9、呪の発動
コンコン。ドアがノックされる。
ドアの前に立つのは白髪に執事服を着こなす初老の男性。
待つこと数秒。そのドアが人一人分開く。
中から顔を出したのは、メイド服姿の猫人の女性だ。
「ジェラルド様、わざわざお呼び立てして申し訳ございません」
猫人の女性は申し訳なさそうに言うと、男性を中に招き入れた。
「内密の話があると言われれば仕方あるまい。どうした、ダニエラ?」
部屋の中に入るなり口を開いたジェラルドだったが、その言葉を発した後、部屋の中の存在に気付き、一瞬動きを止めた。そして
「ルーク、ここで何をしているのだ?お嬢様に暇をいただいたのではなかったか?」
部屋の中にいたもう一人、黒髪の少年ルークに向かって話かけた。
「ジェラルド様、驚かせてしまい申し訳ありません」
ルークがそう言った直後、ダニエラがすぐ様言葉を繋いだ。
「実はジェラルド様、そのことでご相談したいことがあります」
「どうやら厄介ごとのようだな」
そう言うと、ジェラルドはダニエラに勧められた椅子に腰掛けた。
3人とも椅子に腰掛けた後、ジェラルドが口火を切った。
「詳しい話を聞かせてくれるかな?」
ジェラルドからの問いかけに、ダニエラが口を開く。
「その前に一つだけよろしいでしょうか、ジェラルド様」
「何かね?」
「はい、このことはどうかお嬢様には内密にしていただけないでしょうか?できれば、他の屋敷の者にも」
「理由は?」
現在の実質的な主に対して秘め事をするとなれば、当然理由は必要だ。だからこそ、ジェラルドはダニエラに対してその理由を問いかける。
「理由は最後に必ずお伝えいたします。ただ、最初にどうかお約束いただけないでしょうか?」
「まあ一般的に考えて、理由を言わずに約束しろというのは、少々理不尽過ぎだと思わないかな?」
職業柄か、はたまた年長者としてか、ジェラルドは穏やかな口調で聞き返す。
「しかし、長年共に公爵家に仕えてきたダニエラの頼みだ。約束しよう。お嬢様には内密にしておく」
その言葉に安堵したダニエラは、いよいよ本題に入る。
「ありがとうございます、ジェラルド様。実はご相談というのは、フロイデンベルクに続く森のことでございます」
ダニエラの口から出た固有名詞に、ジェラルドは一瞬息を呑んだ。
「なるほど、そのことか」
「はい、やはりジェラルド様はご存知でいらっしゃったのですね?」
この話し合いは、ダニエラが主導するようだ。ルークはずっと黙ったままだ。
「ああ、もちろん。あの方の消息については、常に公爵様と情報を共有しておるからな」
「そうでございましたか。…実は今日、ルークがその女に拘束されたのです」
「なんと…」
ジェラルドが言葉に詰まるのは、この部屋に来て3度目だった。
「今回はミーア様に偶然にも助けていただいたので何事もありませんでした。ただ」
言葉の途中でダニエラは一度姿勢を正し、そして話を続けた。
「あの女がこのお屋敷を、リアお嬢様を襲うようなことをすると思いますか?」
「どういう意味かな?」
聞き返して来たジェラルドに、「そのまま意味です」とダニエラは返した。
「うむ。あくまでも私の考えだが、あの方は公爵様に怨みこそ抱いていても、お嬢様や屋敷の人間に危害を加えるようなことはしないだろう」
「ルークを結界に閉じ込めたのにですか?」
「結界…。あの方がやりそうなことだ。恐らくあの方の戯であろう」
ダニエラはその返答を予想していたかのようだった。
「やはりそうですか。安心しました」
ジェラルドは、予期しない言葉が返ってきたため、腑に落ちない顔をした。
「では、ジェラルド様。あの女と話をすることはできますか?」
「なに?うむ、まあできないこともないが。しかしダニエラ、お主はいったいどんな話があるというのだ?」
「いえ、話をするのは私ではございません。ルークです」
「…!?ルークが?いったいどんな?」
ここにきてジェラルドの口調も多少乱れた。
「ジェラルド様、申し訳ありません。中途半端にお伝えすると、ご迷惑をおかけすることになると思われます故、何卒先に教えていただけませんでしょうか?」
相手が疑問に思うだろうことはダニエラも十分理解しているため、少しでも低姿勢でジェラルドにお願いをする。
「ああ、分かった。では、私が文を書いておこう。それを持っていけば話ができるだろう。ダニエラ、紙とペンを借りられるかな」
するとすぐさまルークが紙とペンを差し出した。
ジェラルドが紙になにやら書き込んでいる姿を見ながら、ダニエラが話しかける。
「ジェラルド様、いろいろご無理を言って申し訳ありませんでした。それでは全てお伝えいたします」
手紙を書き終わったジェラルドは姿勢を正した。それに呼応するように残り二人も姿勢を正す。
「実は、約3週間後、この屋敷が何者かに襲われます」
その言葉にジェラルドは目を大きく見開き聞き返す。
「何を言っているのだ?いったい誰に襲われるというのだ?それに、なぜそのようなことが言えるのだ?」
その質問をダニエラは予想していた。しかし、いざ答えようとすると、なぜか躊躇してしまう。彼女は一度目を瞑り、大きく深呼吸をした。そして心を決め、目を見開き、言葉を発した。
「ジェラルド様、実は私たちは」
そう言った時だった。
突然ジェラルドが苦しみだした。
胸を押さえ上半身を前に倒す。
呼吸がどんどん荒くなる。
そしてそのまま床に倒れ動かなくなった。
一瞬の出来事だった。
ダニエラとルークはただ立ち尽くしているだけだった。
一体何が起こったのだ?ルークは困惑した表情でダニエラを見た。
するとダニエラが呟いた。
「私のせい…なの?」
今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
お詫びなんですが、一つ前の話のタイトルのナンバリングを「8」と書くところを「9」と書いてました。
既にこっそりと直しました。
言うべきか言うべきでないか考えましたが、こういうのもありかと思い、言ってしまいました。
読んでいただいている方も増えてきているようなので、早くから読んでいただいた方への特別サービスということで。
ちなみに、お分かりだと思いますが、ジェラルドさんは寿命ではありません。