家庭の事情を持つ三人。
何でもない母の話。
昔、俺を生むより前の、兄を生むよりも前の話。世界に天才と名高い実子を産む以前。俺には想像もできない母のうら若き頃の話。
中学を卒業し、普通の女の子が普通にするように地元の高校に通っていた母は、俺と兄の父に当たる人物と知り合う。
それは高校の中ではなく、校外。
友達と仲良く遊んでいた街中でのことだったという。
片田舎の地方都市。遊べる場所など多くはなく、いつものようになんとなく、仲の良いような友達と遊んでいると、その男が通りがかった。
男は困り顔で地図を見て、あちこちに目を走らせていたという。その時点で母はその人物が迷子なのだと気付いたそうだ。
ためらいなく男に話しかけた母は、友達と別れて男の道案内を申し出た。
歩いている間、男は母に話題を振り、母はそれに答えていたという。
その聞き上手さを、母はとても評価していた。そしてその点は俺にも兄にも引き継がれたのだろう。
ただ、あとから気づくことになるが、これは男があまり話すという行為が得意ではないが故の長所であった。相槌は打てても返答は数瞬止まることになる。だからこそ、男は質問し、聞き、相槌を打つということを覚えたのであろうが。
しかし、その好意点から母はその男とよく話すようになる。
その時に男が訪れたのは、講演会の会場だったそうだ。
母は男と携帯の番号を交換し、その日から、男の暇なときには電話をすることが日課になったそうだ。
メールでは単純な会話も可能だった。相談ごとのあるときは必ずと言っていいほど男に連絡し、親や教師に相談することはなかった。
母は、自分が徐々にその男に惹かれていることに気づくが、高校生という枷が、自分を縛っていることもはっきりと理解していた。
母は美容の専門学校に、高校との並行通学をした。
昼は高校、夜は専門学校という生活は、過酷ながらも充実感があったという。
ある日、母は男に仕事の話を聞いた。今まで、男のパーソナルな部分には触れなかった分、不安を感じていたが男は何のことはなく答えた。
「僕の仕事は宇宙飛行士だよ」
それが仕事として一体どういうものなのか、母にはわからなかったが「宇宙」という言葉の響きから、感想は、
「すごい人だったんだ」
というものとなった。
時は経ち、母はメイクアップアーティスト、化粧を生業に商売を始めた。
高校を卒業したら早く仕事がしたい。そんな無闇な理由から選んだ職業選択だったが、実力の世界は彼女にピシャリとはまった。
二年たつと、母は自身のブランドを立ち上げた。
才能は発掘され、二十数年経つ今では、パリコレに呼ばれるほどの逸材となった。
そんな母は、恋愛においても攻撃的だった。ブランドを立ち上げたとき、母は二十二を真近に控えるぴちぴちの二十台だった。(本人がそう言えって…)
そんな母は、ヒューストンで眠っている男を電話で叩き起こしてプロポーズをした。父は当時三十そこそこだったはずだ。
寝ぼけ眼にOKと答えた父は、次の日驚くこととなる。
本社をアメリカに置く。そういって母が渡米して来たのだ。
父とはプロポーズの四日後、アメリカで籍を入れたのだという。
母は新聞やテレビ、ラジオなどを全く見ない人間だった。
自らの両親に結婚の報告をする時、自身の選んだ、自身を選んだ男がどれほどの人物なのかを知ることとなる。
男の名は、上守透、世界最高峰の頭脳であり、最年少で人間国宝に指定された人物だった。
それを聞いても母は、
「まあ私の目に狂いはないよね」
程度の認識を示し、弩怒りを買うことになるのだが、父はそれを眺めて笑っていたそうだ。
とにもかくにも、そんな父の遺伝子は兄へと引き継がれ、どうにも俺のところへは来なかったようなのだが、そんなどこからどう見ても、というよりは、だれがどう言っても天才と評される男は、俺の生まれた二年後に船外活動中の事故によって他界した。
結婚生活は、十年も続かなかった。
「楽しかった、でもダメね、楽しい時間はすぐに終わるんだもん」
酔った弾みに零したこの言葉は、そのことを示唆していたのかもしれないと思ったことが、いつだかあった。
そしてその二年後、今ここでフリーズしている父を、母が拾ってきたのだ。
どこかから。
当時、俺は四歳。兄は十一歳。
父という存在の空白さで、兄弟二人は無感情にその男の存在を受け入れることが容易にできた。
だから似ていないのは当然。
育てられたという感覚もないことで、似る必然性は皆無だった。
父は、一生懸命に父を演じようとするが、物心ついたとき、ないのだと判じてしまったものがあるという状況に、違和感のみを抱きながら、それでも家の中にいることだけは、受け入れていた。
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「この人がね、男同士の話だからっていうから車で待ってたのよ。なのにいっこうに出てこないし、女の子が入ってくしで来てみたらこれよ」
言いながら示す方向には口をパクパクさせる父の姿。
「ふつうはああなるんだよ、今までの連中はそうだった」
学校での惨状を思い出しつつ先輩を見る。端正な顔なのは絶対だ。俺はどうしてああならないのだろう。
「太一」
「なんだい母よ」
「あんた、目を逸らしちゃだめだよ?」
「真正面から見るのに、どう逸らすんだよ」
その返答に、
「ん、それもそうか」と不満げに首をかしげている。
三十分ほどだろうか、母と先輩二人がだべり、俺はそれに相槌を打ったり補足したり、父の時よりもまともな会話ができた。
そして、フリーズの溶けた父をつれ帰って行った。
『可愛いと美人。それであんたはどっちが好みなの??』
この母の質問にだけは、最後まで答えられなかった。
この二人のどちらかを選ぶことができないのではない。俺にはそんなことをしていい道理が全くないのだ。
好みの話は結局最後まで口を割らない俺に、三人があきらめる形で終結を見た。
「変なことで悩むんじゃないよ、好きなものは好き、それでいいんだから」
最後の母の言葉は、俺の心の中を見透かしているようなもので、暗に、「母はすべてを見ているぞ」と、そういわれている気分になった。
二人が帰った後、残った三人で少し話した。
しかし、俺の本当の両親について、俺がこの場で語ることはなかった。
「この部屋素敵ね、気に入っちゃった」
母、去り際の一言。
この時点で、ロリ巨乳が一歩先んじたのは確かだろう。




