大きい人。
デザートが全て食べ終わる頃、話しの全てが終わり俺たちは席を立った。
『お前、長谷川真琴が好きか?』
このくだらない質問に俺が即答してから、兄は嘘のような話しをあっけらかんとした態度で俺に聞かせてきた。
それを信じるか信じないかはお前に委ねる。この他に何か理由を見いだせるのなら教えてくれ。
そんな感じの言い方で話しは締めくくられて、俺は美少女が一人で留守番中のアパートへと帰路についていた。兄はファミレスの横のコンビニで迎えを待つらしく、一人となった。
先輩やその他の女性達の寝たきりの原因が、土着の神の所行による物だという考え。
自分でも、思い至った結論の一つだ。
信じる信じないは置いておくとしても、一考の価値くらいはあると思っている。
だが、あまりにも荒唐無稽すぎる。話しの飛躍の仕方が酷い。俺の思考ではとても、処理し切れない。
病気だと思ったから、科学でなんとかなると思ったから引き受けたんだ、検査結果に異常が出ると確信していたから、この依頼を受けたんだ。
それなのに、急に「今相手取っているのは神様だ」などと言われて、そうだったのか、それじゃあそれに併せて考えるよと、居直れる人間に俺は心当たりがない。
多分、真っ当な神経では、この状況に適応できないだろう。
かくいう俺も、全く出来ていない。
あの兄にだって、二年という月日がなかったら難しかったんじゃないかと思う。
今の俺は、依頼を受けてから一週間と少しくらいしか経っていない。それで、科学から神に敵対意識をシフトチェンジするなんてことが出来るわけがない。
俺に、出来ることなんか、最初からなかったんだ。
当たり前の事実。
わかりきったことだったはずなのに、直面するとやはり絶望は禁じ得なかった。
見えない壁に向かって走り続けて、ぶつかって、少しけがもして、上を見上げたら、聳え立つ頂上の見えない高い高い壁をみつけて。
ようやく、昇る決心がついたところで、その壁は、消えた。
もとよりなかった物を睨み付けて、大見得を切っていたことに気付き意思消沈して、全く以て徒労だ。
恥の多い人生を送っているのは、彼の有名な人物だけではないと言うことか。
雲がかかり見えなくなってしまった月からはもはや光は見えない。街灯と、家々から漏れ出る暖かな光だけが、俺の行く手を照らしている。
俺はその誰もいない道を、ただ猛然と歩いている。
装っていた平静さを、まだ失わないようにと必死で。何も、考えたくないと思いながら。自分の無能さを呪いたくないと、無心になろうと試みながら、回ってしまう思考を振り払い、途端、
「う、うう、、、うううわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫んで走り出した。
考えたくない。
何も知りたくない。
自分の無力も、現実の不条理さも。
あり得ない、この世界のことも。
俺はもう、何も。
先輩を助ける方法のないこの世界のことを、俺はもう何も、考えたくなかった。
ひたすらに走ってアパートに着き、きれた息をそのままにポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込もうとする。震える手は言うことを聞かず、何度も同じ動作を繰り返し、もどかしさの中で苛だちよりも寂しさを感じた。
誰かに、誰かに会いたい、と。
何度やってもうまくいかず、「さされよ……!」と無意識に口から漏れ出ると同時に、ガチャリと戸が開いた。
中から出てきたのは、可愛らしい女の子。由利亜先輩だった。
「おか、えり?」
「あ…あ……由利亜…せん、ぱい……」
今にも泣き出しそうなのを無理矢理に押さえ込み、不安そうな顔の由利亜先輩に抱きついた。
勢いに押され、由利亜先輩はそのまま尻餅をついてしまう。
俺は、小さな由利亜先輩の背中に腕を回し、その胸の中でひたすらに堪えた。
後ろ手に閉めた玄関を、意識することもなく。
「太一くん、どうかしたの?」
震える俺のことを心配して、あえて明るく問いかけてくる由利亜先輩。
この人の、こういう優しさが俺は本当にずるいと思う。
柔らかい胸の中で、首を横に振る。どうもしていない。何もなかった。そう伝えるために。
「お化けでもでた?」
穏やかな声音でそんなおどけたことを聞いてくる。
状況は何も解らないはずなのに、この落ち着き方は反則だ。
再び首を横に振って、顔を胸に埋めたまま答えを返す。お化けが怖いのは由利亜先輩の方でしょう、と。
「ねえ、太一くん」
優しく頭を撫でてくる由利亜先輩の声に、俺はようやく顔を胸から離してその優しい笑顔を見た。
「私は太一くんのこと、信じてるよ」
いつも通りの微笑みが、当たり前のようにそこにあって。
「私はね、太一くんなら大丈夫だって、知ってるよ」
自分のことが信じられない俺に、何も解っていないはずなのに、この人は信じるものと、勇気をくれるのだ。
「私の大好きな太一くんは、君が思ってるよりももっと、もっともっと凄い人だよ!」
光り輝く笑顔には、心の氷を溶かす魔法でもかかっているようで、ジワジワと抑えていた物がこみ上げてくる。
俺は、たった一つのことを確信しながらコクリと頷いて見せた。
目頭からこぼれ落ちる滴に意味などないと、俺は、知っている。
力強く抱き寄せられたまま、顔をその柔らかな胸に押し付けられながら涙を流し終えると、由利亜先輩の優しい吐息が耳にかかった。
「元気出た?」
力の抜かれない腕を、無理矢理解くこともなく目だけを上に向けると可愛らしい顔が文字通り目の前にあった。
俺は、その顔を見つつコクリと頷く。
一仕事終えたくらいの清々しさを感じながら、今現在俺がそれ以上に強く感じているのは、恥ずかしさだった。
正直、今週いっぱいは由利亜先輩の顔はまともに見られる気がしない。
目と目が合っている今も、この恥ずかしさがばれないようにするのだけで精一杯だった。
「それでさ、太一くん」
由利亜先輩が目を逸らし、問うてくる。
「私の胸はいかがだったかな?」
おどけた風に言っているが、どうやらこちらも今更になって恥ずかしさを感じているようだった。
でも、これに限っては俺のためにしてくれたことなのでキレることも出来ず、心のままに、本能にあらがうことなく俺は答えた。
「え、っと、す、すげえ柔らかくて、気持ち、よかったです……」
……殺してくれえええ…………
何があろうとこれだけは言わないと決めていた台詞。
でも仕方ないじゃん! 本当に柔らかいんだよ!! お前らないだろ、Eカップのおっぱいで慰められたこと!!!
……誰に訴えてるんだ、俺は…
一人で勝手に襲われている虚無感に、由利亜先輩が気付くわけもなく、俺の不適切なセクハラ発言をまともに聞き入れ顔を真っ赤にして恥ずかしさを隠すためか、俺の顔を更に胸へと押し付けた。
「もう! こんなことしてくれる女の子絶対現れないんだからなあ~! 手放しちゃいけないと思うなぁ~!」
ギュウっと俺の頭を抱き寄せたまま、実をよじる由利亜先輩の胸の中で、俺はひとり窒息の危機と闘っていた。
「ひぬひふ!! ひひは!」
最後の力を振り絞って出した言葉は、胸の柔らかさにかき消されていく。
ていうか、なんか違和感ないと思ったらこの人まさかノーブラか!?
死の間際に考えることではないことを考え、ああとブラックアウトしそうになった時、
「あっ…!! だ、大丈夫!!? 太一くん!!」
ぱっと解放され、俺は弱々しく、しかしできうる限りの全力で空気を吸い込んだ。
「は…っはあ……はあはあ……」
確か、由利亜先輩がこの家に住み始めた頃にも同じことをした気がする。
俺はこの小学生になんど窒息に誘われるのだろう。
「だ、大丈夫?」
「なんとか、大丈夫っぽいです……」
息を整え整え、返事を返すとようやくホールドから解放された。
「お茶、飲む?」
正面から見た由利亜先輩の顔は、頬が少し朱に染まっていた。多分俺のも似たような物だろう。
「はい、いただきます」
でも今からはいつも通りだ。
立ち上がって、手を差し出す。その手を取って由利亜先輩も立ち上がり、パジャマ姿のままトテトテとキッチンでお茶を入れ始めた。
その後ろ姿はどう見ても小学生で、どこからどう見ても、俺の大好きな女性だった。




