28、マイドラゴリア
「おはよう、ルーク」
小鳥の囀る朝、木漏れ日が差し込む庭に、爽やかな声が響く。
庭で作業をしていた黒髪の少年は、その癒すような声がした窓へと体を向けた。
そして、窓からこちらを見るハーフエルフの少女に向けて言葉を返す。
「おはようございます、リアお嬢様」
「今日くらい働かなくてもいいのではないですか?」
「いえ、そういうわけには…」
「でもね、そうも言っていられないようですよ」
リアはルークの後方へと視線を移した。
ルークもつられて視線を動かした。
するとそこには、公爵家の人たちが皆で歩いてくる姿があった。
「ルーク、昨日は助けてくれてありがとう!」
まず最初にダニエラが口を開いた。
「ダニエラ様、お怪我の方はもう大丈夫なのですか?」
「ええ。ミーア様の治癒術のおかげで、もう傷も塞がりましたから」
「いや、でももう少し安静にしていた方が…」
「それを言うならルーク、あなたの方でしょ。昨晩はずっと一人で戦ってたんでしょ」
昨晩の公爵家を襲撃した黒装束達との戦いについては、リアとクラウスから公爵家の全員に伝えられている。
「私を助けてくれたのも、お屋敷の人たちを助けてくれたのも、全部ルークのおかげだって聞きましたよ。だからあなたこそ、今日はゆっくり休んで下さい」
「あ、いや、ダニエラ様…、僕は一人じゃ何もできなかったんです。自分の気持ちだけで突き進んで、一人で全部やろうとして、それで失敗して…」
ルークは下を向きながら話していたが、「でも」とダニエラが言葉を挟んだ。
「頑張ってくれたのはあなたですよね。最終的にお屋敷を救ってくれたのはあなたですよね」
ダニエラは微笑みながらルークの顔を見て言った。
「…いえ」ルークは顔を上げた。そして
「屋敷を救ったのは僕ではありません。皆さんの力です。僕一人の力では何もできませんでした。でも、お嬢様やクラウス様、ミーア様、グリシナ様、そしてダニエラ様、皆さんがいたから僕は戦えたんです」
「え、私?私は怪我をして、逆にあなた達に迷惑をかけてしまっただけで…」
「いえ、そうじゃないんです。ダニエラ様にも…」
3回目のループで、という言葉はルークは飲み、
「本当にいろいろ助けていただいたんです」
と代わりに付け足した。
「ルーク、あなたは自分でいろいろ思うところがあるのでしょうが、私たち全員はあなたがこの屋敷を救ってくれたと思っています。ええ、私たちの中ではそれが事実なんです」
そうよルーク!とその場にいる人たちが口々に言う。
「皆さん…、僕は一人でできるって勘違いをしていたのに…それなのに…」
ルークは申し訳なさそうな表情で言葉を捻り出していると、
「でもね、ルーク」とリアから声が発せられた。
「私も同じでした。最初は私も自分一人で、って思いました。多分あなたよりも沢山」
その言葉にルークはハッとした。
リアの苦しんだであろう日々が頭に浮かんだ。
「で、私もやっぱりダメだったんです。何回も失敗した。だから、あなた達と一緒に頑張りたかったんです」
リアはルークの目を見て言った。
ルークはリアの苦しみや想いを想像し、目頭が熱くなった。
「そしてあなたも、クラウス様やミーアさん、ダニエラや私たちと協力して想いと一つにして、襲撃者たちを倒したのではありませんか」
「お嬢様…」
「ルーク、あなたは皆と協力をして敵を倒したのですよ」
自分の不甲斐なさ、リアの苦しみ、リアからかけられた優しさなど、様々な感情がルークの中で入り乱れ、気付いたら目から涙が落ちていた。
「ルーク、私たちは皆、あなたに感謝しています。ありがとう!」
リアのその言葉がきっかけとなり、ルークの目からは次々と涙がこぼれ出した。
「お嬢様、皆さん、本当にありがどうございまず…」
ルークは顔をくしゃくしゃにしながら言った。
「ルーク、それはこっちのセリフですよ!」周りから口々に言葉が発せられた。
「いや〜、何だか完全に入り損なっちゃった感じだね、ミーア」
ルーク達から離れたところでクラウスは隣に立つ少女に言った。
「いいえ、クラウス様。そもそも今は我々が入るべき時ではありません」
相変わらず抑揚のない話し方でミーアは言葉を返す。
「おやおや、ミーアにそんなことを言われるとは思ってもみなかったよ」
クラウスは微笑みながら言った。
「まあ、入りそこなったのは僕らだけなじゃいみたいだけどね」
クラウスは屋敷の裏手にある森の方を見て言った。
その視線の先では、紫紺の髪が木々の間に消えていくところだった。
「体をいただくのは、また今度にしておいてあげるわ」そう言い残して。
そして、その翌日。
「クラウス様、ミーアさん、いろいろとありがとうございました」
公爵家の応接室で、リアとルーク、そしてクラウスとミーアが再び向かい合って座っていた。
「いえいえ、こちらこそ2日間も厄介にならせていただき、感謝しています」
リアの言葉にクラウスは丁寧な言葉で返す。
「そんな、これでもお二人には感謝し足りないぐらいで…」
「いえ、いいんですよ。それに準備もおありでしょうから」
その言葉にルークが聞き返す。
「準備?」
「そうさ。もちろん君も行くんだよね」
「え?どこにですか?」再度聞き返す。
「どこにって、忘れたのかい?リア様は王都に呼ばれているじゃないか」
「あ!」
ルークは大きく口を開けた。
屋敷の襲撃のことで頭がいっぱいで、そのことを完全に忘れていたのだ。
クラウスは笑みを浮かべながらリアの方に向き直る。
「リア様、3日後にまたお迎えに上がります。ですので、今回はこれで一旦失礼いたします」
その言葉を合図に、そこでの会話は終了し、クラウスとミーアは屋敷を発った。
二人を見送りながら、リアはルークに告げた。
「ルーク、本当にいろいろありがとう。それに、これからもよろしくお願いします」
「お嬢様…。はいっ!こちらこそ、よろしくお願いします!」
「頼みますね、私の英雄さん!」
これで第1章完結です。
ここまで駄文にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
一旦、完結設定にさせてもらいます。
2章以降の予定はまだ立てていませんが、一応書こうと思っています。
ただその際は連載設定に戻しますが、タイトルを変える可能性もあるので、もし良かったらブックマークをしておいていただけると嬉しいです。
とりあえず明日からは新作を投稿する予定です。
タイトルはまだ確定していないんですが、勇者に顎で使われているおっさんは実は最強の暗殺者だった、的な感じになると思います。
今回のとは大分毛並みの違うものになると思いますが、もしそれらしきものを見つけたら、読んでいただけると嬉しいです。
それではまた