流れるままに。
アパートにつく頃には二人してびしょびしょに濡れていた。
それなりにある距離を繋いだ手を離すことなく歩き、はたから見ればカップルにも見えなくない構図ではあったのだが、あいにくと外を出歩いている人がそもそもほとんどおらず、見かけたのは駅に向かう数人だけ。
その数人も、傘を開き無理矢理前へ進むのに夢中で、俺たちのことなど視界には入っていない様子だった。
土砂降りの中、傘もささずに同級生女子と手をつないで走る。
そんな、青春イベント真っただ中にいた俺が何を考えていたのかというと、「そういえば、冷蔵庫の中に何が入ってるか知らないなあ」という、今日の夕飯のことで。
毎夜はっきり言って可愛い先輩を腕枕している身としては、手を繋ぐくらいのやり取りではもはや何も感じなくなっているわけで、それはもう、三好さんには本当に悪いことをしているんだろうと、男子としてのたしなみのようなものが一切ないことには謝辞一貫というほかにない。
アパートの戸を開け中に入ると、暴風が途端に止む。
三和土で靴を脱ぐと、靴下も脱いで部屋に上がる。
誰もいないこの部屋は、意外と珍しい。最近は由利亜先輩が必ずいてくれたし、それより前は、先輩か由利亜先輩のどちらかが絶対にいた。
そんなわけで、珍しく一人だった今日は、同級生がお泊りだ。
「お、おじゃまし、マス……」
「見ればわかるくらい緊張してるけど、俺何もしないし、この部屋には女の先輩が二人住んでて、何も起こってない実績もあるから」
「それは、別に、自慢にならない」
自慢したかったわけではないのだが……
入ってすぐのダイニングに、気まずい空気が漂う。
互いに水浸しな制服を見合い、俺はとりあえずブレザーを脱ぐ。
行動派を押していく俺とは対照的に、三好さんは何やらもじもじしている。
「あ、そうか。シャワー向こうだから、先浴びて。タオルは用意しておくから、出るとき声かけて、俺そっちの部屋に隠れるから。体拭いたらあっちの部屋で服を適当に見繕ってくれればいいから」
指を指しつついう。
「え、いや、そんな悪いよ。私があとでいいから山野君先浴びてきてよ」
説明を聞いている間、何度か首をかしげていた三好さんは、しかし深く聞いてくることはなく、そんな遠慮交じりの常識人みたいなことを言ってくる。
「いいのいいの。三好さんに風邪ひかせられないし。あ、あとブレザーとスカート以外は洗濯機に入れといてくれれば洗って干すから」
ので、俺も常識人っぽく返しておいた。
「わ、分かった。そこ、だよね?」
「そう。ごゆっくり~」
軽く言って、いまだ若干緊張気味な三好さんが脱衣所に消えるのを見送った。
脱衣所の戸が閉まると、詰めていた息を吐きだした。
「はあ……。なんか、いつもよりやりづらいな……」
先輩たち二人は、ずかずかと入ってきて、結構図太かったので、あれこれ言うこともなかったのだが、こうして自分の家を案内するというのは意外に慣れない。
「にしても、脱ぎにくいな」
文句を垂れつつ濡れて体に張り付く制服を力ずくではぎとると、パンツ一丁になった。地味に寒い。
俺が一人そんなことをしていると、「え!!?」という謎の声。
服を脱ぎ終え洗面台の上にでも目が行ったのだろう。スキンケアの道具やら、何やら、結構いろいろなものが乗っているから驚くのは無理もない。ほぼ全部、由利亜先輩のものだが。
先輩もそれなりのことはしているらしいが、由利亜先輩は美意識が少し高すぎる。あと、俺の母親が由利亜先輩に何やら化粧品のサンプルを送り付けているらしいから、そういうのも混じって、量が多いのかもしれない。
ダイニングに置かれた腰丈ほどの中くらいの箪笥からタオルを取りだすと、頭と体を拭いて、それを終えると雑巾で濡れた床も拭いた。
部屋着のスウェットを着て、箪笥からもう一枚タオルを出す。
脱衣所の戸をノックし、
「三好さん、タオル置きに来たんだけど、今大丈夫?」
戸一枚にシャワーの音という邪魔ものに遮られないようそれなりに大きな声で聴くと。
「ありがとうございます。大丈夫です」
と、なんとも固い返事が返ってきて少し笑ってしまう。
戸を開け、中に入るとシャワーの音が少し増す。
黄色い電気がシルエットを表すが、磨りガラス調が行き過ぎた感のある戸の性質上、人がいる程度のシルエットでしかなく、正直何も感じない。
「じゃあ、ここに置いとくね」
そういって小物入れの上にタオルを置く。
「洗濯機の中のもの、俺のと一緒に洗っちゃうけど、問題ない?」
「う、うん。あ、でも……」
「ん? あ……。分かった。俺触らないようにするから、出たら、俺のと一緒に洗っといて。洗剤は下の戸棚に入ってるから」
言うと、下の戸棚に洗濯ネットも分かりやすいように放り込んだ。
あまりにも変な生活を送りすぎて、女子の洗濯物を洗うことに抵抗がなくなっている。
これは、我ながら笑えない状況だ。
キッチンに行き冷蔵庫の中身を確認すると、ぼくのマイエンジェル由利亜先輩からの贈り物こと、今日の夕飯が鎮座していた。あとは、温めるだけで食べられる状態で。
昨日の夜の時点で台風のことは天気予報で知っていたのだろう。
俺も一緒に見ていたはずのテレビを思い出しながら、今日の朝せっせとこれらをこしらえてくれていた由利亜先輩を想像して、いつだか、由利亜先輩の料理がないと生きていけなくなりそうな自分をダメ街道まっしぐらと表現したのを思い出した。
その当時の自分に教えてやりたい。
数か月後にはゴールしている、と。
「これで夕飯の心配はしなくていいわけだ~」
冷蔵庫を閉め、定位置の椅子に座る。
とはいえ、少しばっかりおなかは減っている。
昼飯を食べていないのだから当然だ。食べ盛り、伸び盛りの高校一年生。いっぱい食べて、いっぱい大きくならねばならない。
むむーと、心の中で考えていると、洗濯機が回り始める音が聞こえた。
「や、山野、君。私その、出ます!」
何やら気合の入った声。
「はいはい」
答えると、立ち上がり自室に引っ込み戸を閉めた。
「どーぞー」
すると、とたたたたという足音と、カタンという引き戸の閉まる音が聞こえてきた。
「どれを着ればいいのかな?」
三好さんからの問いかけ。俺も分からないので、
「なんでもいいんじゃない?」
と、適当に返した。
「あ、ちなみ、右が由利亜先輩ので左が先輩のね」
畳んだ洗濯物を入れるときに二段目までの開放を許されているのでそれくらいは知っている。
「じゃ、じゃあ、この下着鷲崎先輩の………す…すご……」
何やら小声でとんでもないこと言ってるが、この感じならダイニングに戻っても大丈夫か。
「下着とかは先輩の方が合うかもね」
「なんでそんなことを山野君が言うのかな?」
「い、いや、由利亜先輩のは外から見てもかなりでかいし。それに比べて先輩のはそうでもないしね」
「ふーん」
あらぬ疑いを受けている気がする。軽率な発言は慎んだ方がよさそうだ。
「といっても……長谷川先輩も……」
声の大きさを調整できないくらいには悲壮感にさいなまれているのかもしれない。なぜかは、分からないが。
最後には、「ええいままよ!」と、おおよそ現世で聴くことのなさそうな単語とともに衣擦れの音がし、二三分後、俺が二人分のお茶を淹れていると三好さんがダイニングに顔を出した。
なんか、結構パンクなスウェットの着方をして。
「なぜにへそ出しスタイル?」
誰のものか簡単にわかるスウェットを上下に合わせて現れた三好さん。
俺は見たままに思ったことを口に出して問いかけた。
顔をシャワーの熱なのか、それとも別の理由なのかはわからないが、朱くして三好さんはその質問に、答えにならない返事で答えた。
「やっぱもう一回着替える!!」
謎のイベントを発生させた三好さんだったが、結局先輩のパジャマに落ち着いた。




