1話 生きていく為に。
旅の醍醐味。それは多分未知との遭遇なんだろう。知識としては知っていても目の当たりにする事、直に触れ感じる事で満たされる充足感を得られると思う。決して宇宙人を探しているという訳ではない。まあ、それは居たら居たで違った意味での興奮が有るのかもしれないけど。
雲が、風が、水が、鳥が流れ行く様に旅をする。
その感覚を人々は真似て感じてみようとする。
新しい景色、新しい街、新しい人々、新しい生活が其処には存在している。
同じ場所でも時が経てば変わってしまう。或いは、変わって見えるのだろう。そういった新しい発見も、逢別も旅の魅力だと思う。
旅の果てに定住する事で得られる物、定住せず度々訪れる事で得られる物。
人々の数だけ、可能性は様々に色々と有るだろう。何を魅力的に感じるのかも人各々なんだろうしね。
ただ、染々と思う。
何処へ行くにも自動車や電車・飛行機・船が出来て便利になった世の中では、希薄に為ってしまっている新鮮さを感じられる。
こうした苦労や危険等を孕みながら旅をする人々が何年、何十年、何百年、と長い時間を費やして現代の人々の生活の礎を築き上げ豊かにしてくれたのだと。異世界に来て、感謝する。……可笑しな話だけどね。
「──ほい!、っと」
視線の先では愛槍を扱いアエラさんが軽々と現れたモンスターを倒している。いや、此処では“魔獣”と呼ぶらしいのだが。
“チキット”と呼ばれる鴨程度の大きさの鶏の嘴と羽を持った、二本足の兎。薄茶色の短い毛並みと長い特徴的な耳だけをみたなら兎だが、違っている。尾は鶏の物の様だ。体長は大体一般的な鶏のサイズだが、跳躍力はヤバかった。軽く10m位は跳ぶんだもん。でも、縦じゃなくて前に。走り幅跳びみたいな感じ。その状態から嘴で突く様な体当たりを遣ってきたから吃驚したよ、本当に。
まあ、アエラさんの槍で撃ち落とされたけどね。
その後、5匹程出て来てアエラさんが倒した。
アエラさんが強いのか、チキットが弱いのか。
今の俺には判らない。
ただ、アエラさんの話でチキットは小さな群れでの行動が殆んどらしく、先ず単独で人に攻撃をしてくる事は無いんだそうだ。
尚、このチキットの肉と毛皮は売れるのだそうで、アエラさんが慣れた様子で手早く処理してしまった。肉は一般的にも親しまれる食材なんだそうです。
因みに、昨日俺が襲われアエラさんが倒した魔獣は“ドッゲーター”らしい。何だか酷過ぎるネーミングセンスだと思うが、世界の常識に喧嘩を売る気は無いですから黙ってますけど。
此奴は珍しいそうです。そしてチキットよりも強い魔獣なんだとか。
アエラさんに多謝。
ちょっと危険なタンデムを満喫しながら、昨日よりも早い日暮れ前に視界の中に目的地と思しき人工物が現れる。魔獣から人々の生活(日常)を護る為築き上げられた聳える壁。近付き、拡大されると判る刻み込まれた歴戦の傷痕が痛々しいと言うよりも先に何れだけ過酷な生存競争が身近に存在するのかを思い知らされてしまった。
アエラさんという強者に運良く拾われていなければスタートDEエンドだった自分の可能性を思い浮かべ思わず身震いしてしまう。
「──あら?、もしかしてトイレに行きたい?」
「あ、いえ、ちょっと考え事をしていただけです」
「そう?、まあ、我慢する事じゃないから、その時は遠慮しないでね?」
「はい、判りました」
そう勘違いされた事には訂正をしたかったが下手に話すと余計に恥ずかしさが増す気がしたので、適当に誤魔化して流した。
ただ、トイレというのは何処にでも有る訳ではなく旅では基本“催してきたら適当にその辺で”が普通。実際、今日の道中でも俺はアエラさんが三度トイレに離れたのを見ている。
だが、その間の心細さは半端無かった。己の無力な現状が心底憎かったです。仕方が無いんだけどね。
まあ、流石に「怖いから一人にしないで」と言って彼女の秘密の排泄シーンを特等席から観賞しようとは思いませんけど。その手の趣味は……無い……筈だ。えっと、無かったよね?。新しく目覚めた?。いや、まだ確定じゃないよね?、そうだよね?、ね?。
そんな下らない事を一人考えている間にも街の姿は大きくなり、開け放たれた巨大な門扉が出迎える。
その周囲にはゲーム等の王道の兵士みたいな格好の人達が十数人立っている。
「アエラさん、あの人達は門番ですか?」
「ええ、そうよ
スタルトとは町の規模から違うから外壁の門扉とかも全然違うでしょ?
出入りする人々の数が多い場所は門も大きくしないと有事の時に一斉に避難する事が出来無いと被害が増え事態の収拾も手間取るわ
だから必然的に大きな街は大きな門を構えるのよ」
「街の、引いては往来する人々の事も含めて護る為、というですか……」
「そういう事ね」
パニック系の映画とかで避難場所に入れず、危険な場所に閉め出されてしまい死んでしまう演出上必要な犠牲者の姿が脳裏に思い浮かんでしまったのは仕方が無いと思う。
けど、それが現実として有り得るのだと思い知る。
「ようこそ“ヴァド”へ」
アエラさんと共に門番の審査を受け、彼女が懐から何かカードっぽい物を取り出して渡すと、門番の人は「冒険者の方でしたか」と僅かに緊張の色を見せた。そんな様子を見ながら俺は自分がノーチェックだった事に少なからず驚いた。
まあ、幼い子供が犯罪者という認識は無いだろうし可能性として──現実的に考えて無いに等しいのかもしれないんだけど。無警戒過ぎると思うんだよね。
尤も、身元の証明なんて全く出来無い俺にとってはアエラさんに迷惑が掛かる事も無いから無問題。
有難や、有難や。
巨大な門を潜り抜けるとスタルトとは確かに規模が全く違う景色が有った。
門から真っ直ぐに延びるメインストリートは広く、横幅だけで大人三十人位は余裕で横一列に並べる程。その両側に建ち並ぶ建物は様々であり、スタルトとは密度が大きく違った。
勿論、スタルトの感じも悪い訳ではない。個人的な好みなら、人混みの少ないスタルトに住みたいかな。利便性という意味でなら、ヴァドなんだろうけど。
「アエラさん、こんな風に子供連れで旅をするのって珍しくないんですか?」
「普通、とは言えないけど無い事も無いわよ
特にね、私みたいに冒険者をしている身で親になると男女問わず家族で移動する事も多々有るから」
「それは冒険者の方が同じ場所に定住し難い理由からという事ですか?」
「んー……微妙な所ね
確かに冒険者って気質的に一ヶ所に留まり難い感じは否めないけど、理由的には職業柄彼方此方転々とするというのが大きいわね
でも、仕事が無いからって訳じゃあないわ
それに中には定住したり、女性なら結婚・出産を機に引退する人も居るわ
だから、その辺りは人各々としか言えないわね」
成る程、だから俺の事も怪しまれない訳だ。それが珍しくないから門番の人も突っ込んだ質問はしない。警備上最低限の安全確認は必要な事なんだろうけど、無用な詮索まではしない。特に冒険者をしている人は俺の知識とは違い、恐らく人格や適正を審査されて、その上で慣れるのかもな。後々訊いてみよう。
それは兎も角として。
俺とアエラさんは端からどの様に見えているのか。正直、気になってしまう。
無難な所で姉弟。次点で母子なんだとは思う。
決して恋人ではないな。現実的には既に男女の関係なんですけどね。
判らないよね。
人混みの中、はぐれない様に手を繋いで歩く。
中身が成人な俺としては非常に恥ずかしいのだが、如何せん未知の場所だから頼れるのはアエラさんしか居ませんから。その辺りは理解していますとも。
(……それにしても此処の規模は本当に凄いな
土地が有る限り街が出来る現代日本とは違って都市が離れてるから余計に規模が大きく感じるし……)
ほら、よくテレビとかでドーム何個分とか言うけど行った事無い者からすると具体性に欠けると思うな。今は関係無いんだけど。
ただ、本当に大きくて、人口密度も半端無い。
そういう意味では実際にRPGなんかのゲーム内の街や村というは、こういう感じなんだろうな。大体が点在しているんだから。
まあ、ゲームの場合には仕様だから仕方無いけど。ゲームが現実になったら、こうなるんだろう。
しかし、それだけに俺は恐怖感を拭えない。
まだメインストリートは安全な方なのだろうが一歩外れて裏路地に入ったなら人造迷宮の中と言える筈。メインストリートとは違い区画整備なんか遣ってると思えませんから。
その点で言えばゲームの街並みというのは親切設計だったと言えるんだろう。滅多に迷子に為らないし。
勿論、それだけではなく人が集まれば、その影にて悪事を働く者達も増える。“木を隠すなら森”と同様人口密度が高い故に増える社会の闇の部分が有るのは間違い無いのだから。
(この世界の法律だとかは全然判らないからなぁ……
下手に一人で行動出来無い不便さは贅沢な悩みだ
先ずは安全第一でしょう)
そんな事を考えながら、アエラさんに引かれるまま歩き続ける。その間も俺は彼方此方に視線を向ける。料理店・武器屋・防具屋・薬屋・魔法具屋という様にゲームで御馴染みの店舗も有れば、金物屋・雑貨屋・服屋・本屋・家具屋という日常生活感に溢れる店舗も多数存在している。
そんな所でも、現実だと実感させられる。
そして、一番目を引いた事は“種族”だろう。
“異世界ファンタジー”では定番の人間以外の人。“亜人・獣人”と言われる存在が実在している事だ。正直、つい先日まで架空の存在でしかなかった彼等が生きて動いている姿を直に見られると感動してしまうのは仕方が無いと思う。
門を潜ってから15分程歩いただろうか。
メインストリートからは外れて別の通りに入った。急に人気が激減した様子に軽く息を飲んでしまう。
アエラさんの事は本当に信頼しているのだが。
あまりの落差に別世界に踏み込んだ様に感じた為。実際に異世界に転生してる身では有りますけど。
その俺の様子を察してかアエラさんは歩きながら、説明してくれた。
今居る通りは宿場通りで時間帯によっては賑わうが普段は静かなんだそうだ。決して寂れているだとか、治安の悪い場所ではないと苦笑しながら。
怖かって、すみません。
また他の通りも時間帯で往来する場所は有る様で、酒場等が代表格らしい。
“等”と言ってはいるがアエラさんが口篭る理由は察していたりする。
メインストリートを歩く間に何人か見たからだ。
“娼館”と口にしている客引きっぽい人達を。
物凄く興味が有りますが流石に言えません。ただ、能力的にも娼館を使えれば色々と確かめられる様には思えてしまう訳でして。
一応、そういった商売が公然と存在しているのだと判っただけでも今は十分。ええ、十分でしょう。
先立つ物が無いので。
「あ、ほら、見えたわ
彼処が待ち合わせの宿よ」
そう言い空いている手でアエラさんが指差した先に視線を向けると、控え目な看板が目に入った。
“宿・黒猫のしっぽ亭”と書かれており、猫の頭と尻尾をモチーフにしている可愛い看板だった。
「女子ウケしそうだ」と思わず言いそうになるが、其処は飲み込んだ。
ただ、そういう女性客に支持される宿屋なら色々と安心出来る気がした。
決して、治安が良いとは言い切れない世界。自衛が当然の世界。生きるだけで命懸けの世界。だからこそ安心して眠れるというのは大きな売りになる筈。
そういう意味でも其処は期待出来る気がする。
一歩一歩、確実に近付く宿屋までの距離に反して、俺は緊張が高まってゆく。
当然と言えば当然だ。
今、一番の懸念。それはアエラさんの仲間の人達が俺を受け入れてくれるか。それが最大の問題。
俺の今後を左右する時が間も無く訪れるのだから。
カラァンッ……と綺麗な音を立てて開かれた扉から宿の中へと入る。宿の中はシンプルな外観とは違ってお洒落なカフェの様な造りをしていて、如何にも女性ウケしそうだと思ったのは仕方が無い事だろう。後、入って直ぐに黒猫が足元に擦り寄ってきた。この宿の看板猫なのかもしれない。だが、ベタベタはしないで挨拶だけして離れていく。何気に客の気を引く技術に黒猫の賢さを感じる。
「いらっしゃいませ
皆さん御待ちですよ」
黒猫に気を取られている間にアエラさんに向かって掛けられた声に振り向くとホテルのフロントみたいな場所にメイド服ではないが宿の店員さんっぽい服装の十代後半位の印象を受ける女性が笑顔で立っていた。話からしてアエラさん達は宿の常連客なんだろうな。アエラさんの方も気さくな態度を見せているし。
「あら、私が最後?」
「はい、所で其方等は?」
「ああ、ちょっと訳有りで私が保護している子よ
部屋は一緒で構わないから一人分追加で御願いね」
「畏まりました」
チラッ、と手を繋がれた俺を見ると深くは詮索せずアエラさんのした話を受け入れる辺りはプロっぽい。別に悪事を働いている方の“訳有り”という意味では無いのだが、それも含めて詮索しないのは彼女自身のアエラさんに対する信頼が大きいからなんだろう。
まあ、訊かれても俺には言える事は少ないんだが。訊かれないのは有難い。
店員さんと話を終えるとアエラさんは俺の手を引きフロントの対面の壁の裏、エントランスっぽい場所に歩いていく。其処は学校の教室一つ分程の広さをしたファミレスみたいな空間。勿論、使われている家具は前世の世界の物とは違い、ソファー等はない。木製のテーブルと椅子、小洒落た間仕切り、観葉植物が有る程度なんだが。空間全体の雰囲気は良い感じだ。
其処に四組程の女性客。二人組が二つに、三人組と四人組が一つずつ。各々に固まって和んでいる様子は正にカフェの光景だろう。加えて、皆さん美人です。パッと見では俺と同じ様に見えるから人族っぽい。
安心感と残念さの複雑な気持ちだけどね。
アエラさんは迷う事無く進んで行き、三人組の所で足を止めた。本を読んだりテーブルに突っ伏してたりチェスみたいな物を一人で遣っている彼女達の印象はチームワークからは遠く、「本当に仲間なのか?」と疑ってしまいたくなる。
自分の位置から顔を見る事が出来たのは静かに本を読んでいる女性のみ。
アエラさんとは違った、“出来る女”の代名詞的な鋭い感じの雰囲気のクールビューティーさん。眼鏡とスーツが似合いそうだが、今は全く違う格好。
「随分早かったのね」
そうアエラさんが言うと本を読んでいた女性が一つ溜め息を吐くと少し乱暴に音を立てて本を閉じた。
判り易い苛立ちに対して俺は心の中でアエラさんに向け「挑発しないで!」と涙目になってしまう。
機嫌を損ねて受け入れて貰えなかったら詰むし。
マジで止めて下さい。
「逆よ、貴女が遅いだけ
何処で遊んでたの……よ?
……え?、誰、その子?」
本を読んでいた女性から抗議の声が上がるが、俺を見た瞬間に不機嫌さは消え戸惑いが浮かんだ。それは当然なのかもしれないが、今の俺には会釈する位しか対処方法が無かった。
取り敢えず、第一印象が悪くなる事だけは避ける。それだけで精一杯だから。
「ああ、私の息子よ」
「「ええっ!?」」
そんな俺や仲間の女性を他所にアエラさんは意表を突く所か、胸元スレスレの内角高めの豪速球を投げ、俺達は揃って仰け反った。──いや、驚いた。
ただ、俺の反応を見たら女性は疲れた様に溜め息を大きく吐いて、右手で額を押さえて俯いた。何と無く気苦労の伺える哀愁が漂う姿には一杯奢りたくなる。お金が無いけど。
「あれ?、アエラちゃん、遅かったね〜
何時着いたの〜?
其方の可愛い子は〜?」
「今よ、で、私の息子ね」
「あははっ、面白い冗談〜
男っ気の無いアエラちゃんに子供が出来る訳無いよ〜
──って言うか〜、子供を作る気になるだけの相手がアエラちゃんに出来る方が有り得ないでしょ〜」
「……それもそうね」
チェスっぽい事をしてた女性が遅れてアエラさんに気付いた様で声を掛ける。天然っぽい感じの女性だが言動と高い集中力からして油断の出来無い人だろう。“基本的には”良い人とは思える感じだけど。
そんな彼女の言葉を聞きアエラさんに子供が出来る可能性が無いと納得をした読書していた女性に対して理由を訊きたくなったが、色々と怖いので止めた。
ただ、アエラさん自身は気にした様子も無い事から自覚している事なんだとは察する事が出来る。
「それで、結局、何なの?
拐ってないわよね?」
「保護したのよ
……大きな声では言えない事だけど、この子記憶喪失みたいなのよ
一応、一番近いスタルトで聞き込みはしたんだけど、それらしい話もなくてね
暫く面倒見ようと思って」
「はぁ〜……貴女ねぇ……
単に言うけど、子供一人の面倒を見るのは大変よ?
それはまあ、赤子でもなく幼児でもないから言う事は聞くでしょうけど……」
値踏み──ではないけど俺の事を見る読書の女性。切れ長の眼差しが細まると更に威圧感が増しますから出来れば止めて欲しいな。また新しい世界に踏み込みそうに為りますから。
それは兎も角として。
先手を打って仕掛ける。
「シ、シギル・ハィデです
宜しく御願いします!」
緊張した体を装って態と吃りながら話し、その上で大きめに声を出してから、勢いよく頭を下げる。
当然ながら注目されるが仕方が無い。寧ろ、注目を集める事が狙いだからね。少なくとも彼女は若くても十代後半だと思う。それが少年に頭を下げさせているという場面を客観的に見て何と思うだろうか。
卑怯?、生きていく為の知恵だと言って欲しいな。子供の愛らしさが本能的な自己防衛能力だとするなら我が身のショタ力を存分に活かして何が悪い。
「ちょっ、ちょっとっ?!
アエラっ、その子に言って止めさせなさいよ!」
「止めさせる?、無理よ
だって、シギルには私以外頼る宛も無いのよ?
私がシギルの立場だったら同じ様にすると思うわ
認めて貰えないと死ぬしか無くなるんだもの」
「〜〜〜〜〜〜っ……
判ったわよ!、でも貴女が責任を持って面倒見る事!
私達を宛にしないでね?!」
「私は構いませんよ〜」
「だって、良かったわね」
「はいっ!、本当に有難う御座います!」
「〜〜〜っ!」
今の俺に出来る最大級のショタスマイルで彼女達に感謝を伝える。小さく呻き「調子が狂うわね」と呟く読書の女性だが、その頬が赤い事を俺は見逃さない。間違い無い、ツンデレだ。そして根は面倒見が良い。単に彼女の“優先順位”が見ず知らずの子供よりパーティーメンバーだって事だかろうからな。だから彼女の反応も理解出来る。
姑息な攻め方をしたけど必死な事を理解して貰えた以上は出来る限り、良好な関係を築いて行きたい。
「それでは、自己紹介〜
私はユーネ・ワーネだよ〜
宜しくね、シー君〜」
「宜しく御願いします」
ゆるゆるっとした口調のチェスをしていた女性──ユーネさんから挨拶をされ丁寧に返す。けど、流石に“シー君”はないでしょ。口にはしないけどさ。
で、このユーネさん。
天然っぽい人なんだけど“天然で知的”って意外と怖くない?。何方が素かが判断し難いし、何より敵に回したら容赦無く汚い手も平気で使いそうだから。
ただ、軍師と言うか知性キャラの格好ではないな。フリル付きのビキニっぽい動き易さを重視した感じの臍出しの短いシャツに革のポンチョっぽい上着。下はダメージジーンズみたいなショートパンツ。ジーンズとは違う素材っぽい。
見た目で言うとゲームの盗賊とかみたいだ。
しかし、そんな格好より160cm無いだろう小柄な身体に不釣り合いな巨桃が実っている。ふよんっ、と揺れる様は凶悪な魔物だと言いたくなってしまう。
アエラさんも凄いけど、ユーネさんは身長と比べてアンバランス。それなのに不自然に思えない辺りは、異世界補正なのだろう。
淡い橙色のふわふわした癖っ毛も、彼女の雰囲気にぴったりで、深緑の双眸は優しくも危険性を匂わせて引き込まれそうになる。
「ユーネの職業は“探索者”って言って、私達冒険者のパーティーに大人気な職業なのよ」
「少ないだけだけどね〜」
「稀少な職業なんですね」
「違うわよ、探索者自体の適正者多いのよ
だけど、職業の特性が凄い癖が強くて扱い切れないで冒険者を断念する者が後を立たなかった歴史が有って余程の挑戦者でない限りは避ける様になったのよ」
「それじゃあユーネさんは稀少な存在なんですね」
「まあ、そうなるわね」
「えっへん〜」
ちょっと照れ臭そうに、しかし嬉しいそうに笑顔で胸を張って見せる。
たっぷん、と波打つ様に揺れる水面は神の御業か。然り気無く視線を逸らすとアエラさんと目が合って、目を細めた意味深な微笑を返されてしまう。やんちゃ過ぎる愚息が起き出しそうなんで止めて下さい。
誤魔化す様に読書の女性へと顔を向ける。眼差しに期待を込めて催促する。
「私はリゼッタ・リロィ、見た目通り職業は“魔法士”よ」
リゼッタさんの言う様に見た目が魔法使いっぽいと思っていたので、それ程は驚きはしなかった。だが、魔法が有る──使える事が判ると興奮してしまうのは仕方が無いと思う。何しろ前世に魔法は存在しない。魔法とは想像上の存在だ。だから一度好奇心が疼く。きっと、今の俺の目は少女漫画ばりにキラキラとして純粋そうに見えるだろう。素直にリゼッタさんの事を尊敬しているしね。
だから、ツンデレさんは顔を背ける訳です。
リゼッタさんは咳払いし隣で突っ伏したままだった最後の一人の頭を手に持つ本の角で叩いた。その本がハードカバーっぽい事と、思わず心配してしまう様な打撃音がした事は、敢えて触れない事にする。だってアエラさん達も当たり前な態度なんだもん。
「…………痛い」
「………………ぇ?」
のそ〜っと起き上がると隣のリゼッタさんの背丈を軽く越えた位置に頭が来る大柄な女性だった。いや、リゼッタさんの身長自体は160cm半ば位は有るし、アエラさんは170cm前半という美女なんだけど。
目の前の女性は、恐らく190cmは有るだろう。
そして、ユーネさんより凶悪な伝説の魔物が出た。丸々とした水風船みたいな巨峰が二つ、実っている。いいや、西瓜だな、西瓜。メロンでも構わない。
彼女の身長以上に、俺は二つの果実に驚いた。
「…………誰?」
「…………あっ、今日から御世話になります、シギル・ハィデです
宜しく御願いします」
「……ん、メルザ・ナテ、宜しく、シギル」
簡単な挨拶から、然り気無く伸ばされた手によって頭を撫でられる。その手の大きさよりも温かい感じに不意に泣きそうになった。「……そうか、これこそが伝説の“撫でポ”か」と。よく判らない思考をして、その衝動を堪える。
「メルザの職業は“剛戦士”と言って、稀少性でなら私達の中では一番珍しい職業よ」
「そうなんですか?」
「“戦士”の上位職業は幾つか有るわ
でも、その中でも剛戦士は発現者が稀なのよ
三十年に一人、世に出るか出ないか、だからね」
「凄いんですね」
名前だけだと多そうだが実は少ないと判ると自然と評価が変わってしまうのは仕方が無い事だと思うな。だって、戦士系の職業って普通は一番取り易いから。
それはそれとして。
何だかんだ言ってても、アエラさんの後には丁寧に補足してくれている辺り、リゼッタさんはツンデレな面倒見の良い御姉さんだ。
そして、彼女達四人。
信頼関係の強さは会って間も無い俺にでも判る。
そういう意味では本当にアエラさんに出逢えた事は大きかったと言える。
リゼッタさんは色白で、インドア派っぽい。其処にライムグリーンの長い髪と赤茶色の瞳が加わる。男の夢とロマンが詰まっている大きさは衣装の関係上知る事は出来無いけれど。
メルザさんは黒い肌で、一時代を築いた女子高生を中心としてブームの残像が不意に頭に浮かんだ。髪は灰色のショートカットで、垂れ目でもある眠たそうな琥珀色の瞳の為か威圧感はそれ程は感じない。いや、一部は存在感を主張し過ぎかもしれないけど。服装はピチッとしたスウェットの様な感じで、綺麗な背中は殆んど露出している。上に鎧等を装備するのであれば別に可笑しな格好ではないのかもしれない。周囲から注目されているのは先程の件も含めて自分だからな。
また冷静にパーティーを分析してみると、前衛役のアエラさんとメルザさん、後衛のリゼッタさんが居てサポート役のユーネさんとバランスが良いと言える。まあ、パーティーを組む為戦力バランスを考えるのは当然の事なんだけど。
それにしても個性的だ。四人共に人族で良いのかは訊きたくても訊けないので悩ましい所だが。
取り敢えず空いてる席に座って一息吐く。
「皆さん仲が良いですし、幼馴染みですか?」
「いいえ、生まれも育ちも全員バラバラよ
まあ、歳は近いけどね」
「私達のパーティーはね、ソロだったアエラちゃんがリゼッタちゃんを誘う事で始まったんだよ〜」
「ふふっ、懐かしいわね
リゼッタに声を掛けた時の事なら、今でもはっきりと思い出す事が出来るわ」
「思い出さなくていいわ」
心底嫌そうにする辺り、リゼッタさんのツンデレが炸裂しているのだろうな。ちょっとした黒歴史だって事なのかもしれないから、物凄く訊いてみたいな。
ただ、リゼッタさんから出た言葉から読み取るなら四人共同じ種族だと思え、人族の可能性は高まった。
「私はね、一時的に入って長く同じパーティーに居る事は無かったんだけど〜
偶々アエラちゃん達と同じ“クエスト”を受けた時にビビッ!って来たの〜
この人達と一緒に居たら、色々楽しそうだなって〜」
「それから一年位経って、メルザが加わったの
あの時は大変だったわ」
「……昔の話」
そう言ってメルザさんは恥ずかしそうに顔を背けて話を強引に終わらせた。
色々遇ったみたいだ。
それにしても、冒険者にクエストと来ると、やはり“ギルド”も有るのかな。協会的な組織を指すのか、一団体単位を指してなのか現時点では判らないけど。少なくとも冒険者の資格を選定し与える権限を持った組織は存在する筈。それが国営の場合だとしてもだ。
そうなると俺も冒険者を目指すべきかもしれない。
その為に最も重要となる事を確かめなくては。
「アエラさん、ヴァドなら洗礼は受けられますか?」
「洗礼?、貴男幾つ?」
「……多分、十歳だと」
「年齢的には最低限ね
洗礼が出来るのかは実際に行ってみないと判らないし期待し過ぎない様にね」
判ってはいるが、一応は記憶喪失な設定なので少し曖昧な言い方をしておく。それを聞きリゼッタさんは納得した様らしく協力的な言葉を口にしてくれる。
やはり、アエラさん達は面倒見が良い人達だ。
「ヴァドは大きいんだけど残念ながら無理なの
洗礼を受けるには此処から北に十日程行った所に有る“リシェオ”に行く必要が有るのよ」
「……それは徒歩で十日、じゃないですよね?」
「ええ、ホルフスで十日よ
徒歩だと大人で大体十五日って所かしら」
直ぐにでも行きたいが、先ず自分一人では不可能。アエラさん達の協力無しに辿り着く事は出来無い。
抑、一人では生きる事も困難だろうからな。此処で我が儘は絶対に言わない。
「直ぐに連れてってあげる事は出来無いけど、仕事が終われば、必ず連れてってあげるからね」
「有難う御座います
その御仕事は冒険者として受けた事なんですか?」
アエラさんの言葉に内心感謝しながらも、この話を引き摺りたくはなかった為可笑しくない流れで話題を別な方向に持っていく。
当然、冒険者の活動にも色々と興味は有るし、街に滞在する期間が何れ位かを知って置きたいからな。
今は迂闊に動けないが、情報収集はしたいからね。
「ええ、さっきユーネから出てたクエストって事よ
ヴァドの南西に広がってる“ファルネアデスの森”と呼ばれる場所が有ってね
其処は“イノガエル”って魔獣が多く住んでるの」
「そのイノガエルさん達は普段は人間には近寄らずに危険性も無いんだけど〜
繁殖期を迎えて産卵したら凄く攻撃的に為って周辺の町や村を襲うんだよ〜」
「繁殖期は3〜5年に一度という程度だけど、今回は規模が大きいらしくてね
私達だけじゃなくて結構な数の冒険者がヴァドの領主からの依頼で来ているわ」
そう言って視線を周囲の冒険者だろう女性達の方に向けるリゼッタさんに続き顔を向けたら、笑顔で手を振ってくれた。照れながら会釈を返してしまう。
ただ、話は聞こえていたみたいで肯定と受け取って良いんだと思う。
名前からして、猪と蛙の合体した様なのだろうが、雑魚ではないのだろう。
ある意味、真逆の性質の組み合わせだけど。
カフェっぽいスペースは食堂を兼ねているそうで、話をしている内に気付けば夕食が運ばれてきた。
此所の看板メニューだと教えて貰った料理。それは多くの日本人が慣れ親しむカレーライスだった。
しかもインド系じゃない日本人好みの味の。
だから自然と考えたのは自分以外に似た様な境遇の人が居るかもしれない事。或いは、過去に居たという可能性だったのは仕方無い事なんだと思う。
勿論、深く追求する事は出来無かったんだけど。
「ほら、入って入って」
「で、でも……」
「気持ちいいですよ〜」
戸惑う俺を気にもせずにアエラさん達は隠しもせず魅力的過ぎる肢体を晒す。正直、一目見ただけで我が愚息は騒ぎ立つ事だろう。故に視線を必死に逸らす。
夕食の後、各部屋で順に行われるのが──御風呂。ただ、日本人の感覚と違い浴室で身体を洗い流す程度でしかなく、湯船に浸かるという事は無い。人数分の御湯が大きな樽に用意され手桶で掬って使う形式。
それは兎も角、男の俺が一緒なのは問題だと思って遠慮したのだが、無理矢理連行されてしまいました。メルザさんに軽々と小脇に抱えられる格好で。その際身体に触れた弾力の凄さは衝撃としか言えません。
アエラさんとは御互いに生まれたままの姿を見せた間柄ですが、三人は別だ。はっきり言って、ヤバい。心頭滅却?、無理無理!。絶対に意識しますって。
何でも、此所は女性客が専門の宿屋らしく、子供は洗礼前なら同伴可能という事なんだそうで。つまりは俺はセーフだって事。
違う意味でアウトに為る寸前なんですがね。
「他の御客も居るのよ?
さっさと入りなさい」
「そうです……が……」
正論で止めを刺しに来たリゼッタさんに対し最後の無駄な抵抗をしようとして振り向いたら──思わず、見惚れてしまった。三人も綺麗な事は確かだし、凄く大きい事は判っているが。リゼッタさんは一味違う。
「小さくて悪かったわね」
視線が何処に向いてるか女性は特に敏感だから直ぐ気付いたのは当然だろう。開き直った様な言い方だが強がりの様な、寂しそうなニュアンスが混じっている事に気付いた。
ただ、勘違いしそうだが大きさで言えば三人よりは小さいが、十分に大きい。多分、Cは有ると言える。ウエストの細さを加味して考えると更に大きくなる。そう比較対照が悪いだけで彼女は魅力的である。
「……?、何よ──っ!?」
何も言わない俺に対して振り向いたリゼッタさんの視線は顔から下に移り──驚愕から目を見開いた。
遅れて、自覚する。
既に手遅れなんだと。
「あら……ふふっ、本当に元気な困ったちゃんね」
そんな中、既に俺を知るアエラさんが後ろから抱き締める格好で右手で愚息を躾ようとしてくれる。ただ背中──と言うか、両肩に乗っかる様にして柔らかな果実が押し付けられると、俺の軟々な意志など容易く砕け散ってしまう訳で。
大好きな餌を前にして、我慢出来ずに御座り出来ず小刻みに足踏みをしている興奮状態の犬みたいに。
愚息は喜んでしまう。
「ア、ァア、アエラっ!?」
「おやおや〜、シー君てば見た目の可愛さとは違って中々に凶暴さんですね〜」
「ええ、確かに、そうよね──じゃなくてっ!」
「リゼッタちゃん、騒ぐと大事に為っちゃうよ〜?」
「──っ、と、兎に角!
何とかしなさい!」
ある意味、この場でならリゼッタさんの反応が一番正面な気がする。しかし、それは俺には不都合なんで敢えて口にはしない。
何より今はアエラさんの右手に屈しない様に意識を傾けていないと危ないし。──と言うか、アエラさん楽しんでません?。確かにこれは滅多に経験出来無いシチュエーションですが。色々とギリギリですよ?。
「何とかって……此処だと時間的に厳しいわね」
「むむ〜……シー君と既にアエラちゃんは〜……」
「そういう事よ、ね?」
「……は、はぃ……」
あの〜、アエラさん?。そんなに嬉しそうに笑顔で同意を求められてしまうと他の返事は不可能に近いと思うんですが。まあ、俺も誤魔化しはしても嘘を吐くつもりは有りませんから、肯定と変わらないかな。
それより、ユーネさんの眼差しが鋭くなった様な。俺の気のせいですよね?。だから小さく口角を上げて熱っぽい視線を送るのは、自重して頂けませんか?。勝手な愚息を御し切れない俺が言うのも変ですが。
「……御風呂、済ませる、部屋、戻ってから遣る」
「それもそうね」
「ですね〜、それじゃあ、綺麗にしましょうか〜」
「え?、ユ、ユーネさん?
あのっ、ちょっ──」
その容姿や雰囲気からは想像し難い有無を言わさぬ強引さで俺を自分の方へと引き寄せると既に泡立てた石鹸を自身の身体に塗って抱き締めてくる。前世での石鹸に比べて粘度が有り、薄めたローションみたいな初めての感触を味わいつつ触れ合った素肌から伝わる温もりが現実感を後押しし理性の逃げ道を塞ぐ。
袋小路に追い詰められてにじり寄る本能に怯えるが一方では期待もしている。理性もまた男なのだから。視界を塞ぐ肉塊の壁を前に愚息は一人で御祭り騒ぎ。
──とか考えていたら、左腕を引っ張られて視界が肌から変わった。
その次の瞬間、俺の頭はソファークッションにより受け止められていた。
「ほら、遊んでないで早く洗っちゃいなさい!」
「ぶぅ〜、狡いのです〜」
拗ねながらも抗議すれば時間の無駄だと判断をしてユーネさんは自分の身体を素直に洗い始める。では、俺は今、誰の抱き止められ寄り掛かっているのか。
アエラさんではない事は経験から判るし、弾力からメルザさんでもない。
ならば、残るは唯一人。リゼッタさんしかいない。
「じっとしていなさいよ」
「は、はいっ」
少しキツめの口調に俺は素直に従いリゼッタさんに身を委ねる事にした。男の意地だの尊厳だのは後から幾らでも示せるが、時間は有限であり、流れてゆく。此処で無駄な抵抗をする程時間の無駄は無いからだ。
そんな訳で俺は洗う事はリゼッタさんに任せながら「煩悩退散」を頭の中にて只管唱えて鎮めに掛かる。だって幾らなんでも廊下で擦れ違えば判るだろうし。リゼッタさん達にはバレてしまったら仕方が無いが、他の人達にバレるのは今は避けるべきだろう。まあ、能力的にはバレてしまった方が好都合なんだけどさ。それはそれだから。
そんな事を考えながらもリゼッタさんの手の動きに意識は傾いてしまう。特に可笑しな動きもなく淡々と洗ってくれているが、度々感じる彼女の温もりにより愚息は全く鎮まらない。
そして、深い熱の篭った吐息が、彼女の仮面の下の素顔を示している気がして理性の壁を溶かしてゆく。駄目なんだと判っていても昂りは高まってゆく。
御風呂から出て部屋まで幸いにも他の客と擦れ違う事は無かった。安心しつつ残念な気がしてしまうのは脳髄まで痺れる様な昂りに堪えているからだと思う。
ガチャッ、と鍵を掛けた音が一際大きく聞こえた。
部屋に戻るまでの間誰も言葉を発しなかったからか変な緊張感が漂っている。アエラさんやユーネさんも雰囲気に呑まれているのか落ち着きが無い様に見えて此方まで気不味くなる。
四人部屋のベッドに各々腰を下ろし、俺は一人用の机の椅子に座ったままで、誰も何も言わず、視線さえ合わせない様に外方を向く変な沈黙が続いている。
「……しない?」
「「「「──っ!?」」」」
そんな沈黙を唐突に破る一言を発したメルザさんに自分達の視線は集まった。──と同時に驚く。何しろメルザさんは既に上を脱ぎ上半身を露にしていた。
予想通りと言うか、予想以上と言うか。球技で使うボールの様で、パッと見た感じには何か入れた人工的印象を持ってしまうのだが肌の張りからして天然だと直感させられる。それ故に見入ってしまうのは仕方が無い事だと思う。
「……はぁ、それもそうね
今更意識してても仕方無いでしょうし」
「そうだね〜、私達の方が緊張してたらシー君だって困っちゃうよね〜」
そう言うとアエラさんとユーネさんは服を脱いで、下着姿に為った。その際にたゆんっ、たっぷんっ、と擬音が聞こえそうな感じで四つの塊が揺れ動いた。
思わず見惚れていると、視界に影が射し、見上げる前に身体が宙に浮いた。
驚きに声が上がるよりも先に後頭部から頬に掛けて温かいボールに挟まれた。それが何かを理解したら、彼是考えている今の自分が馬鹿馬鹿しくなった。
我慢は身体に良くない。勿論、犯罪は駄目だけど。我慢しなくても良いのなら態々我慢する必要は無い。そう、その必要は無い。
「……ん、元気一杯」
「メルザさんの、とっても気持ちが良いですし、凄く綺麗で魅力的です」
「……嬉しい、初めて」
仰け反る様にして頭上を見上げれば、メルザさんの顔が其処に有る。加えて、視界の両端には普通でなら先ず体験出来無い絶景だ。此処が天国なのだろう。
それは兎も角として。
その“初めて”は恐らく未経験という意味ではなく“誉められる様な言葉”がという事なんだろうな。
照れながらも嬉しそうに微笑む姿に胸が高鳴る。
自然と見詰め合う格好でメルザさんの顔が近付き、瑞々しい唇が俺の幼い唇を食む様に覆い被さる。
雛鳥が親鳥から口移しで餌を貰う様に彼女の唾液を受け取りながら絡まり合う舌が囀る様に水音を立て、同時に両腕が抱き締める。
体格差も有って圧迫感は有るけど苦しいとは感じず寧ろ心地好さから緊張感は緩み、消え去る。
鼻腔を擽る甘くも淫靡な雌の誘香が、俺の雄として生まれ持つ本能を刺激し、欲求を昂らせてゆく。
唇が離れると仰け反った体勢から正面に向き直る。開き直ったと言うか、もう全裸に為ったアエラさんが自分用のベッドを動かして隣のメルザさんのベッドとくっ付けていた。その姿は若干興奮を削ぎ掛けるが、やはり彼女の見事な肢体は見ているだけで滾る。
そんな中、ふと気になる最後の一人の居る方へ顔を向けると──目が合った。顔を真っ赤にしながらも、脱ぐに脱げない逡巡の中で立ち止まったまま切な気に瞳を潤ますリゼッタさん。その姿にキュンッとする。
「……リゼッタ、嫌?」
「──っ!?、い、嫌とか、そんな事じゃなくて……」
「……シギル、嫌?」
「えっと、リゼッタさんが良いなら……したいです
凄く、リゼッタさんの事が欲しいです」
「〜〜〜〜っ」
プライドというか、何か一人で葛藤しているのだとメルザさんは感じたらしくリゼッタさんに仕掛けた。然り気無く俺に振ってきた意図を察し、言い訳をするリゼッタさんのプライドを突き崩しに掛かる。背後でアエラさん達が俺達の事を意味深な苦笑を浮かべつつ見詰めていた。追及したら藪蛇っぽいのでしません。
「シー君〜、遣る気の無い意地っ張りで意気地無しなリゼッタちゃんは無視して良いですよ〜」
「なっ!?、判ったわよ!
ええ、今夜は忘れられない一夜にしてあげるわ!
覚悟しなさい!」
ユーネさんの挑発により吹っ切れたリゼッタさんは俺へと挑戦状を叩き付ける様に指差して言う。うん、チョロいけど可愛い人だ。
そんな感想を懐く中で、彼女は勢いに任せる格好で服を脱ぎ捨てた。無い者が見れば、親の仇を見る様な視線を向けるだろう揺れに俺の目は釘付けになる。
他の三人と比べて本当に綺麗な白い肌。病的な青い肌ではなく、健康的な白。その美しさは一つの芸術品と言えるだろう。
惚けっとしていて、気が付いたらベッドの上に居てリゼッタさんに顔を両手で固定されて唇を貪られる。見た目には肉食系なんだが優しく繊細な舌使いからは彼女の気遣いを感じる。
その一方で肉食な方々は容赦無く襲い掛かってきて酒池肉林状態に。
御酒は有りませんが。
爛れに爛れた快楽の夜。それは始まったばかりで、飢えた獣の様に本能のまま貪り合う前の理性の残った戯れ合いに過ぎなかった。
心地好い気怠さを身体に感じながら広がる意識。
鼻腔を刺激するのは濃い淫らな匂い。そして感じる柔らかさと温もり。優しく掌に有る柔らかさを握れば艶やかな嬌声が鳴った。
目蓋を開ければ、暗闇に凹凸の有る影が浮かんだ。それが何かは聞こえている寝息が物語っている。
直ぐに記憶も甦った。
(……体力的には問題無い訳だけど精神的には疲労が溜まってくるなぁ……)
ストレス等ではない。
興奮と高揚、箍が外れて突き抜ける衝動。それらが瞬間的に冷める時の落差。目には見えない負荷が心に静かに蓄積している。
アドレナリンが出ている時には痛みや疲労感を感じ難く為り易いのと同じ様に後に為って実感する。
多分、数を熟せば心身が順応してくるんだろう。
(それにしても、此処まで効果的だとはなぁ……)
オリヴィアを考えた際に俺は“三つ”の能力を彼に与えていた内の一つ。
それが大いに役立つ。
[裏スキル]
【不可侵の絶対乖離性域】
性行為を行う際、一部屋・或いは一定範囲内の空間を現世から乖離する。
空間内の事は外の存在には認識する事は出来無い。
対象の人数制限は無い。
対象となった者も認識する事は出来ません。
基本的には自動発動だが、任意発動に切り替える事が設定可能です。
但し、空間内にて一定時間経過以内に対象と性行為に及ばないと強制解除。
また、空間内の時流速度を変化させる事が可能。
空間内の時流速度は外での1時間が、内では5時間。最大連続稼働は3時間。
体感的に長いだけで実際の肉体時間は外に準拠する為急速に歳を取るという事は有りません。
この裏スキルが有るからどんなに激しくしていても苦情の一つも来ません。
アエラさん達にしても、気付いていません。物凄く便利な能力です。
アエラさんとの初めての時に魔獣に襲われなかった理由も能力の御陰です。
(ある意味、条件を満たしさえすれば絶対防御・回避可能なんだよなぁ……)
本当はネタ能力だけど。役に立ってるよな。これが無かったり、無効だったら俺自身よりアエラさん達の身が危なかったかも。
幾ら同意の下の行為でも客観的に見たら、一般的にアエラさん達の方がアウトだろうからね。そんな事に為らずに済んでいるのは、この能力が有るから。
自画自賛になるんだけど当時の俺、グッジョブ。
まだ皆は眠っているから下手な行動は出来無いし、証拠隠滅は俺が遣った場合色々追及されるだろうから大人しくしています。
ただ、少々刺激的過ぎて愚息が起き掛けてます。
其処でステータスの確認作業を始める事にした。
リゼッタさん達三人から何を得られたのか。それが気になるしね。
[スキル]
【剛撃】
攻撃命中時、通常の威力の3倍にまで瞬間的に強化。自身・武器に負荷は無し。効果の発動は任意。
【呪力回復量上昇】
呪力の回復量が通常よりも50%増加する。
但し、効果は自然回復時に限り有効であり、魔法薬等の使用時には適用外。
[裏スキル]
【直感】
様々な事象に対し本能的に善し悪しを感じ取る。
但し、一定以上何方等かに傾いていないと対象外。
精度は智力・魔力・幸運に比例して上下する。
表示された結果を見て、瞬間的に頭が思考を停止。認識する事を拒絶した。
(──いやいや、待って、え?、は?、何ですか?、これは、何なんですか?)
しかし、無視は出来ず、思考は現実と向き合った。だが、意味不明だった為、回答者の居ない疑問を心の中で虚無へと投げ掛けた。
取り敢えず、一息吐いて一つずつ処理していく。
先ず、【剛撃】は恐らくメルザさんの剛戦士からの獲得スキルだろう。これは会心の一撃・クリティカルといった物だろう。効果が任意な事を考えると必殺技的な扱いかもしれない。
次の【呪力回復量上昇】はリゼッタさんの魔法士のスキルなんだと思う。特に可笑しな事も無い。
ただ、職業の事は殆んど知らない状況だから飽く迄推測でしかないけど。
一番の問題、【直感】。効果自体は条件限定下でも優秀なスキルだと言える。その点は文句なんて無いし良いスキルを獲得出来たと喜んでもいい。だがしかし“裏スキル”だという事が問題だったりする。
(……いや、もしかしたら裏スキルも複写対象に入るという事なのか?)
そう考えたなら、解る。別に可笑しな事ではない。スキルが職業由来の物なら裏スキルは個人の能力──固有能力みたいな位置付けだろう。普通はステータスとしては認識出来無いが、持ち主は少なからず存在している。認識は無理でも、何と無く自覚はしている感じで。
裏スキルも複写対象だと判った事は収穫だ。だが、スキルとは違い裏スキルはデメリットも含む可能性を現状では排除出来無い。
(もし、“ドジッ娘”的な裏スキルが存在してたら、それを問答無用で複写して獲得する訳で……)
結果的に良い方に出れば有りなんだろうけど。単に不運・不幸に傾く場合や、トラブルを招く様な方向に効果が働くとしたら。
正直、笑えない話だ。
しかし、それを懸念して複写をしないという選択は自分の持つ可能性を大きく狭める事に為るだろう。
リスクは有るがリスクを怖れて避けるには、惜しいリターンだと言える。
チャレンジをするだけの価値は十分に有るだろう。自滅するギャンブラー的な危険な思考は否めないが。今後、俺が生きていく上で【性皇剣】の複写無しでは確実に詰むだろう。だから遣るしかない。例えそれが危険な綱渡りだとしても。
(まあ、それは兎も角だ
裏スキルが固有能力も含む区別だとして【性皇剣】の効果対象になるのなら……
確かに稀少な能力を大量に得られる可能性は有るな)
勿論、簡単ではないが、不可能でもない。複写自体ランダムな為に選べないし相手の女性が持つスキルを事前に知る術も無いから、先ず狙い撃ちは出来無い。しかし、職業由来のスキルだったら同じ職業の女性を複数対象にすれば、確実にコンプ状態に出来る筈だ。その状態でなら間違い無く裏スキルを複写出来る。
つまり、多くの女性達と関係を持つ事が出来れば、俺は確実に強くなれる。
(問題は女性を口説くのは自力だって事だよなぁ)
アエラさんの場合は単に運が良かっただけ。同様に三人はアエラさん繋がりで話の流れに乗っかるだけで関係を持つ事が出来た。
多少、演技等をしていた部分は有ったにしろ、俺が自力で口説いた訳ではなくアエラさん達が思ったより積極的だっただけ。これが子供ではなく、15歳以上だったら同じ結果になった可能性は低いと思う。全く無いとは言わないけど。
そんなアエラさん達への感謝を含む想いを懐いて、別の女性を口説く。なんて罰当たりなのだろうか。
だが、生きていく為には避けられない。
《ステータス》
:オリヴィア・リクサス
(偽名:シギル・ハィデ)
年齢:10歳
種族:人族
職業:──
評価 強化補正
体力:EX +31
呪力:EX +13
筋力:G +22
耐久:G +16
器用:G+ +28
敏捷:G− +11
智力:G+ +21
魔力:G− +8
魅力:── +16
幸運:── +22
性数:── 4人
[スキル]
【剛撃】
攻撃命中時、通常の威力の3倍にまで瞬間的に強化。自身・武器に負荷は無し。効果の発動は任意。
【呪力回復量上昇】
呪力の回復量が通常よりも50%増加する。
但し、効果は自然回復時に限り有効であり、魔法薬等の使用時には適用外。
[裏スキル]
【不可侵の絶対乖離性域】
性行為を行う際、一部屋・或いは一定範囲内の空間を現世から乖離する。
空間内の事は外の存在には認識する事は出来無い。
対象の人数制限は無い。
対象となった者も認識する事は出来ません。
基本的には自動発動だが、任意発動に切り替える事が設定可能です。
但し、空間内にて一定時間経過以内に対象と性行為に及ばないと強制解除。
また、空間内の時流速度を変化させる事が可能。
空間内の時流速度は外での1時間が、内では5時間。最大連続稼働は3時間。
体感的に長いだけで実際の肉体時間は外に準拠する為急速に歳を取るという事は有りません。
【???】
【直感】
様々な事象に対し本能的に善し悪しを感じ取る。
但し、一定以上何方等かに傾いていないと対象外。
精度は智力・魔力・幸運に比例して上下する。