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5話 誰が為、己が為。


 深い闇の中から響く様に意識を揺り動かす音により四肢に感覚が広がっていき──誰かが、激しく部屋のドアを叩いているんだと、知覚する事が出来た。



「……はぁい、ちょぉっと待ぁって下さぁいねぇ〜」



 欠伸をしながら背伸びし簡単に服を着込るとドアの方に向かったユーネさん。その間に俺達も服を着る。……え?、臭いや痕跡?、ははっ、これでも場数なら結構熟してるんですよ?。寝る前に後始末をする方が快眠出来ると学びました。だからね、アエラさん達の身体も一応は拭いたりして綺麗にしてるんですよ〜。そんな訳で、こういう時も余程に注意深く探られない限りは、大丈夫な筈です。



「はいは〜い〜、朝早くに何ですか〜?」



 若干の毒を吐きながらのドアを開けるユーネさんの背中を見詰めながら俺達は小さく苦笑を浮かべるが、その気持ちは理解出来る。朝の気怠い感じは自力にて抜け出るから意味が有る。他力の場合は、親しい異性だけが唯一許される行為。


 それは兎も角としてだ。ドアの先に居たのは宿の主──ではなく、俺としては見た事の無い犬人の女性。それだけに、少々意外で。気が抜けてしまい掛けるが傍のアエラさん達の様子が一瞬で張り詰めたのを感じ只事ではないと察した。



「皆様、朝早くから申し訳御座いません

ですが、どうか町の為に、御力を御貸し下さい」


「……準備して行くから、少し待ってて」


「有難う御座います!」



 助力を願う女性が静かに頭を下げるとユーネさんは此方に顔を向けると直ぐにアエラさん達が頷き返す。ユーネさんが準備をすると伝えると本当に感謝をした様子で頭を下げるとドアを閉めて部屋から離れていく足音が聞こえた。

 端から一連の遣り取りを見るだけでも緊張感が有る事態に、自分の立ち位置に悩んでしまう。考えながら一応はきちんと着替えをし留守番していようとするとアエラさん達が頷き合う。



「シギル、出来れば私達と一緒に来てくれない?」


「…………え?」


「普通なら有り得ないけど力を貸して欲しいの

勿論、貴男は私達が絶対に守るから」



 その意外な提案に驚く。明らかに戦力外な、いや、足手纏いでしかない自分を必要としてくれる。それが凄く嬉しくて、二つ返事で頷いてしまいそうになる。だが、その感情を飲み込み冷静に考える。

 一緒に行った場合、俺の所為でアエラさん達の身に危険が及ぶ可能性は高い。ウナヘビの時の事は偶然、偶々上手く行っただけだ。普通に考えれば判る事だ。



「……判りました」



 それでも、断れないのは心から、そう望まれる為。俺は覚悟を決めて頷いた。自分も、命を懸けると。


 部屋を出て宿屋の一階のロビーに行くと、先程見た女性が待っていて此方等を確認すると綺麗な御辞儀を素早くして感謝を示した。その際、一瞬だけ俺の方に視線が向いたのは当然の事なんだとは思う。俺だって彼女の立場なら、「え?、まさか、その子も?」って思うだろうからね。

 しかし、彼女は直ぐ様、俺の存在は気にしない事を選んでの御辞儀だった。

 その姿を見て、明らかに状況が切迫しているのだと察してしまう。それだけに嫌でも緊張してしまうのは仕方が無いのだろう。


 ロビーに有るテーブルに彼女と対面する形で俺達は椅子に座った。

 ふと、気になったのは、宿屋の主人の姿が先程から見えないという事。人手が足りずに駆り出されているのかもしれないが。何故か胸騒ぎがしている。これも【直感】の効果だろうか。



「確か、ジィナさんね?

町長の娘で、“ギルド”のセァボ支部に居た……」


「は、はい、普段は受付嬢をしています!」



 アエラさんの言葉を受け彼女──ジィナさんは顔を瞬間的に喜色を滲ませるが直ぐに真剣な表情に戻す。彼女は見た目、十代後半の中高生位、美少女とまでは言わないが、可愛い人だ。性格も可愛いって思う。

 一方で、アエラさん達が何気に凄い冒険者なのか、セァボにとって特別な存在なのかの可能性が浮かぶ。……一緒にして刺されたりしませんよね?。といった不安を覚えてしまう。



「何が有ったの?」


「……詳しくは、私達にも未だに解りません

ですが、セァボの町の者の過半数が高熱を伴い、半数以上が昏倒しています」


「過半数が?、昨日までは町は普通だったわよね?」


「はい、ですが、昨夜から今朝に掛けて次々に住民が異変を訴え始めて……

原因不明なまま昏倒し出す住民が現れ始め、その数は未だに増えています」


「……町長や医者は?」


「……昏倒しています」



 ジィナさんの説明を聞きアエラさん達は言葉を失い小さく息を飲んだ。それも当然だと思う。魔獣の様に物理的に何とか出来るなら冒険者としても協力し易い案件だと言える。しかし、それが疫病の類いとなると話は大きく異なる。それは専門家が居なくては無理。冒険者は大抵のクエストは請け負うが万能ではない。

 ただ、それを承知の上でジィナさんは助けを求めて此処に来ている。その事を察してしまうと逃げ出す事なんて出来無いでしょう。まだ洗礼さえ受けていない俺ですら、そう思うなら。アエラさん達は、俺以上に人々を助けたい筈だから。



「……あの、質問をしても良いですか?」


「えっと……どうぞ」



 いきなり口を開いた俺にジィナさんは戸惑いながらアエラさんを見て、彼女が頷いて見せた事で了承し、俺に向き直った。

 まあ、子供が相手だから仕方無いんだけどね。少し凹んでしまう。それも今は気にはしない様にする。



「原因不明という事から、近頃、町や周辺で可笑しな事が有った訳ではない

そう考えても?」


「はい、少なくとも異変が有ったという話は私は全く聞いていません」


「では、昏倒している人に共通点は?、例えば“患者全員が獣人族”、とか?」


「──っ!?、そうです!、確かに皆獣人族です!」


「それなら、獣人族にしか発症しない疫病とか?」


「それは……すみません

私では何とも……」


「──それは無いね」


「「「ムヴァ様っ!?」」」



 唐突に声を掛けた相手に振り向けば、ムヴァさんが其処に立っていた。それも昨日見た服装ではなくて、明らかに“装備品”を身に着けた姿でだ。その意味を直ぐに察して女性陣は全員息を飲んでいた。俺は一人ムヴァさんの生足を見て、生唾を飲んだが。その事は態々言う必要は無いので。ええ、周りに合わせます。



「少なくとも、疫病による感じじゃないよ」


「では、何だと?」


「……可能性の話だけどね

セァボから西北西に行った山中に遺跡が有るんだよ

セァボでは“聖域”とされ大事に奉られてる物だ

だけど、過去に調査された事は一度も無い」


「つまり、その遺跡が原因であるかもしれないと?」


「可能性の話だよ

けど、今は何も手掛かりが無い以上、解決策も無い

怪しい可能性でも一つ一つ潰すしかない

面倒だけど、他に遣り方も思い付かないからねぇ」



 「諦めないんならね」とムヴァさんの言外に含んだ笑顔にアエラさん達も頷き合って強く決意を固める。このままでは死人が出ても可笑しくはないから。

 そんな中、彼是と考えて──少しは絞り込めるかもしれない方法が浮かぶ。



「……あの、この辺りって風向きは?、町の水源ってどうなってます?」


「……成る程、御手柄だよ

これで遺跡である可能性が大きく高まったね」


「──という事は?」


「この時期、風は北西から南東に向かって吹いてる

水源も遺跡の有る山からの川を引き込んでる」



 そう言って口角を上げるムヴァさんを見て彼女達は静かに頷き合った。


 遺跡までの道程を含め、土地勘の有るムヴァさんを先頭にして山林を駆ける。暫定的に住民達を統括するジィナさんに念の為に町を封鎖して貰っているけど、ムヴァさんにアエラさん達からの要請だと言うだけで皆が従う様を見てしまうと本気で愚息が縮み上がる。「お前にも一応怖がる物が有ったんだな……」と俺が心の中で愚息に語り掛けた事は余談である。



「ムヴァ様〜、目指してるセァボの聖域っていうのはどんな遺跡ですか〜?」


「“クトァラ遺跡”が正式名称なんだけどね

セァボでは“森秘の御社”と呼ばれてるんだよ

まあ、“イェルナ様式”の神殿みたいな感じさ

地下への入り口とかも特に見当たらなかった事から、祭壇だとされてたけど……何か有ったんだろうね」



 イェルナ様式というのは前世で言う古代ギリシャの神殿造りの様な感じの物で近いのがパルテノン神殿。大きさは様々らしいけど。“御勉強”で学びました。

 そういう遺跡は意外にも彼方此方に点在するらしく冒険者に調査依頼が来たり冒険者が発見する事も結構有るんだそうです。それは魔獣の住み処に為っている場合も少なくない為。

 栄華を極めた文明でも、自然界の生存競争の前では無力だという事か。或いは人類が繰り返す栄枯盛衰の愚かな過ちの歴史に対する世界の意志の皮肉なのか。

 どうでもいいけど。



「周辺に魔獣は?」


「あの遺跡の辺りは昔から“バッファロー”が多い、油断するんじゃないよ?」


「ぅえ〜……バッファローなんて最悪ぅ〜……」



 ヌルヌル系が駄目っぽいリゼッタさん・メルザさんみたいにユーネさんが顔を思いっ切り顰めて呟いた。

 ただ、個人的には初めて正面な名前の魔獣だけに、期待感が膨らんでしまう。まあ、バッファローなのが厄介そうで喜べないけど。肉が食用に出来るのなら、嬉しいんだけどね。



「そのバッファローって、食べられますか?」


「ああ、セァボでは勿論、奴等が近場に棲息してれば大抵は食用にしてるね

焼いた時の芳ばしい匂いは酒が進むんだよ」


「……私は嫌い〜……」



 まあ、嫌な物は嫌だから仕方が無いんだろうけど。自分の知っている焼き肉が食べられる可能性を前に、口内では唾液が滲む。後で町の八百屋みたいな御店を回ってタレの材料を買って貰わないとね!。


 ──なんて思ってた少し前の自分を殴りたいっ!。それはもう、全身全霊全力全開全弾全射でねっ!。



「きゃああっ!?、嫌嫌嘘嫌来た来た此方来た早く早くねえねえ嫌あぁあーっ!?」


「……ユーネ、邪魔」



 メルザさんを楯に使ってバッファローから逃げ回るユーネさんが可愛いです。普段、お姉さん振ってる分涙目で必死に逃げ回る姿は癒しであり、萌えですね。

 ──という、現実逃避は止めて現実を直視しよう。ソフトボール程の大きさで牛の頭と身体に“飛蝗”の脚と羽根を持つ群形成小型魔獣──バッファロー。

 「紛らわしいわっ!!」と大声で叫びたいが、叫ぶと「何が紛らわしいの?」と訊かれてしまうだろうから先ず言えないんですけど。物凄く言いたかとです!。


 それは兎も角としてね、このバッファローって奴は小さくても突進力は猛牛と遜色無く、それでいて飛蝗同様に身軽で、凄く飛ぶ。幸いなのは飛蝗の顎は無いという事だと思う。まあ、それでも十分脅威だけど。

 ただね?、俺達の初陣がバッティングセンターか、虫取みたいなのが、ねぇ。いやまあ、俺は【功刃】を持ってるから普通よりかは全然動けてるみたいだし、何気に前世で一時填まったスポーツチャンバラの経験なんかも活きてる様です。「貴様の動きが見える!」的な感じなんですね。



「シギル、右の奥に他より一回り大きな奴が動かずに居るの見える?」


「はい、群れのボスっぽい感じの奴ですよね?」


「そう、それよ

私達が引き付けてるから、仕留められる?」


「……任せて下さい」


「ふふっ、その意気よ

ムヴァ様!、リゼッタ!、メルザ!、固まって!」



 アエラさんの指示が出た瞬間に意図を察したらしく俺の姿を隠す様に密集し、バッファローを迎撃する。指示を出しているのか否か定かではないが、優勢だと感じたらしく包囲する様に円環状に為る。その後ろで動かなかったボスが前へと出て来た。それを見逃さずメルザさんの大剣の腹へと乗って振り投げられ包囲を飛び越え──迷わず肉薄。居合いをイメージし脇差しを抜き放って、一刀両断。初陣を飾った。


 ボス──指揮官を失った群れは混乱し、戸惑う所をリゼッタさんの魔法を含め一気に畳み掛けた。その数凡そ二百匹は居るだろう。バッファローの群れを撃退する事に成功するが、今は回収している時間が無い為その場に放置して遺跡へと足を進めた。まあ、そうは言っても俺はメルザさんに抱き抱えてられているので自力では有りませんから、厳密に言えば俺自身は足を進めてはいませんけどね。気にしたら負けです。



「ムヴァ様、今更ですが、獣人族のムヴァ様が遺跡に近付いて大丈夫ですか?」


「アタシが発症した場合は迷わず置いて先に行きな

現状で優先すべきは原因の解明と除去だよ」



 リゼッタさんが懸念した事はムヴァさんが発症する可能性ではない。発症した場合にムヴァさんを山中に放置した場合、山中に棲息している魔獣に襲われて、命を落としてしまう事だ。

 だが、ムヴァさんは既に覚悟を決めている。一人の犠牲で他を救えるのなら。それは最高ではなくても、最善ではあるのだから。

 時間が惜しい今の現状で遺跡まで案内役は必須だ。ムヴァさんは最初から全て承知で同行してくれている事をアエラさん達は察して悲痛な面持ちで黙り込む。



「大丈夫だと思いますよ」


「……え?」


「もし、これが疫病の類いだとすれば獣人族であれば全員が発症しています

だけど、実際には半数以下とはいえ残っています

しかも、老若男女問わない状況から見て、発症対象は獣人族でも、発症条件には個人差が有るという事です

なら、疫病よりも毒の様な感じかもしれません

風や水の影響を受けるなら花粉の様に散布していて、個人差が出るのは抵抗力に差が有るからだと……

そう考えると現時点で未だ発症していない人達は他の人達よりも発症し難くて、猶予も有る筈です」



 そう、自分の事の見解を口にすると皆は黙り込む。足を止めてはいないものの此方を見る表情には驚きが明確に浮かんでいた。

 ……あれ?、違った?。アエラさん達を安心させてあげようとしたんだけど。もしかして遣らかした?。



「……くく、あはははっ、成る程ね、アンタ達が態々危険を承知で連れて来てるだけの事は有るねぇ」


「そうでしょ?」


「全く、貴男は……」


「頼もしいね〜」


「……シギル、凄いね」



 無反応に戸惑っているとムヴァさんは笑い出して、アエラさん達も笑ったりと緊張感や悲壮感が薄れた。取り敢えず結果オーライと考えて置こうかな、うん。深く考えると華奢で繊細な硝子の俺のチキンハートが低温調理後フライドされてしまうかもしれないから。生きる為には時に鈍感力も必要だって事なんですよ。


 それでも、ムヴァさんも少しは気が楽になったのか動きが変わっていた。時々遭遇するバッファロー群やリザザル、それから頭だけ兎な猪“ラブォア”という魔獣を退けながら目的地の遺跡へと辿り着いた。

 横10m程、奥6m程の長方形の土台に左右対称に並らんだ高さ3m程の柱。壁や屋根は元から無いのか残骸すら見当たらず、柱も三分の一は半分以上欠けて失われている。見た目には古代ギリシャっぽいけど、細かい違いは解らないな。そんなに詳しくないから。

 ただ、視覚的に可笑しな様子は見られなかった。



「花粉みたいに見える程に固まってないのかな〜?」


「ユーネさん、見えるとは限らないと思いますよ?

それから花粉っていうのも比喩としてですから

それだけを探してても先ず見付かりませんよ」


「シギルの言う通りね

それに優先すべきは遺跡が関係しているのか否かよ」



 ユーネさんの思い違いを指摘したらリゼッタさんも同意してくれて、その上で今の自分達が為すべき事を再度口にしてくれた。

 それを受けて周囲を見て違和感が無いかを考える。──が、よくよく考えると初めて見る遺跡を前にして違和感を覚えるというのは中々に難しい事ですよね。──と言うか、俺としては判る気がしません。



「あの、以前と何か違う所とか有りますか?」


「……見当たらないね

アタシも何度か来てるけど特に目立つ何かが有るって訳じゃないからねぇ」


「……では、遺跡以外なら何か感じますか?」


「そうだねぇ……」



 そうムヴァさんに訊くと彼女は遺跡周辺の景色へと視線を向けて見回す。

 初見の俺から見て俺達が居る遺跡自体に昨日今日で起きた様な違和感は無い。長い年月を経て朽ちていき劣化した。そういう感じの自然な印象しかないから。だから一度、遺跡の周辺をムヴァさんに確認して貰い少しでも手掛かりを探る。



「……あの、岩壁……」


「彼処が何か?」


「はっきりと覚えてるって訳じゃないんだが……

あんなに岩肌が剥き出しに為ってたかねぇ……」



 ムヴァさんが視線を送る先を見ながら静かに訊ねたアエラさんに答えながら、考え込む様に呟く。それを見ながら可能性を示す。



「もしかして、その岩壁は苔に覆われていたとか?」


「ああ!、そうだよ!

アタシが覚えてるのは苔で緑一色の岩壁だよ」



 それは景色として見れば小さな変化だろう。だが、今は貴重な手掛かりであり謎を解く為の細い糸。

 手繰る様に俺達は岩壁を目指して足を進める。俺は歩いてないけど。


 岩壁の下に着けば一目で何かが有ったのだと判る。だって、地滑りを起こして緑の苔や土砂が一緒になり混ざり合って積もっている状態ですからね。

 そして、岩壁の脇に口を開けている洞穴が有った。入り口周辺に散らばる岩を見るからに、長らく岩石で蓋をされていたのだろう。或いは地滑りで壁の一角が崩れたのだろう。



「……よし、特に可笑しな臭いもしないな」



 流石は獣人族。その中で特に嗅覚に優れているとの話だった狼人です。本当に頼りになります。しかし、くんくん、と鼻を鳴らして嗅いでいる時の彼女の姿は可愛らしかったです。普段凛々しいムヴァさんだから眼福でしたよ、マジで。

 まあ、そんな邪念は強く懐くと“女の勘”センサーに引っ掛かるでしょうからふわっ、とです、はい。



「それじゃ〜、私が先頭、ムヴァ様が最後尾で隊列を組みましょうか〜」



 ユーネさんの指示に従い直ぐに隊列を組む。やはり【暗視】を持っているから普段でも洞窟や遺跡内ではユーネさんが先頭の様で、皆慣れた様に位置取る。

 今回は流石に俺も自力で移動と為ります。荷物扱いからの卒業です!。いや、不満は無いんですけどね。常時柔らかいクッションがサポートして快適な移動を与えてくれていますから。

 でも、それはそれです。視界が限られてしまうので自由に彼方此方を見られる事が嬉しいんですよ。


 二番手のアエラさんが、ムヴァさんから手渡されたカンテラを灯して照らす。何気に魔道具です。便利な訳ですが高価な事も有り、所有者は限られるのだと。そう教わりました。だから魔道具を見るのは初めて。ついつい気になってしまい見ていたら「ちょっとだけ持ってみる?」と言われて即座に頷いた。その瞬間の俺はどんな顔をしていたか気になるけど気にしない。多分、黒歴史になるから。


 洞穴の中は遺跡の一部を思わせる事は全く無くて。天然の洞窟の様に見える。地下水の流れにより削れた感じの岩肌と、地震により割れた感じの岩肌が混じる内部は人工的な印象は薄く遺跡との関連性は思考から自然と除外された。

 ただ気になるのが内部が妙に“乾いて”いる事だ。長年密閉されていた空間、そうでなくても洞窟の奥が湿気を感じないというのは異常な気がする。しかし、それは前世の知識であり、今生の常識と同じかどうか確かめなくては判らない。警戒する為にもね。



「──そうね、普通なら、もっとジメジメしてるわ」


「“何か”が有る証拠ね」



 やはり異常らしい。その事実に警戒心は高まった。何故なら、俺は比喩として花粉と言ったが、洞窟内の水気を奪う様な存在が居る場合は、植物系の可能性が高くなるから。

 実際、アエラさん達の口から出てくる言葉からでも同じ様に考えているのだと判ってしまうから。しかも厄介な予感がするそうで。「初ダンジョン探索!」とはしゃいでいる余裕は全く有りませんから、マジで。


 警戒しながら慎重に進む俺達だけど、遺跡とは違い侵入者対策の罠等が無い分かなり楽だそうで。加えて天然の洞窟な割りに内部に棲み着く魔獣が居ないのか全く遭遇していない。楽な様に思えるが、逆に洞窟の静寂が不自然に感じられて嫌な想像が膨らみ、不安を掻き立てる。

 例えば、今騒動の根元が棲み着いていた他の魔獣を“捕食”していたりする。そんな可能性だ。何気無く口にしたら怒られました。うん、考えたくはないけど前世の知識的には展開的に珍しくはない事ですから。仕方が無いんです。



「────っ!?」



 先頭を歩くユーネさんが止まり、岩肌に背を預けて隠れる様にすると、後続の俺達も彼女に倣う。直ぐにカンテラの明かりを絞り、光量を落とす。【暗視】の有るユーネさんなら確認にカンテラは必要無いから。

 そして先程から聞こえる何かが這い擦る様な音へとユーネさんは視線を向け、顔を強張らせた。同じ様に【暗視】を持った俺だから真っ先に気付いた。これはマジでヤバい相手だって。

 何しろユーネさんの先の空間を触手の様な蔦っぽい物体が複数彷徨っている。まるで“餌”を探し求めるゾンビみたいに。



「……ユーネ?」


「……居るには居るよ〜

見た事も聞いた事も無い程巨大な“グフィエス”が〜

これ、間違い無く“変異種(イレギュラー)”だね〜」


「……頭痛いわ……」


「……洞窟で殺り合うには厄介な相手だねぇ」



 一応、変異種に関しては知っている。その名の通り通常個体とは異なる特徴や能力を持った個体の総称。先のバッファローのボスの様な存在とは違う。本当に個体で町を一つ壊滅させる可能性も有る存在らしい。勿論、滅多に生まれないし遭遇もしないけど。基本、一つのパーティーで当たる相手では有りません。


 まさか、変異種が騒動の根元だとは誰も予期なんてしていなかった展開だ。

 それだけ稀少な存在だし有り得ない事だから仕方が無いんだけど……困った。マジでヤバいよ、これは。


 それでも町の人達を救う為には倒す必要が有るのは変わらない。まだ変異種が根元だとは確定した訳ではないんだけど。調査をする上では排除は必須。つまり戦闘は不可避だ。

 だから先ずは情報収集。通常個体であっても自分は知らない存在だから。



「……グフィエスは植物系魔獣の一種でね、蔦の様な触手を使って捕食するの

その対象は人でも魔獣でも動物なら何でもよ

貪欲で雑食、ただ通常なら“生えている”場所からは動かないから、遠距離から攻撃して倒すのよ」


「……此方のは鈍重だけど移動してるけどね〜

あと、ぱっと見でも体長は5〜6(ミード)は余裕で有る感じかな〜」



 アエラさんからの情報にユーネさんが聞きたくない情報を加えてくれました。うん、本当に洞窟の内部で戦う相手じゃないよね。

 因みに距離は前世と似た認識で(ミード)が基準で下位からmm(メイミード)cm(セフミード)、mが有りkm(クレミード)です。また重量も順にmg(メイゴラ)(ゴラ)kg(クレゴラ)と為っています。


 それは兎も角として。

 それでも倒さないと結局被害が出そうだから此処で放置する事は出来無い。



「……例えば、崩落させて生き埋めにする事は?」


「……通常個体なら効果も無くはないだろうね

けど、変異種相手となると確実に殺らないと生き残る可能性の方が高いね」


「……リゼッタさんが炎で燃やす的な作戦は?」


「……無茶を言わないで、燃え尽きるより私の呪力が先に空になる可能性が高いわよ

それに昔、植物系変異種を燃やそうとしたら爆発したなんて話も有るのよ

迂闊に魔法は使えないわ」


「……となると、やっぱり直接攻撃有るのみですか」


「……そうなるわね」



 作戦会議と言うよりも、消去法となった方針確認。これから始まる重労働に、全員で溜め息を吐いた。

 判ってはいても面倒臭い事は面倒臭いのだから。


 先ずはユーネさんが飛び出して仕掛ける。動き回り注意を引き付け、その隙に俺達もグフィエスの陣取る場所へと踏み込む。巨体を置ける場所だから広さ的に十分だとは予想していたが想像以上に広かった。先の遺跡を二つずつ二段重ねた程度の空間がある。十分に戦闘は出来るだろうけど、空間の半分近くを占拠するグフィエスの巨大さに俺は足を止めそうになる。

 「リアル怪獣映画だ」と頭に浮かんだのは可笑しな事ではないと言いたい。



「──ハアァアアーッ!」



 気合いと共に迫る触手を薙ぎ払うのはアエラさん。「シギルに感謝ねっ!」とムヴァさんの所で得た槍を使い熟しながら戦う。そのアエラさんの周囲を衛星の様に動き回るユーネさんも新武器のレイピアを使って触手を切り落とす。

 一方でメルザさんは少し距離を取って単独で大剣を存分に振るいながら触手を纏めて切り落とす。

 ムヴァさんは触手ですら足場に使い縦横無尽に跳び回ってグフィエスの注意を引き撹乱しながら戦う様は歴戦の強者。アエラさん達以上の実力者だと判る。

 リゼッタさんは切られた触手の一部を回収し、隅で炎で燃やして確認。本体に通じるのかは兎も角、切り落とされた触手は問題無く燃やせる事が判ると次々と焼却処分してゆく。

 平たく言えば草刈りだ。地味で大変で、炎天下での作業は正に地獄。終わった後のビールの美味い事!。──な、草刈りです。

 俺も彼方此方と走り回りながら脇差しを使い地道に触手を削ってるんですけど──嫌な汗が流れてます。



「リゼッタさん、気のせいかもしれないんですけど、最初に見た時よりも触手の数が増えてませんか?」


「増えてるわよっ!」


「ですよね〜……」



 キレ気味に叫びながら、触手を躱して距離を取ったリゼッタさんと通って来た脇道に姿を隠す。四人より体力的には厳しいのだろう息が上がってしまっているリゼッタさんと、身体能力的に厳しい俺は小休止。

 身を潜めながら長期戦が濃厚に為ってきた現状の、打開策を模索する。



「遅くても移動してるって事は根付いてはいないって事ですよね?

それでも、あれだけ再生し触手を増やせるって事は、相当に栄養を溜め込んでる貯蓄器官を持ってるのか、何らかの方法で常時補給が出来てる事ですけど……

後者は考え難いですよね」


「……そうね、私達の事を捕食しようとしているし、根付いてもいない……

本体に貯蓄器官が有る方が可能性は高いわね」


「となると……」


「それを探し出して潰す、というのが、現状で出来る最善手でしょうね

問題は場所の特定と……」


「それを、どう遣って成し遂げるのか、ですね」



 リゼッタさんの説明では植物系の魔獣は脳や心臓は体内に存在しないそうだ。その代わりに植物系魔獣は“魔核(コア)”という物を有しているとの事。魔核を破壊されない限りは不死身みたいに再生するらしく、魔核は体内であれば自由に移動させられるので普通は魔法で丸ごと消滅するのがスタンダードなんだとか。

 それなのに直ぐに魔核の破壊をリゼッタさんが思い浮かべなかったのは相手が変異種だった為。それだけ変異種というのは未知数で油断が出来無いという事。



「それじゃあ、可能性的に魔核が貯蓄している場合と魔核とは別に貯蓄する為の器官が有る場合の二通り、という事ですね?」


「ええ、そうなるわね

出来る事なら前者であって欲しいわ、そうすれば魔核だけの破壊で済むもの」



 確かに、そうですよね。魔核の破壊は必須だけど、後者の場合先に再生能力を停止させてからでないと、魔核に届かないと思うし。まあ、その辺の事は実際に遣ってみないと判らない。出た所勝負だから。

 ──と考えながら様子を見ていた気になった。



「……本体は、傷付いても何も出ないんですね」


「……そう言えば……」



 触手は切断すると切断面から半透明の緑色の液体が幾らか漏れ出す。血飛沫の様に吹き出る事はなくて、ビチャッと液漏れする様な感じで掌程の量がだ。

 対して、本体からは何も出て来てはいない。四人が触手を掻い潜り攻撃しても牧草の塊を切り裂く様に、或いは体毛を切り落としたみたいに、何も出ない。

 「実際の本体が実は凄く奥に存在するのでは?」と仮説を懐かせるには十分。ただ、俺が気になったのは触手の液体の方だ。



「……リゼッタさん、あのグフィエスって麻痺毒とか使いませんよね?」


「…………」


「……え?、まさか?」



 「……あっ……」と言う失念に気付いたみたいに、リゼッタさんの顔が一瞬で青ざめた。それを見た時、俺は飛び出していた。

 それは奇しくも絶妙で。四人で一番動きの鋭かったムヴァさんが両膝を付いて倒れ掛けている所に触手が襲い掛かった時だった。

 一直線にムヴァさんへと迫る触手との間に滑り込み脇差しと短剣、両方を手に触手を一掃。【二刀流】の効果も有ったんだろうね。自分でも思う以上に身体が上手く動かせる。



「メルザ!、ムヴァ様を!

アエラ!、ユーネ!

三人で時間を稼いでっ!」



 瞬時に状況を判断して、リゼッタさんが叫ぶ。その指示の中、自分も一人前の戦力として認められた事に自然と高揚していた。


 メルザさんが抱え上げてムヴァさんを連れて離脱。それを邪魔させない様にと俺はアエラさん達と一緒に触手を切り落とす。

 だが、動きながら冷静に考えてみる。もしも、あの液体が気化性の毒であればムヴァさんは獣人族だからセァボの町の人達と同様に高熱を──否、濃度的には一気に昏倒に至る可能性も十分に考えられる。それは戦線離脱という話ではなく誰よりも死が近付いているという事になる。

 「大丈夫」と言ったのは飽く迄も現状維持の場合の話であって、こういう様な状況を考慮してではない。だから、ムヴァさん自身もアエラさん達も俺を責める様な真似はしないだろう。例え、ムヴァさんが此処で死んだとしても。


 しかし、俺が赦せない。諦める訳にはいかない。


 だから、兎に角考える。ムヴァさんを助ける方法が何か無いか。必死に考えて──不意に思い付いた。

 それは飽く迄も可能性に過ぎないが、現状を打開しムヴァさんも、町の人達も皆が上手く行けば助かる。助けられる可能性が有る。



「ユーネさんっ!」



 相談している時間も今は勿体無いと思った。だから直ぐに行動に移る。動いてユーネさんに話し掛けるとリゼッタさん達への伝言を頼んでアエラさんの元に。ユーネさんが離脱する為に注意を二人で引き付ける。

 入れ替わる様に復帰したメルザさんが攻撃する隙にアエラさんに意図を伝え、直ぐに始める。成否の鍵は時間との勝負だから。

 更にユーネさんも加わり四人でグフィエスを中心に上下左右に動き回り続け、敢えて触手を断ち切らずに絡ませ合う様に仕向ける。自分で自分を縛り付けても触手を自分で解く事は勿論“切り離す”事も出来無いグフィエスは鈍重な動きが更に鈍くなった。



「“エア・カッター”!」



 その瞬間を見逃す事無くリゼッタさんが風の魔法を撃ち放って、グフィエスの身体を上下に二分した。

 これで魔核の有る場所を先ずは50%に削った。

 動きの鈍った上半身には魔核は無い。それを察したメルザさんが大剣を振って邪魔な部分を弾き飛ばす。

 攻め手は緩めず、同時にユーネさんが残る下半身を飛び越えながらレイピアを“視認出来る”本体の所に突き刺して、その位置から予測した所にアエラさんが魔核を狙い槍を振り抜く。──が、グフィエスは動きを止めずに、新たに生じた触手群がカウンター気味に飛び込んで無防備に為ったアエラさんを触手が襲う。


 ──だが、アエラさんは焦る事無く、槍を手離して後ろに飛び退いた。触手は追撃する様にアエラさんを追って伸びる。

 もし、このグフィエスに少しでも“疑う”思考力が有ったなら、追撃する事は無かったのかもしれない。その違いが此方等に勝機を呼び込んだ。

 ユーネさんに遅れる形でアエラさんの背中を踏んで大きく飛び上がっていた。天井を蹴って、空中へ放り上げられていた槍を掴み、左右に両断されて尚も動く左側に向けて槍を振り抜き──着地するのと同時に、レイピアを掴んで横薙ぎ。

邪魔する様にレイピアへと絡み付く触手を見た瞬間に手離し、脇差しと短剣へと両手を伸ばして交差させて全力で振り抜く。

 甲高い音と硬質な感触。だが、刃が通らない。俺の筋力では変異種の魔核には致命傷を与えられない。



「──メルザさんっ!!」



 ──だから、最初から、決め手は用意してあった。グフィエスの視界からも、意識からも抜け落ちる様に潜んでいたメルザさんが、俺の背後から飛び込む。

 その大剣を一切躊躇せず振り下ろすと、俺の力ではビクともしなかった魔核が綺麗に両断された。

 次の瞬間、グフィエスが断末魔の様に奇声を上げて──動きを停止させた。

 フラグ的な事を言い掛けギリギリの所で飲み込む。そんな展開は要らないから少しでも可能性は摘む。



「…………えっと……」


「……ん、私達の勝ち」



 大剣を担ぎ上げながら、空いている右手で俺の頭を少し乱暴だけど優しく撫で戦闘終了を宣言してくれたメルザさんを見て、一安心──する前に思考を戻して倒したグフィエスの本体を覆い隠していた葉を毟り、ムヴァさんの所に走る。



「リゼッタさん、水を!」



 掴んでいた葉を口に入れ咀嚼しながら──苦っ!?、いや、それ所じゃない!。高熱により既に意識が朦朧としているのだと、焦点の合っていない眼を見ると、受け取った水を口に含むとムヴァさんの顔を持って、口移しにて即席の解毒薬を流し込む。リゼッタさんが息を飲む音が聞こえたけど気にしては居られない。

 ただ、一気に流し込むと窒息する可能性が有るので加減しながら、ゆっくり。

 アエラさん達の見詰める中で命を繋ぎ止める為に。自分に出来る事を。それが僅かな可能性で有ろうとも遣らずに後悔しない為に。その手を必死に伸ばす。




 結果から言えば、予想は間違ってはいなかった。

 口移しして3分と経たずムヴァさんの熱は下がり、意識もはっきりとした。

 詳しい性質は不明だが、兎に角、グフィエスの葉が解毒薬として使えるのだと判ったので、急いで解体し全員で分担して背負ったら来た道を戻り、山中を町に向かって全力失踪。

 遭遇した魔獣は蹴散らし行きよりも短時間で町へと俺達は到着した。


 その後は動ける人達にも手伝って貰いグフィエスの葉を磨り潰し、水で溶いて患者の皆さんに飲ませる。生活用水は汚染されている可能性は有ったけど、全く使えないとも思わなかった事も有り、町から出る前に煮沸して貰った後冷まして置いて貰っていたからね。何事も準備は大事です。



「──げほっ、ごほっ……う゛ぅ゛ぅ……」


「緊急事態だったとは言え噛み潰すからよ

グフィエスの葉って人族の私達には刺激が強過ぎて、口には合わないのよ」


「──と言うか、あの葉を生で食べるのは獣人族でも兎人の人達、その一部よ

つまり、一種の珍味な訳

一つ勉強になったわね?」


「……ふぁいぃ……」



 解毒作業が行われる中、昨日泊まっていた宿の部屋にてグフィエスの葉による口内ダメージに苦しむ俺。苦味しか無かったんだけど後に半端無く残るんです。別に有毒とか、体調不良に為る訳ではないそうですが兎に角、苦い。激辛料理を食べた後で口が腫れているみたいに熱くて呼吸でさえ痛みを感じる、あんな風に兎に角、大ダメージです。



「それじゃあ、私達も薬の配布を手伝ってくるから、良い子にしてるのよ?」


「御大事にね」


「……ふぁ〜い……」



 そう言ってドアを閉めて部屋を出たアエラさん達を見送ってベッドに寝転ぶ。

 まあ、誤食したりとか、無謀な挑戦者の為に専用の薬が有るので、それを貰い飲んだから、夕飯辺りまで大人しく休んでいれば元に戻るそうなんで。我慢して休もうと思います。色々と疲れましたから。寝よう。……でも、眠りたくても、口の中が気になって眠気と刺激の狭間で揺れ動くとか拷問も同じじゃない。




 気付けば身体を揺すられ何時の間にか眠っていたと理解しながら気怠い身体を起こして状態を確認する。口内の違和感は無くなり、発声や呼吸にも問題は無い事に改めて安堵する。

 後先考えずに遣ってから悔いるから“後悔”だけど悪い結果だからとは限らす良い結果だからこそ感じる後悔も有るんだと思った。まあ、“笑い話”に出来る後悔って事かな。でないと本当に残る後悔だから。



「──そして、一人、また一人と倒れ伏し──」


「──お父さん、長い!」


「そ、そうかい?」



 自らの感動を陶酔気味に興奮を交え熱く語っていた町長さんが恥ずかしさから顔を真っ赤にした娘であるジィナさんから注意されて演説を中断し、戸惑う様に家族や町の皆を見回したら揃って首肯されています。うん、長ったらしいだけの何度も聞いた校長や来賓の退屈な話を聞かされていた学生時代を思い出しながら俺も思わず頷いた。

 ただ、そういう挨拶等を遣る側になってみると結局似た様な内容になるから、その苦労を今は理解出来る様には為ったけど。まあ、それでも聞かなくて済む、遣らなくも済むのなら別に要らないとは思う。時間の無駄遣いだから。



「え〜……それでは余計な話は終わりにしまして

セァボの救世主の皆様に!

逞しきセァボの民に!

万感の敬愛と感謝を込めて──乾杯(ヴィッテ)っ!」


「「「「「「「「「「「「乾杯っっっ!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」



 松明やランプ等の灯りが黄昏る夕闇を照らす中で、沢山の歓喜の声と、甲高い音色が響き渡った。

 それを合図に始まるのは町を上げての大宴会。宿を出た瞬間に「え?、何?、御祭り?、何で?」と混乱した俺は可笑しくない筈。

 まあ、この時間まで一人寝ていて放置されてたから“浦島太郎”状態だから、仕方無いんだけど。眠って起きたら町の様子が以前と一変してたら戸惑うよね。

 せめて、準備の段階から参加してれば違うのに。



「さぁさ、皆様も!」


「此方も美味しいよっ!」



 乾杯の音頭に合わせて、取り敢えずは手にしていた木製のコップを傾ける。

 御酒では有りません。

 俺の中身は“アーペロ”という前世での林檎に近い果物のジュースです。隣のアエラさん達の呷る御酒が羨ましい事は無いですよ。……う、羨ましくなんて、ないんだからねっ!!。

 ──といった魂の慟哭は置いておくとして。

 アエラさん達と共に席を設けられている俺の前には沢山の料理が並ぶ。何れも小皿に取り分けられていて一通り楽しんでから、後は好きな物を食べられる様に配慮されている事を見て、「遣るな、セァボ……」と一人で感心したりする。


 凄く賑やかに、けれど、押し付けたり、変に讃えて畏まる事の無い町の人達の接し方は気安くて楽です。こういう時、定番は自分と周囲の認識の差に驚かされ置いてきぼりな感じになる事が多いだろう中で。この雰囲気は好ましい。

 そして、こうして人々が互いに笑顔で居られる事を素直に嬉しく思う。



(半分他人事だけどね〜)



 そう思うのも仕方が無い事だって言いたい。

 自分がグフィエスの葉と睡魔との激闘の真っ最中、アエラさん達は町の人達の協力を得て山中に向かって討伐した魔獣達の後始末を行っていた。放置した場合疫病の元に為るし、他所の魔獣を呼び込む場合も有り厄介だからだ。

 それからアエラさん達と動ける獣人族以外の人達で例の洞窟に潜り、他に何も可笑しな点が無いか調査を行ったそうだ。結果的には特に何も無かったらしい。


 リゼッタさんの話では、あのグフィエスの変異種は長い間“冬眠”状態だった所で半月程前に起きた地震による余波で偶然目覚め、あの洞窟内に居た他の動物全てを捕食、その数日後に自分達が発見した地滑りが起きたのだろう、と。そう結論付けたんだそうです。尚、洞窟には別に出入口が有った様だけど地震により崩落して塞がっているのを確認したそうです。



(……と言うかね、地震の有った時期って確か、俺がこの世界で目覚めた辺り、アエラさんと出逢った頃と重なるんですけど……

これって、偶然だよね?)



 よく有る伏線展開なんてノーサンキューですから。フライアウェイしてくれて一向に構いませんからね。だから、「関係無いよ」と笑顔で言って下さい!。


 そんな俺の嘆きなど誰も知る事も無いし、知られる事も望まない中、俺の所に歳の近い子供が集まる。

 当然と言えば当然だけど逆の立場なら「マジかよ、彼奴、凄ぇな……」なんて感想を懐いて、コミュ力の高い者は「なあ、その時の話を聞かせてくれよ!」と接してくるんだろうね。

 うん、それは理解出来る状況なんだけど──これは一体どないなっとるん?。



「ほらねぇ?、シギル君、これ、美味しいよ?」


「シギルさん、此方の料理私が作ったんです!

食べてみて下さい!」


「あの、シギル様?、少し二人きりで御話をさせては頂けませんか?」


「ちょっと!、何勝手な事言ってるのよ!」


「そうです!、そんな事は赦しませんから!」


「狡いです!」



 ──と、美少女に集られ取り合われて居りまする。あのね、アエラさん達?、暢気に笑ってないで助けて下さい、マジで。


 幼くても女は女なんだと改めて認識させられた後、這々の体で何とか無事生還──脱出し、人込みを避け宴会場を眺める様に外れの方へと避難──移動した。……彼処は戦場でした。

 いや、俺も男だからね、美少女にチヤホヤされれば嬉しいんですが、まだまだ青い果実を頬張るつもりは無いんです。口内を遣ったばかりですからね。まあ、五年後辺りの彼女達となら……大歓迎ですけど!。


 その事は兎も角として。

 視線の先では楽しそうに飲み食いする人々の笑顔。それを見ているだけで今は十分に満ち足りる。まあ、そうは言っても俺は聖人の類いではないので、煩悩に塗れに塗れていますから、こっそりとゲットしてきた御酒を楽しみます。え?、未成年禁酒法?、何それ、何処に有るの?、変な夢を見たんじゃないですか?。──というノリで乾杯!。



「いい飲みっぷりだねぇ」


「──っ!?、ぅごほっ!」



 不意に掛けられた声に、振り向いたと同時に噎せて吐き出さない様に堪えたら結局は噎せてしまった。

 口に入っていた量的には溢れたのは数%だろうけど勿体無いと思う。何より、堪えて飲み込んだ一口目は味わう余裕が無かった事に「酒への冒涜だーっ!」と叫ぶ酔っ払いの小さな俺が心の中で素面な俺達に取り押さえられている。



「勿体無いじゃないかぃ」



 そう言いながら首筋へと伝い垂れていた溢れた酒を舐め取る様に舌を這わせ、唇で啄む様にして啜るのは──妙に色っぽく微笑んで身体を寄せるムヴァさん。既に酒が入っているのか、触れる上気した肌は熱い。それに「巧い」としか言い様の無い、舌と唇の猥動。そういう気は無いとしても女を知る男が反応する。



「あ、あの──んむっ!?」



 色々と危ない気がして、声を掛けようとすれば唇を塞がれてしまう。当然だが身体能力では敵わないから押さえ付けられてしまうと俺は無力となる。石階段に座っていた事も有り、膝の上に跨がる様に乗られれば両足は封じられ、後ろへと倒れそうになる身体を支え地面に付いたままの左手は動かせず、最後の頼み綱の右手は彼女の左手に掴まれ──ムヴァさんの巨丘へと導かれ、押し合てられる。その感触は反則過ぎです。掌を飲み込む様に柔らかく温かく、しかし、自己主張するかの様に弾力も有って思わず指が動いてしまう。それに加えて積極的な舌に意識は自然と誘惑されて、拒む筈の気持ちは瞬く間に薄れてしまう。


 それでも、ムヴァさんの右手が御輿を担ぐ祭り男の様に張り切る愚息に伸びて布越しに触れた瞬間には、脳裏にアエラさん達の姿が浮かんだ。ただ、笑顔とか悲し気な表情なら良かっただろうけど、選りに選って生まれたままの姿でして。「あ、詰んだ」と悟る程にアクセルベタ踏みでレッドゾーンまで振り切った。



「……んぅ……ぢゅっ……此処、此方からは見えても彼方からは見えないって、知ってたのかぃ?」


「そう、なんですか?」


「ああ、だから、ねぇ?」



 それ以上は言わず右手は愚息と踊るかの様に妖しく情熱的に触れ合う。潤んだ眼差しが見下ろしながらも慈しむ様に優しく俺だけを見詰めている。酒の勢いで遣っているのか否かなんて唇を合わせた時に判った。彼女は素面だ。勿論、多少飲んではいるのだろうけど理性を飛ばしてはいない。自分の意志で、俺を想い、求めてくれている。

 其処まで理解出来ていて拒む理由なんて無かった。押し倒されそうだった姿勢から頑張って押し返すと、空いた左手を彼女の腰へと回して抱き付く様にする。体重を掛け過ぎない様にと気遣ってくれていた彼女は一瞬だけ驚きながらも目を細めて微笑むと再び唇へと貪り付いてきた。

 腰を触る左手に柔らかなふさふさとした感触が触れ視界の端で揺れている陰が彼女の尻尾だと気付いた。身体を更に密着させ右手を伸ばし、付け根へと指先を優しく這わせる。



「──ぢゅぅふぁあっ!?、やっ、そ、そこはぁあっ、ぁんん、まっ、んっ……」



 何気に教えられていた。「獣人族の人って、尻尾が敏感だから気を付けて」と意味深に笑うクィエさん。正しく“悪いお姉さん”は必要となる未来を予期して俺に伝えてくれたんだね。有難う!、頑張ります!。

 指先で撫で、掌で包んで扱くみたいに上下させればムヴァさんは声を我慢するみたいに俺の肩口へと顔を埋めて、服を噛み締める。耳許で俺一人だけが聞ける甘美な音色に状況的背徳感が重なり、更に昂る。


 一度動きを止め、呼吸を整え合う様に見詰め合えば互いに思う事は一つだけ。年齢も種族も立場も全部、男女の仲には関係が無いと服の様に脱ぎ捨てて。

 心のままに求め合う。

 祭囃子の様な町の喧騒を遠くに闇様に融ける様に。




 一夜が明け、二日酔いに苦しみながらも見送る為に集まってくれている人達に笑顔で挨拶して、セァボを俺達は発った。

 町からは「御礼です」と結構な金額が渡されたが、アエラさん達は受け取らず「もう受け取りました」と大宴会が、人々の笑顔が、何よりの御礼だったと言い町長を号泣させた。後ろで「もう、お父さんってば」と呆れる様に苦笑しているジィナさん。一瞬だけ俺と視線が合うとはにかんだ。 それは今朝の事。一人で早起きして散歩していたらジィナさんと会い、一緒に歩きながら近場の森に行き薬草や山菜等を教えて貰い──致した訳です、はい。ジィナさんが初めではなく少し意外な気もしたけど、もしかしたら恋人が居るのかもしれない。ただ公的に紹介されていない辺りから“結婚を考えている相手”程ではないのかもね。全く見知らぬ彼氏の誰かさん。死ぬ気で頑張って下さい。彼女はクィエさん(魔王)級の戦闘力でしたから。



「え?、いいんですか?」


「貴男のお陰だもの

だから当然の事よ」



 道中で、アエラさんから手渡された物を見ながら、正直戸惑ってしまう。

 俺の右手の中に有るのは町長から「せめて」と言い渡された、セァボの秘宝。涙の様な形をした深い紫の宝石みたいな石を、銀糸と黒革で仕立てたネックレスだったりする。町の中では“夜の雫”と呼ばれているそうだが、宝石ではない為金銭的な価値は無いらしく歴史的な重要性も特に無い事から反対意見は皆無で、贈呈されました。

 反対意見は「そんな物を恩人に対し贈るのか?」と違う意味では出ましたが。その話が縺れても困るのでアエラさん達も受け取って終わらせました。

 その夜の雫を俺に、と。アエラさん達は言いまして渡されている訳です。



「実質、思い出の品程度の認識でいいと思うわよ

魔道具でもない様だから」


「それにね〜、私達よりもシー君が持ってる方が良い気がするんだよね〜」


「……判りました

大事にしますね」



 ユーネさんの【直感】に加えて、俺の【直感】でも悪い予感はしない。寧ろ、何か良い予感はする。

 ただ、“俺が持つ”点が引っ掛かる。

 判らないけど。





《ステータス》

:オリヴィア・リクサス

(偽名:シギル・ハィデ)


年齢:10歳

種族:人族(ヒューム)

職業:──


   評価 強化補正

体力:EX +221

呪力:EX  +99

筋力:G+ +147

耐久:G+ +116

器用:F− +215

敏捷:G  +109

智力:F− +132

魔力:G   +88

魅力:──  +94

幸運:── +173

性数:──  29人


[スキル]

【武闘巧者】

戦闘時、能力が高上昇。

魔法を除く、スキル攻撃の精度・威力・範囲が上昇。また技術修得速度が上昇。


【朧】

自分の残像を生み出す。

一度に生み出せる数は最大二十まで、範囲は自身から最大で半径100m以内。持続時間は5秒程度。

残像故に自在に動かす事は不可能である。

熟練度により残像の出来は変化する。




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