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対照だからと言って、鏡写しというわけではない。



 本題に入るのが苦手な俺ではあるが、別に自分から切り出すのが怖いとかそういう風に思っているから本題に入れないのではない。

 なにが問題で本題への移行がいつもいつもかなわないのかと言えば、それは大抵の場合邪魔が入るからで、その邪魔というのが、日頃の自分の行いの悪さによって引き寄せられる物ならば我慢も出来よう物なのだが、まあ大概、俺の想像しうる限り想像も出来ない所からの刺客による物がほとんどだ。

 だが今回は、その邪魔というのが入らなかった。

 なにも問題は起こらず、俺は食事を終えた先輩と真剣に向かい合っていた。

 向かい合うと言っても、相手はベッドの上から動けない身なので、ベッド脇の椅子に腰掛けた俺と体を斜めにしての目を向け合うと言った態勢だが。

 そこで俺はふと、初めての感覚に襲われたのだ。

 切り出しの言葉が見つからない。

 それは当然、用意してきたものをハキハキと伝え、せかせか帰るだけのつもりだった俺には衝撃だった。

 なにを言って言葉を始めれば良いんだ? と、不可思議以上の何物でも無いその感覚は、脳内を空白にしていた。

 先輩と向かい合い、しっかりと目を見て話をする。

 こんなただの日常が、今この場に置いては非現実的ですらあった。

 俺は、先輩の美しさにやられたのだろうか?

 この半年、これと言って異常の無かった俺にも、ついに先輩のどくしさが、回ってしまったのだろうか?

「太一君?」

「……っあ…」

 怪訝そうに俺を見る先輩の問いかけで硬直が解け、忘れていた呼吸を取り戻した。

「…カハッ……! ハアハア……!!」

 状況を飲み込めていない先輩は、驚きを露わにしながら問いかけてくる。

「大丈夫!!?」

 身を乗り出して手を差し伸べてくる先輩に片手を上げて応じると、額に手を当てて息を整える。

 これが、神の意思ってやつか?

 笑えない。

 心の中で理不尽を押し付ける相手を探し、一笑に伏した。

 俺は神なんて信じない。

 悪魔も天使もなにも、この世にいるのは有機生命体だけで十分だ。後は加工可能な無機物と、目に見えないのは心だけで十分。

 だけど、今回のこれは科学じゃどうにも出来ないだろう。

 心配そうな視線を送ってくる先輩の目をもう一度見て、完璧な美しさを壊す方法を、探していた。

 何か切っ掛けがあったのだろう。

 得たいのしれない何かに目を付けられる切っ掛けが。

 でも、そんなこと、俺には関係ない。

 今、俺は出来ることをする。依頼内容は、改善と、治癒。

 でも、病気じゃない以上治癒は不可能だ。治すのではなく戻す。人だった頃に、時間を巻き戻すしかない。

 その昔、こういうことは祈祷師やお祓い、エクソシストなんかが担当していた分野だろう。

 科学の踏み込むことの許されない世界。そもそも俺とは相容れないのだ。だから、俺のやり方でないものを選択するしかなかった。

 医療でも、科学でも治せないのなら、実力行使しかない。

 だからといって武力を用いては戦争が起こる。人でない相手に人心掌握は望めない。目に見えない相手を探すのも無意味だ。

 だから俺は、美しい物を壊すのに、己を殺した。

 椅子に座り直し、今度こそ俺は話し始めた。今までしていたこと。俺が調べて解ったこと。そして、これから起こることの、事後報告を。

「先輩、聞いてください」

 どこから話そうか。

 今に至ってまだ、俺はそんな風に考えていた。




「俺の中で先輩は憧れでした。醜く歪んだ俺とは対照的に、美しく尊大だったから。

 初めて部室で顔を合わせた時点で、俺はあなたを憧憬の対象としてしか見ていませんでした。

 でも少し違和感もあった。美しくて完璧なはずなのに、大事な物が欠けているような、そんな感じ。

 でも、先輩の輝きの中でその違和感はとても些細で、ともすれば簡単に忘れてしまうような、それくらいの物でした。

 半年前の俺はちゃんと覚えていて、考えてもいた。でも、半年一緒にいる間に忘れて、記憶の奥の方にしまい込んでしまっていたんです。

 先輩の美しさ、それが自然で、当然であるかのように自分の意識をねじ曲げていた。解っていて見ないようにしていたんです。歪んだ俺に、それは容易いことでしたし、他の誰もそんなことを言う人もいないもんですから、忘れるのも早かった。

 でも、つい先日思い出したんです。

 切っ掛けは、神堕ろしをして俺を迎えた弓削さんでした。

 そのときは、家では随分と厳かな雰囲気で過ごしてるんだなと阿呆なことを思っていましたが、考えるまでもなくあの時の弓削さんは先輩と似ていました。

 美しさとかそういう話ではなく、どこか欠けているような、そんな違和感が。

 俺も少しは賢いようで、二度目のその違和感にはすぐに思い至りました。

 考えるまでもなく、ってやつですね。

 弓削さんは水守神社の巫女で、祭事を取り仕切ってもいるそうです。妹さん達と三人で、なんとか神社を保っていて、尊敬しましたよ。子どもだけであんなこと出来るなんて普通じゃないです。

 実際、普通ではありませんでしたしね。

 神を堕ろすことが出来る巫女は、世界を見渡しても日本に三人だそうです。

 しかもその内二人は今は病気療養中で、最後の一人が彼の女子高生なんです。

 神様に経営方針を確認しながら神社の運営をしている。まあ、普通ではないですよね。

 その神って奴を堕ろしていた弓削さんと、先輩の共通点は欠点です。

 欠点。

 なにが、と言うのはそのときもよく分からなかったんですが、考えるまでもなく、欠点は明らかだったんですよ。

 見ただけで感じ取れるし、初めて見たとき確かに俺はそれを思ってた。

 きっと、由利亜先輩や三好さんも、その欠点を理解しないながらも解っていたから倒れずに過ごすことが出来ていたんです。

 それが出来ない人は倒れて、意識が戻らないまま。

 美しさを美しさとして受け取ってしまった人と、美しさの中に別種の感情を見いだした人の差は、先輩と対話できるか出来ないかを決めます。

 由利亜先輩は最初からあなたを目の敵にしていたし、三好さんは先輩達の残念な部分を見ていましたから、美しいだけの人ではない、と言う観念が働いたと考えられます。

 美しさ。それは主観です。

 個人の意見だからこそ、大小影響に差が出る。

 でもね先輩。俺はあなたのことをただ単純に美しいと思っています。

 なのに何故、俺が他の人たちと同じにならなかったのか。

 それはね、俺が、美しいだけの人間なんていないと言うことを、心底知っているからです。

 そして、そんな歪みきった俺が見つけた先輩の欠点。それは、


 先輩が、もう自分の力では生きていない。


 と言う、とても口では証明できない事実なんです。」



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