18、三度目の力
ここまで共に戦って来た仲間だった。
一人では多分ここまで出来なかっただろう。
恐らく途中で挫けていたと思う。
打ち明けられない悩みを共に共有できる人だった。
そんな存在がいたから自分はここまで来られた。
ダニエラは、それだけルークにとって大切な人だった。
そんな大事な人が目の前で殺された…
ルークの頭が真っ白になっていた。
耳には何の音も入ってこない。
目には何の映像も入ってこない。
ただ無防備に立ち尽くすだけ。
今から一人で戦えるのか?
今のルークには、もう自信がなかった。
たった一人だけで戦っていく自信がない。
仮に目の前の敵を倒せたとしても、その後一人でやっていけるのか…
もう殺られてもいい。
そう思った時、再び音と映像が意識内に戻ってきた。。
迫り来るいくつもの黒い影。
それと同時に、倒れていく黒い影。
「ルーク!大丈夫ですから!」
すぐ隣から声がする。
「ルーク!私があなたを守ります!」
誰かが隣で叫んでいる。
誰かが黒装束と戦っている。
誰かが。
誰か。
誰?
!?
そうだ!
ルークはそこで完全に意識を取り戻した。
「リアお嬢様!」
「ルーク!大丈夫ですか?」
リアが弓矢を放ちながら、ちらっとルークの方を視認した。
「申し訳ありません。お嬢様は大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。ダニエラのことは残念です。ですがルーク、気を確かに!」
弓をつがえながらリアは続ける。
「あなたはまだ生きているのです!生きてくださいっ!でないと、私はまた一人に…」
お嬢様…。リアを見つめるルーク。
そんなルークにリアが懇願するような目で言った。
「ルーク…どうか私を一人にしないで下さい!」
そうだ!
僕はリアお嬢様を守るために頑張ってきたんだ。
そのためにダニエラ様と…。
だからこれは、絶対にやり遂げなきゃ駄目だ!
必ずお嬢様を守るんだ!
「お嬢様、大丈夫です!絶対に一人にはさせません!僕がお守りします!」
ルークは体の奥から力が出てくるのを感じた。
再び背合わせになり敵と対峙するルークとリア。
「ルーク、こちらの黒装束達は何とかしてみます。あなたは、あのピエロをお願いします!」
「かしこまりました!あのピエロ…」
ダニエラの復讐を誓い、ルークはピエロ姿の剣士を見据えた。
相手と目が合うとピエロは口を開いた。
「後はあなた方、二人だ〜けですよ。まさかこのわた〜しが出ることになるとは、思ってませ〜んでしたけど」
その言葉を聞き終わらないうちに、ルークは詠唱を始めた。
「おやお〜や、そちらの少年は魔導師な〜のですね〜。で〜もね、そ〜はいきませ〜んよ」
そう言ったピエロ剣士は右足で踏み込んだ。
一気に縮まるルークとの距離。
長剣がルークの目前に届こうかという時、
「アビス!」
ルークが呪文を唱えた。
その瞬間、公爵家の屋敷全体が黒い靄に包まれた。
全員の動きが止まる。
長剣もルークの鼻先で止まっている。
辺りは完全に無音に包まれた。
その静寂を壊したのは、ふざけた口調だった。
「くっ!や〜るじゃな〜いですか。ま〜さか結界と〜は」
ピエロ剣士は驚いた表情で話しかけてくる。
先程より余裕はなくなって来ているようだ。
「この手を使うことになるとは思ってませんでした」
少し息を切らせながらルークは言った
「こ〜んな力を持っていたとは、驚きで〜すよ」
「いいえ、ある方の力を借りただけです」
そう、ルークは屋敷に到着した時点で、紫闇魔導の闇魔法が詰め込まれた魔道具を敷地の四隅に設置しておいたのだ。
本来であれば、己のマナを拡散して結界を張るところを、この魔道具のおかげで少量のマナを使うだけで結界が張れるようになるのだった。
「申し訳ありませんが、このまま眠ってもらいます」
ルークがそう告げたのだが、
「このわ〜たしが、これで終〜わると思ってる〜んですか!」
ピエロ剣士が短文詠唱の後、すぐさま呪文を唱えた。「アペリオ!」
すると、辺りを覆っていた靄に亀裂が入った。
隙間から光が雪崩れ込んでくる。
そしてその光が大きくなると、一気に靄が消し飛んだ。
「…まさか」絶句するルーク。
「おーっほっほっほ!お見事で〜したね!ただ、相手がわ〜るかったです!」
そう言いながら、ピエロ剣士は一度距離をとる。
リアと背中を合わせているルークの額から冷や汗が幾筋も流れ落ちる。
絶体絶命。もう打つ手がない。
破れかぶれでルークは敵に突進した。
しかし、軽くいなされる。
「も〜う止めましょ〜よ。これ以〜上は、無〜駄だですよ」
それでも体ごと突き進むルーク。
またいなされて、そのままの勢いを止められず惰性で前へ進んでいく。
ルークの背中は完全に無防備になっている。
その瞬間、後ろから衝撃を受けた。
衝撃に押され、ルークはそのまま前に吹き飛ばされる。
椅子やテーブルを巻き込みながら地面を転がり続け、そして壁にぶつかることで勢いは止まった。
すぐに起き上がろうとするが、右肩が動かない。
どうやら今ので痛めてしまったようだ。
ルークはなんとか左腕だけで立ち上がった。
そして顔を上げた瞬間、少年は固まった。
目の前にリアが立っていたのだ、
左腕から血を流しながら。
しかも彼女の前には、長いフードを被った黒装束が3人立っている。
どうやら背後から攻撃されようとしていたルークを突き飛ばすことで、敵から守ってくれたようだ。
呆然としていると、ルークの視線の先で、黒装束の真ん中の1人が右腕をゆっくり上げた。
ルークは非情な記憶を蘇らせる。(まさかこの光景は…)
その腕の先で短刀が鈍い光を放つ。(…あぁ)
ルークからリアまで十歩程。(…ダメだ)
間に合うか!そう思い駆け出そうとした瞬間、リアが振り返りルークの顔を見た。(…いやだ)
そして「また…あ……と……に」と言った直後、黒装束の腕が動いた。(…やめろ)
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「ルーク、最後に一つだけいいかしら」
グリシナとの別れ際、ルークは声をかけられた。
「あなたはそこそこのマナを持っていると言ったわよね。でもね、あなたにはまだ奥底に眠っているマナがあるの」
「え?」思いがけない発言に驚くルーク。
「ただね、それは硬く内に秘められていて、外から開けることはできないの。恐らく何かのきっかけで開かれると思う。感情的なものなのか、女神の恩恵なのか、何なのかは今は分からないけど」
「……」
「ただ、一つだけ注意しておいて欲しいのだけど、そのマナが解放されたとしても今のままではコントロールできるとは限らないわ。だからね、今はその力が解放されないように自分をコントロールできるようにしておいたほうがいいわ」
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意識下で、グリシナとの会話を思い出していたルークだったが、もう手遅れだった。
「やめろーーーーーーーーーーーーっ!」
ルークは叫んだ。
その叫び声と同時に、己の内側から何かが吹き出すのを感じた。
胸から、肩から、腕から、手の先から、足の先から。
あらゆるところから何かが溢れ出る。
それは際限なく、濁流のように流れ出てくる。
内から外へ。
マグマのように。
結界から放たれた亡霊のように。
ルークはもう自分で自分を制御することができなくなっていた。
そして巨大な爆音。
直後、無数の瓦礫が宙を舞い、月の光が頭上から降り注ぐ。
頭上に現れた黒いドラゴン。
一瞬で全てが無に帰した。
目の前には滴る血と無数の死体。
その中に憧れの女性リアの横たわる姿。
「まただ。また駄目だった…」
そしてルークは白い光に包まれた。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます!
3度目のループが終わりました。
次回から4度目のループが始まるわけですが、当然ながら展開は大きく変わります。
同じ描写はほぼない、と思います。(まだ書いていないので)
というわけで、是非次話もお読みいただけると嬉しいです!