自分の意思で、誰のためでもなく。
「一族で、不治の病を抱える村があるそうなんです」
待ち合わせの喫茶店。
俺が椅子に座るのと同時に、埜菊ひいみはそんなことを言い出した。
「しかも一つや二つではありません。ああ、日本の話じゃないですよ? アフリカやユーラシアなんかの少数民族の話です」
そして、どうやらその話は少しばかり続くようだった。
「その村の人たちがいうには、『確かに何もしなければ死ぬ病気だけど、先人の知恵を得ている我々にはその病はパーソナリティーでしかない』と言えるほどにまで発展しているらしいんです」
確かに聞いたことがあった。
昔、兄が旅行に行った先で見聞きしたものを話してくれた時の内容だったかもしれない。
食べるものを制限するだとか、週に一度必ず何かを食べるだとか、そんな感じの食事療法だったように記憶している。
そして最後には神に祈るんだったか。
そもそも遺伝子レベルで一般的でないという民族も存在している。
不治の病を抱えている民族がいたとしてもなんら疑問ではないし、その民族が現代まで生きながらえている時点で、何かしらの対策があるのだろうと考えることは簡単だ。
まあ、そもそも命に関わる、一族の存続に関わる類の病なのかという点は議論の余地はあるが。
とはいえ、ではなぜこの後輩がそんな話を俺にしてきたのかという話だ。
「なので先輩!」
「研究は手伝わない。アメリカにはいかない。お前らにはもう関わらない」
「ドケチ!!」
バン! と机を叩き、そう叫ぶ後輩。
その突き出された顔の両頬を摘み、
「うるさいのはこの口か〜」
グリングリンとひっぱり回す。
「いふぁい! いふぁいいふぁい!!」
回る動きと連動する痛いの連呼に周りの客の目がチラチラとこちらを見ているのを感じ、俺は頬から手を離す。
「はっ! 人の目が気になるなら最初からやらなきゃいいのに!! イテッ」
吐き捨てる後輩に軽くデコピンをして椅子に座らせる。
「で、なんでこいつ連れてきたんだよ」
「連れてきたんじゃなくて、ついて来たんだよ」
「撒いてこれただろ」
川島は俺のツッコミを軽く流し、コーヒーに口をつけた。
「まあいいや。早速本題に入ろうと思うんだけど、先に言っとく。手を引け」
俺もコーヒーに口をつけると、対面に座る二人を見る。
さっきまでのあほ騒ぎとは一転、真剣な顔もできたのかと少し驚く。
「なんでアメリカじゃダメなんだ? 三人とも向こうに移住すれば生活は今と変わらないだろ?」
何一つ説明はない。
しかし会話は完璧に噛み合っていた。
「問題は、場所じゃない。方法と状況だ。それに、今の学校に多少の愛着もあるしな」
「同級生二人? 可愛い子に囲まれる生活は変わってないんだな」
「お前と違ってモテちゃうんだよ、俺」
「思ってねえことサラッというな」
二人笑って、
「じゃあそういうことで。後始末は全部やっとけよ」
「了解。一樹さんに申し訳ないって言っといてくれ」
「自分で言え」
俺は伝票を持って席をたつ。
「え? え?? どういうこと?? 先輩????」
真面目な顔してたの、まじ顔だけだったのかよ……。




