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思わぬ欠点?


伝言の内容はこうだった。

「 私の事は気にせず好きにしなさい。

疲れたら帰ってきなさい。

人様には迷惑をかけないようにしなさい。

お金で解決出来ることならなんでも頼りなさい。

学校にはしっかりと通いなさい。勉強をすることは知る力、考える力をつけることだから、お前の役にきっとたつ。

最後に、

山野くんの弟君には、くれぐれも感謝を忘れぬように。


以上」



とても分かり易く明瞭な伝言で素晴らしいのだが、俺の子とをすでに家族みたいな扱いにするのはやめてほしかったこと以外はすごく、娘思いなのだと心から思った。

少し残念そうな由利亜先輩の横顔は、小さく微笑んでいた。

ここに来ることを強く拒むこともできたのだ、本人としても会いたいという気持ちはあったのだろう。

結局、本人に合うことは出来ずじまいだが、兄の計らいで許しをもらうことは出来た。目的は達成したと言っていい。

良いのだが、くどくどと思うところがないわけではない。

そもそも、この伝言が昨日書かれたものでないことは確かだ。約一ヶ月も前に、ここに来た俺たちが何をしに来たのか兄は聞きはしなかったが、推測しそれを正造氏に告げたのだろう。

その結果がこの伝言。

だとすれば、兄はもっと早くにこの紙を手にしていたことになるのだ。だったらば、俺の家に来ることも、電話で呼び出すことも出来たはずなのだ、なのにそれをしなかった、おれたちがくるのをわざわざ待っていた、「また三人で来たとき、俺はあの三人の導き手になりたいんです(ニッコリ)」と、そんな感じで正造氏を丸め込み、この高層マンションに居座り続けるための口実にしていたと言うのが一番分かり易い理由だが、この兄に限って分かり易い理由を持っているとは到底思えない。

見るからに面倒くささの担い手のような顔をしているし、見るからに不幸を導いてくるような顔をしている。

「おい、太一、お前今すごい失礼なこと考えてるだろ」

「うるさい貧乏神、今考え事してるから黙っててくれ」

では何故、こんなところに、可愛い女の子の下着が目当てじゃないとすると、何故!?

「理由が色々あるんだよ! もうその話は終わっただろ!!」

「え、あ、声に出てた?」

「もろもろな!!」

「まじか、気を付けないと…」

もちろんわざとだ。

「それで太一君」

「何ですか?」

考え込みながらもギャーギャー言い合う兄弟の会話に、横槍を入れてきたのは先輩だ。

「いやね、本題も終わってちょうどいい時間だし、そろそろ帰ってお昼御飯をー、なんて?」

「お昼? あ、ほんとだ、もうこんな時間か」

壁にかかっていない、どでかい振り子の置時計の針に目をやり、時間を確認すると一時を目前にしていた。

「食材がないからどこかで食べて帰ろう?」

うちのキッチンの主がそう言うので、

「OK」「そう言うことなら」と、食べ専の二人は言うことを聞く方向で。

「なんだ、もう帰るのか?」

「うん、まあ」

にやにやと嫌らしく笑う兄は、俺の両隣の女子を交互にみる。

「お前、なんか飼い慣らされてる感じがすごいな」

「うるせぇ! 高校時代に勉強ばっかりしてて、女子にもらったバレンタインチョコも全部俺に食べさせていたお前とは、人格的に差があるんだよ!」

「くっ…天才はお気楽なもんだ」

吐き捨てるように言う兄に、

「天才なら、こんなに悩みを抱えないよ」

お前が言うなとは、言うまでもない台詞な気がしてむしろ言えなかった。

襖を開け、先輩二人に先を促す。

「じゃあ行くね」

「おう、夏休みには帰ってこいよ?」

肩越しにこちらを向いて、適当にな、と言ってくる兄になんとなく気恥ずかしさを感じて、

「まあ、暇だったら」

それだけ言って、襖を閉めた。

あの男は、これからどうするのだろう。似合いもしないスーツなどを着ていたが、これから何かあるのだろうか。

俺には全く関係のないことだ。そう切り捨てた。

後に、この日は某家電メーカーの新社長就任式だと聞き、ああこれかと、一人勝手に納得したのはまた別のはなし。



「それで何食べてく?」

マンションから離れて駅近くまで来た。

結構賑わっていて、駅ビルの方も混雑していた。その様子を見て俺は、

「まあ、混んでない店ならどこでもいいですかね」

若干以上に皮肉の混じった台詞だったのだが、由利亜先輩はかなり真剣に考えてくれていた。

「じゃあ、私の好きなお店に行こう」

由利亜先輩が好きなお店なら美味しいとこだろう。

その程度の感覚で、俺と先輩はその申し出を安請け合いし、このロリい先輩が、気を抜くとどんだけのブルジョワを発揮するのかを、目の当たりにすることとなった。


天井にはシャンデリア、目の前にある丸机には、三人分の食器類が整然とならびコースの料理が運ばれてくるのを待っている。

点々と配置されているスタッフは黒服。起立姿勢で片腕を曲げ、肘から先に布をかけて微動だにしない。

明らかにドレスコードをきっちりと守り、行儀のよい所作で口に料理を運んでいく富裕層っぽいおばさまとおじさまの二人組の横で、絶望的に私服な俺たち三人は、今、この超高級なレストランで料理を待っている。

「由利亜先輩が、こんなとんでもな所に連れてくると解っていたら、俺はその辺のラーメン屋にでも入ったのに…過去の自分を呪うしかないのかぁ……」

「いや、私も、私も同罪だから、太一君ばっかりが悪い訳じゃないから……」

畏れ多くてキョロキョロも出来ず、シミ一つない綺麗な白磁を見つめ続ける俺たち二人は、余裕な顔で微笑む由利亜先輩をおいて、ぱんぴータッグとして何故か出来てしまった心の傷を舐め合っていた。

「このお店、入る時にはちょっとすごいなって感じだったのよ、でもね、対応されてわかったよね、あ、ここ私の知ってる料理屋と違うって」

「あ、分かります、なんかこう、もうちょっと雑なほうがいいなって思いますよね、完璧すぎて自分のダメなところが見えるって言うか……」

先輩は色の濃いサングラスにマスクと言う出で立ちが災いし、かなり煙たがられながらもここにいる。この人は素顔のときが一番回りが静かなんじゃないかと、適当なことを思う。

「まあまあ、そんなこと言ってないでさ、ほら、前菜きたよ」

「何で、なんでですか、なんでそんなによゆうなんですか……」

「常連だもん、ねー?」

サーブしてくれている黒服に小首を傾げ同意を求めた由利亜先輩に、

「はい。鷲崎様には懇意にしていただいております」

微笑み返してそういうと、では、となにやら呪文のような料理名を告げ、食べ方も教えてくれて、去っていったのだが、聞いていてもわからなかったので、貧困層の二人は嫌らしくも富裕層の食べ方を真似、デザートまで食べきって店を出た。


「大丈夫ですか、由利亜先輩?」

伝言を聞いてから、態度がおかしい。それは解っていた。

この人の感覚は基本ブルジョワなのだろう、気をぬくと今日みたいなのとになるのだ。

気を張っているときには俺たちにあったものを見つけ出してくれる。

今日、兄が特になにもしなかったことと、正造氏の伝言の内容により、気が抜けてしまっているのだろう。

「ごめんね……パッと思い付いたとこにつれてっちゃってたね…」

「いやいや、美味しかったですし、いい体験でしたよ!」

もう二度といきたくないけど、は、声には出さなかった。

「そうだよ、とにかく美味しかったしさ、連れてってくれてありがとね」

この人も多分、俺と同じような本音は隠していると思う。でも言わない。大人!


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