27、一緒にいる
振りかざされた剣がリアに向かっていく。
クラウスもミーアもそしてルークも、今から動いたのでは間に合わない。
ルークが再び絶望に包まれる寸前だった。
視界に何かが飛び込んできた。
何だ!?
気付いた時には、地面に二人の人物が倒れていた。その下の地面を赤く濡らして。
それは二人の女性。
片方がもう一人に覆いかぶさるように倒れている。
一人はリアだ。
下側で仰向けに倒れている。
覆いかぶさっているもう一人は?ルークは目を凝らした。
見覚えのある耳、そして尻尾。
そう、それは猫人のメイド長、ダニエラだった。
「お嬢…様…、だ…大丈夫…です…か?」
リアは覆いかぶさっているダニエラの顔を見た。
「ダニエラ!どうしてあなたがここに!?え?あなた怪我を…!?」
そしてリアは上半身を起こし、ダニエラの肩を抱く。
ダニエラはリアの膝の上に乗っている格好だ。
「よかっ…た、間に合っ…て」
ダニエラは息も絶え絶えに言う。
「ダニエラ!ダニエラ!」
リアは彼女の名前を叫ぶ。
その時、再びあの声が響いた。
「二〜人まとめて、あの世に行きなさ〜い!」
ピエロの剣士が再び剣を振り下ろしてきた。
しかし、今度はクラウスが間に合った。
「そうはさせないよ」
彼はピエロの剣士とリアの間に素早く体を滑り込ませた。
そして、振り下ろされた剣を自分の剣で受け止める。
「くぅ~!さ〜っきから、あなたは邪魔ば〜かりしま〜すね!」
ピエロの剣士は語気を強めて言う。
「そりゃあ、レディを守るのが僕の役目だからね」
クラウスは相手と剣を交差させながら言い合う。
「ま~あいいわ!あなたとの勝負はま〜た今度。今はやることがあ~るから!」
そう言うと、ピエロの剣士はクラウスの剣を弾き後ろへ飛んだ。
「さ〜あ、我が僕たち。やってしまいなさ〜い!」
ピエロ剣士のその言葉を合図にするかのように、再び黒装束達が湧いて来る。
そしてクラウスとミーアを取り囲んだ。
さっきよりも明らかに数が増えている彼らに、死を恐れる様子はない。
一斉に襲いかかる黒装束達を相手に、クラウスとミーアも反撃を開始する。
能力値で勝る二人は黒装束達を倒すも、数が多すぎてなかなか前に進めない。
逆にリアたちから遠ざけられている。
相手の作戦に嵌ってしまった。
思わぬ事態に焦るクラウスとミーア。
クラウスは戦いながらも全体を見ていたのだろう。
黒装束達を剣でなぎ払いながら、ルークに向かって叫んだ。
「ルークくん、こいつらは僕らが引き受ける。だから君はリア様を!」
傷ついた肩を抑えながら立っていただけのルークは、クラウスの声にハッとした。
リアの方へとピエロの剣士が近づいていたのだ。
それを見たルークは肩を庇いながらすぐさま駆け出した。
しかし距離はなかなか縮まらない。
既に相手は、リアまで後数歩の距離にいる。
(頼む!間に合ってくれ!)ルークは強く念じながら走るが、体がいうことを聞かない。
これまでのダメージが大きいようだ。
絶対駄目だ!お嬢様を傷つくのはもう駄目だ!自分勝手と思われてもいい、でもお嬢様を危険にはさらしたくない!
ルークは己の体に鞭を打って、何とか前へ進もうとする。
しかし。
既にピエロの剣士はリアの背後に立っていた。
彼の眼下には、倒れるダニエラと彼女を抱きかかえるリアの姿がある。
ようやくリアは自分を見下ろす存在に気付いた。
そして何かを悟ったような顔になる。
その直後、リアとダニエラ目掛けて再び剣が振り下ろされた。
それと同時に、リアはルークの方を向き、口を開いた。
「また次もあなたと一緒に…」
ルークは目を見開く。息が止まる。絶望が襲う。
(これで何度目だ…これで何度目なんだ!!)
「やめろおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!」
ルークは悲痛な叫びを放った。
その叫び声と同時に、己の内側から黒い靄が吹き出すのを感じた。
胸から、肩から、腕から、手の先から、足の先から。
あらゆるところから何かが溢れ出る。
それは際限なく、濁流のように流れ出てくる。
内から外へ。
マグマのように。結界から放たれた亡霊のように。
そのルークの異変に、その場にいた全員が刮目した。
ピエロの剣士、黒装束達、クラウス、ミーア。
リアに向かって振り下ろされた腕も止まっている。
その中で、この異常事態にいち早く気付いたのは、やはりクラウスだった。
「ルークくん!駄目だ!自分を抑えろ!」
しかしその声はルークには届かない。それでも
「それは使っちゃいけない力だ!目を覚ませ!ルーク!」
ひたすらクラウスはルークに向かって叫び続ける。
「ルーク!止まれ!リア様の顔を見ろ!」
クラウスの放った最後の単語に、ルークの体が一瞬反応した。
「リア…お嬢…様…」小さく呟いた。
そしてルークは焦点の定まらない目で、リアの姿を捉えた。
そこには、ルークに向かって微笑むリアがいた。
その笑みは、いつもルークに見せる微笑みと全く同じもの。
いつもいつも見せてくれる笑み。
どんな時でも変わらず見せてくれる笑み。
ルークは気づくとリアの言った言葉を思い出していた。
『皆のことを見てあげるべきなんじゃないかって思ったの』
『皆には本当に感謝しかないの、私は』
『これからずっと私は皆のことを見続けていこうと思ったの』
そうだ、リアお嬢様は皆のことを見続けていたいと思っていたんだ!
いつも皆と一緒にいたいと思っていたんだ!
だから、だから僕はお嬢様を一人にしてはいけなかったんだ。
例え危険な状況であろうと、彼女を一人にすべきじゃなかったんだ。
ルークはようやくリアの気持ちが理解できたのだった。
「お嬢様…僕は…、僕は…」
消えそうな声で呟くルーク。
「僕は…、僕はあなたと…」
なんとか声を出すルーク。そして、最後に声を振り絞った。
「僕はあなたと一緒にいる!!!」
すると、ルークの体から溢れ出していた黒い靄がどんどん収束していく。
黒い靄はルークの体に戻っていく。時間を巻き戻すかのように。
そして、体全体が黒い光の幕で覆われた。
「ルークくん、制御できた…のか?」クラウスが呟く。
ルークが力を制御できたのかどうかは誰にも分からない。
ただ一つだけ言えるのは、ルークの目には光が戻っているということだった。
黒い光の幕で覆われているルークは、静かにピエロの剣士の方へ体を向けた。
全員その様子をじっと見つめている。
ルークは右手を正面に突き出した。そして口を開いた。
「あなたの存在は許さない」
すると黒い光がルークの手のひらに集まっていく。
「この場から消えて下さい!」
そうルークが叫んだ瞬間、右手から黒い光が放たれた。
その光は真っ直ぐにピエロに向かって突き進んで行く。
目を見開くピエロは、体を動かすことができず、その場に立ちすくんでいる。
黒い光はピエロを包み込む。
その体を完全に覆い尽くす。
そして、その場から存在ごと吹き飛ばした。
それを見届けたルークは、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「ルーク!」リア、クラウス、ミーアがそれぞれ叫ぶ。
しかしルークは返事をしない。
リアは血を流すダニエラを抱え、その場を動けない。
クラウスとミーアは、残った黒装束達を相手にし、その場を動けない。
「ミーア、一先ずこいつらを片付けるぞ!」
クラウスはミーアに声をかけ、戦闘を再開する。
主を失った黒装束達の動きは、先ほどまでとは完全に別物だった。
一瞬で決着はついた。
公爵家を襲撃するものは、この場から全ていなくなった。
そして、リアとルークの長い3週間が明けた。
今日も最後までお読みいただきありがとうございます!
屋敷の戦いも一段落となる予定です。
でも、まだ続きはあります。