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235話 動機と気持ち。


「ねえ、ちょっといい?」

 そういって私を呼んだのは同居人の長谷川真琴さんだった。

 半年一緒に生活しても、名前の呼び方がおぼつかなくて、結局長谷川さんと苗字で呼ぶ私に対して、鷲崎ちゃんとかゆりゆりとかザッキーとか鷲ちゃんとか、多種多様に呼び方を変えてくる彼女が、珍しく真剣な顔をしていた。

 定期試験が終わり、太一くんが私のアメリカ行きを阻止してくれたその日から2日が過ぎた日。

 11月が間近に迫って、私が秋物から冬物に衣替えをしているところに何処かから帰ってきた長谷川さんはこう言った。

「太一くんのこと、助けたくない?」

 それは酷く誘惑的な問いかけだった。

 日々、私が、多分長谷川さんも思っていて、それでもきっと不可能だろうと判じるに難くない、そんな願望。

「助けられてばかりの申し訳なさを払拭するチャンスだと思うんだよね」

 ことある毎に彼の優しさに甘えきっている私たち二人にしてみれば、彼への恩返しのタイミングというのはいつであっても掴んでおきたいものだ。

 そんなことしなくていいと、当たり前のようにそんなことを言う彼を容易に想像できてしまうからこそ、私は差し伸べられた手をとって、その手を握ったまま生きていたい。

 だけど太一くんは私の手をその都度話してしまう。

 そして、きっと彼女の手も、指の先で掠めるくらいの距離にあっても、多分繋いでいない。

 長谷川さんもそれを悔しく思っているのだろう。

 でなければ、私と同じように考えることはないだろうから。

 つまり、彼に隣にいることを許されているのであれば、彼に手を差し伸べる人間になりたいなどと浅ましいことは考えない。

 私たちは彼にとってただの居候で、ただの先輩。

 そこから一歩近づくためには、体の関係なんて意味がない。

 ただ彼とキスをしただけで、ただ彼の涙を見ただけで、ただ彼の弱さを知るだけではダメなのだ。

 私は彼に頼られる人間でありたい。

 長谷川さんもきっとそれを望んでいる。

 彼に頼られて、彼を救いたい。

 自分ばかりが掬い上げられる現実は、情けなくてやるせない。

 好きな人と対等でいたい。

 持ちつ持たれつ。

 支え合える関係になりたい。

 太一くんに私を好きになってほしいから。


 何かおかしい。

 そんな引っ掛かりを覚えていた今日この頃。

 長谷川さんの誘いは渡りに船だった。


「とりあえず、話だけ聞くよ」

「えーとね、一緒にアメリカに行かない?」

「この間、行かなくなったばかりなんだけど?」


 突拍子もなさすぎて手拍子にそんな返しをしてしまった。



:*:*:*:



「ヒューストンの研究所まで直通だから、なにも気にせず乗ってこい。着いたら連絡してこい」

 いつの間にかアメリカに帰ったらしい川島から送られてきた航空券にそんな伝言が添えられていた。

 研究所まで直通、という言葉の意味がちょっとわからなかったけれど、どう考えても研究所がバカデカくて飛行機が離着陸できる空間が用意されてるんだろうなと一人納得し、十数時間のフライトを終えて座ったまま伸びをする。

「先輩、着きましたよ」

「んー……あと一回……」

「もう一回飛べと、そう言ってるんですか。じゃあ帰りますか」

「その人はいいけど太一くんは行くよ。ほら、荷物持って?」

 二度寝、どころか四度寝くらいの先輩を雑にガクガクと揺らして起こそうとする由利亜先輩からは放って置く気など微塵も感じない。

 促されるままに咳を立ち、荷物を持って出口へと向かう。

 ほぼ貸切の飛行機なのだけれど、乗客は俺たち以外にもしっかりといる。

 白い髪をドレッドに仕上げたイカした壮年の男性と、その男性の秘書に見える女性。

 一人黙々とお弁当を食べまくってはスマホを見てニヤニヤしている黒縁メガネの男。

 本が友達っぽい感じの女の子。

「この飛行機やばそうな人多くない?」

 小型ジャンボくらいの大きさで、これっぽっちの人数しか載せずにとぶ。

 かなりの贅沢のようにも思えるが、そこはそこ、莫大な資金援助があってこその為せる技と言うやつだろう。

 ここはCntral Academics 通称CAと呼ばれる世界の研究者が集う街。

 学問の最果てと呼ばれる場所。らしい。

 ぶっちゃけ興味ないし、飛行機乗る前に兄貴に聞いた話を思い起こしてるだけなのだが。

「おー? それで、どこに行けばいいの?」

「わかりません」

 学問の都とか言われてたから、大学みたいなのがぼんとあるのかなあと思っていたのだが、一面荒野。

 見渡す限りなにもない。

 飛行機を降りて入国手続きをしたので、ここが空港でアメリカであることは確かなはずなのだが、空港を一歩出た先には。


「なーんにもないね」

「降りるところ間違えた?」


 先輩に続いて、由利亜先輩までボケると、この場にはツッコミがいなかった。


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