表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
254/280

食べ(たかった)物の物の恨み。



 タクシーに連れられて、やってきたのは西部劇に出てくる酒場のような外観の店だった。

 ウェスタンスタイルというやつだろうか。

 日本でも時々お目にかかるその風貌から、若干の親しみすら湧きながらお店に入ると、その親しみが吹っ飛ぶくらいの場違い感を味わうことになった。

 お店の中で飯を食らうのは、100キロを超えているだろう巨漢、ボディービルで生計を立てていそうなゴリゴリのおっさん。間違いなくプロレスラーなゴツい女の人。

 そんな見るからに見るからな人たちが血眼になって肉を喰らっていた。

 ぶっちゃけめっちゃ怖い。

 店に入った瞬間こちらをジロリと睨み、すぐに食事に集中を戻す。

 そういう一挙手一投足全てが怖い。

 なんだこの店。

 あのタクシー運転手、

『めっちゃくちゃうまいステーキの店がありますぜ』

 とか言っといて、まさか鬼の住処にでも連れてきたんじゃないだろうな?

 俺が足をすくませて踵を返そうとしていると、後ろから入ってきた先輩二人は何も気にすることなく空いてる席に向かって一直線。

「あ、え」

 やっぱ別のとこにしません? なんて聞く暇もなく、先輩はこの店で唯一、飯を食べるのではなく肉を焼きまくっているスキンヘッドのおじさんに向かって声をかける。

「メニューありますか?」

 めっちゃくちゃ日本語だ……。

 しかし、店員のおっさんは「おお」と少し驚いた顔をしてから壁に指を差した。

 黒板に書かれたものが今日のメニューらしかった。

 席に向かっていた足を黒板に向け、三人で見上げる。

 かなり丁寧に書かれているメニュー表で、一眼で見方はわかったのだが。

「肉の部位とか、英語じゃわかんないね」

 先輩は肉の部位じゃなくても英語はわからなさそうだなとか、そういう余計なことは言わない。

「んー、まあいいか。いっちばん高いの頼もう」

「そんな金がいったいどこにあるというのか」

「ここでの滞在費は全部向こうが持ってくれるんでしょ? だったら向こうにあるから大丈夫」

 初めてのクライアントにグリーン車を要求する最悪の外注みたいな思考回路で先輩はメニューを見るのをやめて、キョロキョロと周りを見回す。

「やめて。恥ずかしいからやめて」

 そして、そんな無邪気な先輩を由利亜先輩が力づくで宥める。

 頭をがっしり掴み、その可愛らしい容姿に似つかわしくないパワーで先輩の動きを止める。

 いや、実際パワーではなく技術なのだろうけれど、見る側にしてみればどちらも似たようなものだ。

 首の行動を制限された先輩は、それをなんとも思っていないのだろう。

 目線だけでキョロキョロして「あれ生肉かな」とかぶつくさ言っている。

「由利亜先輩は何にします?」

 首を動かさなくなったのを確認して先輩から手を離すと、居住まいを直してからメニューに目を向ける。

「ステーキっていったらやっぱりサーロイン?」

「日本だとそうですよね。海外のスタンダードが全くわかりませんが」

「リブとヒレもあるし、あとあれ何?」

「え、っと、わかりません」

 英単語もそうだが、肉の部位そのものがわからない。

 んー、肉の部位、勉強してから来るべきだったか。

「スマホで調べれば」

 俺がふと思いつくと、「んー」と一つ唸り、由利亜先輩は首を横に振った。

「まあ今回はヒレにしようかな」

「初めてだしね、それがいいよ」

 もう一度メニューに目を向けて、先輩が得意げにいった。

「一番高いやつとかいう安直極まりない決め方の人に言われると不安になる」

 由利亜先輩が無用な不安を抱えてしまったが、ともあれ決まった。

 ふと呼び鈴がないことに気づく。

 どうやって呼ぶんだこれ。直接いって注文すればいいのか?

 カウンター越しにいるムキムキマッチョなスキンヘッドな店員さんと、銀に近い金髪のスタイル抜群の店員さんを右見て左見て右見てとキョロキョロしていたら、金髪のお姉さんがこちらに気づいて近づいてきてくれた。

「何にします?」

 英語がくると身構えていた俺はビクッと体を揺らしてお姉さんを二度見する。

 え? と唖然とする俺とは別に、由利亜先輩と先輩は何も思うことないようで各々注文をしていく。

「君は?」

 メモ帳に書き込みながら、お姉さんは俺にきく。

 あ、えと。

「太一くんは何にするの?」

 唖然としすぎて、二人分頼んだら何事もなかったかのように「以上で!」というつもりが、機を逃してしまった。

 お腹減ってないし、ステーキなんて食える気がしない。

 ここは素直に謝って二人にだけ食事してもらおう。

 俺は顔を上げてお姉さんにいう。

「水で」

「はいはいサーロインね」

 え?

 お姉さんは俺の言葉など聞いていなかった。

 お姉さんは先輩が指差すメニュー表の指先を見ていた。

「あ、いや」

「男の子だからね、いっぱい食べれるね!」

「いや、だから」


「以上で」


 由利亜先輩の一言で、お姉さんは下がっていった。


「やっぱスタンダードなお肉は外せないよね」

 先輩がいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ