250回 認識の調整。
「人類の夢とはなんだろう」
誰もが夢見るそんな夢。
「はあ? なんですかね?」
夢、夢、夢。
ここにきて、誰かと話せば口をついて出るのはその言葉だった。
「個人のたった一つの願いではなく、誰もが願うそれは、君はなんだと思う?」
話し始めてからずっと、俺の方を一度として見ない目の前の女性は俺に問う。
「幸せとかじゃないですか?」
パソコンに向かって何やら書き続ける女性に、俺はそれほど真剣に問いに答えるつもりもなく、投げやりに言葉を返す。
誰もが望み、誰もが願うもの。
聞かれてパッと浮かんだのは、ただの二文字だった。
「なるほど。君にしては人間味ある回答だ。しかし、それは精神論だろう?」
夢とは誰かの思いではなかったか。
そんな哲学の道に踏み込みそうになる俺を、女性は「私は夢の実現とは目に見える形でなければならないと思うんだよ」誰かから聞いたことのある言葉で引き戻す。
「『幸せになる』それはとてもいいことだよ。ハッピーは人生の糧だ。でも、それだけで生きられるほど人間は単純に作られていない。わかるかい?」
「幸せだったら、十分じゃないですか?」
俺は自分の今の幸福を思い、
「幸せだけで、不安は拭えないよ」
女性は自身の幸せを呪う。
「幸せに、親でも殺されたんですか?」
こんなもの、ちょっと漫画を読んだ日本人には慣用句だと思っていた。
「私が、親も夫も、実の娘さえ殺したんだよ」
彼女は手を止めない。
こちらも見ない。
「だから私は死なない命を作らないといけないんだ」
彼女が手を止めるのは、機能停止したロボットのように寝ている時と、
「不老不死が、人類の夢だと?」
「全人類の希望だろう?」
救えなかった家族に祈りを捧げるとき、だけなんだそうだ。
* * *
アメリカというのはどうもなんでもでかいらしい。
ジャパニーズサイズというものが全く存在しない。まあ、当然なのだが。
日本円にして二千円。
先輩が頼んだサーロインのサイズを一番小さいものにしてもらった。
してもらって、出てきたのは由利亜先輩の顔二つ分。
由利亜先輩が頼んだヒレも、大差ない大きさだった。
俺と由利亜先輩は顔を見合わせて「どうしよう」と目線だけで言い合う。
その横で、先輩が自分の頼んだ肉を見ながら笑っていた。
「食べ物の大きさじゃない!!!!」
ゲラゲラケタケタあははグハハ。
古今東西あらゆる笑い方を試し、しばらく腹を抱えたあと。
「太一君、交換しない?」
「絶対嫌です」
先輩の頼んだ肉。
それは俺や由利亜先輩のとは全く違っていた。
肉の大きさ?
いや、そんな次元ではない。
もはや鉄のプレートの大きさからして違っていたのだ。
俺と由利亜先輩のでさえ日本でよく見ていたサイズのものの倍はある。
それなのに、先輩のはその三倍以上。
明らかに真っ当な人間の食う量の肉ではない最強ボリュームの肉が、ドンと、一枚ではなく、5枚。
そう、五層、重なっていた。
「一番高いのがいいとか適当に決めるから」
「そもそもメニュー名に5って書いてあったじゃないですか」
「そんなこと言ってなかったでしょ!!」
「なんかの部位の5番目なのかと思ってた」
「聞いたこともないよ!!」
この二人の漫才は、半年で随分と夫婦感が出てきたな。
俺は一人現実から目を逸らし安心感を求めていた。
と言っても、別にこの状況を諦めたわけではない。
というか、諦めたら俺が食うことになる。それは普通に無理。
そしてこういうとき、どうするのが正解なのか、わからない先輩たちでもないだろう。とわかっていた。
由利亜先輩がはあと息を吐く。
ポケットから俺の(渡されていた)スマホを取り出すと、どこかに電話をかけた。
「もしもし? 夕飯て食べた? そうそう。タクシーのおじさんに連れてきてもらって? 待ってるねー」
ピッ。
どこに電話したのかは明白だった。
まあ、二人か三人追加で来れば余裕だろう。
「……ねえ太一くん、埜菊ちゃんって未来予知でもできるの?」
突飛な質問だった。
電話を切ってしばらく考えるようにしていた由利亜先輩の質問。
とはいえそう思ったからにはそう思うんだけの理由があったに違いない。
そして埜菊があえてそう思わせるようにしたのは明らかだった。
「そうですね」
俺は一口肉を口に入れると答える。
それだけの解答にむっとする由利亜先輩。
「どうして私たちがここにいて、お肉を余らせるほど頼むことがわかってたの?」
「未来予知のなせる技ですね」
むっとする。
本当のことを言うだけでむっとされるのはちょっと面白い。
「嘘じゃないですよ、あいつがここにいるのはそう言う理由だと思いますし」
「未来予知なんて、太一くんくらいしかできないでしょ」
この人は俺のことをなんだと思っているんだろう。
「俺には無理ですよ。兄ならそれに近しいことはできるかも知れませんけど」
「君にできるのはわしちゃんを怒らせることくらいだよね」
「先輩には負けますけどね」
「私は怒らせてないよ、勝手に怒るの」
「そう言うところだと思いますよ」
俺と先輩のやりとりに目を細めて怒りをあらわにするちっちゃい先輩。
フォークとナイフを駆使して肉を食べやすい大きさにカットしていく速度が尋常ではないそのロリっ子に、俺は少しだけ説明した。
「埜菊がここにいるのは、中学の時救うことができなかった宮園唯華という同級生を起こすためなんです」
俺がここに呼ばれた理由。
埜菊の未来予知の力。
多分知っているであろうことを、改めて、俺の口から。




