そこにあるよって、ある場所に行けばそりゃあるでしょ。
住宅密集地、というか、多分ここは来訪者用の隔離施設なのだろう。
外から来た人間を一箇所に集めておくための、外国人居留地とでもいうような。
だからというわけでもないのだろうけど、夜になると光源が全くない。月の光が強く感じられるほど、外は真っ暗闇に染まる。
一寸先も見えないほどの暗闇で、星の灯りと月の光だけが影を作る。
日本ではようやく少し肌寒さを感じるくらいの気温になり始めたものだったが、どうやらこっちはかなり暖かいらしい。
アメリカという国の広さを考えれば、多分、暖かい州にいるということになるのだろうが。
まあぶっちゃけここがどこなのかはなんとなく察しがつく。
そして、場所が分かったところで俺は連れてこられたからには帰らせてもらうしかないのだということもまた明白なのだった。
最近ようやく日常に英語が飛び交っているのは今もあまり慣れていないが、それでも、先輩二人はどうやら会話くらいはできるようになったようだった。
成績優秀な二人のことだ、発音とスラングさえわかればそこまで難しくはないのだろう。
俺が英語を聞き分けられる理由?
子供の頃の教育の賜物だよ。(英会話教材の聞き流し)
一週間という時間をフルに使い、この場所とこの場所に住む人たちと交流を深めた俺は一つの答えに辿り着いていた。
天才の住む街。
言葉の通り、働く人も研究者も誰もが業界の選りすぐりのような人たちだった。
らしい。
俺には見て聞いて、それでその人たちを判断できるような才覚はない。
だかららしいとしか言いようがないのだが、それでも多分、やっぱりここの人たちの努力量は波ではないということだけは分かった。
朝から朝まで研究に没頭している研究者なんてザラで、効率が悪いなどという言葉をどこかに捨ててきた人間だけがたどり着ける場所なのだと知った。
脳みそのリソースを研究以外に振らないことで結果効率を上げているのだ、なんて嘯く人もいたくらいだ。
そんな場所で。
そんな人外魔境で。
人である俺の後輩と同輩は一体何をしているのか。
アメリカに来た日に、一週間くらい休めと言い切ったにもかかわらずその日の夜に手のひらを返した川上の言い分をまともに受け取れば、宮園唯華を目覚めさせるための研究をおこなっているのだとかなんとか。
正直、あの三人がなぜ連んでいるのかがまず謎だった。
中学の先輩と後輩などという括りでは全く説明のつかないほどの親密性がなければ、こんなところでこんなことをする仲にはなっていないだろう。
そも、俺と碧波、埜菊は確かに交流があったが、それを手引きした人間である川上は特別関係を持っていたわけではなかったはずだ。
いや、俺の見ていた世界を絶対だなどとは言わないけれど、それでも絶対に言えることがあるとすれば、宮園唯華がこれほど持ち上げられている理由は全く理解できなかった。
あの三人の誰とも関係を持って居なかったのが、誰あろう宮園唯華という人物だからだ。
だから俺にはわからない。
あの三人がどうして俺を巻き込んでまで、その友達どころかむしろ忌避していたであろう人間を起こそうだなどと思い至ったのかが。
全くと言っていいほどわからないのだった。
そして、わからないといえば。
俺をここに連れてきた二人。
あの二人も、結局のところ何がしたいのかがいまいちわからなかった。
:*:*:*:
「頭を抱えているだけじゃあ、つまらないだろお? ちょっと手を貸しな」
呼び鈴で叩き起こされ玄関に着くと、どこかの民族衣装に身を包んで白髪を後ろに束ねた女性が俺に向かってそう言った。
紫やら臙脂のその衣装は、どこかで見たことがあるような気がした。
「ここにきてずっとそうしてぼけぼけ独り言ばかりいてもつまらんだろ? 俺の研究に力を貸してくれよとそう誘っているのさ。車も来てる、さっさと着替えてきな」
男まさりな日本語。
こっちに来て、こっちの人が英語以外を話しているのを初めて見たかもしれない。
いや、正確には日本人とは日本語で話したが、この人はどう見ても日本人ではない。
この研究所の人は研究対処にもよるのだろうが、言語というものをあまり重要視していない。伝わればいい。それくらいの価値観で言葉を操っている人をよく見る。
だから、基本論文に必要な言語以外ではやりとりをしないんだと聞いた。
聞いていたのだが、この人は見るからに欧米の血で流暢に日本語を操っていた。
俺の訝しげな顔を見て、女性は鼻で笑う。
「英語以外で話せる人間が珍しいってか? 一聴で言語を理解できるのがお前ら兄弟だけの特技だと思ったら大間違いということだな。その程度のこともできない連中もここにはいるが、俺にはできる、それだけさ」
「あなたは、何を研究している人なんですか?」
否定の言葉など無駄と知っているので、俺はただ聞く。
しかし女性は首を横に振った。
「それを聞く程度じゃあお前も資格はないかもしれないね」
「資格ですか。そうですね、多分俺にはないと思いますから、ぜひお帰りください」
俺は玄関を手で指し示し、帰宅を促す。
人間平穏に暮らすには、波風を立てないのが一番なのだ。
しかし、そんな波風を嫌う俺とは正反対の人間も存在する。それはつまり、波風でしか動けないヨットのような人間。
そしてこの女性はそちら側の人間のようだった。
「他力でしか動かないみたいな言い方をされるのは不快だね。俺は自分の力で波風立てて動いてんのさ」
「ではこれからもご自身の力だけで頑張ってってください。ささ出口はそちらです」
しかし、女性は頑として帰ろうとしない。
寝起きのこっちとしては、早くベッドに飛び込んで二度寝したいのだが、どうもこちらの朝早そうな女性はそれを許してはくれないようだった。
「人のことを年寄り扱いするのはやめてもらおうか。俺は生まれた時から朝が早いんだよ」
「そうですか。活動時間が長そうで何よりです」
俺は基本7時から12時までで精一杯だ。
こんな、朝の4時半から人ん家に突撃かましてくるヤバい人に……。
そんなふうにどうにかベッドへの帰還を果たそうとする俺だったが、玄関から入ってきた人を見て絶句した。
「太一くん早くして、綺麗な日の出が見られるんだって」
朝早い人がもうすでに、懐柔されていたらしかった。
すなわち。
「由利亜先輩も、朝早かったですよね」
「長谷川さんはまだ寝てるから、今なら二人で絶景見られるよ!」
この人のこの元気は、寝起きだから、なんだろうなぁ……。




