相手の動きに合わせる様に呼吸し──地面を蹴った。
飛び出した瞬間に触れた草木が音を立て、その音にチキットは振り向きながら身を低くした。その反応は間違いではない。普通なら悪くはなかった。しかし、一気に肉薄して突き刺した俺相手には無意味だった。
目の前の敵は倒したが、気を緩めはしない。此処は相手の縄張り(テリトリー)であり、アエラさん達さえ危険だと言う場所だから。
チキットを突いたままで二人の所に素早く、出来る限り余計な音を立てずに、慎重に戻る。そして周囲に異変が無い事を確認して、漸く安心して息を吐いた。【暗視】が有っても日中の戦闘とは違うし、洞窟等の環境下での戦闘とも違う。夜の闇、日中とは別の顔、異なる生態を見せる魔獣。その中に身を置くという事の緊張感を知った。
「綺麗に一突きね」
「毎日の様に良い御手本を見てますから」
「それで出来るのなら誰も苦労も努力もしないわよ
貴男には才能が有る
その事は自信を持ちなさい
過信もしなければ傲慢にも為らないでしょうしね」
「そうだね〜、シー君位の子供で同じ様な事が出来る子は居ないだろうしね〜
謙虚な事は大事だけど〜
謙遜し過ぎは人によっては嫌味に思えるしね〜
その辺りは精進だよ〜」
「……はい、判りました」
「いいえ、臆病なだけで謙虚も謙遜も無いです」と言い掛けて、飲み込んだ。過大評価されているという訳ではなく、主観と客観の観点の違いによる評価だ。異なる視点の意見には耳を傾けて損は無い。言われて鵜呑みにしてしまうのなら問題だろうけど、受け取り自身の改善・成長に繋げる事が出来るのなら、それは得難い事だからね。
「さあ、手早く解体をして次に行きましょう」
そう言うリゼッタさんに頷いて、チキットを解体。【屍骸解体】の効果なのか初めての魔獣でも問題無く捌く事が出来るし、次なら更に手早く出来る様になる確信を持てる。
その現実を前にスキルの有無その物が人生の勝ち組・負け組を分ける気がして複雑な気分になる。まあ、奪い取るって訳ではないし行為も合意の上だから特に罪悪感は無いんだけどね。バレた時は……怖過ぎる。いや、表側のスキルだけで済むなら凌げるね。問題は裏スキルの方だから。絶対知られては駄目だ。それがアエラさん達でも、今は。まだ自分は弱いから。
だから、全てを話して、護れる様に。強く成る。
後悔したくはないから。
解体したチキットは町で売らずに自分達で食べる。基本的に鮮度が重要なので普通は街等の近辺だとか、移動が1日以内の範囲内の場所で狩った物が対象で、それ以外は自分で食べるか保存食に加工する。まあ、簡単に言えば干し肉にね。だから、大量に狩って稼ぐという事は難しい。何しろ買い手側も消費出来無いと無駄になってしまうから。だから、その辺りの加減が中々に難しく、初心者等は腐らせてしまうのだとか。
因みに、内容物に対して“状態保存”の効果を持つ魔道具であれば、問題無く持ち運びが出来るらしい。ただ、その魔道具は最上級とされている上に、現在の魔道具技術では製作出来る魔道具師は居ないそうで、所有者は限られる。売れば一生遊んで暮らせるだけの莫大な金額になるらしい。飽く迄も、聞いた話では。
また、“亜空間収納”と呼ばれている魔法スキルが有るらしいけど、現実には所有者は確認されていない為に伝説や空想とされる。名称も正しいか判らない。
つまり、ゲームみたいな便利な魔道具やスキル等は期待は出来無いという事。ゲームが如何に親切設定でスタートをしているのかが今に為って判ります。
「シー君はさ〜、夜の森が怖くないの〜?」
「……どうなんですかね
昼夜問わず、自分を容易く殺せる様な魔獣達が普通に棲息している森ですから、怖いと言えば怖いですね
でも、一人じゃないので
だから怖くても怖じ気付く事は有りませんよ」
素直に有りの侭に言えば「あ〜もぅ〜、狡いな〜」「然り気無く言うなんて」という呟きを漏らす二人。全ては聞こえなかったけど追及しない方が良いよね。こういう時ばかり「え?、今何か言った?」と何故か聞こえる【鈍感】スキルを持っている主人公みたいな事は有りませんから。
気にしない振りをして、周囲に意識を向け続ける。──と、鼻に微かな匂いを嗅ぎ取った。足を止めて、顔を動かして周囲を嗅いで匂いがする方向を確かめてユーネさん達を見る。既に頭を切り替えている二人も匂いに気付いていた様で、「さてと、どうする?」と問い掛ける様に笑む。
どうやら、判断を任せるという事らしい。二人共に教育熱心ですね。女教師が似合いそうですよ。
しかし、愚痴っていても仕方無いので考えてみる。嗅いだ匂いは微かだけれど果実系の甘い感じがする。魔獣に関する知識量は全然足りない自分でも植物系の魔獣が近くに居る可能性が高い事は予想出来るけど、問題は対象に関する情報が何も無く、不明という事。
普通に考えれば、危険を冒さず忌避すべきだろう。しかし、“未知の魔獣”と遭遇する可能性は低くても有り得る。昨日の変異種の様な前例が有るのだから。
忌避出来る状況であれば忌避するべきでも、現状は自分自身の為だ。それなら挑まなくては意味が無い。忌避不可能な状況で挑む、その経験をする為に。
「左側から匂っているので慎重に進んで確かめます
二人は後ろに横に並ぶ形で付いて来て下さい」
「ふふっ、判ったわ」
「リゼッタちゃん、かなり嬉しそうだね〜
シー君の決断力に惚れ直しちゃったかな〜?」
「ユーネ、先に逝く?」
「あはは〜、冗談だよ〜」
冷や汗を掻いていそうな笑って誤魔化すユーネさんには一切関わらず、静かに慎重に進行方向に足を進め標的を目指して行く。
リゼッタさん?、彼女は素敵な御姉さんですよね。ボク、憧れてるんですよ。あははは〜……な感じで、無視ではなく、素敵過ぎて直視出来ません的な風体で誤魔化──凌ぎます。
意識を切り替え、索敵に向けて五感を尖らせる。
5分程進んだ所で聴覚と嗅覚が明確な変化を捕捉し足を止めた。そのまま身を屈めて少しの間息を潜め、それから草影から顔を出し変化の原因を確認する。
視界に映ったのは南国を思わせる鮮やかな赤い花。別に南国にしか咲かない訳ではなくて、前世で懐いたイメージ的に、という事。
それは兎も角、夜の森にまるでハイビスカスの様な形の直径5cm程の赤い花が群生している光景だった。月明かりに照らされたなら幻想的かもしれないと思う位には目を引かれる光景。【暗視】の御陰で色彩まで鮮明に見えているが普通は違うのだと思うと、迂闊な事を口にしない様に改めて自分に言い聞かせる。
「……一段と匂いが濃くは為っていますが、体調等に変化は有りますか?」
「特に何も無いわよ」
「ちょっと火照ってるからシー君に、優し〜く鎮めて欲しいかな〜?」
巫山戯たユーネさんにはリゼッタさんの拳骨が頭に落ちました。自業自得だと思いますよ?、流石にね。
匂い自体は問題無いなら普通に考えると“獲物”を誘き寄せる為だけなんだと思いますけど、今の相手は植物系の魔獣である可能性が高い以上は油断は禁物。慎重に判断をしないと。
周囲を改めて見回すが、他の魔獣の姿は無い。当然捕食されたくはないのなら近付きはしない筈。だが、そうすると、今漂う匂いは逆効果ではないか。匂いに誘われれば捕食出来るが、匂い自体を“危険”として学習されれば魔獣でさえも近寄らなくなる筈。厳しい自然淘汰の生存競争の中で致命的とも言える。なら、変化──進化する事が打倒ではないのか。
その矛盾が疑問となって引っ掛っている。
しかし、それは目の前の群生する花々が魔獣であるという事が前提での話だ。実は普通の植物という事も“落ち”としては有り得る展開と状況だと思う。要は俺に「警戒し過ぎると逆に自滅する事も有るわよ」と教えようと考えていると。
ただ、そう見せ掛けての「ほらね〜?、疑ってても騙されちゃったでしょ〜、これが夜の怖さだよ〜」と身を以て実感させる意図の可能性も否定は出来無い。
何方等も有り得る事で、考えれば考える程に迂闊な行動は出来無くなり、ただ時間だけが過ぎていく。
そんな悪循環に陥っては意味が無いので、近付いて確かめる事にする。勿論、慎重に警戒しながら。
ハンドサインにて二人に「一人で確かめに行く」と伝えてから、草影から前にゆっくりと静かに踏み出す──瞬間に止まる。背筋を襲った強烈な悪寒。それが【直感】による警告である事を察して、右手で足元に転がっていた石を拾い上げ花々の所へと投げ込んだ。闇の中、緩やかな放物線を描いた石は邪魔されずに、着地点となる花弁を揺らし──突如として動き出した地面の中に飲み込まれた。──否、地面ではない。
(……それもそうだよな、こういう事も有るか……)
動いたのは地面ではなく“擬態”していた魔獣で。其奴は体長が2m程も有る蛙だった。危険外来生物に入っているウシガエル的な雑食な印象だ。投げた石と一緒に地面の土も丸のみにしてしまっている辺りね。
周囲を確認する事無く、其奴は身体を揺すりながら魚等が砂へと潜るみたいに再び地面に身を隠した。
どうやら、待ち一辺倒な習性みたいだ。
気付かれない様に草影に身体を潜め、待機している二人へと振り返る。笑顔で「良く出来ました」と言う感じで迎えられましたよ。ユーネさんに関しては頭を撫でられました。
「……あの、アレは?」
「アレは“ドロモドキ”よ
地面等に身を潜めて獲物を微動だにせずに待ち続け、近付いてきた所を襲うの」
「何日も動かないって事も有るらしいんけどね〜
殆んど動かないから無駄に消耗もしないっていう風に考えられてるんだよ〜」
二人の説明を聞きながら脳裏に凄腕のスナイパーの顔が浮かんでしまったのは不可抗力だと思う。だって仕方無いよね?。俺の中でピッタリ填まるイメージが一つしか無かったんだから悪気は無い。まあ、誰でも蛙と重ねられるのは普通に嫌だとは思うんだけど。
「それじゃ、あの花も?」
獲物を誘う為の仕込みの可能性が高いと考えられ、その事を訊いてみる。花は自然の物で、態と皮膚上に乗せる様に成育しているのだとしたら凄い。花自体も偶々の選択なら環境毎に、個体毎に違う筈。ある意味自分の居る環境を深く理解していなければ生き残る事は難しい魔獣だと言える。その一方で、非常に優れた魔獣だとも言えると思う。飽く迄、現時点では。
そんな俺の思考を読んだみたいで、リゼッタさんは肩を竦めて苦笑する。
「普通は自然の花だろうと考えるんだけどね
あの花も魔獣なのよ」
「…………え?、寄生?
いや、共生ですか?」
「その何方等も、よ
あの花は“ビスカスティ”という植物系魔獣でね
基本的には普通の植物系と同じ様に雑食なの
ただ、ドロモドキとだけは何故か共生するらしいわ
そしてビスカスティ自体は寄生する形で栄養を貰う為捕食行動はしなくなって、栄養の源となる獲物を誘き寄せる為に匂いを出す訳
ドロモドキは鈍重だからか滅多に移動しないんだけど身体に栄養を蓄え易い様で滅多に餓死もしないわ
ビスカスティも共生相手を食い殺さないしね」
何とも不思議な生態だ。もし、魔獣学者とか居れば熱心に研究する気がする。だって、ビスカスティって多分、花は個体差が有って色々と面白そうだからね。研究室に籠ってって感じは無理だけどさ、フィールドワークの方は苦しくて大変だろうけど遣り甲斐が有る感じがするからね。まあ、そういう人が実際に居ればという話なんだけど。
「二種類の魔獣の共生関係というのは“魔獣学者”の間でも人気が高いわね」
「上手く利用出来るのならビスカスティで魔獣の事を遠ざけられるかもしれない可能性が有るってね〜」
「そうなんですね」
「へぇー、成る程」って感じで相槌を返してますが「──って、ホンマに学者居るんかいっ!?」と思わず心の中でツッコミました。仕方が無い事ですよね?。まさか本当に居るだなんて思わなかったし。だけど、よくよく考えると魔獣って害獣みたいな存在だから、普通に考えたら研究者って居てて当然なんですよね。寧ろ、居ない方が可笑しいですよね。本気で対処する気が有るのなら。国とかが率先して動かないと。
発見した以上、被害者が出ない様に排除する事も、冒険者の暗黙のルールだと聞いていたので当然二体を討伐する訳ですが。正直、軽く見ていた事は否定する事は出来ません。
寄生しているだけだからビスカスティは戦力外で、実質的にはドロモドキさえ倒してしまえば、芋蔓式にビスカスティも倒せると。そう考えた訳です。実際、また石を投げて動いた所を突けばドロモドキは容易く仕留められました。獲物を逃がさない為に一瞬だけは物凄い速さなのに、動いた後は鈍く、無警戒。だから想像以上に楽でした。
ただ、予想外でした。
「あーっ……最悪っ……」
「かなり臭うよ〜……」
身体や衣服の何ヵ所かにべっとりと張り付いている緑の液体を嫌そうに触り、嗅いで、顔を顰める二人。俺も同じ様になっている。
原因は、寄生先を失ったビスカスティ。枯れて死ぬだろうと考えていたのに、ビスカスティは怒ったのか攻撃してきた。倒していたドロモドキの屍を操って。
そんな真似が出来るとはリゼッタさん達からしても予想外だったらしく現場は軽い混乱状態に。結果的に「操ってるなら切り離せば動けませんよね?」という事で決着した訳ですけど。その際にビスカスティから飛び散った血──樹液?が緑の液体なんです。そしてこれが臭いのなんの。
「……あの、夜の水辺ってどんな感じなんですか?」
「……安全ではないけど、背に腹は変えられないわ」
「このままだと眠れる気がしないもんね〜……」
「確かに……」
そんな訳で、夜の森から小川の方に移動する事に。リゼッタさん達は土地勘が有るので御任せしますよ。流石にリゼッタさん達でも遣る気を殺がれては無理に指導は続けません。
小川では手早く脱衣して身体を洗い、洗濯をして、リゼッタさんの魔法を使い応急措置的に乾燥させて、野営地を目指して戻る。
……え?、本当に手早く終わったのか?。ははっ、何の事でしょうかね。軽い戯れ合いから発展する様な事は都合が良過ぎですよ。
だけど、夜の水辺は危険。予期せぬ猛獣に出会す事も有るでしょうから。注意を怠っては駄目だね。
それは夜間戦闘の指導を止めて野営地に戻る途中の何気無い事だった。
視界の端を横切った影。それが気になって顔を向け──見失ってしまった。
普通なら気にしない事。でも、【暗視】持ちである事が普通以上に意識させ、影の行方を気にさせた。
「シギル?」
「あ、すみません」
今は最後尾を歩いていた自分が止まっている事に、列の真ん中に位置しているリゼッタさんが気付いて、足を止めて振り向く。同じ様に先頭のユーネさんも。
反射的に謝るが、意識はどうしても気になったまま視線を向けてしまう。
「……何か有ったの?」
「……さっき、視界の端に何かが動いた影が有ったんですけど、見失って……」
「それが気になって」と口にはしないが、今も向け続けてしまう視線を追えば気付く事は出来る。小さく溜め息を吐くと俺の額へと強めにデコピンをしてからリゼッタさんはユーネさんへと振り向いた。
「ちょっと寄り道するけど良いわよね?」
「うん、良いよ〜」
軽い感じで了承し合った二人の遣り取りに呆然とし──向けられた笑顔を見て急に恥ずかしくなった。
「もう少し甘えなさい」とでも言う様な笑顔を見て照れ臭くなってしまうのは仕方が無いと思う。だって俺は前世では成人していた大人の男だったんだから。意識は俺のままなんだから仕方が無いんですよ。
「え〜とっ、確かに此方に行った様な……」
誤魔化す様に顔を逸らし影が消えた方向に向かって足を進めていく。熱が出た時みたいに顔が凄く熱い。こんなにも恥ずかしいのは今生では一・二を争うかもしれないな。いや、前世を入れてもだろうな。
そんな事を考えて、軽い現実逃避をしながら探索をしついた時だった。
生い茂る叢の中、地面に巣穴の様に口を開く洞穴を見付けたのは。
「……これって、ただの穴ですか?」
「……ユーネ?」
「……ん、“ダンジョン”みたいだね〜……」
ダンジョンは別名として“人造迷宮”とも呼ばれる存在で、文字通りに過去に人為的に建造された迷宮。世界各地に大小様々な物が確認されており、今も尚、未発見・未踏破の物は多数存在しているとされている神秘の一つであり、多くの人類が一攫千金を夢見ては求め挑む“黄金の魔窟”。最上級の危険を伴うが人は無謀か果敢か、ダンジョンへと踏み込んで行く。
ただ、その大半が今でも建造方法・技術は不明で、再現──現代でダンジョン建造は不可能とされる。
その為に、物に由っては立入禁止や保存指定されて劣化や破壊等を防いでいるダンジョンも存在する程。
故に一攫千金と言われる夢の存在である。
実物を見るのは初めて。しかし、知識としては一応知っていたし、【暗視】でユーネさんと同じ様に中が人工物なのが見えていた。だから、予想はしていた。知らない振りをしたのは、怪しまれない為の演技。
「位置は把握出来る?」
「うん、大丈夫だよ〜」
「なら、一度戻るわよ
潜るにしても私達だけだと不安も有るし、何より色々準備しないとね」
「そうだね〜、シー君〜、大発見だよ〜」
「そう、なんですか?」
「まあ、いきなりだったし急過ぎて実感は湧かないと思うけれどね」
リゼッタさんが言う様に“しっくり来ない”感じで二人と一緒に野営地に向け進んで行く。我ながら色々面倒臭いとは思うけれども今は必要な事だから手抜きだけはしない。油断は有るかもしれないから難しい。
それは兎も角として。
リゼッタさん達の様子で彼女達は経験者だと判り、頼もしく思う。冒険者なら一度はダンジョンに潜った経験は有るそうかんだけど必ずしも皆が皆そうだとは限らない以上、本人からの証言が無いと判断し難い。逆に口先だけの場合だって十分に有り得るからね。
(それにしても、あっさり初ダンジョンとはな〜)
正直、最低でも洗礼後、初心者向けだと評価されるダンジョンからだろうなと思ってたからね。こういう展開は予想してなかった。……いや、ゲームとかなら予想出来てたんだろうけど“現実的に考えると”先ず無い事だろうからね。実は結構吃驚しています。
因みに、ダンジョンとは真逆に“天然迷宮”の事を“ラビリンス”と呼ぶ。
前世の感覚では何方等も人工物なんだけど、それは俺だけの感覚ですからね。口を滑らせては駄目。
このラビリンスは先日の洞窟とは違う。構造的には天然物だから洞窟っぽくて混同してしまいそうだけど洞窟との違いは内部特徴。ラビリンスやダンジョンは魔獣以外に“魔物”が中に存在するという事。
魔物と魔獣の違いは結構単純で、魔獣は繁殖出来る生物であり、魔物は魔法の技術等で生成される存在。平たく言えば、ゲーム等の無限に涌くモンスター等は魔物に近いと言えるかな。勿論、生物としての設定が詳細にされている場合には魔獣の方だけどね。まあ、そんな事は今は関係無い。
魔物と魔獣、その最たる違いとは魔物は迷宮外には出ないが侵入者に対しては白血球の様に容赦無く襲い掛かり攻撃して排除しようとするという事。つまり、魔物は絶対に逃げない。
戦闘の回避は見付からず遣り過ごした場合のみ。
迷宮探索は命懸けです。
「嘘っ!?、ダンジョン!?」
「……冗談じゃなくて?」
「本当に本当よ
ユーネが確認したわ」
「間違い無いよ〜」
「……正直、信頼してても信じ難い話ね……」
「安心して、私達も半分は夢かと疑ってるもの」
「まあ、そうよね……」
野営地に戻って留守番のアエラさん達に事の経緯を話すと驚かれた。やはり、迷宮の発見は凄いらしい。実感は薄いんですけどね。
冒険者として迷宮に潜り探した経験も有るのだろう彼女達は夜空を仰ぎ、何か遠い目をしていた。色々と思う事が有るんだろうね。それに触れはしないけど。
気を取り直して彼女達は状況の確認を始める。俺は木製のコップに入っているセァボで貰ったジュースを飲みながら話を聞く。何も判りませんから。
「この辺りに有るって話、聞いた事有った?」
「いいえ、全く無いわ
だから驚いてるんだけど、抑、ダンジョンが有る場所なんて判らないんだから、伝承が無くても埋まってる可能性は有るでしょう
……ただ、あまりにも浅い場所って事が気になるわ」
「見た感じは?」
「入り口みたいだね〜
半分以上は土砂に埋まって見えないけど、階段が少し確認出来たから〜」
「周辺の地形は?」
「崖や山、丘は勿論、斜面という訳でもないわ
本当に、平坦な場所よ」
「其処に、ポツンとね……
もしかして“ダミー”?」
「ん〜……それっぽいとは感じなかったかな〜」
軽い世間話をする様に。しかし、必要最低の情報の共有を図る姿は、見ていて格好良いと思う。
そんな会話に出た言葉。
ダミーというのは迷宮の一種を示す。“人悪迷宮”等と呼ばれる建造者による意図的に人々を誘き寄せて死と絶望の罠へと陥れる。その為だけに建造された、悪意の塊であるダンジョンの事を指して言う。
実際問題、ダミーの物は少なくない。しかし、世にダミーが多い事には大きく二つの理由が有るとされ、その一つはダンジョン内に納めされる財宝等の盗掘を戒め、罪人を罰する為に。
もう一つは“試練”として手にする資格を持つ人物を選定する為に。要するに、篩に掛けているという事。
ダンジョンに財宝が有るという事の理由は不明でも求める人々は絶えない。
それ故にダミーの存在は時に悪意に、時に試練に、人々は感じるのだろう。
ただ、それを越えた者が手にする事だけは確か。
四人の話の方針としてはダンジョンに潜る方向で。その為の準備も始める。
普通なら、一度セァボに戻って野営の留守番をする人を雇ったりするらしいが今回は未知数のダンジョンという事で下手に情報等が拡散しない様に配慮して、自分達だけで挑む。決して独占しよう等という考えで決まった訳ではないので、其処は誤解しない様に。
ダンジョンという存在は一つの資源だとも言える。見付かれば付近の町や村は訪れる冒険者を相手にした商売で稼ぐ事が出来る為、ダンジョンは攻略されずに存在する事が最良とされる意見すら有ったりするのが今生での常識でもある。
つまりダンジョンに潜る冒険者達だけではなくて、ダンジョンに関わる立場に居られる事が出来る多くの人々にとっても一攫千金の大チャンスとなる。それがダンジョンという存在。
それ故に、ダンジョンの発見は人々を狂わせる事に繋がる場合も有る。何しろダンジョンを攻略した者が惨殺されたという事件さえ過去には起きている。
本来ならば、讃えられて敬われるべき者が、人々に恨まれ、憎まれ、蔑まれ、無惨に殺されてしまった。そんな残酷な悲劇でさえ、珍しくないのがダンジョンに関わるという事。
まあ、そう為る要因は、ダンジョンは攻略されると無限に沸く魔物が消滅し、単なる遺跡になる為。
勿論、歴史的・考古学的観点では価値が有るのだが今生では“歴史観光資源”という意識は薄く、人々が物珍しさに観光に訪れる事なんて先ず有り得ない。
そう考えると観光旅行は交通の安全性・一定以上の裕福な経済力・歴史の跡を楽しめる平和な社会性と。幾つも条件が揃わなくては観光資源は成立しない。
そう考えると今生の世でダンジョンの利用価値とは攻略に挑む冒険者等を呼び集めるという事。だから、攻略される事は望まない。それが少しでも利益を生み齎してくれる方法だから。
因みに、ダンジョンには攻略後に自動崩壊したり、特殊な魔法の仕掛けにより土砂に変化して攻略以前の原型を留めずに消失をする物も有るそうで。攻略して油断してしまうと脱出する事が出来ずに生き埋めに。ダンジョンと心中する事も多々有るらしい。ダミーは特に多いそうです。
「造らきゃいいのに」と思ってしまうのは、他者の勝手な意見なんだろうけど仕方無いとも言える。
翌朝──いや、まだ空が暗い中、動き始める。
未踏のダンジョンに挑む以上は少しでも長く時間を見積もらなくては危ない。ただ、現状の物質では最大丸三日が限度。無理をして挑むよりは出直すべき。
その為、ダンジョンへの挑戦は最大二日間と決めて未明から動き始めた。
その間外で待つ事になるホルフス達は木に繋いで、魔獣避けの魔道具を使って安全を確保する。非常用で結構な値段の品だそうで。それでも惜しまず使うのはホルフス達も仲間だから。餌は草が有るので水だけを用意しておけば二日間なら問題無いそうだ。戻るまでホルフス達も戦う訳だから気合いを入れないとね。
野営地を発ち、昨夜見た場所までユーネさんを先頭として隊列を組む。
昨夜は早く寝ないと駄目だと頭では解ってはいても遠足等の前に眠れない時と同じ様に寝付けなかった。それに気付いた皆さんから眠れる様に“御呪い”され安眠出来ました。
まあ、大事な日の前夜に何を遣っているんだという人達も居るでしょうけど。“いつも通り”って意外と大切なんだって事です。
そんなこんなで、無事に入り口の前に到着。
「……疑ってはいないけど本当にダンジョンね」
「立場が逆なら、私だって同じ気持ちでしょうね
運が良いのか悪いのか……まあ、良いんでしょうね
一生を懸けても手掛かりも見付けられずに引退をする冒険者も少なくないから」
「……一生の自慢」
「確かにね〜、ダンジョン発見なんて、十年以上前が最後だった筈だし〜
本当、シー君様々だよ〜」
「いえ、リゼッタさん達が調べる事を許可してくれたお陰ですよ」
「そんなに謙遜しないの
私達としても貴男には凄く感謝してるんだから
冒険者として一生に一度、起こるか否かの奇跡……
それを体験出来てるから」
そう言ったアエラさんが静かに入り口を見詰める。三人も同じ様に。その顔は緊張感も有りつつ、とても楽しそうだ。きっと、今の俺には理解出来無い感情が有るんだろう。
一人の冒険者としての。意志や、夢や、理想とか。色々な想いが。
「さあ、往くわよ!」
ゲームだと共通のBGMだったり、各専用のBGMが流れてくるダンジョン。
しかし、現実にはBGMなんて流れはしない。ただ自分達の足音・呼吸の音・装備の出す音が響くだけ。敵が現れれば別だろうけど何も起きなければ、薄暗い通路の中は隔離された様に錯覚する圧迫感を伴う。
(この状況で戦闘するなら想像以上に厳しいな……)
ぱっと見た感じでは大凡横幅1m、高さ2.5m。そのサイズの薄暗い通路が真っ直ぐに延びている中、アエラさんとメルザさんの二人は武器的に不向きだ。予備として持つ短剣の方が主要となるだろう。
「あの、こんな場所ですし隊列を変えませんか?
先頭はユーネさんのまま、アエラさん・リゼッタさん・メルザさん、自分の順に並んでい方が動き易いとは思うんです」
「……殿の意味、判る?」
「はい、大丈夫です
無理もしませんし、戦闘で入れ替わるにしても自分とメルザさんの組み合わせが一番動き易い筈でし」
先頭と同等──それ以上に重要となる殿。前後には実力者を配置するという位後方への注意と“退路”を確保するという意味から、殿の責任は大きい。それを担うべきは自分ではないが状況が状況だ。特に身体の大きなメルザさんが居ると視界は塞がれ、入れ替わる事は困難だ。しかし、まだ小柄な自分なら問題無い。スムーズには出来無くてもアエラさん達よりは確実に動き易いから。極端な話、いざと為ればメルザさんの股の間を潜り抜ける格好で入れ替わる事も出来るのが自分の利点でもある。
そういった事を考慮した上での提案であり、それをアエラさん達も理解する。
「……そうね、判ったわ
でも、絶対に一人で勝手に判断はしない様にね?」
「はい、勿論です」
アエラさんの決定に頷き二番目に──ユーネさんの直ぐ後ろに居た俺は移動し最後尾へと移る。その途中試しにメルザさんと立って入れ替わろうとしたら壁と巨豊にサンドイッチされて窒息し掛けました。うん、情けないけど、男としてはそんな死に方は有りかも。まだ死にたくはないけど。
それは兎も角として。
最後尾で、メルザさんがブラインドになるから俺は安心して【暗視】の効果で周囲を確認出来る。それにメルザさんと背中合わせで移動していれば暗がりでもバックアタックを警戒し、見逃し難いからね。決してメルザさんの尾尻の感触を合理的に楽しもうだなんて不謹慎な事は考えてない。ええ、考えてませんとも。ただちょっとだけ後頭部に当たる弾力の心地好い感触は癖になりそうですけど。恐るべし、尻枕。ベッドで俯せで遣って貰おうっと。
俺は初ダンジョンにて、新しい扉を開きました。
暫く進むと通路は右へと曲がっていた。魔物は愚か魔獣とさえ遭遇しない事に警戒心が高まっている所に特殊なスキルでもない限り絶対に死角の出来てしまう曲がり角。慎重になるのは当然だと言える。
間隔を詰め、壁際に身を寄せながら曲がって行き、進んだ先は小部屋みたいに広くなっていた。対角線に奥に繋がる通路が見える。周囲に敵の気配も無いので一旦隊列を崩し、小部屋の中央で集まって話をする。──その次の瞬間だった。硝子が割れて砕け散る様な甲高い音が響いたと同時に周囲の空間が歪み、空中に黒い煙の様に何かが生じて──瞬時に実体化した。
「“ジャヴィー”っ!?」
「また面倒なのがっ!」
「……囲まれてる!」
「シー君、両手の大爪には気を付けてね!、当たると麻痺するよ!
倒すには頭を狙ってね!」
「判りました!」
目の前に現れたのは全身真っ黒な細身のゴリラ的な印象を受ける動きを見せる初遭遇の魔物。その身体の殆んどが黒いタイツの様な滑らかな感じで、顔にだけ骨っぽい仮面の様な何かが付いていて中央に不気味に光る眼の様な部分が有る。ユーネさんが注意した様に両手の先には大きな三本の鉤爪状の指が有る。それに麻痺効果が有るのだろう。一応、俺は【麻痺耐性】が有るから効き方が違うとは思うけど、避けるに越した事は無いだろう。
猫背で脚を折っている為正確には判らないが体長は1m強という所。それより長い腕をしている事からも接近戦は要注意。
此方等を囲む様に現れたジャヴィーの数は約二十。一人四体のノルマだけど、其処は考えない。目の前の一体に先ずは集中する。
右腕を振り上げ接近する速度はユーネさんに比べて緩慢に思える。普段通りに動く事が出来れば、十分に戦える相手だと判断する。
左手で柄を逆手に握って脇差しを抜き、自ら前へと出ると敵の振り下ろされる右腕よりも早く懐に入り、擦れ違う様に下から首筋を狙って斬り上げて駆ける。──が、手応えがしない。否、確かに僅かだが何かを斬った様には感じられた。だが、それは水や空気等の抵抗感に近い物であって、皮・肉・骨といった生物を斬った感覚はしなかった。
直後、【直感】が働いて悪寒がしたので屈んだら、頭上を風を押し退ける様に音を立てて黒爪が通過し、身を捻った際に視界の端に見えたジャヴィーの顔面、その中央の眼の様な部分に脇差しを突き刺す。すると痙攣する様にジャヴィーの身体が跳ねて、霧散した。正確には頭ではなく、眼が弱点なんだと理解すると、次の相手と対峙する。
ダンジョン内での初戦は何とか無事に終了。一応、四体は倒せたので個人的に合格点とする。慢心出来る力量ではない事は誰よりも自分が理解しています。
出現したジャヴィー達を倒し終えた小部屋の中には次が出て来る気配も無く、静けさが戻っている。
ただ気になる事が一つ。倒したジャヴィー達が何も残さなかったという事だ。魔獣と違う為に屍骸が残るという事は無いが、魔物は素材等を残すと聞いていただけに不思議に思った。
「魔物って何も残さないんでしたっけ?」
「魔物や迷宮にも因るけど残さない事も有るのよ
中には確率で残す様な事も有るから、魔物の素材って目当てにはしないのが私達冒険者の間の常識ね」
「そうなんですか」
妙にゲームっぽい印象が強いけど、仕方無いかな。その魔物自体迷宮と一緒に造られている存在。だから製作者の意向によって違う部分が生じるのは当然の事でも有るんだろうからね。寧ろ、ダンジョンに現れる魔物が共通している部分は“魔物の生成技術”が確立されていた事の方が凄い。それはある意味、ゲームのダンジョン作成機能の様に幾らの条件付きとは言え、“不特定多数”の者が扱う事が出来たのだから。
古代──“神代”とさえ呼ばれる時代の技術群には脱帽するしかない。
「それよりも誘き寄せての包囲とか結構辛辣よね……
これは防衛としてじゃない
明らかに“罠”として備え付けられていたわね」
「そうだね〜、結果論だし確証は無いけど入った時に作動せずに中央に集まった時点で作動してる辺りから“対人用”だもんね〜」
「……先に期待が膨らむ、けど、危険も増す」
「メルザの言う通りね
……どうする、アエラ?
引き返して改めて準備してアタックする方が安全性は確実に上がるわよ?」
先程の戦闘に至る経緯を分析し、冷静に今の状況を把握して、リゼッタさんはアエラさんに訊ねる。話を聞いている限り、今のままダンジョンに挑むのは簡単ではないのだろう。それは初心者の自分にも判る。
普通に考えると出直す。焦って全滅してしまう事は無駄死に等しい事だから。
ただ、【直感】が続行を推奨している。多分だけどユーネさんもだと思う。
「……このまま進むわ」
「良いのね?」
「ええ、与えられた機会を臆病風に吹かれてしまって掴み損ねてしまう冒険者に為りたくはないもの
冒険に、挑みましょう」
アエラさんの決断により奥へ続く暗い通路を進む。最初の通路に比べて横幅が倍に為った為、再び隊列を変更し、前衛にユーネさんとアエラさん、真ん中にはリゼッタさん、後衛に俺とメルザさんが並び、四人で四角を描く様に位置取る。アエラさんの後ろに俺で、ユーネさんとメルザさんで前後のバランスも考えて。
暫く行くと右に曲がり、直ぐに左に曲がって、再び右へと曲がり、また左に、三度右に。曲がりに曲がる道を進むが敵は出ないのが逆に不気味に思える。
「マップ見えたらな〜」とか考えいて、思い出す。確か、【記録書】には自動マッピングの機能が有った様に記憶している。今まで然程利用する機会が無い為気にしなかったが、今程に活きる時は無いでしょう。……あれ?、どう遣ったら見れるのかな?。頭の中で「マップ表示!」みたいに念じてみたら、何か起動音みたいな音と共に目の前に画面が現れた。立体映像の様な感じだし、多分他には見えていないんだろうな。メルザさんも無反応だった事から間違い無いと思う。それは構わないが、視界に有るので意識を奪われると致命的な隙が出来そうで、慣れるまでは多用するのは控えた方が良さそうなので「マップ非表示」と念じてマップを消す。
少し進み、右に曲がり、左に曲がった所で──闇の中に蠢く陰と、何か水音の様な物が幾つも響いていて自然と足を止める。自分は【暗視】で見えているので当然の事なんだが。
「あ〜……通りで居る筈の魔獣に遇わない訳だ〜……
通路の先、“スライム”がウヨウヨしてるね〜」
「つまり、この音は……」
「そういう事〜……」
ユーネさんの言葉を聞き嫌そうな顔をする気持ちが切実に判ります。何故なら中に入り込んでいただろう魔獣達を体内に取り込んで捕食しています。画面的にエグいです。アニメとかと違って“臭い”が有るって現実感が増しますね。
蠢いていたスライム達は新たな獲物を見付け動きを止め、此方に向けて動き出す。移動速度自体は全然遅いから見えるけど、スライムは天井や壁にさえ普通に吸着して移動する。その為、通路等で遭遇して囲まれると厄介。倒すにも半透明な体内に見えている魔核を破壊する必要が有るのだが、複数有るダミーに紛れる一つを当てない限り倒せないので面倒な相手。“スライムには魔法を”と格言が有る程です。
リゼッタさんを後ろにし四人で前に出る。物理でも倒す事は可能なので出来る限りは数を減らし、魔法の使用回数自体を抑える事はダンジョン攻略では重要。節約は基本です。現実的な話をすれば魔法──特定のスキルの使用時には呪力を消費する。呪力の回復には睡眠が一番効果的であり、“魔法薬”等による場合が次の手段だと言える。一応普通にしていても微量だが呪力は回復するけど、先ず計算出来る程ではない。
その為、ダンジョン内の回復手段は魔法薬になるが魔法薬は値段により品質が大きく変わる。安物を複数買うよりも、高品質な方が値が張っても安心出来る。そういった事情も有るから魔法薬は切り札の一つで、魔法の使用は控えるという事に繋がる訳です。
「スライムは判るわね?」
「はい、直接皮膚に触れる事は避ける、ですよね?」
「ええ、その通りよ
でも、直ぐに直ぐ吸着され飲み込まれはしないから、焦らない様にね」
「判りました」
スライムの獲物を襲うと吸い付き張り付く様にして部分的に覆う様にしてから飲み込んで捕食するのだが人工物──特に金属類には拒絶反応を示し、消化する事が出来無い為に吐き出す場合や、嫌って避ける事も有るそうで。その為、直接皮膚に接触されない限りは安全と言われている。
遠くから拡がって獲物を丸飲みにする様な事は無い──と言うか、体積以上に身体を変化させる事自体が出来無いみたいですから。そういう意味では時間さえ掛けて、油断をしなければ確実に倒せる訳です。
(──という事でド定番のスライムとの初戦闘っ!)
脇差しに加えて、短剣も抜いて【二刀流】の効果を有効にし、手近に居る奴に向かって走る。【暗視】で魔核の位置と数は判っても本物(当たり)が何れか知る術は無い以上、俺は手数で勝負するしかない。ただ、【直感】が働いてくれるか実験する良い機会と思えば遣る気も上がる。
修行途中でダンジョンを発見し、ダンジョン攻略に変わってしまったけれど。全てが俺には貴重な経験。糧とするだけだ。
ジャヴィーに比べて楽に戦えはしたが、時間自体は倍以上要した。スライムの厄介さを身を以て体感して侮る事は止めた。弱くても雑魚ではない。スライムも人類にとっては十分脅威と為り得る存在なんだ。
それはそれとして。 このスライムも魔物。だから倒せば何も残さずに綺麗に消えていたんだけれど──自分が倒した一体が魔核の様な結晶を一つの残した。直径は3cm有るか無いかの大きさの宝石の原石の様な淡い緑色の凸凹した結晶。それをリゼッタさんに見せ何かを確認する。
「あら、“スラスタル”が出たの、運が良いわね」
「スラスタル?」
「一説にはスライムが体内蓄積した魔素が結晶化して生成されると謂われている“魔素材”よ
呪力の伝導率が良い事から魔道具作製に用いられる為良い値段で売買されるからスライム狙いでダンジョンに潜る冒険者も居るわ」
「これが、ですか」
正直、砕けた硝子片かと思ってました。そんなにも良い物だとは予想外です。
そう思いながら、右手のスラスタルをリゼッタさんへと渡そうとすると右手で押し返された。
「貴男が持っていなさい
私達は申請しパーティーを組んでいるから基本的には拾得物は換金して四等分にしているけど、貴男は別
一緒には居るけど、貴男の拾得物は貴男の物よ
魔獣の場合だと面倒だから言わなかったけど、今回は魔物の魔素材だからね」
「……判りました」
「でも、生活費とか」と言い掛けるが、飲み込む。彼女達のプライドというか大人としての責任感も有り受け取らないのだろうな。別に受け取る事が悪いとは言わないけど、当たり前の様に自分達の物にする様な大人には為りたくないし、為るつもりもないけど。
出逢えたのが彼女達で、本当に良かったと思う。
それは置いておくとして問題が発生した。
「……何も無しだね〜」
「……見落とした?」
「見落とす程、何か有った訳でもなかったし……
これは、ハズレかしら?」
「或いは“練習”で造った物だったのかもね
そういった話は聞いた事が無いけど、普通に考えると有っても可笑しくないし、偶々破棄せずに放置されて埋もれた可能性も有るわ」
「ん〜……残念だったけどリゼッタちゃんの言う通りかもしれないね〜」
スライムを倒して進んだ通路の先は行き止まりで、壁等を調べて見ても先へと繋がる扉・通路・階段等を出現させる為の仕掛け──“迷宮機構”も見付からなかった。
その結果、今の会話通りアエラさん達は、ハズレと判断して、引き上げる事で一致した。長居する理由も無いから当然の事。
ただ、残念なのは確か。
若干気落ちして来た路を戻ってゆく。時間的に然程掛かってはいないので外はまだ暗いと思う。
まあ、修練に使えるって考えれば悪くはないかな。
「……どうかしたの?」
そう声を掛けてきたのはメルザさん。急に俺が足を止めたから当然だと思う。ただ、気になってしまった以上は確認して置きたい。
行き止まりだった通路を引き返す際には正面になる行く時には素通りしていた何でも無いブロックの壁。その下に転がっている様に見えている小石。その形が不自然に思えたから、壁に右手を押し当ててみた。
「────っ!?」
すると、何の抵抗も無く右腕は壁に吸い込まれる。寄り掛かったりしていた訳ではなかったので、体勢を崩す事も無く、慌てずに、腕を引き戻して無事な事を動かして確認する。
メルザさんの声に此方を見ていたアエラさん達から驚きの声が上がっていた。
「シギル、大丈夫っ?!」
「あ、はい、大丈ぶ──」
「も〜、危ないよ〜?」
「……好奇心は危険」
「勝手に動かないの」
これは喜ぶべきなのか。“隠し通路”を見付けた事よりも心配されています。うん、喜ぶべきですよね。だからアエラさん?、少し両腕の力を緩めて下さい。柔らかいのは天国ですが、窒息死しそうですから。
アエラさんの脚を叩いて気付いて貰い、解放された瞬間に空気を貪る様に求め大きく息をした。その姿を他所にアエラさんを揶揄うユーネさん。賑やかな声が近くに聞こえる様になると生きている事を実感した。
気を取り直して壁の事をアエラさん達が確かめる。勿論、近付いてくる魔物を警戒しながらね。
「……壁に見せ掛けてある事から幻影系の魔法だとは思うけど……初めてだわ
見るのは勿論、聞いた事も無い迷宮機構ね」
「そうなんですか?
隠し通路って、こう遣って隠した方が簡単で楽な様な気がするんですけど」
「考えるだけならね
実際に遣ろうと思うと色々難しいみたいで、今までに見付かった事は無いのよ
抑、技術的に解明不可能な事だから、絶対に無いとは言えないわね
勿論、中には見逃されてる可能性も有り得るけどね」
「だからね〜、普通は機械仕掛けに為ってるんだよ〜
レバーとかスイッチとか、色々有るけどね〜」
「そういう物ですか」
「そういう物なのよ」
そう話しながら、気付く切っ掛けに為った小石へと右手を伸ばして触れれば、それは固定されていて拾い上げる事は出来無かった。つまり、意図的に置かれた目印という訳でした。
目印、という事。それは「攻略者を望む」という、ダンジョン製作者の遺志と受け取る事も出来る。
同時に、篩に掛けられる事を意味している。それは隠し通路の先が危険である事を物語っている。
それでも其処に進む道が有るのなら。その意志の下俺達は壁の中へと進む。
「……意外に安全」
「ちょっと拍子抜けね」
先頭として並んで入ったアエラさんとメルザさんがフラグ的な発言をしたので何と無く周囲を警戒する。俺は可笑しくはない筈だ。
まあ、二人も慢心したり油断している訳ではなくて良い意味で肩の力を抜く為なんだろうけど。聞く方に変な知識が有ると逆に警戒してしまいますね。二人が悪い訳ではないのですが。仕方の無い事でしょうね。
隠し通路の先は長方形の通路の様な小部屋の様な、何も無い空間。造り自体は通って来た通路と同じだし同じダンジョンの中なのは間違い無いと思う。
「見た感じだと迷宮機構は見当たらないし、同じ様に何れかの壁が抜けられると考えるべきでしょうね
その時は、今みたいに気を抜かないでよ?」
「判ってるわ」
「……大丈夫」
窘める様なリゼッタさんだけれど判っていて態と。アエラさん達も判っているからこそ変に勘繰らない。
「良いですよね、ああいう信頼関係って」
「皆、普段は素直じゃないからね〜」
俺の一言には照れるが、ユーネさんの一言には三人揃って「他人事みたいに」と言う様に非難の眼差しが向けられている。ある意味ユーネさんは素直だけど、ある意味意地っ張りだから三人の言いたい事は判る。
それでも直ぐに切り替え壁を調べ始める辺りからも互いへの信頼が窺えるから少しだけ羨ましくなるのは仕方無いんだろうな。
調べる量が少ないから、直ぐに次の隠し通路の壁は特定出来たので、同じ様に潜り抜けて進む。
出た場所はジャヴィーが出現したのと似た小部屋。正面に扉が一つ。左手側に通路が見えている。
「どうする?」
「決まってるでしょ」
「……一択のみ」
「そうだよね〜」
訊いたリゼッタさんさえ最初から決まっていた様に見えてしまうのは気のせいではないのだろう。一緒に行動しているパーティー、考えは理解している筈だし──似ているから気が合うという事も有ると思う。
笑顔で頷き合うと迷わず扉に向かって歩き出す。
その後ろに続きながら、胸中では苦笑した。
扉にユーネさんが触れた瞬間だった。悪寒が走り、反射的に振り向き脇差しと短剣を抜き放つ。小部屋で見た光景が再現される。
「────っ!!」
四人の意識が振り向いた瞬間に俺は頭上に向かって跳び上がり躊躇せず両手を振り抜いた。実体化直後に降って来たジャヴィー二体の眼を同時に切り裂いた。アエラさんとメルザさんは一瞬だけ此方を見てから、直ぐに部屋の中央に現れたジャヴィーに向かう。扉を蹴って着地した時には既にユーネさん達も参戦。俺も直ぐに四人に続いて戦う。
前回の倍は居ただろう、ジャヴィー達を倒し終えて一息吐いきながら考える。あの時、【直感】が働いたのかもしれない。しかし、それは気になっただけで。反応出来た理由は視界内に僅かに影が差したからで。【暗視】で視界情報が十分得られていた為。その中でユーネさんの追い駆けっこ修行が効いていたらしく、考えよりも先に動けたので出来た行動だった。
「シギル、有難うね
お陰で助かったわ」
「シー君、格好良かった〜
一流の冒険者の動きと遜色無かったよ〜」
「いえ、昨日ユーネさんに襲わ──ゴホンッ、色々と教えて頂いたからです」
「成る程ね、自然界で弱い仔は生きる為に必死に走り緊張感の中で学んだ訳ね」
「……生命の神秘、死線を超えて成長した」
「そうなるとユーネの事も見直さないと駄目ね」
「あ、あれ〜?、ちょっと話が可笑しくない〜?」
「「「「無い無い」」」」
ちょっとしたコント的なノリで談笑して、肩の力を抜いてから。気持ちを落ち着かせて確認をする。
「扉に触った事で起動してジャヴィーが出て来た
二度目は有ると思う?」
「一度だけでしょうね
油断している相手に対する“初見殺し”よ、これは」
「……扉はダミー?」
「開けてみれば判るよ〜
開かないならダミーだし、開くなら何か有るよね〜」
「そうね、確かめる以外に方法は無いし、放置しては進めないもの」
「だよね〜」
「まあ、そうよね」
「……逃げられない」
うん、負けず嫌いです。四人共、凄く遣る気です。
まあ、個人的にも扉の先には興味は有るので此処で反対する気は有りません。言う気も有りませんしね。
ユーネさんが扉を開け、慎重に中へと入る。先には先程の小部屋よりは小さい長方形の部屋。造り自体は全然変わらない。
ただ、初めて目にする、ダンジョンに付き物が俺の目の前にて鎮座している。そう、あの“宝箱”が。
「……えっと、聞いていたには聞いていましたけど、本当に宝箱なんですね」
「ええ、初めて見ると驚くでしょうけどね
これも迷宮技術の一つよ」
「迷宮技術、恐るべし」
つい、口から出てしまう本音にアエラさんが苦笑。でも、本当に驚きました。だってね、絵に描いた様な宝箱が有るんです。驚いて当然だと思うんです。
それでもアエラさん達が疑いもしない辺り、普通にダンジョンに有るんだって証拠なんでしょうね。
「ではでは〜、それじゃ、オープン〜」
ユーネさんが宝箱の前に屈んで蓋を開こうと右手を触れた瞬間だった。視界を紫色の怪しい光が染めた。
「──っ!?、何が──」
一番後ろに居たお陰で、反射的に顔を逸らし目蓋を閉じて目が眩む事は避ける事が出来た。それによって視界は全く問題無かった。
しかし、視界の光景には問題しかなかった。呆然と為っているユーネさんへと大きく巨口を開けた宝箱が迫っていたのだから。
脇差しと短剣を抜き放ち【二刀流】を有効にして、宝箱とユーネさんの間へとギリギリで身体を入れる。交差させた刃ごと後ろへと押し込まれる。踏ん張って堪えたくても悲しいかな。彼我の重量差が、不十分な体勢も有って真っ向からの競り合い以上に不利。
右足で宝箱を踏み蹴ってユーネさんを抱えて後ろに飛び退く。距離を取って、腕の中のユーネさんを見て冷や汗が流れる。直ぐ他の三人を見るが同じ状態だと気付いて切り替える。
凶悪な宝箱──恐らくは“ミミック”的な物として考えれば、理解が出来る。つまり、これも罠だと。
ユーネさんを床に下ろし敵に向かって駆ける。唯一幸いなのが、今の四人には自分が何をしていようとも判らないという事。全力で戦ってもバレない訳だ。
こんな機会は先ず無い。だから、この機会に自分の全力を確認しよう。勿論、四人が安全な状況でだ。
見た目が宝箱で、触れた感じだと外側は硬皮っぽい事から素早く動く事は無いだろうと考えて肉薄する。普通に考えると硬い外より内側を攻めるべきだろう。だが、敢えて外側を攻める事を選ぶ。それは今の俺が最大の威力を発揮出来ると思う一撃が、どの程度かを理解する為。【二刀流】に【巧刃】と【武闘巧者】が乗った状態で、【剛撃】を使った脇差しによる一閃。これが今考えられる最大。
だが、肝心の相手の表面──宝箱には引っ掻き傷が付いた程度だった。
慌てずに距離を取って、脇差しに眼を向ける。特に刃毀れしたりしている様な事は見られないので安堵。冷静に分析すると、相手の防御力が高過ぎるからか。或いは、単純に俺が力不足なだけなのか。両方という感じもしなくはない。
アエラさん達であれば、十分に倒せそうだから。
「──って、マジかっ!?」
動かないと、もし動くのだとしても跳び跳ねる様な感じだろうと想像していた勝手な決め付けを覆して、宝箱の下部からヤシガニの脚みたいなのが数十本生え地面を蟹みたいに走って、結構な速さで迫る。
一対一なら回避をすれば済む話だが、アエラさん達戦闘不能状態の四人が居る以上は殺るしかない。
出来れば、もう少し戦い色々確認したかったけど、優先順位は言うまでもない事なんだから。
怒声にも聞こえる興奮と激昂を孕んだ奇声を上げて迫る宝箱に対し、シギルは開いた蓋──口の中を狙い脇差しを突き刺そうとする瞬間を狙っていたかの様に再び紫の怪しい光が閃き、無防備となったシギルへと宝箱の正面部分が割れて、鍵穴部分の奥に隠れていた直径約20cmは有る目玉が姿を見せると、覆い被さる様にシギルを飲み込んだ。──その次の瞬間に悲鳴の様に奇声を敵が上げた。
目玉は脇差しが刺さる。
「──それは残像だ」
離れた場所に立ちながら【朧】で作った残像に何の疑いも持たずに噛み付いた相手の狙いは判っていた。あの閃光が“幻惑”効果を持っている事は四人を見て理解していた。それなら、【幻惑耐性】を持つ自分は効果を受け難い。そして、“安全に獲物を喰う”為に使うのなら、不意打ちでも遣ってくると予想していたからタイミングを合わせて【朧】を使って、眼を潰し距離を取った状態から再び勢いを付けて接近。
右手に持つアエラさんの槍を近距離から【狙撃】を使い目玉を狙い【剛撃】を重ねて投擲して、命中した瞬間に眼に刺さったままの脇差しを握り【連追斬】を発動させる。身体は自然に導かれる様に動き、連続で四連斬を繰り出した。
動きが止まったと同時に断末魔を上げて敵の身体は黒い塵芥の様に霧散する。倒せた事に安堵し、小さく息を吐いた。
「──ふぇ?、はれ〜?」
「……え?」
「…………あら?」
「………………何処?」
幻惑状態から脱した様でアエラさん達が呆然とした様子でキョロキョロとする姿に一安心する。
これが睡眠状態であれば外部からの刺激でも起こす事が出来るんですけどね。幻惑・混乱は時間経過か、効果の元凶を倒すのが普通だとされている。魔道具や魔法等でも可能らしいけど俺には手段が無かった為、出来無かったけどね。
尚、幻惑・混乱状態下で外部刺激を受けると敵だと認識して攻撃してくる事が有るらしいので、遣らない方が無難だとされる。
「大丈夫ですか?」
「シギル?、あれ?、何で貴男が私の槍を?」
「覚えてませんか?
宝箱が有って……」
「宝箱……あっ、そうだわ
確か宝箱を開けようとした途端に紫色の光が……」
「はい、その光で幻惑状態に陥ったんです」
「幻惑状態……」
「その原因のだった宝箱を倒すのに槍は借りました」
「倒すのにって……貴男、一人だったんでしょ?
大丈夫だったの?」
アエラさんは他の三人も自分と同じ様に幻惑状態に陥っていた理解したらしく俺が単独で戦っていた事に気付いた様で心配そうに、申し訳無さそうな顔をして訊いてくる。
安心させる様に笑って、「後ろに居て、陰になった事で幻惑されなかった」と簡単に説明をして、一対一だったから何とか倒せたと言って納得して貰った。
細かい部分は誤魔化して説明しましたけどね。
「……古いダンジョン記で読んだ記憶が有るわ
宝箱そっくりの罠型の魔物“ミミック”ね
正直、物語に出てくるのに影響された脚色だろうって思っていたけど……
本当に存在していたのね」
納得しつつも残念そうな顔をするリゼッタさんには密かに苦笑。その気持ちは理解出来るけど。
それより気になるのが、あのミミックの居た場所に新しい宝箱が出現している事だったりする。
ミミックを倒したから、“本物の宝箱”が現れたと考えるべきなのか。或いは再びミミックなのか。正直悩んでしまう。
「まあ、結局の所確認するしかないよね〜」
ユーネさんの言う通り。ユーネさんに宝箱を開ける事を任せて他は離れる事でミミックだった場合に備え構えていた──が、予想に反して何も起きなかった。
宝箱の中には腕輪が一つ入っていました。取り出し終えると煙の様に消え去る宝箱の方が俺には不思議で仕方が無かったです。また現れるのか、一度きりか。ダンジョンの謎です。
他には特に何も無くて、扉を開けて戻る。再び敵が現れる可能性を考えたが、何も起こらずに、通路へと進んで行った。
通路ではジャヴィー達が偶に出現する程度で、特に罠や迷宮機構も無いまま、地下一階の最奥と思わしき下り階段へと辿り着いた。勿論、備えた上で階段へと踏み入れるが、何も無し。
無事、地下二階へ到着。階段側から見て逆三角形の様な造りをしている部屋。その奥の壁には三つの扉。
中央に進んだ所で、再びジャヴィー達に襲われる。しかも、今回は時間差での三連続出現。ただ、一回の出現数が十五前後だった為どうにか凌げたけど。正直焦りはしましたね。
それは兎も角として。
扉が三つ。普通に考えて“何れか一つが正解の扉”なんでしょうけど。正解に辿り着くヒントが何も無い全く同じ造りの扉が三つ。一体どうしろと言うのか。運試しにしか思えない。
案の定行き詰まり五人でじゃんけんをして、勝った人が扉を選ぶ事に。
「……じゃあ、右の扉」
「では、オープン〜」
メルザさんの指定を受けユーネさんが右の扉を開け中へと入った。ミミックの居た部屋と同じ位の広さ。但し、何も無かった。
「ハズレかな〜?」等と皆が話しているのを他所に俺は慌てて扉に向けて走り開けようとした──けど、扉は動く気がしなかった。
その直後だった。中央に魔素なんだろう、黒い煙が集まって──実体化した。スライムだった。スライムなんだけど、ヤバかった。何がヤバいって、サイズが半端無い。部屋の七割強を埋め尽くす巨体。“ビッグスライム”とでも呼ぶのが妥当な存在の出現に対し、アエラさん達も戸惑う。
しかし、相手がスライムである以上は、倒す方法は判っている。何より逃げる事が出来無いのだから今は戦うしかない。
地下一階のスライム戦で使う事は無く温存していたリゼッタさんの魔法により倒す事にはなるんだけど。その前に、少しでも無駄を省く為にもダミーの魔核の数を減らしたいから四人で攻撃していたんですけど、時々捕まっていた女性陣の姿と声に意識が向いた隙を襲われ掛けて焦りました。きっと、このダンジョンの製作者は男の心理を理解し巧みに狙って遣っている。いや、良い仕事してますね──じゃなくて、恐ろしい相手だと思います。
ただまあ、密かに触手を期待していたりもします。グフィエスの時とは違って罠として、ですけどね。
俺が手に入れた通常物のスラスタルの十倍近く有る大きさのスラスタルを手に入れて扉から引き返す。
四人は意外な収穫を前に喜んでいたが、有った筈の右の扉が消えてしまったら流石に身の危険を感じて、直ぐに切り替えていた。
再び、じゃんけんをして勝ったのは俺。少し考える振りをしながら、マップを呼び出して見る。予想通り四人には見えていない様で何も言われなかったので、一人静かに安堵する。
地下二階の現時点の形を見ながら、前世の経験値を元に考える。多分、二つの扉の一つは先に進む道で、もう一つは宝箱かハズレ。その可能性が高いと思う。普通に考えると左が道で、真ん中が、なんだけど。
「……左にします」
「行っきまーす〜」
【直感】を信じて左に。正方形の部屋、正面の壁に埋め込まれる様にして有る宝箱が目に入った。
ミミックの可能性も有り警戒する中、「経験の為、開けてみたいです」と言い俺が一人で宝箱に近付く。傍に行くと隙間が1cmにも満たない様に壁の凹みへと収められているのが判る。脇差しと短剣を抜き宝箱の左右の隙間に差し込んで、手で掴む場所が出来るまで引き出し、何とか抜き取り床に下ろした。
宝箱のサイズは先程のやミミックよりも小さくて、前世の一般的な買い物籠と同じ位だった。俺は期待と緊張で高鳴ってゆく鼓動を感じながら、蓋を開けた。
中に有ったのは指輪。
宝石も装飾も無い指輪。真っ黒で“呪い系”装備の匂いがする指輪。思わず、見なかった事にしようかと蓋を閉め掛けたが、宝箱と一緒に消えてしまう場合を考えると勿体無かったので仕方無く取り出した。
その黒い指輪を見せるとアエラさん達は喜びもせず「貴男が選んだ扉だから」という理由で俺にくれた。“押し付けた”訳ではなく譲ってくれたんでしょう。ええ……きっと……多分。
気を取り直して扉を潜り部屋に戻れば──やっぱり右の扉も消えた。真ん中の扉だけが残ったのを見て、「実は下りてきた階段から死角になる所に正解の扉が有ったりして」なんて事を軽く言ってから振り返ると階段が消えていました。
つまり、「引き返す?、出来る訳無いだろ?」と。製作者が笑っている様子が思い浮かんだ。推理漫画の犯人像みたいな真っ黒で。
「後戻り出来無いなら、考える必要も無いわね」と凛々しく勇ましく大胆不敵に笑むアエラさんを見て、抱かれたいと思いました。いや、マジで格好良い。
真ん中の扉を開けた先は──行き止まりでしたが、扉が閉まる音が死刑執行を告げる音の様に響いた次の瞬間、床が傾きました。
ドッキリ番組でよく見る落下&スライダー。
身構える間も無く直ぐに地面へと放り出されます。小さな俺はアエラさん達にサンドイッチされ、天国と地獄を味わいました。
そんな事は数秒間の話。着いた先には魔物の群れ。ジャヴィーに、ダンジョン名物の“スケルトン”が、二百は居るド真ん中に放り出されていました。本当に製作者はえげつない。
スケルトン達は各々手に骨製の剣か槍を持つ。動き自体は緩慢だが弱いという訳ではない。寧ろ、技術は高いから簡単には倒せず、弱点の頭部を破壊されない限りは何度でも再生する為非常に厄介だ。頭部は最低でも真っ二つに。罅が入る程度では駄目です。
敵全体の比率が7:3でスケルトンが倍以上居る為先にジャヴィーを片付ける方針で動く。この状況下で麻痺は致命的ですからね。当然と言えば当然です。
1時間程費やして何とか全滅させ、一息吐きながらジャヴィーの魔素材である“ジャヴィーの骨面片”とスケルトンの魔素材である“骨刃”を回収する。
後者は骨ばっかりだから納得出来るが、前者の場合何故に爪ではないのか。
戦利品に関しては今回は乱戦だった事も有り、全て一括で扱う事に。売却後に五等分するそうだが、別に四等分でも構わないです。養って貰ってる身なので。
広大な部屋の右奥の壁が崩れ落ちると、その中から埋められていた通路が姿を現わす。誘われている様に感じて、先に部屋の全体を確認してから通路へ。
結局、何一つ迷宮機構は無かったからね。製作者の掌の上で弄ばれている感が拭えないけど、仕方無い。抑、このダンジョン自体が建造されてから潜っている以上は主導権は製作者に。挑戦者(俺達)は定められたルールとルートを覆しては進めないのだから。其処に文句を言ってはならない。どんなに不満だろうとね。
通路は少し進むと横幅が倍にまで拡がった。五人で横に一列に並んでも十分に歩ける程だ。戦闘となると三人が限界だろうか。ただアエラさんとメルザさんの組み合わせだと二人まで、他の三人なら、もう一人は並べるとは思うけど。
そんな事を考えていると視界に動く存在が入った。それは濃灰の甲殻を持った体長20cm程の虫の群れ。はっきり顔は見えないが、円らな黄色い眼だけは見る事が出来た。
「ぅわ〜、“タマムシ”の団体さんだ〜……」
「それじゃあ、私は後ろに下がるから宜しくね」
タマムシという虫を見て面倒臭そうなユーネさんと即断即決で後ろに下がったリゼッタさん。その様子を見ながら「虫だからか」と暢気に思っていた自分を、数秒先の俺は殴りたくなる事を知らない。
「シギル、気を付けてね
彼奴等は丸まって体当たりしてくるから」
「……ギリギリで躱すのは危ない、はっきり避ける」
「判りました」
脇差しを抜きながら迫るタマムシを見ていた時だ。視界の先には身体を丸めたタマムシが居た。名前通り“球虫”なんだろう。そう思った次の瞬間だった。
撃ち出される様な速度でタマムシが飛んできた。
「────ぇ?」
「ハアァッ!」
「……んっ!」
槍と大剣をバットの横に扱ってタマムシを打ち返すアエラさん達。その様子に茫然となり掛けるが直ぐに【直感】が悪寒として身の危険を報せてくれたので、意識をタマムシに戻した。目の前に迫っていた球体をバック転する横に仰け反り躱すと身体を捻り腹這いに為る様にしながら顔を上げ状況を確認すると、視界の先では助走しながら跳んで身体を丸めるタマムシ達が次々と迫ってくる。
(まさかの球虫じゃなくて“弾虫”かっ!?)
銃弾に比べれば遅いが、バッティングセンター等のピッチングマシンが投げる130〜140km/hの球と同等の速度が有る。しかも丸まったタマムシの直径は30cmは有る物が、そんな速度で飛んでくる状況だ。悪夢でしかなかった。
しかし、そんな状況でも戦わないと生き残れない。だから直ぐに切り替えると立ち上がって脇差しを構え──ずに一旦下がった。
アエラさん達と同じ様に戦う事は難しい。脇差しが耐えられない気がするし。本当なら斬れれば最高で、格好良いんだけど。そんな技量は有りませんからね。脇差しが折れる状況が頭に容易く思い浮かびます。
抜いた脇差しを戻して、左手の手甲と両足の脚甲でタマムシを迎え撃つ事に。前世では中高の球技大会のサッカーで得点王を取った意外にも器用な凡人だった俺の実力を見せて遣る!。ただまあ、保険として一応【剛撃】も使うけどね!。だって、下手すると大怪我しちゃうだろうから。
見よう見真似のサッカーテクニックとボクシングで必死に凌ぎながら、通路を進んでいき、どうにか下に向かう階段に到着した。
正直、リゼッタさん達が早々に後衛に回った理由が嫌という程に判りました。これ、地味にキツいです。暫くタマムシは見たくない気持ちになり項垂れている俺の左肩をリゼッタさんが優しく叩いて慰めてくれ、アエラさん達を見て静かに首を左右に振った。ええ、そうですね。あの二人って何で楽しそうにタマムシと戦えるんでしょうね。理解出来ません。
それは兎も角、魔素材が結構回収出来たそうです。帰ったら、美味しい御飯が食べたいです。
地下二階から落下した為正確ではないけど、俺達は地下四階へと踏み入れる。其処で雰囲気が一変した。それまで、ザ・ダンジョンという感じのブロック造りだった部屋や通路が壁画や装飾の施された遺跡っぽい感じに変わった。それ自体珍しくはないらしいけど、変化は有る事が多いそうで注意しないとね。
「──ん、止まって〜」
ユーネさんが足を止めて俺達を制止し、右手を腰の後ろの小袋に入れ、中から小石を取り出すと目の前の通路に投げ入れる。すると天井から鋭利な多数の槍が突き出してきた。
ユーネさんの【罠感知】というスキルによる察知で串刺しは免れられた事実を目の当たりにすると、何故探索者が人気が有るのかが改めて理解出来る。もし、洗礼で選択肢が有るのなら探索者を選びたいと思う。
槍群の隙間を潜り抜けて──その際、眼福をくれた製作者に対し密かに感謝の念を懐いたのは内緒。嗚呼絶景かな、絶景かなっ!。
その先にへと進むと道が分かれ選んだら、いきなり行き止まり。特に仕掛けも無かったので戻る。その際ジャヴィーが三体出現して撃破したけど出現の仕方が変わった事に気付いた。
どうやら地下四階は何時何処で出現するか判らない仕様みたいです。
別の道を進み、暫くして分かれ道に来たので今度は先程と逆を選んで進むと、あの王道罠・落とし穴が。しかも、丁度分かれ道に。製作者はやっぱり性悪だ。口を開けた穴の縁を歩いて対面の道に進むが──行き止まりでした。引き返して別の方に行くと行き止まり──ではなく、隠し通路に壁が為っていました。
「“廻る太陽を追う船乗りだけが航路を拓く”ね……
暗号か何かかしら?」
其処に有ったのは壁面に刻まれた一文。今まで一切文字が無かっただけに特に強く印象に残る。その謎の行方は進めば判ると思う。
戻って違う道を進もうと踏み出そうとした瞬間に、両脇の壁が両手を叩く様に突き出して視界を塞いだ。ユーネさんが居なかったらペラペラになっていたね。
突き出た壁を押している太い鉄棒を跨いで、出来た隙間を抜けて行くと初めて三叉路──来た道を入れて考えれば十字路が現れる。
マップを呼び出して今の状況を確認すると左の道を先に進んでみた方が埋まる気がしたので提案してみた──自分を殴りたいです。通路を進んだらタマムシが前方から飛んできた。道も前回の半分以下の幅だから俺とユーネさんで対処するしかなかったから。しかも行き止まりだったし。
ただ、引き返す途中で、横の壁が気になって触れば隠し通路が!。その先へと進むと二股に分かれていて右に進んだら、今まで見た三倍の体格のジャヴィーが二体も現れました。そして何故か、ボディービル大会みたいにポージングを……メルザさん、真似するのは止めましょうね?。
予想外のパワーに驚きはしましたが、その分なのか鈍重だったので楽でした。魔素材としてアエラさん達でも初見という大爪が二つ手に入りました。
戻って左に進むと宝箱が無造作に置いて有ったので凄い警戒しましたが、何も起こりませんでした。中に入っていた物を見た途端にアエラさん達が歓喜した。“魔法の小袋”と呼ばれる稀少な魔道具で、異空間に収納する効果を持つ逸品。まさかまさかの展開に狂喜乱舞する気持ちは判るけど流れで出現した敵を実体化したと同時に瞬殺するのは可哀想な気がします。当然なんですけどね。少し位は待ちましょうよ。
気を取り直してマップを埋める様に進む。何気に、突き当たりが多い気がする様に再び行き止まりです。まあ、マップが埋まるから構わないんですけどね。
自然と残った道を進んで行っているとユーネさんの【罠感知】を潜り抜けて、天井が落下し始める。
「ユーネっ!?」
「無理っ!、多分これって罠じゃないからっ!」
「兎に角走るっ!」
ダンジョンのド定番的なアトラクション──いや、状況に若干ワクワクしつつ頑張って走る。それでも、流石と言うべきか騒ぐ程度には余裕なのだから。
そんな中、前に進む先の床が迫り上がり始めたのを見て、ユーネさんが止まる素振りを見せた時だった。【直感】が警鐘を鳴らす。それに迷わず従って叫ぶ。
「──走り抜けてっ!!」
一瞬、振り返るけど直ぐ前を向いて迫り上がる床を踏み越え、リゼッタさんと自分もスライディングする様に身体を滑らせて突破。動かない天井と床、横壁の通路で乱れた呼吸を整える様に休みながら、天井まで到達した迫り床を見てから皆と顔を見合せ、その場で脱力してしまう。脳裏には迫り上がる床の手前の天井は崩れてはいなかった事。
「……これは、あれ?
彼処で止まってたら、閉じ込められてた?」
「はあっ、はぁ、ふぅ……ええ、そう、でしょうね
あ、危なかったわ……」
「……シギル、偉い」
「シー君〜、言ってくれてありがと〜」
「い、いえ、何か嫌な気がしただけで……」
「そういうのって経験則か天賦の才だからね
自信持って良いわよ」
そう言いながら頭を撫で抱き寄せるアエラさん。
嬉しいですけど、鼻腔を擽る匂いが、とても刺激的過ぎて困ります。此処では盛りは有りませんけど。
小休止する間にマップを見て確認すると左エリアが概ね埋まっている。宝箱を回収出来ていて良かったと今に為って思う。何しろ、後戻り出来無いんだから。
その辺を訊いてみたら、非常に珍しいケースという事でした。普通は何度でも行き来出来るそうなので。
このダンジョンみたいに一部が一方通行という造りではなくて、複数階に渡る“後戻り出来無い”造りはアエラさん達でも初めての事なんだそうです。
休憩を終え、探索再開。まだ進んでいない右よりも左を埋める事を優先する。マップ上の空白を埋めると行き止まりに当たるけど、二つ目を見付けた。
「“6時の待ち合わせに、彼奴は遅刻した。一体何時家を出たのか。みっちりと問い質さなくちゃねっ!”──って、何これ?
誰かの落書きなの?」
そう言うリゼッタさんが不機嫌になる気持ちも理解出来るけど、何方かな?。引っ掛けの様にも思う。
引き返していくと通路の片側の壁が突然ドッキリの仕掛けみたいに倒れてきて慌てて駆け出して潜り抜け振り返ると通路は瓦礫にて塞がれてしまった。
マップで確認すると一応埋まっているので良しとし先に進む事にする。戻って未踏の右エリアへ。
僅かに残った左エリアを埋める様に進むが予想通り行き止まりでした。
引き返して進んだ先で、それは目の前に現れた。
巨大な壁画は今まで見た何れよりも精緻な造りで、絵画の様に鮮やかに彩られ特別だと一目で判る。
それに加えて、壁画には直径凡そ50cmの舵輪が。
それを見て、最初に壁に刻まれた一文を思い出す。
「……成る程ね、つまり、この輪を回す事で何かしら迷宮機構が働く訳ね」
「なら、あの二つの一文がヒントって事かしら?」
「そういう事になるわね」
「どう回すの〜?」
「それは……」
「あの、これを回す前に、もう少し調べませんか?
もしかしたら、まだ未踏の場所にヒントが残ってて、それが欠けていた場合には罠が起動する事も有り得る気がするんです」
「……そうね、今までの事から見ても、一度しか回す事が出来無い可能性が高いでしょうしね」
リゼッタさんの同意で、一旦通り過ぎる。出現する一本道を進んで行くと再びタマムシ達が飛んできた。直線では警戒するのが癖に為り始めている事も有り、今回は苦労はしなかった。でも、見たくはない。
突き当たりではマップを確認し、右へと進む。左は元の場所へと戻る通路か、行き止まりっぽいから。
ぐるっと回り込む格好で辿り着いた突き当たりには三つ目のヒントが有った。
「“転んで勢い余った牛は逆立ちをして、深くに押し込まれてしまった”……
これ、ヒントなの?」
そう言って眉根を顰めるアエラさん。でも、ヒントだとは思いますよ。何気に何れも内容が“回る”事に関係していますから。
来た道を戻り、保留した道を進んでみるとマップを綺麗に埋め、俺達は壁画の前へと戻ってきた。
「リゼッタ、解る?」
「……正直、微妙な所ね
失敗しても何も起こらず、引き返せるのなら遣るけど今回ばかりはね……」
地下二階からの落下に、二度の通路の閉鎖。現状で失敗すれば生き埋め確実な状況で“試しに”は出来る訳が無かった。慎重過ぎる位に慎重に遣らなくて全員生きて帰る事は出来無い。それが嫌でも判るからこそプレッシャーも半端無い。
「……少し良いですか?」
だから、思い付く意見は兎に角言ってみる。それが手掛かりになるなら。
「何か気付いたの?」
「個人的な意見ですけど、ヒントは三つ共に正しくて見付けた順に回して行けば良いんだと思います」
「……その根拠は?」
「リゼッタちゃん、それは厳しくない〜?」
「いえ、当然だと思います
だから、自分なりに考えた事を言います
先ず一つ目の後半部分から一番最初だと考えます
次に、“廻る太陽を追う”という部分から輪を太陽の動き方である東から西──つまり右から左に昇る様に“左回り”に回します
それと輪を見て下さい
輪の一ヶ所にだけ、小さく矢印が刻まれています」
「あ、本当だね〜」
「気付かなかったわ……」
「多分、それが輪を回して合わせる為の目印です
そして二つ目の一文の冒頭“6時に待ち合わせ”が、時計に関係しているのなら輪の真後ろの壁画部分には上手くズラされていますが輪の中心を基点に十二分割出来る様に“目印”となる部分が見られます」
「……うん、十二個有る」
「一つ目に指定が無いのは二つ目の冒頭で繋がる為で輪の矢印を6時の位置──真下で止めます
次に後半の“一体何時家を出たのか”という一文から回想、“時間を遡る様に”という意味だと思います
最後に三つ目の一文ですが“転んで”は輪を一回転、“逆立ち”は半回転させる事を指し、二つ目の一文と繋げて“真下から左回りに一回転半させる”となり、矢印を真上で止めて最後に“壁に押し込む”と……
そう考えてみました」
言い切りリゼッタさんを見詰めていると、溜め息を吐かれてから頭を少し強く雑に撫でられた。「全く、貴男って子は……」とでも言われている様な気がして嬉し擽ったくなる。
「私は異論は無いわ
きちんと成り立ってるし、特には可笑しくもないから──って、何よ?」
「誰も反対しないよ〜?」
ユーネさんの揶揄う様な若気顔の一言に顔を赤くしリゼッタさんが噛み付き、その間に現れた魔物を倒し俺の仮説通りに実行すると壁画の右脇の壁が音を立て天井に吊り上げられる様に開いていった。
気を引き締めて進むと、スケルトンの一団と遭遇。七体だけだったので直ぐに倒したけど、気になった。魔素が集まってではなく、最初から実体化していた。それが“仕様”だとすればスケルトンが徘徊しているエリアだという事になる。
その予想は裏切られずに見事に的中してしまう。
その後は、スケルトンを駆逐しながらタマムシ罠を含む四つの罠を凌ぎ切り、隠し部屋を見付けて宝箱を一つ回収して、隠し通路を通り、どうにか地下五階に続く階段へと辿り着く事が出来ました。
脱出が危ぶまれる状況は変わらないものの、無事に前進出来ている事に俺達は安堵しました。
地下五階は魔物の出現数自体は多いものの、罠等は特に無く、隠し通路を二度通っただけの一本道。
そして、目の前には扉が立ち塞がっている。まるで「此処がボス部屋です」と言うみたいな豪奢な扉が。あ、ダンジョンにボスって居るみたいです。正確には“迷宮の番人”だそうで、“ボス”は通称だとか。
誰が発祥なんですかね。
それは兎も角として。
装備を確認し、戦闘時の立ち位置を話し合って決め気合いを入れて扉を開く。
「──で、通路なんだ〜」
「此処の製作者って絶対に友達が少ないタイプね」
「揶揄ってくれるわ」
「……でも殴れない、そのもどかしさも、愉悦」
「あははは……」
軽い感じの口調なのに、四人の威圧感で周辺の空間が歪んで見えます。ええ、訊いたりはしませんよ。
昂る闘志のままに奥へと進み、目の前に現れた扉は躊躇無くメルザさんにより撃ち開かれて、中に入る。落下した地下三階の部屋と同等の広さ、しかし高さは倍以上は有る広大な空間。奥には小さく扉が見える。何と無く、脱出する為には彼処へと辿り着かなくては為らないのだと感じる。
そんな事を考えていると部屋の中央、その虚空へと膨大な量の魔素が集結され渦巻く様にして、実体化。床を踏み砕く勢いで着地し地震が起きたかの様に部屋全体が縦に揺れる。揺れが収まると同時に耳を擘くが如く響き渡る咆哮。空気が肌を叩く様にすら感じる程凄まじい闘気を放ちながら其奴は此方を見た。
全高約4m、牛頭を持つ迷宮では定番のモンスター“ミノタウロス”が其処に存在している。だが、俺の記憶するミノタウロスとは異なる為、ミノタウロスと呼ぶ事には躊躇する。
下半身は恐竜を思わせる大きな足と巨大な筋肉に、当たれば一発で致命傷だと言える太い尻尾。上半身は逞しい四腕で、剣・手斧・金棒・楯を持つ。首と背を被う金色の鬣。熱した鉄の様に耀き蒸気を纏う赤肌。エイトパックに割れた腹筋──は、どうでもいいか。左右に二本ずつ突き出した鹿の様な大角と牛の小角。真っ黒な一対の眼と眉間で脈打つ様に黒筋が浮かんだ血走っている様にも見える赤紫色の巨眼。どう見ても“普通”ではなかった。
「ボス仕様だからね」と言われてしまえば、それは其処までの話なんだけど。一気に難易度が上がったと感じてしまうのは、きっと仕方が無い事だと思う。
それでも倒さなくては、自分達に未来は無い以上は遣るしかない。文字通り、命懸けで自ら掴み取る為に生存競争(戦い)は始まる。
「エア・スピア!」
ボスに向かって駆け出す俺達の隙間を縫う様にしてリゼッタさんの放った風の魔法は楯により防がれる。だが、それで解った事が。少なくとも魔法なら直接のダメージを与えられる事をボスは自ら示してくれた。
ユーネさんは見逃さずにハンドサインで楯を持った腕を最優先破壊対象として指示を出す。だが、流石はボスと言うべきか。四人で攻撃していても上手く捌き凌がれてしまう。破壊する事だけを考えれば、魔法でリゼッタさんに狙って貰う事が一番効果的。しかし、何度も防がれてしまってはリゼッタさんが消耗して、決め手を欠いてしまう事に為り兼ねない。
それを避ける為に四人で腕を破壊したいのだが……手古摺っているのが現状。何気にボスの技量が高い。それから決め手を持つのがアエラさんとメルザさんの二人だけだと言う事。俺とユーネさんでは掠り傷しか付けられなかったし、少し時間が経つと治ってしまう事も膠着している要因だ。救いは再生能力は高くないという事だろう。それでもパワータイプのボスだからアエラさん達が対応せずに抜けると一気に押される。はっきり言って、じり貧。
何か打開策が無いのか。少しだけ距離を置きながら躱す事に専念して観察し、試してみたい事を思い付きリゼッタさんの所に言って端的に説明し、再びボスに向かって攻撃を始める。
暫くしてリゼッタさんが魔法を放った。
「ファイア!」
やはり楯を構えるボス。その腕を狙う様に滑り込むアエラさんとメルザさん。だが、ボスの腕が許さず、下がらされる。それと同時だった。
「エア・スピア!」
リゼッタさんが再び魔法を放ち、先に放った炎へと風の槍が追い付き、貫く。ボスは楯で風の槍を防ぐ。しかし、拡散した火の粉は防げなかった。如何に弱い火の粉でも彼方此方に散り身体に触れれば、ボスでも無視は出来無い。四腕を、身体を振って払おうとする──その本の僅かに意識の逸れた隙を狙う。
懐に入ったユーネさんの背中を踏んで、死角となる顔の真下から跳び上がって額の巨眼を脇差しで突く。勿論、【剛撃】も使って、確実に潰した。
激痛からか、暴れ悶えるボスだったが額の巨眼から涙の様に黒血を流しながら直ぐに俺を激昂した様子で睨み付けた。残されている真っ黒な双眸で。
ボスの視界は俺を中心に置いている。正面の空中で回避不可能な無防備過ぎる俺を狙って。武器を持った三腕を振り上げる。
次の瞬間、楯と剣を持つボスの腕が宙を舞った。
一対一ならボスの勝ち。しかし、これは一対多だ。俺だけに意識を向けた瞬間他への注意は散漫となる。離れているリゼッタさんと一緒に動いたユーネさんは直ぐには動けない。だが、最初に下がって待機状態の二人は違う。この絶好機を見逃しはしない。
二人と打ち合わせをした訳ではない。ボスに狙いを悟られる可能性が有るからリゼッタさんには魔法を、ユーネさんには侵入の為の協力を頼んだだけ。だからボスは気付けなかった。
それでも二人なら絶対に動いてくれると確信しての捨て身の打開策だったから後で怒られるかも。
「シー君っ!」
そんな事を考えていても手斧と金棒を持つ腕は振り既に下ろされていて迫る。普通なら回避は出来無い。だが、其処にユーネさんが投げナイフを俺に向かって投げてくれる。それを宙で左足の脚甲で受け、反動で後方に一回転する。
両脇を交差した手斧達が擦れ違う様に抜け、頑丈な筈の床を叩き割った。
着地と同時に飛び退いて視界に入った光景に今更に冷や汗を流す。結構本気で生きてて良かったと思う。
「畳み掛けるわよっ!」
「……一気に仕留める!」
前線の二人が残る二腕を取りに行けば、それに続き反撃をさせない連結速度で四人はボスを打ち倒した。一応、参加してましたけど特に見せ場は有りません。御姉様方の凛々しい御姿に見惚れてました。
ボスが使っていた四つの武具は何故かサイズが人が扱える大きさになっていて残りました。それと金色の鬣付きの牛革もです。
魔法の小袋、大活躍。
ざっと部屋の確認をして奥の扉を開けて進むと行き止まりで、正面の壁を通り抜けると正方形の小部屋に出ました。床には魔方陣が描かれていたので入らない様に避けて向かい側の壁の前に移動します。その壁に刻まれた一文を見詰めて、リゼッタさんは黙り込む。
「“力を授ける”って事はスキルの習得ですか?」
「…………え?」
「…………え?」
何気無く言ってみたら、リゼッタさん達から物凄く驚いた様に見られ、其処で遣ってしまったと気付く。
【記録書】、何気に有能過ぎです。遣った後だから遅いんですけどね。
「……貴男、“古代文字”が読めるの?」
「えっと……はい、何故か解ります、読みますか?」
「……そうね、お願い」
「判りました
“我が試練を超えて到りし素晴らしき戦士よ
先ずは汝の健闘を──って感じで暫く続きますが?」
「……肝心な所だけを」
「え〜っと……“汝に我が力を授ける、魔方陣に入り鍵となる詠唱をせよ
但し、偉大な力を得られる者は一人だけである
尚、力を得た後、魔方陣が汝を導く”……です」
「その偉大な力って〜?」
「さあ……肝心な事なのに書いてないので、意図的に省いてあるのかも」
「……性悪、有り得る」
「確かにね……」
「……詠唱は解るのね?」
「はい、書いて有ります」
「そう、それなら、貴男が貰えば良いわ
このダンジョンを見付けた貴男が得るべきよ」
「その本音は〜?」
「仲間割れさせる仕掛け、しかも得ないと脱出不可能なんて事を考える様な奴の力なんて要らないわ」
「バッサリだね〜」
身も蓋も無い一刀両断。まあ、リゼッタさんは基本仲間想いだから、こういう仕掛けをしている相手には嫌悪感が強いんでしょう。アエラさん達も異論は無く俺は魔方陣へと立つ。妙に緊張するのは初めて魔法を使うからかな。
深呼吸して、ゆっくりと間違わない様に始める。
「……“迷いし貴方を想い私は糸を紡ぎましょう
如何に広く、深く、遠く、果てし無くとも必ずや糸は貴方に届きます
この糸が貴方を深淵より、光の路を通り、愛懐かしき彼方へと導きます
黄昏に染む紡ぎ糸を”……────っ!?」
詠唱を終えた次の瞬間、魔方陣が淡く光り、身体を包み込んだ。
驚いている間に光は消え特に何も変化は無かった。アエラさん達も落ち着いて「初めては驚くわよね」と微笑ましそうな優しい顔で見守られていました。凄い恥ずかしいんですけど。
それから書いて有る様に五人で魔方陣に立ったら、何かをする事も無く勝手に魔方陣が光って、先程より強い光が自分達を包み込み視界が薄れる様に霞むと、ジェットコースター等での浮遊感に近い感覚の中で、景色が暗転した。