25回 兄弟の間にだって、線引きがありますよ。
「こらっ、そういう言い方はダメでしょ? なにより太一くんらしくない」
俺の膝の上で、誰よりも冷静に、寝転びながら俺の頭を撫でてくる。
由利亜先輩は、こういうところがずるいと思う。
「ですね、すいません。兄の癖が移ったみたいです」
あははと空笑いをすると、先輩も教師も表情が段々と戻っていく。良かった、まだ見捨てられずにすみそうだ。
「や、山野くん、お兄さんがいらっしゃるの?」
多分空気を変えようとしてくれたのだろう、話題転換は有り難かったのだが、俺の口から兄と言う単語が出た時点で少し顔色を悪くした由利亜先輩の表情が、今度は固まった。そして横を向き、上からは顔を見えなくしてしまう。
「ええ、まあ、山野一樹っていう風来坊が一人」
教師はこれまた固まった。
今度はなんだと思ったら、
「山野一樹って…あの……」
と、口走る。
教育界の革命児、政財界の爆弾魔、メディア業界の盗撮犯、上げ始めたら切りがないが、あの兄は相当に有名人だった。世界規模で。
まあ知っててもおかしくはないか、その程度の認識だったがここまで驚かれると逆に、直接会った二人はそこまで驚いてなかったよなぁと不思議に思ったりもして。
「まあほら、私たちは世代じゃないっていうか、君のお兄さんが色々やったのって、まだ私たちが中学の頃で、ニュースなんてそんなには見てなかったからね」
「そんなもんですかねぇ」
確かに俺も、兄がなにかをやっているのだと言うことは認識していたが、別段何をしていたのかと言う事について詳しくはない。二つ名ばかりを覚えている。メディア業界の盗撮犯というのは一体どういう意味なのかわからないが、結構気に入っている。だからたまに盗撮犯と呼んでいた時期もあった。かなりの剣幕で怒られたが。
「私はもうあんまり思い出したくないかな…」
「ですよね…」
あんなことされたらそりゃそうなりますよね、うちの兄がごめんなさい。
顔を見せてくれない由利亜先輩の頭を撫でることで、詫びの一つとさせてもらおう。
それにしたって、
「この先生驚きすぎじゃないですか?」
「この先生は、まあ年齢的にドンピシャなんじゃない?」
「何がです?」
「君のお兄さん、顔もイケてるだろ?」
「まさかのアイドル路線?」
「ザッツライト~」
そういや居たわ、中学の時に兄さんのサイン貰ってきてくれって女子。
この人も、その類いか…?
「君のお兄さんがすごいのは確かだよ?」
「そうなんですかねぇ…」
はっ! と目覚めた教師は、突然捲し立て始めた。
「山野先生にはずいぶんお世話になったの! 私が大学にいた頃ね、先生も私と同じ大学にいてそれで色々と教えてもらったのよ、論文まで手伝ってもらって…ああ…懐かしい…」
恍惚とした眼差し、ここではないどこか、遠い記憶、いやいや、そこまで遠くはないだろう記憶を思い起こしているのだろう。
「色々、本当に色々なことを…」
「先生の初体験なんて聞きたくない」
顔から火が出るほど赤くなった先生は、そこで口を閉ざす。
「先輩、確かに俺も学校で一番若い美人教師の性事情に多少の興味はありますが、そこまであからさまな言い方はしなくてもいいんじゃないですか?」
「だって、この人ほっといたら全部言うわよ?」
確かに、兄の性事情には素直に興味がなかった。
「そうですね、情事の最中の兄の描写なんて、聞くに耐えませんね」
「でしょ?」
納得。と頷き合う俺と先輩に割って入ってきたのは当然女教師。
「そんなことまで話しません!」
真っ赤になって必死に訴えるが、
「それだけ聞ければあとはもう聞かなくても十分です」
言質はもう、取れてしまったようなものだ。
「もう! まだ仕事があるから今日はこれで、絶対! 変なこと言いふらさないでね!」
「りょーかいでーす」
そんな感じで顔を真っ赤にして友達感満載な先生は職員室へと帰っていった。今日の客はこれですべてだ。先輩の勉強もそれなりにはかどったようだし、収穫は上々だ。
「でもまさか」
「美人女教師が」
「生徒の兄と至しているとは…」
「「「はぁ……」」」
あの男が、うちの癒しを食っているとは……
そういう風に、多分みんな思ってる。
ドジっ子キャラが売りの可愛い系美人さん。由利亜先輩と勢力を二分する人の性事情に事実は、俺たち三人に重くのし掛かり、顔にはニヤリと笑みが浮かんでしまう。
「これからあの先生いじり放題ですね」
「だねぇ、太一君……ぐふふ」
「先輩、よだれよだれ」
由利亜先輩は苦笑いだった。
「テストも終わりましたし、そろそろ再チャレンジといきますか?」
「そうだね」
突然の申し出、ではない。
テストが終わったらと、由利亜先輩から言われていたのだ。
実家再チャレンジ。
まあもう、手遅れなんだけどね…?




