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罪のない償い。


 夢の代償というものを、誰しも支払っているのだそうだ。

 正直ピンと来なかった。

 俺は夢を、将来の夢を見たことがないから。

 いや、将来の夢自体はある。

 父のように普通に過ごしたい。

 誰か特定の人を陰ながら支える、それだけで幸せと思える人生を送りたい。

 そう、思ってはいる。

 そして、それが俺にはできないだろうということもわかっている。

 だからこそ、俺には夢に対価を払っている自覚はない。

 なにしろ目指していないのだから。

 夢の対価とは、なんだろうか。

 時間? 努力? 意志?

 どれをとっても俺には全く当てはまらなかった。

 しかし、そういった人はさらにこう付け加えた。


「君の人生そのものが、人類の夢の代価になるんだ」


 俺の支払う代償ではなく、数十億の人類の全ての代償が、俺の人生そのもの。

 笑える話だった。

 だけど誰も笑わなかった。

 それが当然であるかのように、俺を見て。

 

:*:*:*:



 夕飯。

 アメリカに来て初日の、アメリカの夜。

 アメリカは州によって時差があるらしいが、俺はここが何州のどこなのか知らないので貸し出されている家の時計の時間を信じていくしかない。

 その時計のいうところによれば、現在時刻は18時45分を回ろうとしている地点。

 ぶっちゃけ。

 ぶっちゃけた話。

 夕飯とかいらないくらいには腹は膨れている。

 おやつのタイミングで食べたハンバーガーの破壊力が強すぎた。

 でもそれはそれとして、いつも料理してくれるうちのシェフが今日は食べたいものがあるという。

 そう。

 アメリカといえば、ハンバーガー、カリフォルニアロールと並んで日本で有名なあれだ。

「ステーキって、なんか下品な食べ物ってイメージがあったんだよね」

「ステーキへの偏見が熱い」

「偏見っていうか、なんか、そういう目で見ているってだけなんだけど」

 なんでだろうと由利亜先輩は首を傾げる。

 それを偏見というのでは? 俺も一緒に首を傾げる。

 目を瞑りながらうーんと唸る姿は、写真にしたらいい感じの絵になりそうなのに、残念を拭い去れないこの会話でその芸術性は完全に死んでいた。

「由利亜先輩のお母さんて菜食主義だったりします?」

「全然? 秘書の時とか美味しいお肉とかすごい食べてたって聞いたことあると思う。あっ……」

「?」

「わかった、おばあちゃんだ。ちっちゃい頃に、『しっかりとした料理以外食べちゃいけないよ』って言われたんだ」

『焼いただけのものとか、そういうのは料理とは言わないからね』と。

「全方位に敵を作る強気なお婆さんですね」

「お母さんの方のおばあちゃんだから」

 だから。と言われてもそれを理由に納得できるほどその二人について俺はよく知らない。

「おばあちゃん、焼肉とか好きだから本気で言ってたわけじゃないと思うんだけど、でもステーキは食べたことないんだよなぁ」

 ふざけてそんなことを孫に言う祖母。

 割合過激派だ。

「いや?」

 テレビに目を向けていた先輩が声を上げて、ダイニングの俺たち二人を振り返る。

 由利亜先輩と俺は、その声に顔を向けると、先輩は「いやいや」と続けた。

「前にユリユリの連れてってくれたフレンチで食べたよ、フィレステーキ」

「ん?」

 連れてってくれたフレンチ?

「え?」

 フレンチ?

 俺と由利亜先輩は顔を見合わせる。

 お互い首を傾げて、

「「フレンチ?」」

 記憶にないそのイベントを思い出せたのは、由利亜先輩が思い出してから5分後のことだった。



 

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