一学期のイベント、残すは期末テストです。
球技大会。
その放課後は恙無く過ぎた。
この上なくこき使われた俺は、職員に感謝されながらも報酬はゼロ。当然なのだが釈然としない。
ともかく。
全てが終わってのそれからだ。
「めしあがれ!」
「いただきまーす!」
目の前に置かれた前菜の皿を目前に、その皿には不似合いな、大きな声の庶民的な発声と共に、美少女JKの特性フレンチのコース料理を堪能する。
「「うまっ!!!」」
少し前に、フレンチのフルコースを最高級のレストランで食べたことを思い出したが、あの時は味の感想なんて考える余裕がないくらい緊張していたし、そもそも庶民派な俺には根本からあの手の料理の美味がわからなかったので、由利亜先輩には申し訳ない限りだが、今ここで食べているこのフレンチが、最高にうまい。
計算し尽くされた庶民用の味付けが、俺の肥えていない舌に丁度よく響いて、はっきり言って極上。
先輩の方をみれば、もはやフォークを両手に持ち、相変わらずの汚さを発揮して料理を口に運んでいる。
主菜に出された肉料理は、今までに食べたどの肉料理よりも美味しくて、俺は今日以降になにかを食べるとき美味しいと思えるのか不安になる程だった。
デザートで出されたのはミルフィーユだった。
見た目は普通で、一般的にみる造形のものにブルーベリーソースが一垂らししてある。
色合いはきれいで、それまでの流れとしてこれも絶対にうまいだろうと言う確信はあった。
あったのだが、それは裏切られることになった。
当然のように、しかもそれは良い方にだった。
フォークで端を切ると、抵抗はなく分裂しそれを刺して口へ運んだ。
フワッとした食感としっとりとした滑らかさが口の中で広がる。
「んん!?」と、あまりの美味しさに喉から声が漏れる。
「どうかな?」
くりっとした瞳が覗き込んできて、俺は名残惜しさを押し込めて飲み込むと、
「うまいです! ヤバイですよこれ! 最っ高です!!」
興奮のあまり言葉が出てこない上、正直これ以上の表現もない。
「よかった! 太一くんに喜んで貰うために頑張ったんだから!」
そう言う由利亜先輩は腰に手を当てえっへんといわんばかりだ。
「いやいや、これは本当にすごいですよ! 店とか開けるレベルですよ!?」
「そんなことないよ~ 私なんてまだまだだよ!」
これ以上上手くなるのか?
それは…恐ろしいことじゃないか…?
「………ほっ…」
先輩が天井を見上げていた。
突然なにかを発したと思ったら、茫然自失としてそんな状態になっていた。
「ほってなんですか…」
「ちょっと、どうだった?」
トントンと由利亜先輩が肩を叩き、先輩はハッと気を取り戻して大きく息を吸ってから、
「これは…お、美味しすぎて意識飛んだわ…」
対立する相手の料理に、ここまで素直になるとは、本当に美味しかったのだろう。
「ですよね! 前菜から始まってここまで、尋常じゃなく旨かったですもん!」
「そ、そんなに誉めてもなにもでないよ…?」
身をよじってそう言う姿は、誉められてまんざらでもないことを示していて、先輩なのに小学生みたいな容姿で、ロリなのに巨乳な歪なお金持ちなお嬢様を、
「可愛いなぁ…」
そう思える一時。
「犯罪者…」
「一応年上なんで、むしろ俺が保護されるんで」
先輩からの毒を華麗にいなしながら、最後の一口になってしまったケーキを眺める。
極上のフルコース。
自分へのご褒美。勝負の景品。
そんな感慨に耽っていたら、
「はむっ!」
最後のそれは、シェフに食べられてしまった。
「…あ…あっ………」
衝撃だった。
食べ物を食われただけで、こんなにも悲観的な感情が湧き出てくるとは………。
「えっ、え………?」
あまりの衝撃に、表情を固めた俺を由利亜先輩がみると、さらに驚き目を見張った。
今までにみたこともないほど悲壮な顔をしていたのだろう。
「ご! ごめんね!? そんなつもりじゃなかったんだけど! も、もう二つほどあるから、それで許して?」
その言葉を聞いた時、自分がどんな顔をしていたのか分からないが、先輩の顔と同じだとすれば、随分と醜いものだったろう。
本能に駆られて食べ物をむさぼる野獣のそれだったろうから。
「そっ……そんなに喜んでもらえてたなら…嬉しいよ…」
ボロボロな状態でそう言う由利亜先輩は、息を切らして服装は乱れ、あまり良いコンディションには見受けられない。
無理もなかろう。襲いかかる俺たち二人から、自分の分の余り物を死守することに躍起なっていたのだから。
「もう由利亜先輩の料理なしでは生きていけませんね」
冗談のつもりでそう言うと、
「もちろんいつでもお嫁に来るよ?」
「じゃあ後10年ほど待ってください」
本気の返事が返ってきたので即座に時間を作るように願い出た。
「でもこんな料理作れるならあんたは将来店を開くべきね」
先輩が珍しく由利亜先輩を誉めた。
明日は雪だろうか、それとも衛生でも落ちてくるのだろうか。
「将来パティシエになりたがるのは女の子なら誰でもあるでしょ? 昔は私もそうだったのよ」
子供の夢程度でなれるレベルは遥かに越えている気もするけれど…。
「でも、そうですよね、こんなに出きるならそう言う道もありますよね」
「太一くん、手伝ってくれる?」
「もちろん! その時は雇ってくださいね!」
「うん! 永久就職ね!」
話がもとに戻って鞘に収まる話になってしまった。
だめだ。話題を変えねば!
「先輩も、料理とか少しはやった方がいいのでは?」
「いいよ? その代わりあんたらが食べるのよ?」
何気なく出た俺からの言葉。その受け答えとして発せられた先輩の言葉に、俺と由利亜先輩は無表情になり、一月ほど前の先輩の作ってくれた味噌汁を思い出した。
『ほら! 私にだって料理くらい出きるわよ』
そういって出されたのはとても普通の、豆腐とワカメだけが具の味噌汁。
『ほんとだ』
『普通ね』
雑な感想を言った後、一口口に含んで、そのままシンクにぶちまけた。
見た目はきれいで臭いも普通なのに、味だけが異常だった。
『…美味しくない』
その日、余りの不味さに放心した俺と由利亜先輩は先輩に料理を無理強いしなくなった。
「じゃ…じゃあ、やっぱ良いかな…?」
「うんうん! 人類のために二度と料理はしないで!」
それは少しひどすぎるんじゃないか。そう思ったのは確かだが、それくらい酷いのもまた確かだった。
「わかれば、良いのよ…」
少しばかり泣きそうな先輩は、お茶と涙を一緒に飲み込んだようだ。
料理ができないことを少し位は気に病んでいる、というよりは虚しく思っているのかもしれない。
ご愁傷さまとしか言えないが。
俺は性には疎い方だと思う。
小中と、そう言うものに触れる機会もなかったし、そのものそのまま興味もなかった。
性本能と言うものの存在は受け入れるが、それだけが生き甲斐だとは思わないし、多分俺は将来的に子供を残すことはないだろう。それくらいには、俺の中にある性欲と言うものは希薄だし、それを言うと睡眠欲や食欲と言った、人間の三大欲求なるものも、そんなには大きく俺の感情を占めてはいない。
では、俺の中に何があり、何で俺は出来ているのかと考えれば、はっきり言って断定できるものは特にない。
自分が何でできているかなどと言うことは、真剣に考えるような題材でもないような気がするけれど、出来ることなら知っておきたい内容ではある。
自分が何者で、何を思って生きているのか。
それは知っていてそんなはないだろうし、自分と言う人間を演じる上ではとても大事になってくるのではないだろうか…と、そんな事を訳もなく考えているのには、訳がないわけもなく、ただいま俺は、美少女と美人に挟まれて一枚の布団に寝ている。
「今日は私のご褒美デイなんだよ?」
相変わらず意味不明だったが、その台詞の所為で現状は極悪と言えた。
俺は仰向けに寝、由利亜先輩の方に腕を一本差し出している。由利亜先輩はそんな俺の腕をいつも通りに枕にしてこちら側向きに丸くなって寝る態勢を作っている。
その反対では俺の腕を抱き枕がわりにして、寝る態勢にはいる先輩がいた。
「たまには私にもご褒美ちょうだい」
放課後のお茶のことを思うとお礼はしなければいけないと思ってはいたのだが、さすがにこんな形で返すことになるとは思っていなかったし、何をいってるんだと言う感は否めない。
しかし、しかしだ、そんなことは大したことではないのだ。
何故そんなことは等と言ってしまえるのかと言えば、それは先述の通りに俺に余り性的な興奮がないから。思春期男子にしては大人だなと、自認しているが、状況は良くない。
これじゃあ俺、寝返りも打てないじゃん。
死活問題。
興奮はしないが気まずくはある。
触らないよう気を付けていたら、俺はいつまでたっても寝れないし、かといってここから出ようものなら、明日のことが恐ろしいのだ。
俺に残された道は、一つなのか…。
即ち、「仰向けを維持し、眠らずに朝を迎える」
これは至難の技だと思う。
何せ俺はそこそこに疲れている。
にもかかわらず、状態を維持したまま寝ないというのは、出来るのか…? 俺に……?
俺の思考は難色を極めていた。
どうしようどうしようと考える間に、由利亜先輩からは寝息が聞こえ始めた。
いつもならここで腕を抜き、枕を差し込むのだが、今日に限ればそれができない。
片腕を拘束され、もう片腕を抜くことができないとは、見ようによっては滑稽だった。
「いやいや、見ようによってはって、今の君はどこからどう見ても滑稽だよ?」
閉じていた目をうっすらと開け、そう言い放ったのは先輩だった。
「起きてるなら少し話してもらって良いですか? 痺れる前に抜きたいんで…」
おずおずと離してもらった左手を使い、頭を抱えて枕を差し込む。軽くなった右腕と、左腕を両方天に突き出して、「…んー…!」と伸びる。
「じゃあはい」
「ふぅ…」と力を抜いて下ろした左手をまたも絡み取られ、抱き枕がわりにされてしまう。
ギューっという効果音が聞こえるほど抱きつかれ、引っ張られて布団に落ちる。
先輩の、長くて綺麗な黒い髪は、明かりの無い漆黒の中でも黒く映えていた。
二の腕辺りに押し当たる胸は、由利亜先輩のものとはまた違った感触で、(そういえばこの人は寝るときノーブラなんだっけ)と余田事を思い出す。
「由利亜先輩が小柄だから良いですけど、この人数で寝るには少し狭いですよね」
由利亜先輩を起こさないよう、小声で話しかける。
「でもこの子、胸が幅とるわよね」
併せて小声で答えてくれるが、内容は全く合っていなかった。
「何言ってるんですか、自分だって立派なのがついてるじゃないですか」
「私のは平均身長に平均バストがついてるだけの平均的な体型よ」
先輩は肘で体をお越し、由利亜先輩の胸を軽く揉む。
「んん………太一くんの…エッチ……」
寝言…だよな…?
寝言で俺が罵倒されるのは、なんかおかしくないか?
「メルヘン処女でファッションビッチとか、設定盛りすぎなのよね~」
もみもみと変わらず揉み続ける先輩は、憎々しそうに自分のモノを見て、
「私のは形が良いのよ?」
「しらねーよ」
そんな感じで夜は更けていった。
結局、先輩は三時過ぎに、俺は完璧に徹夜することになった。
絶対に動いてはいけないよる。
二度と体験したくない夜だった。




