2話 初めてだと緊張する。
新しい朝が来た。希望が有るのかは判らないけど。夜が明けた事には確かだ。
温かく、柔らかな感触に頭が包まれている。若干の息苦しさを感じてしまうが状況的には世の男達からは「贅沢を言うな!」というバッシングを受ける筈だ。だから何も言いはしない。無粋だし、寝起きの特有の気怠さに身を委ねたいし、子供らしく甘えたいから。
……え?、一体どの口が子供らしいと言うのか?。はっはっはっ、心の口だ。実際には言えない事だとは自分自身が一番判ってる。
そんな言い訳をしながら男としては一つの理想とも言える様な素晴らしい朝の迎え方を堪能する。小さく身動ぎする様に見せ掛けて呼吸し易い体勢に変える。それだけで十分。呼吸時に鼻腔を擽る香は汗の酸味と雄を誘う様な甘さ。愚息が朝から張り切ってますね。まあ、若いから。自然な事だから仕方無いでしょう。うん、仕方無い仕方無い。ただ擦り付ける様な真似はしません。バレたら微妙な空気に為りそうですから。
「……ぅぅん……ぁふぅ、もう朝みたいね」
「……ふぁあ〜……ん〜、ぉはぁよぉ〜……」
「…………ぁあぁ〜……」
そんな寝た振りを決める俺の傍で欠伸をしながら、動き出した彼女達。その内自己嫌悪に陥っている様な声を上げたのは、最後まで逡巡していたリゼッタさんなんだろう。アエラさんは既に経験者、ユーネさんは特に気にした様子も無く、マイペースな感じがする。そして、御互いを抱き枕に眠っているのは声がしないメルザさんの様だ。成る程息苦しくなる訳だ。彼女の母性に包まれているのなら納得の行く話だからね。
それは兎も角としてだ。リゼッタさんの反応が一番正面な気はする。状況的に被害者になるだろう自分が言うのも可笑しいんだが。「私は何て事を……」とか悩むのが普通だと言える。寧ろ、平然としているのは如何なものなのか。まあ、アエラさんには色々御世話に為っているから嫌な気は全くしませんが。と言うか四人とも前世でなら絶世の美女ですからね。俺的には大歓迎ですとも。
そういう意味では常識人というのは大変でしょう。中々自分の中で折り合いを付けるのも難しいので。
「シー君、凄かったね〜
本当に十歳なのかな〜」
「十歳にしては巧いわよね
何よりタフだし」
「アエラちゃん、合流まで一緒だったんだよね〜?
その時からこうなの〜?」
「一昨日出逢ったばかりで機会は限られてたけどね
はっきり言って、一目見た瞬間に欲しくなったわ
顔も反応も可愛いんだけど彼方は凶悪なんだもの」
「あああ、貴女達一体何の話をしてるのよっ!?」
「「何って、ナニ──」」
賑やかな三人の語らいを聞きながら寝た振りを続けメルザさんが起きるまでは傍観者に徹していた。
メルザさんが起きた後は何だかんだと言っていたが結局最後は参加してしまうリゼッタさんを含め皆様と一回ずつ致しました。朝の御勤め御苦労様です。あ、俺の方が言われる側かな。まあ、何方でもいいけど。
部屋の後始末は御任せで俺はアエラさんに連れられ一足先に汗を流しに行く。とは言え、早朝から御湯を張っている訳ではないので汲み置きされた水でです。冷たいけど気温的には今は大丈夫だと言えます。冬は無理だと思うけどね。
そう言えば、この世界の季節や気候等一体はどんな感じなんだろうか。下手に前世の感覚のままで居たら死亡フラグが立ちそうだし情報収集は欠かせないな。そういった細かい事を全く気にせずに生きられるのは前世の知識や経験が運良く通用する場合だけだよね。異世界転生って思うよりも全然大変です。
さっぱりした後は昨日と同じ様に食堂にて朝食を。今朝はトースト・サラダ・ベーコンエッグ・スープ。ある意味、判り易い定番に安心感を懐いてしまうのは仕方が無いと思う。朝から攻めた物は食べたくない。
「……あの、今日は御仕事なんですよね?
此処の部屋で待っていたら良いですか?」
「んー……外に出ても別に構わないんだけど、一人で行動して大丈夫?」
「……迷子には為らないと思います、迷子には……」
アエラさんの懸念に対し可能な答えを返す。うん、【記録書】が有るから先ず迷子には為りませんとも。
しかし、それ以外の事は自分でも断言出来ません。だって何も判らないから。確実な事は言えません。
「此処の治安は良いけど、一人歩きさせるのは……」
「あまり過保護が過ぎると後で困るのはシギルよ?
御小遣いを持たせて自分で色々と考えて自由に行動をさせてあげる方が成長にも繋がると思うけど?」
「ふふっ、リゼッタちゃんお母さんみたいだね〜」
「な、何を言ってるのっ、私は只一般論を──」
「はいはい、判ったから、落ち着きなさいって」
ユーネさんって揶揄うの結構好きみたいだ。確かに昨夜や今朝も少し意地悪な印象が有ったな。その反面ユーネさん自身もマゾっ気たっぷりだったけどね。
それは兎も角。流れ的にリゼッタさんに助言の御礼位は言っておくべきだな。
そう考えると俺は笑顔を浮かべて、リゼッタさんを見詰めながら頭を下げる。
「リゼッタ“お姉ちゃん”有難う御座います」
「──っ!?、べ、別に?、気にしなくてもいいわ」
御礼を言った次の瞬間、凛としていた顔を赤くして外方を向き、誤魔化す様に素っ気無い態度を取るが、俺には判っている。貴女はツンデレですし真っ直ぐな気持ちには弱いんだって。ええ、知っていますとも。リゼッタさん、貴女は凄く可愛い女性ですからね。
「ねぇ、シー君、シー君、私は〜?」
「え?、えっと……有難う御座います?」
「ぶぅ〜」
拗ねるユーネさんを見て困惑する振りをする。何を要求されているのか。俺は理解していたが、意図的に焦らす事を選んだ。これも駆け引きですからね。悪く思わないで下さい。何時か御期待には添いますから。
そんな感じで留守番する俺は単独行動が可能になり宿屋に軟禁(缶詰)は避ける事が出来ました。
アエラさん達を見送り、いざ、未知なる世界へっ!──という事はしません。宿屋の主人──娘ではなく経営者だった受け付けの人──であるクィエさんへと話し掛ける事にした。
この宿屋自体、実は女性冒険者専用なんだそうで、現在の宿泊客パーティーは全てアエラさん達と同様のクエストを受けている為、日中は完全に空になる様で暇なんだそうです。
掃除等仕事は有るけれど各仕事専門の従業員が居る事も有り、彼女自身は結構時間が有るんだそうです。勿論、普段なら忙し過ぎる事は無いにしても此処まで時間が空く事は無いのだと教えてくれました。加えて5年前まではクィエさんも冒険者だったんだそうで、その頃から女性専用宿屋の構想を懐いていたとの事。そういうセカンドライフに進む冒険者も多いらしい。
「──んぅ、ん、はぁ……ふふっ、まだ元気ね」
「す、すみません……」
「謝らなくても良いのよ?
寧ろ、誇れる事だから」
「そうなんですか?」
「ええ、ん、ぢゅっ……」
“お勉強”と称して俺はクィエさんの私室でもある宿屋の一室に居て、彼女と致している。クィエさんに提案された事なんだけど、アエラさん達との事は全てお見通しだったそうです。冒険者としても女としてもクィエさんの方が上だから見破られた訳で。従業員の人達は気付いていません。その辺りの事から始まって“合意の上の行為”であり俺が強制されたりしている事実は無い事を伝えたら、「若い娘は良いわね……」という方向に話が傾いて、「クィエさんも魅力的で、素敵な方ですよ」と言った事から、こう為りました。
クィエさんは三十二歳で既婚者なんだそうですが、子供は居ないけど欲しい為頑張っているんだそうで。「夫も貴男位なら……」と困った愚息に濃厚なキスをしながら呟いてましたが、俺の場合には【性皇剣】の効果が有りますから。言う事は出来ませんけど。
因みに、旦那さんは別に宿屋を経営しているそうで其方等はクィエさんの実家なんだそうです。夫婦仲は問題無いそうなのですが、自分の所為で歪まないか。それが心配です。
ただ、人妻を舐めていた事を思い知らされました。まあ、舐めてくれてたのはクィエさんなんですけど。アエラさん達とは違って、主導権を握れる隙が一瞬も出来ませんでした。完全に可愛がられました。
それなのに凄い部分が、時間にして1時間程だった“お勉強”は両立しながら滞り無く終了した事です。そう、表向きの“勉強”もちゃんとしてくれました。
「また明日ね」と最後に耳許で囁かれなかったら、気付かなかっただろうな。クィエさん、半端無ぇ。
そんな戦慄を胸に秘め、俺は冒険へと踏み出す。
宿屋を出て、昨日通ったメインストリートに向かい歩いて行く。夜間に比べて日中は比較的安全なんだとクィエさんからも聞いた。先ず視覚情報で情報収集。それから本屋みたいな店が立ち読み可能なら幾つか目は通したい。
(購入は避けないとな〜)
御小遣いに貰った金額は1000ルーダ。物価的に1ルーダが10円程度か。価値観や需要と供給が違う為に明確な対比は難しいが大体そんな感じだと思う。
小鉄貨1枚が1ルーダ。大鉄貨1枚が10ルーダ。順に小銅貨1枚が100、大銅貨1枚が1000で、小銀貨1枚が10000、大銀貨1枚が10万。
他に使用者が限られるが小金貨1枚が100万で、大金貨1枚が1000万。小白金貨1枚が1億となり大白金貨1枚が10億だ。
基本的に金貨・白金貨は庶民が見る事は先ず無い。ただ、冒険者は見る機会が無い訳ではないらしい。
手には小銅貨が10枚。日本円だと1万円相当だ。俺、甘やかされてるよね。加えて、クィエさんからも大銅貨を1枚頂きました。援交では有りませんから。
軍資金は2千ルーダ。
まあ、軍資金と言っても無駄遣いはしませんけど。
クィエさんからは昼食は食べに帰ってきても良いと言われている。金銭的には迷わず甘える所なんだけど今は時間を使える方が優先順位が高かったりするので帰る事は無いかな。勿論、上手く行かなかった場合は大人しく帰るんだけど。
(……よし、遣るか)
ある程度の情報を得た後人通りの無い路地へと入り更に人目に付かない死角に身を隠す様に潜む。
静かに深呼吸をした後、目蓋を閉じて、脳裏に姿を思い浮かべる。
そして目蓋を開いた時、見えていた景色が変わる。先程までよりも高い視界は懐かしさを感じる。
「……あ、あー……うん、問題無いみたいだな」
声がどうなるのかまでは確証が無かったが、右手に持ったクィエさんに借りた手鏡を見ながら安堵する。其処に映っているのは幼い子供の姿ではなく、精悍な二十代後半位のイケメン。
これが俺が考えて与えた最後の能力だったりする。
[裏スキル]
【念齢詐肖】
自分が想像した姿に変身。但し、自身の可能性に添う姿でなければ不可能。
その為、性別・種族という部分の変化は不可能。
解除するまでは有効だが、変身状態の維持には呪力を一定量消費する為、呪力が尽きた場合には強制解除。
尚、変身中の負傷等は全て有効であるが、その影響で変身が解除されるという事は基本的には起きない。
オリヴィア・リクサスにリアルでハードな道として備え付けられた能力こそが「変身して口説けば何とか為るんじゃないか」という訳の判らない理屈によって生まれた【念齢詐肖】だ。「普通にニコポ・撫でポを与えろ」って話ですよね。いや本当にマジで。
(けどまあ、この姿なら、バレずに遣れそうだな)
成功すれば、だが。
先ずはスタートラインに付く事が出来た。その事に泣きそうになってしまう。無理ゲーっぽいんだもん。
けど、可能性は有る。
幸いにもヴァドは人口が多いし、往来も盛んだから探し出す事は困難。本来の俺の姿さえ知られなければミッションコンプリートは決して不可能ではない筈。
根本的な最難関は一向に解決してはいないが。
失敗してもオリヴィアもシギルも無傷。届かない。
さて、【念齢詐肖】にて変身した訳だが、普通なら一つの疑問が有ると思う。それは【念齢詐肖】による変身の効果が“何処まで”可能なのか、という事だ。変身しても素っ裸になれば只の変質者でしかないし、色んな意味で面倒臭い。
だが、その心配は無い。今の自分は街中で見掛けた人々と同じ様な服装だ。
決して見ず知らずの通り際の御近所様から洗濯物を拝借している訳ではない。ある意味では一番の打開策だろうけどね。
【念齢詐肖】には付随の効果が存在している。
“また変身時に着用する衣服自体も変化の対象と出来、想像通りに変化可能”という物である。但しだ。この変化には素材の変質は含まれない為、自由自在という訳ではない。サイズ・形状・色彩のみで、加えて身体から一定以上離れた時自動的に元に戻る。だが、【性域】範囲内のみ変化を維持する事が出来るので、脱いでも大丈夫なんです。
そんな訳で安心して街でナンパに挑む事が出来る。
(……安心して?、安心でナンパが成功する?、否、する訳ないでしょ……)
正直に言いましょうか。俺は前世ではナンパをした経験は有りません。ええ、告白した経験なら有るけどナンパの経験は皆無です。そういう意味では、当時の俺は“自分に出来無い事を遣らせよう”という思考が何処かに有ったのかもな。だから、“詰みゲー”的なキャラ設定をしたのかも。自分の事だけど、思い出す事が出来無い位には当時は色々一杯一杯だったんだと今だから思います。
それはそうと初っ端から躓くとは思わなかった。
取り敢えず、見た目にはイケメンな事は間違い無い訳だから、上手く遣れればナンパが出来る筈。だが、チラッと見る女性は居ても足を止める女性は居ない。通りを眺める様に佇む俺はオブジェと化すのだろう。今なら探偵に為れそうだ。いや、絶対に無理だけど。
(……あっ、そうか……)
現在の放置プレイ状態の理由を考えてみて、直ぐに思い当たる事が有る。
前世のナンパとは違い、此処では“容姿”等よりも重要視されるのが経済力。ぶっちゃけ、超筋金入りのニートだろうが顔さえ極上だったら「一回位なら」と考える女性が少数だろうが存在しているのが前世だ。ただそれは避妊具だったり経済的に余裕の有る状況が前提条件としてある訳で。
此処に避妊具が有るかは不明だけど、子供が出来る可能性を考えれば簡単には女性達は靡かないだろう。仕事も無さそうな暇してる顔だけの男になんてな。
いや、前世でも女性達は男に経済力を求めたのだし何も可笑しくはないか。
世知辛い世の中だな。
(──と言うか、本格的に詰んでくなぁ……)
今の俺が仕事に就く事は不可能に近い。日雇い的な仕事が有るのだとしても、身元の保証は出来無いし、変身した姿が前回と違えば確実に怪しまれる。
一回だけなら通用するが多用は出来無い。バレれば怪しまれて調査される事は想像に難く無いからな。
何より、俺の所為により日雇いという働き口を失う男性達が出てしまったら、バレた後がマジで怖い。
取り敢えず、眺めてても仕方が無いので移動する。カフェみたいな場所で一息吐いてた方がナンパ出来る可能性は有るかな。
遣った事無いけど。
(……いや、待てよ……)
ふと閃く事が有った。
自分からナンパをすると考えているから難しいので逆ナンだったら問題無い。要は女性から自分に好意を懐かせる事が出来たなら、成功率は段違いな筈。
よし、試してみよう。
通りを歩きながら女性を観察しながら物色する。
表現は悪いが、言い訳も出来無いので仕方が無い。事実、狙う女性を探し歩き見極めているのだから。
(先ず、経済的に独立した女性でないと駄目だ
それから若過ぎても駄目
“一回だけなら”と思える女性じゃないと駄目だ)
本当に最低な話なんだが女性が自分に本気になる事だけは避けないと駄目だ。アエラさん達にバレたら、色んな意味で終わる。
ゲームオーバーじゃなく人生が終わってしまう。
だからこそ、相手選びは慎重に慎重を重ねる。
まるで特番の盗撮犯的な不審な行動をしているが、認識の違いから怪しまれるという事は無かった。
そして、一人の女性へと狙いを定めて近付いた。
丁度買い物をし終わったタイミングを狙って、態と身体を打付ける。強過ぎず弱過ぎず、然り気無く。
「──あっ!?」
「──っと、すみません
注意が足りなくて……」
荷物を抱えている女性の左腕に同じ方向に進みつつ女性とは背中合わせの形に為る様に合わせて、右腕を接触させ、落下する直前で荷物を受け止める。
何気に活きる【直感】で目の前の女性に自分に対し興味を持たせられる行動を取る事が出来た。
「あっ、いいえ、此方こそ余所見してて……」
「怪我は有りませんか?」
「ええ、大丈夫です」
「良かった……あの、もし御迷惑でなければ、荷物を運ばせて貰えますか?」
「え?、でも……」
「亡くなった姉の教えで、“女性に親切にしなさい”と言われているので」
「ふふっ……それじゃあ、御言葉に甘えて、遠慮無く御願いするわ」
「はい、任せて下さい」
彼女──カミュラさんと並んで歩きながら人波から抜け出す様に通りを外れて住宅街を思わせる路地へと入って行く。その街並みを見回しながら自分が初めて訪れている事を言動で以て示しておく。後で矛盾した様に思われない為に。
彼女にはシギルとは違う偽名を名乗った。設定上は明日には街を立つ予定だ。こういう部分を最初に示し相手が了承してくれてから遣らなくては、後々自分の首を絞める事に為る。
その辺りの配慮を欠くと本当に危ない。だから今回失敗しても構わない。先ず今後の判断基準と為り得る結果を手にする事が重要。必ずしも成功だけが価値が有るという訳ではない。
まあ、成功するのなら、それに越した事は無いが。
談笑しながら進んで行き到着したのは小さな店舗。外観からは年季を感じるが中に入るとシンプルであり清潔感と落ち着きを感じる白と淡い黄色の壁。其処にオブジェの様に展示された幾つかの衣服。女性専用のオーダーメイド服専門店。それが彼女の仕事らしい。また彼女は独身だそうだ。それを聞いて自分の狙いが当たっていた事に胸中にて大きくガッツポーズした。
顧客は少なくないらしく出来上がった品なのだろう紙の包みが一角に並べられ番号が掛かれていた。
何処の世界でも女性達の美への追求心は変わらないという事なんだろうな。
「着易ければ何でも」と言っていた自分とは大違いだと言える。
恐らくは、自分が正しく女性の美意識を理解出来る事は無いのだろうな。色々価値観等が違い過ぎる。
「んっ……づちゅっ……」
甘い吐息と水音が鳴る。店舗の二階、彼女の住居、その寝室のベッドに座った俺の膝の上に向かい合って跨がった彼女と唇を重ねて淫音を奏でている。
「御茶位は出すわよ」と笑顔で誘われ、少し悩んだ振りをしてから承諾する。彼女に「御互い様でしょ」という意識を持たせる為の小芝居だった訳だが意外と有るのと無いのでは違う。極端な話、彼女に主導権を持たせている様に錯覚させ警戒心を緩めるのが狙い。
此方から迫った場合と、彼方から迫った場合とでは事後に懐く印象が異なる。
彼女に主導権を握らせる事によって、合意であると強く印象付けられる訳だ。勿論、絶対ではないが。
「一回だけなら」という考えで自分から迫ってきた女性が後で自分の風評等に影響しそうな真似はしないだろうからな。
カミュラさんとの一時に別れを告げて家を出れば、空の彼方は淡く橙に染まり始めていた。慌てず騒がず人気の無い路地の死角にて【念齢詐肖】の変身を解き本来の姿へと戻る。両手で身体と衣服に触れて確認し最後に手鏡で顔を見る。
(良かった、大丈夫だ)
信じない訳ではないが、変身という効果に対しては少なからず不安は有った。きちんと元に戻れるのだと判った事に安堵する。
まあ、「そんなに不安に思うんなら、変身する前に一度試せよ」って話だが。宿屋で試して見られた場合誤魔化せなくなるからね。仕方無いんですよ。
その後、問題も起きずに無事に宿屋に戻ると仕事中だったクィエさんに笑顔で迎えられ、軽く雑談をしてアエラさん達を食堂の席に座って待つ事にした。
頭を撫でる序に、愚息を構うのは止めて下さいね。マジで困りますんで。
ハーブティーの様な良い匂いの飲み物を出して貰い自由に読んでも良いという本棚から適当に一冊を抜き取って読み始める。
“旅歩き ヴァドの街”という旅行ガイドっぽい物なんだけど、少し読んだら直ぐに「何故先に……」と軽く後悔をした。だって、かなり詳しいんだもん。
隠れた名店の一つとしてカミュラさんの店の名前も挙がっていた。それを見てアエラさん達が常連でない事だけを祈った。
他にも街の成り立ちとか偉人・有名人、オススメのデートスポット等々。多種多様な情報が載っている。情報収集って大事だね。
そんな感じで読み進めて“近隣に出没する魔獣”を解説付きで纏めてある頁を見付けて、そういう情報が普通に載っている事自体に「異世界なんだなぁ〜」と改めて感じてしまう。
そんな感じで魔獣の頁を見ていて気になったのは、やはり、イノガエル。
イラスト紹介されているイノガエルとは蛙の身体に猪の頭部と尻尾を持つ魔獣という事に為っているが、デフォルメされているのか若干可愛らしい。しかし、チキットやドッゲーターの実物を見ている俺にすれば何方等もイラストと違う。イラストはデフォルメされ見た目の印象が柔らかい。
そんなイノガエルの事を読んだらアエラさん達から聞いた通りだったのだが、“その肉は非常に癖が強く扱い難い為、素人では先ず料理は出来無いが、大人気珍味である”と書いてあり興味が湧いたのは内緒だ。
またイノガエル以外にもファルネアデスの森の事も結構載っていた。森全域はヴァドの街が丸々二つ入る程の広大さらしい。俺にはヴァドの街の規模が正確に判らないので微妙な所だが小さくない事だけは判る。
そんな森にて仕事をするアエラさん達な訳だけど。冒険者が大量に投入される理由は人海戦術でなければ森を破壊してしまうから。森自体がヴァドの人々には大事な資源らしい。その為無差別破壊は厳禁。だから地道に遣るしかないそうで大変なんだと思った。
一通り読み終えて閉じた本の裏表紙を見て思う。
前世だと手軽に調べれた類いの情報も、此処でだと簡単には手に入らない。
そんな中、本というのは貴重な情報源だと言える。勿論、本に記載されている情報全部が全部正しいとは限らないので、その辺りの注意は必要だが。それでも得られる情報量は多い。
前世の頃から興味の有る事に関しては積極的に色々調べたり学んだりする様な質だった事も有り、此方の本を読む事は結構楽しい。「趣味は読書です」とさえ言える気がする。
本棚に戻しながら、次の本を選んでいると入り口の方が賑やかに為った。
どうやら、宿泊している女性冒険者御一行の皆様が一緒に帰って来た様だ。
ふと、其処で思い付く。アエラさん達が欲求不満な状態だったかは判らないが俺相手でも積極的だった様に思う。それなら他の女性冒険者の皆さんも同じ可能性は有る筈。
流石に、アエラさん達の前で露骨には仕掛けないと思うけど、見えない所では起こり得るかもしれない。だとすれば、今この瞬間は絶好の仕込み時だろう。
受け付けの方に小走りに向かっていき、皆さんから注目を集めたのを確認してプライスレスなスマイルを全力で浮かべる。
「お帰りなさい!
皆さん、お疲れ様です!」
言葉にすれば単純だ。
だが、誰かに掛けられて出迎えられるという事は、人が思う以上に嬉しい物で何気に印象深かったりする日常の一場面。
疲れた身体に純真無垢な笑顔と労いは効く。実際に話した事は無い女性の中に目を潤ませる人が居る。
この一石が後に効く筈。
女性冒険者の皆さんから挨拶をされ、それに答えた後でアエラさん達と一緒に食堂の方に戻る。食事前に身体を洗いたいというのが女性冒険者の悩みらしいが難しい事も理解している。その上で妥協解決案としてクィエさんが実施している方法が“御絞り”的な事。蒸しタオルを無料で提供し手や顔等を簡易的に拭う。遣っている事は前世でなら女性が“おじさん行動”と認定する行為なんだけど、此方では画期的なサービスという様な位置付けだから面白いと思う。
そんな感じで一息吐いたアエラさん達に話し掛け、今日の事を訊いてみる。
「本でイノガエルについて見たんですけど、実物ってどんな感じなんですか?」
「あー……旅歩きね?
アレは絵が実物と違うから侮ったら駄目よ?」
「アエラちゃん、シー君は判ってるからイノガエルがどんなかを訊いてるんだと思うんだけど〜?」
「過保護なアエラは兎も角イノガエルは見た目よりも何よりも感触が最悪ね」
「……ヌメッヌメ」
心底嫌そうに話しているリゼッタさんに、口数こそ少ないけど無表情といった訳ではないメルザさんさえ本当に嫌そうにしている。寧ろ、平気そうな雰囲気のアエラさん達の方が何気に頼もし過ぎます。
「イノガエルは身体全体が透明な粘液に覆われてて、それが苦手だって人は男女問わず結構居るのよ
特に臭いは無いんだけど」
本には、粘液が有るから水辺を離れても行動出来るという旨が書いて有った為イノガエルは水棲生物寄りなんだろうな。その粘液は上手く使えば保湿薬として活用出来るのではないか。女性に売れそうだけどね。まあ、そういう肌ケア系の商品が有るかは不明だから現状では何とも言えない。
「ファルネアデスの森自体広大なんですよね?
何れ位の人で遣っているか判りませんが、期間的には長くなりそうですか?」
「んー、微妙な所ね」
「旅歩きに書いて有ったと思いますけどイノガエルの棲息地って森の五分の一を占める湿地帯だからね〜
それだけでも時間が掛かる事は間違い無いかな〜」
「今の感じだと、最短でも二週間は掛かるわね
まあ、全滅させるっていう訳じゃあないから一ヶ月は掛からないでしょう」
「冒険者の請け負う御仕事──クエストって、殆んどそんな感じなんですか?」
「討伐系が大部分を占めるという事は確かね
でも、期間的には様々よ
その状況次第だから」
「相手も生き物だからね〜
そう簡単には思い通りには行ってくれないもんね〜」
「簡単に思い通りに行けば私達の出番は無いわよ
そうじゃないから、私達は稼げるんだから」
「あはは、確かにね〜」
軋むベッドの音、擦れる布地の音、仄かに粘り気を感じる水音、肉と肉が強く打付かり合う音、喘ぎ声と激しく乱れる呼吸。それが重なり混じり合った響いた部屋が一際高い嬌声の後、一気に静まり返った。
最後の最後まで絞り出す様に小さな軋みしを上げ、大きく跳ねた呼吸は最後の一つが鎮まっていった。
小さな寝息が四つ。
アエラさんの身体の上に沈み込む様に覆い被さり、ゆっくりと弛緩する。
(まだ新人生三日目だけど我ながら爛れてるな……)
前世では考えられない。男の一つの理想。それが今自分の身に起きている。
まあ、【性皇剣】無しで考えたら不可能だけど。
ある意味、自分にとって一番安心出来る場所こそがアエラさんの双丘の狭間。伝わる鼓動と温もりは勿論大きな要因だが、それより一番最初に出逢った人で、一番最初にした女性という特別性が強いのだろう。
最初は誰でも構わないが最後の相手はアエラさん。昨日も今日も変わらない。
「初恋の相手は特別だ」という人も少なくない筈。アエラさんは初恋の相手な訳ではないが、俺にとって初めての相手なのは確か。だからなんだと思う。
アエラさんに対してのみ異常に欲求が昂るのは。
(多分、仕事が無いなら、アエラさんとなら一日でも遣り続けられるな……)
勿論、俺は大丈夫でも、アエラさんが持たない事は言うまでもない。普通より耐久力は高い可能性は十分考えられるけど、それでも【性皇剣】を持つ自分には及ばないのは間違い無い。アエラさんを壊す様な事は絶対に遣りません。
それは兎も角として。
気になるのは自分よりもアエラさん達の事。効果で問題無い自分とは違って、アエラさん達は行為による影響は無いのだろうか?。いや、冗談とかではなくて結構真面目に心配してる。
昨日は合流直後だったし最初だったから気にせずに快楽と肉欲の淫海を泳いでしまった訳だけど。今日はアエラさん達は仕事をした後だった訳でして。
それはまあ、俺の方からアプローチした訳ではなくアエラさん達から遣るのが当たり前な流れで始まり、リゼッタさんですら今日は渋る様子すら無かった為、「自分でも気付かない内に【性皇剣】に全く知らない効果が追加されたか?」と疑ってしまったが、実際は何も変化は無かった。
(ただ、明日起きて四人が不調を抱えてる様なら絶対控えた方が良いよな)
こう言っては何だけど、今の俺はヒモですから。
養って貰わないと困る。だからこそアエラさん達の体調を気にします。
それはそうとして今日の結果を寝る前に確認する。頭にステータスを呼び出しスキル欄をチェック。
[スキル]
【狙撃】
弓矢や投擲武器等の使用時威力・射速度・命中精度が大幅に上昇する。
射程範囲・対象数も上昇。
但し、連射した場合は全て下降修正が施される。
効果の発動は任意。
【巧刃】
刃の付いた物を扱う際には器用が大幅に上昇する。
刃器技能の修得速度上昇。
しっかりと二つの増加。何方等も優秀なスキルだ。デメリットも特に無い。
ただ、気になる事が。
何方が何方のスキルか。【巧刃】は仕事から考えてカミュラさんっぽい。ただ断定出来る確証は無い。
そうなると、【狙撃】はクィエさんからの可能性が高くなるんだが。怖いな。いや、元冒険者なんだから可笑しい事ではないか。
それが逆だったとしても……いや、カミュラさんが【狙撃】を持っている方が違和感が有るかな。飽く迄個人的な印象からだけど。
(まあ、何方が持ってても優秀だから良いけどな)
それよりもだ。スキルがどんな職業の物なのか。
【狙撃】は何と無くだが想像出来る。どんな職業が有るか判らないから飽く迄想像の範囲内でだが。
問題は【巧刃】の方だ。内容的には“剣士”系だが一つの可能性が浮かんだ為他が薄れてしまう。それは“暗殺者”の類いだ。
勿論、これも想像の域を出ない事なんだけど。一度考えてしまうと、な。
実はカミュラさんが以前暗殺者だった、というのは中々に衝撃的だ。そして、そんなカミュラさんと俺は一度限りとは言え、関係を持ってしまったという事に軽く戦慄してしまう。
ただ、今のカミュラさんからは想像し難い姿かな。ベッド上では積極的だけど可愛らしい女性だから。
(こうしてスキルを得ると見えない事も見えるな)
【直感】が効いている為カミュラさんが危険という可能性は低いだろうけど。普通では目に見えない事が判ってしまうのは怖い。
それは置いておいてだ。各々の職業に就く事によりスキルを得られるとして、職業が変わった時に既存のスキルはどうなるのか。
スキルが独立していれば職業が変わっても残るから現在の職業から過去を知るという事は難しいだろう。その一方で過去を隠す事も可能だと言える筈だ。
個人的には独立している方が都合が良いけどね。
今就いている職業以外のスキルを気兼ね無く堂々と使えるだろうから。
確認作業を終え、自然と意識は眠りへと向かう。
如何に裏スキルの恩恵が有ろうとも十歳の身体には違いない。当然だが疲労は蓄積されている。精神的な疲労は特に大きい。
前世を含めても初めてのナンパが成功した達成感は小さくはないのだが。
(このペースだと一日一人ナンパ出来れば上出来か)
一般的な生活サイクルは電気の無い時代に近いか。代替存在が有るのかどうか定かではないが、現状では人々の生活は日中が中心。多分、夜間警備隊みたいな仕事も有るんだろうけど、深夜営業をする店舗は無い様に感じられた。
ある意味では健全な社会なのかもしれないな。
そういう生活な訳だから日中から盛ってる者なんて当然少数派になる。そんな状況で一日一人なら十分な成果だと言える。
自分で稼げる様になれば娼館みたいなのを利用して人数を稼げるだろうけど。今はヒモ生活ですからね。抑、そういう施設が有るか判りませんから。
本によれば、ヴァドには無いみたいだけど。所詮は表向きだろうから、実際の所は判らないな。
(他の宿屋の女性冒険者と接触出来れば嬉しいけど、それは難しいだろうな
基本的に日中はイノガエル討伐に行ってるだろうし)
──とは言え、可能性が無いという訳ではない。
リゼッタさん達みたいにイノガエルが嫌な女性達は請け負っていない可能性が有るから、そういう場合は接触出来る可能性は有る。本当に可能性の話だけど。
女性冒険者との接触には細心の注意が必要不可欠。アエラさん達との繋がりが不透明だからな。下手してスキルがバレると危ない。
その点、素で接触出来る可能性の有る同じ宿屋内の女性冒険者達の存在は今は大きく貴重だと言える。
ヴァドを離れるまでには一度は御相手願いたい。
(現状、空いている時間で職業とスキルの情報収集が最優先、他は得られるならという程度で十分か)
自分が洗礼を受けた時に何に為るかは判らないが、【性皇剣】で得るスキルを活かす為にも必要な事。
アエラさん達は勿論だがクィエさん達からの情報が一番手っ取り早い。
ただ、踏み込み過ぎには十分に注意しないとな。
飽く迄も十歳の範疇内の印象を崩さない様にだ。
気付けば朝を迎えていて柔らかい温もりに包まれて心地好く微睡みながらも、下半身に違和感を感じる。生暖かい湿り気は十歳でも十分に恥ずかしいと思える粗相を連想させた。
だが、そうではない事に愚息を刺激する吸引される感覚で察した。少なくとも犯人がアエラさんではない事は自分の顔を包む母性が立証してくれている。
アエラさんと抱き合った格好なのでリゼッタさんの可能性は低いと思う。幾ら昨日は積極的に為っていたとしても其処まで変化する事は考え難いから。
だから性格的に考えるとユーネさんが妥当だろう。小柄な彼女なら余裕だ。
メルザさんだと体格的に厳しいだろうし、性格的に“朝這い”はしない筈だ。彼女なら遣るとしても俺が起きた後だろう。
そういった事も含めるとユーネさんが一番遣りそうだったりする。
(問題は寝た振りを続けて暫く堪能するのか、敢えて起きて戸惑って見せるか
実に悩ましく難しい所だ)
しかし、思考とは裏腹に愚息はユーネさんによって確実に追い詰められていて正直ギリギリの所だ。
ただ、“眠ったままで”というのは屈辱的に思う。気持ちが良いという事には間違い無いんだけど。
──と、色々考えながら堪えていたら薄手の布団が勢い良く剥ぎ取られた。
気候的には寒くはないが裸で寝ている事、肌と肌が直接触れて暖め合うからか外気に晒された部分が特に熱を奪われる様に感じられ軽く身震いしてしまう。
そして、尿意を誘うのは仕方無い事だと思う。
「……ユゥ〜ネェ〜?
何をしているのかしら?」
「……んふぁ〜、はふぁほぶぉふぉーひはふぁ〜?」
リゼッタさんの眼差しと気配で凍えそうな状況でも愚息を離さないまま喋ったユーネさんは凄いと思う。ただ、その刺激はヤバイ。リゼッタさんには悪いけど説教をするのなら、せめて俺から引き離して下さい。そのままは危険過ぎます。
だが、俺の健気な祈りは届きはしなかった。
業を煮やして実力行使に出たリゼッタさんが強引にユーネさんを引き離した、その直後にリゼッタさんが触れた事が止めとなる。
寝た振りを貫いたけど、心の中で静かに泣いた。
《ステータス》
:オリヴィア・リクサス
(偽名:シギル・ハィデ)
年齢:10歳
種族:人族
職業:──
評価 強化補正
体力:EX +41
呪力:EX +22
筋力:G +31
耐久:G +23
器用:G+ +44
敏捷:G− +23
智力:G+ +32
魔力:G− +13
魅力:── +22
幸運:── +29
性数:── 6人
[スキル]
【狙撃】
弓矢や投擲武器等の使用時威力・射速度・命中精度が大幅に上昇する。
射程範囲・対象数も上昇。
但し、連射した場合は全て下降修正が施される。
効果の発動は任意。
【巧刃】
刃の付いた物を扱う際には器用が大幅に上昇する。
刃器技能の修得速度上昇。
[裏スキル]
【念齢詐肖】
自分が想像した姿に変身。但し、自身の可能性に添う姿でなければ不可能。
その為、性別・種族という部分の変化は不可能。
解除するまでは有効だが、変身状態の維持には呪力を一定量消費する為、呪力が尽きた場合には強制解除。
尚、変身中の負傷等は全て有効であるが、その影響で変身が解除されるという事は基本的には起きない。
また変身時に着用する衣服自体も変化の対象と出来、想像通りに変化可能。
但し、素材自体を変質する事は不可能。
身体から離れた(※脱衣と判定された)場合には全て自動的に元に戻る。
但し、【性域】範囲内のみ変化を維持出来る。