「勉強って何のためにするの?」と考える前にまず勉強しよう。
お願いを引き受けない理由が全く思い浮かばなかった俺のとった行動は迅速だった。
まず、区の体育館の利用状況の確認、加えて道具の収集だ。
体育館の方は予約がとれて、二日間合わせて八時間の練習時間の確保に成功した。
一も二もなくまず、バスケの練習には場所の確保が優先だ。でないと玉をついてるだけのよくわからないスポーツになってしまう。
屋外にリングのすえられたコートもあるのだが、俺一人ならいざしらず、この人を連れていくのにあんなに人の多いところははっきり言って合っていない。ナンパなやつらに邪魔されるのは迷惑にしかならない。
学校の体育館は部活に使われているし、なにより注目される恐れがあるので却下。
結果、回りくどくも公営の体育館に行ってやるという発想に落ち着いた。
次の日は月曜日。六月にはいる間際である。
勿論学校で、当然登校日なわけだが、授業を終え部室に行くと先輩の姿はなかった。
そういえば用事があるとか言ってたな。
思い出して、ではどうしようと悩む。いつもなら、先輩のいれてくれたお茶を飲みつつ文庫本を読んだり、相談にのったりする時間。
しかしその相談も先輩ありきだ。つまりここに俺のいる理由が今はない。
「よし、帰るか」
振り向いて扉に手をかけると、力を加える前に独りでに押し開けられ、俺は一歩退く。
「おぉ!?」
入ってきて第一声、驚いたのはその人だった。
「いらっしゃい、ませ?」
「ビックリしたぁ…」
「いやいや、こっちの台詞だよ。何か用、三好、さん?」
「あはは~ いや、そのー…」
この部室に先輩二人と教師以外が来るのは初めてだ。
そもそも、昇降口とは真反対で、最下階の最端という通り掛かるような立地ではないし、何か用がなければこんな奥地までは来ないだろう。
が、俺には特にその理由が思い浮かべることはできない。
「まあ、取り敢えず、入る?」
時間はある。
言い淀むことならお茶でも飲みながら聞けば良いか。
「山野くん、本当に部活してたんだね」
切り口が見つけられず、世間話から入ろうとしているのだろう。そんなことを微笑みながら言う。
でも、これ結構失礼なんじゃね?
「まあね、あんまり何かしてるって部活ではないけど」
「そう、そうなんだ…」
「発掘部って言うんだけどさ、別に何かを発掘しにいったりもしてないし、発掘してるとしたら教師の愚痴を発掘してる部活なんだよ」
「教師の愚痴?」
当然の疑問。だが深くは言わない。
「まあだから活動不詳、人数二人のかなり残念な部活だよ」
はぐらかすようでもなく、完全にしかとして話を進める。
「そんな人数じゃ部活にならないんじゃ」
「そこはほら、先輩の存在がでかいよね」
あ、と、何もかもを悟ったように納得していた。
ずずと、お茶を啜る音。
特に話すことないしなあと、窓の外を眺めつつ益体もなく思う。
「や、山野くん」
呼ばれて見ると、俯きがちにこちらを見て身構えている。
これから何を言おうとすればそんな体勢になるのかわからない。
俺、告白でもされるのかなあ
「私と…」
お? 当たりか?
「二人三脚走ってくれないかな!!」
両手を激しく机に打ち付け言い放った。
「まあ、ですよね」
口に含んでいたお茶を飲み込んで、出た言葉はそんなものだった。
突然の来訪に驚いたのは確かだった。
しかし用件については察しがついていた。
今日の放課後、ホームルームの時間に委員から告げられた、
「二人三脚は男女ペアになったから」
という暴言。
どうせ負けても言い競技、そう考えて仲良し同士で組んだ女子のペアが、完全に分断されるというまさかの事態。
俺には関係ないと切り捨てた事案だったが、ここに伏兵がいたということだろう。
「私、委員でしょ?」
え?
「それでさ、男女ペアならやらないって子が二組も出ちゃって、一組は組んでもらえたんだけどもう一組作れなくって…」
告げられた理由は推理とは的はずれなもので、内心戦くほど恥ずかしい。
「三好さんが委員だったっけ?」
「そうだよ! 今日まえで喋ってたよ?」
「でしたっけ?」
えー…と言われても、内容以外に必要な情報は蓄積されていない。
「それで、丸投げされたはいいものの、組ませる人がいないから自分と組んでくれる人探してるってこと?」
「そう」
「もう一人、委員いたよね?」
委員会は基本二人一組、しかも男女ペアなはず。
「白井くんはもう三つ出るって決まってるの」
なんでそんなことも知らないの? みたいな顔で教えられる。
「さすがは委員だ、クラスメイトの模範になってるな」
「それで!」
「はい?」
とぼけきろうと思っていたが、そうもいかないようで、
「山野くん、一つもエントリーしてないでしょ? だから出てもらおうと思って」
まあ、そう言う話の流れですよね。
「俺その日は用事あるから」
教師にも都合をつけてもらっている。わざわざ出る必要は本当に俺にはない。
「でも学校行事だよ!?」
「そうだね、授業じゃないね」
少し冷たいかもしれないが、出ることになるのはごめんだ。
「そもそも、球技大会なのになんで二人三脚とかあるの?」
「それはそりゃ、体育祭との合算で……じゃあむしろ体育祭に名前を変えるべきでは……?」
あれえ? と変なところで悩みを抱える彼女は、しかし本題を忘れることはなく、
「って、いまはそう言うことじゃなかった! とにかく、山野くんには私の相方を努めてもらうからね!」
「だから、俺はその日用事があるんだってば」
「え、太一くん用事があるの?」
突然背後から声がして、咄嗟に振り替えることは許されず、そのまま背中から押し潰され机とサンドイッチされる。
「いつの間に……てかどこから…」
「わ…鷲崎…先輩……?」
目の前に座る同級生の自分の同居人を見る目は、それはそれは、神様でも見るような眼差しだったとさ。
なんだこの扱いの差は…
「私との約束を忘れたのか、おぬし!」
ぐいぐいとリズミカルに押し潰しながら、俺を机と同化させようとする由利亜先輩は、啖呵を切るようにそういいきる。
「約束を…う、何の事だか…あ、わかり、い…ませんねっ…」
「ん、なっ…! き、貴様しらをきる気かや!?」
「何語ですか」
さすがにそろそろ重いと思い、力を入れて起き上がる。
「お、おぉ!! これは楽しい!!」
「そんなとこで遊ばないでください」
押し付けられている胸は、いつも通りの重圧で、重いんだろうなと心の隅で思う。
「それで、何の話?」
切り替えの早い由利亜先輩は、俺の背から離れると隣の椅子に座り問いかける。
「聞いてたんじゃないんですか?」
「聞いてたんだけど、ちょっと、考え事もしてたから、よく覚えてない…」
歯切れが悪いその言葉に、特に思うところもなく、ざっと説明を開始する。
「俺が球技大会に出ないのは知ってますよね?」
「うん、その為に根回しまでしたこともね?」
「ね、根回し?」
不穏な単語に食いついたのは三好さん、だがいまは関係ない。
「で、なんか今日になって急に二人三脚に新たなルールを付け加えてきたんですよ、委員が」
大事な部分を強調し、話の大本を終える。
「そしたら誰もやりたくないって、思春期かよって話なんですけどーー」
「ーーいや思春期だよ?」
「それはともかく、それで、なにもやらない俺に白羽の矢を立ててきたんですよ、委員が」
再度重要部を強調し説明を終える。
「あ、それで予定があるからとか言ってたのか」
「そゆこと」
「でも用事があるわけないですよね? 平日ですよ?」
「平日に用事がないのはニートと引きこもりだけだよ」
嫌みっぽく事実を突きつけると、三好さんは言葉をつまらせたがこんなのは方便だ。
「それにしたって、太一くんはやり方が汚い」
「突然なんですか、正当なやり方で休みをもぎ取っただけですよ」
「正当なやり方?」
由利亜先輩が俺の鞄をひったくり、なかをごそごそしてから一枚の紙切れを取り出す。
「これが太一くんがサボるためにやった正当なやり方だよ!」
バンっ! と、叩きつけたのは成績表。
テストの点数を合計し順位を出した紙切れ。
そこに記されているのは国語から英語までの教科名、その下には100とだけかかれたエクセルの枠があるだけ。
現文、古文、数学Ⅰ、A、現代社会、日本史、世界史、物理、化学、生物、英語、会話英語、合計13教科、計1300点の文字だった。
オール満点。それが俺の担任に示した答えだった。
中学に上がりたての高校一年、だが、この高校はそこそこの進学校なのだ、一年生のテスト内容も易しくはない。と、担任がいっていた。
次回からのハードルが爆上がりしそうな点数をとってしまって、若干戸惑っているが後悔はない。
「学年一位で球技大会参加免除、そこまではわかる、理解した。でもこの点数はどうなの!?」
「取れたもんは仕方ないですよ」
俺から言えるのはそれだけ。
「私の…点数は…」
震えた手で鞄を開け、紙を取り出した三好さんはそれを机に広げる。
「「う…うわぁ……」」
そうとしか表現できない、あまりにもあんまりな点数。
たぶん、人のを見たのに自分のを見せないのは義に反していると思っての行動なのだろうが、これを見て俺たちにどんな反応をしろと言うのか。
「次、頑張れば良いんだよ?」
そんなことを考えていたら優しい言葉をかける先輩がいた。さっき俺と同じ反応をしていたはずの人だった。
「は、はい…私、つぎはがんばります!!!」
涙目の後輩は、先輩の手をとり決意したようだった。
因にだが、由利亜先輩も学年順位は三位という好成績。この部活に出入りする人間で、勉強ができないのは三好さんだけになりそうだ。
で、この人何しに来たんだっけ?
バカだと思われたああああああああ!!!!!Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)Σ(ノд<)




