6、不在の主
リア・ベルシュタイン、17歳。
ヴァーニア王国の要人ベルシュタイン公爵と、かつて栄えたアルヴィスの森のエルフ族令嬢を母親に持つ才色兼備の美少女。誰からも愛される性格の持ち主でもある。
その家柄と見目麗しい容姿により、父親であるベルシュタイン公爵の元には縁談の申込が絶えない。
そのことに対し、やっかみを持つ者も少なくない。
しかし、そんなことで命を奪おうとするだろうか?
ダニエラは公爵家を襲う可能性のある人物について考えていた。
すると、トントンという音が彼女の思考を遮った。
「ダニエラさん、いらっしゃいますか?クラウス・コーネリウスです」
ドアの向こうから届いた久しぶりに聞く声に、彼女はビックリした。
「クラウス様?今ドアを開けますので、少々お待ちくださいませ」
ダニエラは慌てて身なりを正し、ドアを開けた。
「ダニエラさん、お久しぶりです。いや〜、相変わらずお綺麗ですねぇ」
部屋に入って来た男は、ダニエラの顔を見るなりすぐ様口を開いた。
「クラウス様、お久しぶりでございます。お出迎えをする準備をしておらず、誠に申しわけございません」
「いえいえ、こちらが急におしかけてしまったのですから、お気になさらずに」
「すぐにお茶のご用意をいたしますので、客間へご案内いたします」
ダニエラはそう言うと、二人の客人を別室へと誘おうとしたが、
「ダニエラさん、できればここの方が色々と都合がいいんですけど」というクラウスに訝しむ表情を見せた。
「いや、そんなに怪しまないでください。襲ったりしませんから。というか、襲えませんし」
そう言ったクラウスは、後ろを見た。そこには無表情でクラウスに冷たい視線を送る少女の姿があった。
クラウスは後ろ手で部屋のドアを閉め、話を続けた。
「実はですね、今回はリアお嬢様との会談の他に、ちょっと別の要件もありましてね」
「別の要件、でございますか?」
「そうなんですよ。とある方から、リアお嬢様の近況を調べて来てほしい、という依頼を受けたんです」
「お嬢様の近況!?」
クラウスの言葉に、ダニエラは全身に緊張が走った。
この時期にお嬢様の近況を調べるなんて、タイミングが良すぎる。
もしかしたら屋敷を襲う人物の仲間かもしれない。
そう考えたダニエラが、返答に対する言葉を選んでいると、クラウスが笑みを浮かべながら続きを話す。
「ああ、すみません。そんなに警戒しないでくださいよ。実はその依頼をして来た方というのは、ヘクトール様なんです」
クラウスのその言葉に、ダニエラは目と口を同時に開いてしまった。
しかし、すぐ様姿勢を正し聞き返す。
「ご主人様がお嬢様の様子を、でございますか?」
意図が理解しきれていない様子のダニエラに、クラウスが説明する。
「ええ、ヘクトール様は急遽国外に行くことになりましてね、4週間ほど帰ってこられないからリア様の様子を見ておいてほしい、と私に託されたんですよ。ほら、僕が今日ここに来ることが既に決まっていたことでしたから」
「え?ということは、今ご主人様は王都にいらっしゃらないんですか!?」
ダニエラは先ほど以上の驚きを見せた。
「ん?ヘクトール様が王都にいないと何かまずいんですか?」
しまった!とダニエラは心の中で思った。
屋敷を襲う集団の首謀者が誰であるか判明するまでは他の人間に詳細を話すのはやめよう、とルークとそう決めていたのだ。
「もしかして、あれですかね。黒灰の馬に乗った使者」
気付かれてる。
仕方ない、と判断したダニエラは表情を繕いながら説明した。
「ええ、そうでございます。もうすぐ17歳になる下男がおりまして、日頃からよく尽くしてくれているので、洗礼を受けさせてあげられないかご主人様に上申しようと思ったのでございます。」
ダニエラは咄嗟の思いつきを言葉にした。
「なるほど~。それでその本人に行かせたわけですか」
そこも気付いているのか。
思いがけないクラウスの返答に、ダニエラは服の下では冷や汗が流れていた。
「ええ、もちろん彼には書簡の中身までは伝えておりませんし、せっかくの機会なのでご主人様の側にいる時間を作ってあげようと思いまして」
「なるほど~、彼はそんなに好かれているんですね。17歳になる子というと、ルーク君ですか、その彼は?」
ダニエラは、そうでございます、とだけ答えた。常に先を読まれている状況に、動揺を隠すので精一杯だったからだ。
「だったら」クラウスは手を叩いた。
「我々がルーク君を呼び戻して差し上げましょう!」
え?ダニエラにとっては驚きの提案だった。
しかし、このままルークが王都に辿り着いたとしても完全な無駄足だ。
だったら、こちらに呼び戻して、別の方法を考え流必要がある。
そうしなければ、あの悲劇をまた経験することになってしまうのだから。
とはいっても、もう一人王都に向かわせるには、屋敷の状況的にも不可能だ。
思考を巡らしたダニエラは、その提案を受けるしかいと判断し、お願いします、とだけ答えた。
「あ、もし内密にということであれば、そこも協力いたしますのでご安心を」
笑顔で話を進めるクラウスは、すぐさまミーアの方を向いた。
「じゃあミーア、頼むよ」
無表情の少女は、一瞬だけ目を細め頷いた。
今回も読んでいただきありがとうございます!
気付いたら評価をいただけていたようで、こちらも併せてありがとうございます!
この話は別目的で書いているのですが、やはり評価をいただけると嬉しい限りです
次話から、また使用人が登場予定ですので、引き続きよろしくお願いします!