8、生贄の使用人
「お前がルークだな」
小柄な少女が抑揚のない声で言った。
突如現れた少女に、ルークは警戒を強めた。
「安心しろ。あの女はもうここにはいない」
どうやら少女は、ルークが警戒しているのは結界を張っていた女が原因だと思ったようだ。
「え、あ、あ、そうか。あの、助けていただいてありがとうございます」
少女の言葉で、やっと自分が助けてもらったことを自覚し、ルークは少女に礼を言った。
「状況が分かったのなら、さっさと行くぞ」
そういうと、少女は振り返り歩き始めた。
「あ、ちょ、ちょっと」
その姿を見たルークは、慌てて相手を呼び止める。
「あの、聞きたいことがいくつかあるんですが」
「なに?」
控えめに質問をしたルークに対し、少女は振り向きざま、無感情に聞き返す。
「えっと、まず、あなたは僕のことを知っているようですが、申し訳ありませんが僕にはちょっと覚えがないのですが。すみませんが、どちら様ですか?」
「覚えていないのか?」
もう一度思い出そうとするも心当たりが浮かばないルークは、「え?えーと、、、」としか答えられない。
「5年と193日前、公爵様のお屋敷。クラウス・コーネリウス様と一緒に」
「コーネリウス辺境伯様?5年前?・・・あっ、あの時のお連れの方!確かお名前は」
「ミーアだ」
「そう、そうでした。ミーア様。でも何でミーア様がここに?」
「依頼されたからだ」
「えっ?依頼ですか?どなたにですか?何の依頼ですか?」
ルークは安堵と疑問で矢継ぎ早に質問をしていく。
それでもミーアは変わらないペースで言葉を返していく。
「私は主からの依頼しか受けない」
「では、コーネリウス辺境伯様ですか。でも何で辺境伯様が僕を?」
「クラウス様はダニエラ殿の意を汲んだ」
「えっ、ダニエラ様?どうして、、、」
今朝のダニエラとのやり取りをルークは思い出した。
ベルシュタイン公爵に会いに王都に行く。これはダニエラが言い出したことだ。
それをミーアに話すと、
「公爵様は今、王都にいない。他の国へ行っていて、4週間帰らない」
「え、4週間帰らない!?それじゃあ、僕はどうすれば、、、」
「だから公爵様の家にお前を連れ戻せと」
計画が早くも挫折したルークは、落胆した表情を見せたが、そんな状況を無視してミーアが言葉を続ける。
「時間がない。早く行くぞ」
「え、時間がないって?何か問題が?」
「早くしないと、主を守れなくなる」
「???」ルークはよく分からないままミーアに連れられ帰路に着いた。
公爵家の屋敷までは早かった。ミーアが魔法を使ったからだ。
「只今戻りました、クラウス様」
公爵家の門前で待っていたクラウスとダニエラの近づき、ミーアはすぐに主に挨拶をし、後ろに控えた。
「ああ、早かったね。さすがミーアだ。ご苦労様。えっと、ルーク君だったね。久しぶり。僕のこと覚えているかい?」
「は、はいっ!コーネリウス辺境伯様!も、もちろんですっ。こ、この度は、いろいろとご迷惑をおかけし、も、申し訳ありませんでした」
ルークは普段話すことのない貴族との会話で、緊張しながら返答をした。
「まあこれも縁っていうやつさ。気にすることはないさ」
「も、申し訳ありません」
「まあそこは、ありがとうございますって言って欲しいかな。はははっ」
「も、申し訳・・・ありがとうございます!」
クラウスとルークのそんなやり取りを見ていたダニエラも改めてクラウスに言った。
「クラウス様、それにミーア様、今回は本当にありがとうございました」
「ダニエラさん、そんなに気になさらなくていいですから。まあそこまで言うのであれば、今度食事でも」
そう言いかけたクラウスだったが、背後から寒気がしたので途中で言葉を止めた。
そして、姿勢を正して再度口を開いた。
「じゃあ、僕たちはこの辺りで失礼させてもらいますね」
「クラウス様、ミーア様、本当にありがとうございました!」
改めてルークは感謝の言葉を口にした。そこに
「ルーク、あの森には近づかない方がいい」
と抑揚のない口調でミーアが言った。
「は、はい」といったルークの横から、ダニエラが口をはさんだ。
「ミーア様、どういうことですか?」
問いかけられたミーアは、クラウスに視線を向ける。
その視線を受け、クラウスは軽く頷く。
それを確認したミーアは再度口を開いた。
「あの女があそこにいるから」
会話の意味が分からないルークは、隣に立つダニエラの顔を見た。
するとダニエラはミーアの言葉に耳をピクッと一度反応させた後、目を見開いたまま立ち尽くした。
「まあ、そういうことだから。じゃあ僕らはこれで」
頃合いと判断したクラウスが、ルークたちに別れの言葉を告げ、馬に繋がれた天蓋付の客車に入っていった。
走り去る馬車を見送った後、ルークたちは再度ダニエラの部屋へと場所を移したが、部屋の主は終始何かを考えているようだった。
「ダニエラ様、どうしたのですか?」
様子が気になったルークは率直に尋ねた。
「ええ、ちょっと」と歯切れの悪い返答が返ってくる。
そして何やら考え込んだ後、ダニエラが再度口を開いた。
「ルーク、申し訳ないんだけどもう一度あの森へ行ってくれないかしら」
「え!?」ダニエラの言葉にルークは驚くしかなかった。
先ほどミーアから「近づくな」と言われたばかりの場所に行けと言われたのだ。
一体どういうことなのかと説明を求めると、ダニエラは一言だけ呟いた。
「あの女の餌食になってきてください」
今回もお読みいただきありがとうございます!
本筋とは全然関係ないところなんですが、ミーアはクラウスのことをどう思ってるんでしょうか?
微妙な想いを抱いているんでしょう、きっと。
一応設定は決めてはいるのですが、書いていると「どうなんだろうな~」なんて想像してしまいます。