25、二人の想定外
目の前から突然ルークが消えた。
ルークのいた場所には紫色の魔道具があるのみ。
誕生日パーティの会場にいたリアは何が起きたのか分からなかった。
ルークがいなくなってしまった。
もうすぐ黒装束達がこのパーティ会場に来てしまう。
これまでとにかく前向きに考えて来たリアだったが、緊張感が高まっている中の異常事態で、どうしていいか分からずただ立ち尽くすのみだった。
「ルーク、もう時間がないの…。いったいどうしてしまったの?」
ルークがそれまでいた場所を見つめながら、リアはそう呟いていた。
そこに後ろから声がかけられた。
「お嬢様、そろそろルークに挨拶をしてもらう時間かと」
その声の主はダニエラだった。
しかしダニエラの声はリアには届いていないようだった。
「お嬢様?リアお嬢様?」ダニエラは再度リアの名前を読んだ。
その声にようやく気付いたようだ。
リアはハッと目を見開いた。
「お嬢様、大丈夫ですか?あの、そろそろルークに」
ダニエラの言葉に、リアは「え、ええ」と答えただけだった。
何か様子がおかしいと思ったダニエラは、リアの視線の先に目を向けた。
「あら、それはもしかしてコリーナ様が作られたものではありませんか?以前に見たような記憶があります。でも何でこんなところに?」
そのダニエラの言葉に、リアはえっ?と驚き、そして聞き返す。
「ダニエラ、これはコリーナ叔母さまの物なの?」
「ええ、見覚えがありますし、それにあの方は何でも紫色にする癖がありますから」
「まさか…。ああ、何てこと…」
リアはその言葉を発するとともに、その場を駆け出した。
「お嬢様!」ダニエラはリアを呼び止めようとするも、リアはパーティ会場を飛び出して行ってしまった。
他の使用人達は何事が起きたのかと一斉に注意を向けたが、ダニエラが「大丈夫です。ちょっと足りないものがあったみたい」とその場を取り繕う言葉を発した。
しかしリアをこのまま放っとくわけにもいかないダニエラは、リアの後を追いかけた。
辺り一面、炎の海。
紫闇魔導の契約する聖霊によって放たれた業火が全てを焼き尽くしている。
ここは結界の中、相手は動くことができず地獄の炎をその身に受けているはず。
これでピエロの剣士を倒した。
残るは下っ端の黒装束のみだ。
何とかなるぞ!
ルークがそう考えていた時だった。
一筋の風が吹いた。
その不可思議な出来事をルークは即座に理解できなかった。
なぜなら、それはあり得ないことだったからだ。
ルークが支配する結界の中で、彼が意図しない動きが発生するはずはないのだ。
すると、再度風が吹いた。
今度はまっすぐルークの方へ向かってくる。
「!?」
ルークが気付いた時には遅かった。
それは風ではなく、斬撃だったのだ。
地面と垂直方向の斬撃がルークの目の前に迫っている。
「まずい!」
脳が認識する前に体は動いていた。しかし、
気付いた時には後方に吹き飛ばされていた。
ルークは月を見上げる形になっている。
一瞬の出来事でルークは理解が追いついていない。
「何だ?何が起きたんだ?」
状況を把握しようと起き上がろうとしたが、「くっ!」ルークの左肩に痛みが走った。
よく見ると左肩から下が真っ赤に染まっている。
先ほどの斬撃を躱しきれなかったのだ。
そこに、
「お〜ほっほっほっほっ!あなた、なかなかや〜りますね!」
フザけた声が辺りに響いた。
「ま、まさか…」ルークは反射的に呟く。
「久〜しぶりですよ〜、こんなに楽し〜いのは。でもね〜ぇ、そろそろ時間がな〜いんですよ。だから、この辺でお遊びは終〜わりにしますね!」
燃え上がる炎の向こうから人影が見えて来た。
今この場に絶対に居てほしくない存在だった。
白塗りの顔にピエロの衣装の剣士。
ルークの顔から血の気が引いていく。
(まずい!まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!)
(先ほど攻撃を受けたことにより、既に結界は解かれている)
(再度結界を張るにも、左腕を怪我している状態では難しい)
ルークの目は完全に見開いており、焦点があっていない。
前回の失敗を踏まえ、入念に計画を立てて来たルークだったが、相手の強さは想像以上だった。
(絶対にリアを守ると誓ったんだ!)
(もう絶対にリアを死なせないと誓ったんだ!)
しかし目の前の現実は、ルークのその誓いを無に帰そうとしている。
もはや今のルークの頭には、絶望しかなかった。
圧倒的存在の前に身動きを取ることもできない。
そして遂に、ルークの鼻先に剣が突き付けられた。
「さ〜あ、恐怖しなさ〜い!もっともっとも〜っと恐怖しなさ〜い!はっ〜はっはっはっはっはっはっはっ!」
ピエロの剣士は、完全に狂気に満ちて居た。
相手が恐怖するのを楽しんでいる。
怯えるのを楽しんでいる。
殺すのを楽しんでいる。
「う〜ん、いい顔で〜すねぇ。それじゃ〜あ、そろそろいきま〜すか!さよ〜ならでぇす!」
ピエロの剣士は右腕を振り上げた。
その腕が頭上にまっすぐ伸びたところで一度動きを止め、これ以上無いくらい不気味な笑みを浮かべた。
そして、その腕が振り下ろされた。
目を瞑るルーク。
(お嬢様申し訳ありませんでした。また僕は失敗してしまいました。またあなたを守れませんでした)
心の中でそう呟いた。
長いようにも短いようにも感じられた時間が経過し、ルークは再び目を開いた。
(今までのことをちゃんと覚えている、またループできたんだ)そう思った。
しかし、目に入って来たのは、夜空に浮かぶ月と星たち。
(え?さっきと変わらない)
ルークはすぐに右腕だけで起き上がった。
そして顔を上げた時、声がかけられた。
「ルークくん、何かあったら知らせてくれって言っただろう!」
そこには、ピエロの剣士と相対している群青色の髪の貴族の姿があった。
「クラウス・コーネリウス辺境伯様!」
「その呼び方はやめてくれっていっただろ。それに僕だけじゃないからね」
横に視線を移すと、背の低い少女が黒装束たちを牽制している。
「ミーア様!」
「少し休んでいろ」抑揚のない声が飛んで来た。
「まあそういうこと。ここは僕らが良い格好をさせてもらうよ!」
そう呟いたクラウスとミーアは戦闘を開始した。
今日も最後までお読みいただきありがとうございます!
いよいよ屋敷の戦いもクライマックスに突入です。
クラウスがどんな戦いをしてくれるのか僕も楽しみです。
とうことで、引き続きお読みいただけると嬉しいです!