23、5度目の夜
クラウス・コーネリウス辺境伯との会談では、リアが近いうちに王都に行くと言う情報を得たのみで、黒装束達についての情報は見つけられなかった。
そして3週間の時は流れた。
「お嬢様、ただいま戻りました」
紫闇魔導のいる森から帰還したルークは、リアの元を訪れた。
「特訓の成果はいかがですか?」
「はい、2度目ということもあり、かなり順調に進みました」
ルークはリアの目を真っ直ぐ見つめ、そう言った。
紫色のローブを羽織ったその姿からも、一回り成長した様子が伺えた。
そんなルークを見て、リアは笑顔で言った。
「そうですか!じゃあ遂に先へ進めそうですね!」
「はい、必ず。必ず僕がお嬢様を明日へお連れします!」
力強く言ったルークの顔は、鬼気迫るものがあった。
そして、いよいよ運命の時刻がやって来た。
「ルーク、誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」「いや〜、めでたいめでたい!」「おめでとうございます!」
リアの発声に続き、方々から祝いの声が上げられた。
そして、
「本当におめでとう!あなたがここに来た頃が懐かしいわね」
ダニエラがルークの元へやって来た。
「ダニエラ様…」
ルークは複雑な気持ちだった。
前回のこの場には、彼女と二人で作戦を立てて臨んだのだ。
結果は失敗に終わってしまったが、この屋敷を守ろうという意志で協力をした仲間だった。
しかし今、彼女はそのことを知らない。
これから自分たちが襲撃されることを彼女は知らないのだ。
前回はルークの不用意な発言のせいで、ダニエラは昏睡状態に陥ってしまった。
だから、ループ時のリアの力が働かなかったのだ。
他の人が知らない記憶を共有した間柄。
自分が挫けそうになった時に励ましてくれた存在。
でも今は、そのことを知っているのは自分だけ。
だから。
だから自分が何とかしなければいけない。
リアをこの苦しみから解放させてあげるだけではない。
今は何も知らないダニエラに恐怖を感じさせてしまうのも防がなければならない。
ルークは自分の中で、改めて決意をした。
「ルーク?どうしました?」
ダニエラに声をかけられていることに気づき、ルークは我に返った。
「あ、すみません。ちょっと考え事をしてしまっていて。ダニエラ様、今日はありがとうございます!」
「いえ、ついにルークも17歳ですからね。これからもよろしくお願いしますね!」
「はい、ダニエラ様!」
その頃、公爵家へと続く道で小さな爆発があった。
道端に倒れる人影。
そこにさらに迫り来る複数の人影。
フードを目深に被った人物に、複数の影が襲いかかる。
その人物は軽い身のこなしで、相手の攻撃を次々といなしていく。
一対数十。
数的に圧倒的に不利な状況にも関わらず、フードを被った人物は怯む様子はない。
複数の影はその人物を囲むように陣取る。
逃げられないように、全方向から攻撃をするつもりだ。
そして、その人物に向かって影達が一斉に動き始めた時、フードを被った人物の声が大きくなった。
聞こえてきたのは男性の声。
その男は、影達に囲まれているその時、既に詠唱を始めていたのだ。
そして、その男は言い放った。
「ウェルテクス!」
次の瞬間、その男を中心とした旋風が巻き起こり、襲いかかろうとした影達は一斉に後方へ弾き飛ばされた。
次々に背中から地面へと落ちて行く影達。
魔法を放った男は、紫色のローブを風に靡かせながら、残っている影達に視線を向けた。
「ルーク、大丈夫ですか?」
リアは、パーティ会場で椅子に座り体調が悪そうにしているルークに声をかける。
「あ、お嬢様。申し訳ありません。この後のことを考えていたら、少し気分が悪くなってしまって」
「ルーク、大丈夫ですよ。あなたはこの3週間、コリーナ様の元で特訓をして来たのですから。それに私も密かに弓の特訓をしてきましたから!」
その言葉にルークは驚いた表情を見せた。
「え!?いや、お嬢様に危ない真似はさせたくありません。僕が何とかしますから、お嬢様はできる限り安全な場所にいてください!」
「いえ、そういうわけにはいきません。ルークがせっかく頑張ってくるのですから、私も少しでも力になります!それに、このお屋敷の人たちを守りたい気持ちは、私も一緒ですから」
「お嬢様…。分かりました。もしもの時はお願いします。でも極力安全な場所にいて下さい」
リアの覚悟に、ルークは観念したように言った。
しかし、(大丈夫、絶対にそんな状況にはさせない!)と心の中でルークは言った。
月に照らされる街道沿。
フードを被った男は、黒装束の影達と相対している。
倒しても倒しても湧き出てくる影達。
「ヒエムス!」「フルメン!」
打ち付ける氷雪、ほとばしる光雷が次々と影を減らしていく。
既にその場には、倒れた影達の山ができている。
しかし未だかなりの数が周囲に控えている。
そこに、この場には似合わない声が響いた。
「おやお〜や〜、皆さんま〜だこんなところにいたので〜すか?」
そう、そこには顔面白塗りでピエロの衣装を身にまとった剣士が立っていた。
「ようやく出て来たな」
フードを被った男は呟いた。
「ほ〜お、わたしが来るのが、分か〜ってたみたいですね。あなた、どなたで〜すか?」
「名乗るほどのものでもない」
「お〜。それ、一度は言〜ってみたいセリフですね!ん〜ん、か〜っこいい!でもね、時間がな〜いのですよ。そこをど〜いてもらえませんか?」
「断る」
「ほ〜お、邪魔をす〜るんですね。ということは、分か〜ってますよね」
「ああ、あなたを倒す!」
そう言った瞬間、フードを被った男は懐から小さなの塊を数個、立て続けにピエロの剣士に向かって投げつけた。
勢いよく飛んでいくも、全て相手の剣に弾かれた。
「こ〜んな攻撃で私を倒せると〜でも?お恥ずかし〜ったらないですよ!」
「当然、そんな風には思ってませんよ」
フードを被った男はそう言うと、素早く詠唱を始めた。
そして、言い放った。
「アビス!」
その瞬間、辺りが黒い靄に包まれた。
ピエロの剣士も、周りにいた黒装束達も動きが止まった。
「前回よりも強力な結界ですよ」
フードを取った男、ルークはそう呟いた。