7、囚われの使用人
既に太陽は傾きつつある。
颯爽と風を切りながら、黒灰の馬は森の中を突き進んで行く。
馬上の少年は、手綱に付いている徽章を見つめている。
公爵家の印であるその徽章は、少年にこれまでの10年間の記憶を呼び起こさせていた。
楽しかった時もあれば辛かった時もある。
それら全てがルークにとっていい思い出だ。
その思い出を壊したくはない。
自分が何とかしなければならない。
ルークは使命感に燃え、王都への道を急いでいた。
木々の間から覗く二つの光があることにも気付かずに。
森を抜けるとフロイデンベルク大平原が待っている。
そのフロイデンベルク大平原の先に、小さな街がある。
今日中にそこまで辿り着こうとルークは考えていた。
そして、少年を乗せた黒灰の影が森を抜け、草原へと突入しようとしたその時だった。
それまで耳に入っていたあらゆる音が突然消えた。
一定のリズムを刻む馬足の音、木々の葉が擦れ合う音、遠くから聞こえていた動物の声、それら全ての音が無くなったのだ。辺りは完全なる静寂に包まれた。
---------ん?なんだこの感覚は。
突然の無音の世界に、ルークは目眩を起こしそうになった。
また彼の馬も異変を感じたのだろう。自然とその足を止めていた。
ルークは警戒しながら辺りを見回す。
使用人として生きてきた彼には、当然だが戦闘経験などない。仕事の合間に、ジェラルドに剣の使い方を教わった程度だ。だから、こういう場合の最善の対処が分からず、緊張とともに周囲を見回すしかなかった。
すると、静寂の中に艶かしい声が響いた。
「あ〜ら、もしかして公爵のとこの坊やかしらぁ?まさかこんなところに一人でいるとはねぇ」
!?自分のことを知っている?まさか黒装束たちの仲間!?
冷や汗がルークの頬を伝う。
声の主を探そうと目を凝らすが、その姿は見えない。
しかし、その見えない相手はさらに声を発する。
「まあでも、ちょうどよかったわ。このまま一緒に来てもらうかしら。ふふふっ」
一緒に!?まずい!このまま連れて行かれるわけにはいかない!
ルークはとにかくこの場を離れなくてはいけないと感じ、馬を走らせようとした。
しかし、体が動かなかった。
ルークは何とか体を動かそうと全身に力を入れるが、金縛りにあったかのように1ミリも動かない。
「そんなに頑張っても無駄よ、坊や。あなたの動きは私が支配しているのだから。これから私の言いなりになってもらうからね。あの公爵の悔しがる顔が早く見たいわ。ふふふ」
完全にまずい状況になった。
公爵家を救うべく屋敷を発った自分が、逆に公爵家を危険に晒そうとしてしまっている。
何とかしなければ、何とかしなければ。
ルークは心の中でそう叫ぶも、体は自分の意思に反し全く動かない。
「悪あがきは止めた方がいいわよ。無駄に疲れるだけだから。あなたは既にカゴの中の鳥。この結界からは絶対に抜け出せない」
結界!?気付かない間に結界に閉じ込められていた。情けない!情けなさすぎる!!
公爵家を救うどころではない失態に、ルークは自分自身に怒りが芽生えて来た。
「坊や、あなたなかなか良いマナを持ってるわねぇ。是非私のために使ってほしいわね」
くそっ!くそっ!くそっ!
何とか動こうとするも結果は変わらない。
あの時を思い出せ!2度も経験したあの悲劇の夜を!
ルークは自分の力を解放したあの悲劇の夜のことを必死で思い出し、何とかしようと試みる。
しかし、
「そんなんじゃダメよ、ダメダメ。使い方がなってないわねぇ。ふふふ」
状況を打破することができず、ルークは徐々に焦って来た。
何とかしろ!何とかしろ!そう自分に言い聞かせるが状況は好転しない。
このままじゃダメだ、ダメだダメだダメだ!
うおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!
ルークは咆哮した。しかし、
「残念だったわねぇ。じゃあそろそろいいかしら?」
その時だった。
空気に亀裂が入っていく。
パリッ、パリッ、パリッ、パリパリパリパリパリッ!!!
隙間から光が差し込んでくる。
亀裂がどんどん大きくなっていくにつれ、ルークは自分の体が動くようになっていくのを感じた。
動く!体が動くようになっている!
そして、体が完全に動くようになった時、辺りは光に包まれていた。
助かった!?
光が落ち着きルークがそう思った時、目の前に小柄な少女が立っていた。
「お前がルークか?」
その少女は抑揚のない声で言った。
いつも最後まで読んでいただきありがとうございます!
3話ぶりに使用人が戻ってまいりました。
まあ、彼が主人公ですからね。
この物語はラブコメではありませんが、今回は年上系と年下系の女性が出てきました。
だから何だって話ですが。
すみません、ふと思ってしまったもので。(年上系と年下系の女性に挟まれる純朴な少年、なんて)
もちろん、そういう方向には進みませんので悪しからず。
何だか完全に明後日の方向にいってしまった後書きで申し訳ありません。
ですが、次話はまじめにいきますので、引き続きお読みいただければと思います!
ああ、本当にこの後書きは申し訳ありません。