山野一樹の記憶①
廃れたビルの三階。
五人の男女が言葉を交わす中、一人の男が扉を開けた。
鍵のかかっていた戸があまりにも自然に開くことを不自然に思う視線を受けながら、男はあたかもそこに来るのは当然であったかのように笑う。
なんで自分がそんなに睨まれているのか、本当にわからないとでも言いたげな風に。
「あれ、ここって悪の組織の本部であってます?」
キョロキョロと部屋の中を見回すと、男は一番近い位置に立つ男に聞く。
それもまた、そう聞くことが当然であるかのような問いで、そして、突然現れた得体の知れぬ存在に、部屋の中にいた者たちははっきりとした敵意を放った。
ただ一人を除いて。
「お前のことは知ってる。天才なんだろ、山野一樹」
一番奥、椅子に座ってタバコを咥えた男は扉の前に立つ青年に問いかけた。
「俺が天才? まさか。俺はただの搾りカスだよ、天才ってのはこれから来るやつのことだ」
一樹と呼ばれた青年は、手近にあった椅子に腰掛けると自らを称する「天才」という言葉を鼻で笑う。
あまりに無防備な姿に、悪の組織の男たちはジリと一樹を取り囲むように動く。
その動きを察知していても、一樹は開けっぴろげな雑談を止めるそぶりを見せない。
「これからここに一人の中学生が来る。そいつはお前たちにこう問うだろう。『あなたたちは、悪いことをする人たちですか?』」
タバコの火を消すと、椅子を回転させて一樹に向き直り、男は目を細める。
「もちろん俺はイエスと答える」
「そしたら後は一瞬さ、そこの人たちはみんな一瞬でお縄だ」
指を振って自分の周りを囲む人間全てを指すと、一樹はそういった。
そこに含まれていない自分の存在に気づき、タバコの男は自らに指を指す。
「俺は?」
「ん? あんた? まああんたは、多分、その窓から飛び降りて逃げるだろ」
逃走用に準備していた道をあっさりと言いあてられ、男はニヤリと笑む。
「だがこっちにも抵抗する手立てくらいはあるんだがね」
「抵抗? やめておいた方が身のためですよ。痛い目に会いたくなかったらね」
青年はニコッと笑う。
カチン、と窓越しに何かがぶつかるような音を聴き、男は立ち上がってブラインドの隙間を覗く。
仲間の一人が中学生くらいの少年と対峙しているのがみえた。
「それで」
男は青年に問いかける。
「お前は俺たちに何を言いに来たんだ?」
背もたれに寄りかかり、ニコッと笑った少年は言う。
「俺につけ。正義の味方の方が稼げる」
御牧正吾は一人思う。
「天才ってのは、つくづく人間やめてんな」と。
三階までたどり着いた少年は、扉を開けるなり中の大人たちに聞いた。
「あなたたちは悪いことをする人たちですか?」
中にいた大人たちは答える。
「俺たちは正義の味方だよ」
そう言う男は全裸だった。
「なんで全裸なんですか?」
「さっきまで……野球拳してて……」
少年は扉を閉めた。
踵を返してこう思う。
「川上つかえねえ」




