できることが、あるのなら。
分を弁える、という言葉がある。
「分」というのはつまり、身の丈という意味だろう。
身分、などという言葉が幅を利かせなくなってからどれくらいの年月が経つのか知らないけれど、実際、俺の目線ではあまり身分の差を大っぴらにしている人を見ることはない。
旧財閥のお嬢様、政治家の家系、華族……揚げ連ねれば、多分現在にも身分の差を心理的に与える部分はいくらでもあって、人と人との差に上限や下限などというものは存在しないのだろう。
そして、そういう観点から見れば、多分、今の俺は相当以上に分不相応だ。
弁えないどころか持ち合わせていない。
何しろ、超大金持ちの御令嬢の家で一般男子高校生が、家族会議に参加させられているのだから。
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大きな大きな、それは立派な座卓を前に、計7人。
夫婦、夫婦、同居人、そして、
「それじゃあ、両者の言い分を聞こうかな」
司会進行役。病人、山野一樹。
当然のようにお誕生日席、もとい、上座に鎮座してうすら笑いを浮かべる兄。
この家にくると必ずいるのだが、実は住んでいるんじゃなかろうか?
ちなみに、斉藤さんは病院でお留守番だそうだ。
「まず衣子さんの言い分から聞きましょう。なぜ、由利亜さんをアメリカに連れていこうとするのですか?」
進行役は真面目にやる気のようで、まず最初に由利亜先輩のおばあさんが指名された。
衣子さんと呼ばれた壮年の女性は睨むように俺を見据え、目だけ動かして兄に向き直った。
「日本にいても得るものがないからです。それはあなたが一番よくわかっていらっしゃるのでは、Mr.Breaker?」
え、何そのダサい呼び名。兄さん可哀想……。
心の中で厨二病でももう少し凝るぞと思いながら兄を哀れむが、どうやら慣れているようで、兄は表情を崩さないまま無言でスルーした。
「では、アメリカに行けば何か得るものがある、と。それは具体的にはなんですか?」
ふと、いつかの記憶が蘇る。
確かあの時、司会進行の人はこう言っていた。
『アメリカに行っても、何もなかった』
だからこれは真っ向反対の意見ということになる。
荒野帰りのNo.1と呼ばれた23歳は、齢80を前にした女性と対峙する。
いやこっちもこっちで色々かかっててすごいダサいな。こいつの異名考えた人、ちょっとセンスがないぞ?
「いうまでもないことを聞かないでくださいな」
「今は話す場ですので」
「それよりも、私はそちらの子に話を聞きたいわ。由利亜のことを家に泊めいる子。孫がお世話になった方だもの、伺いたいことがたくさんあるの」
話を聞いていないのではなく、都合の悪いことを省く性格なのかも知れない。
そういうところはある意味由利亜先輩も似ている気がした。
むっと可愛く睨んでくる由利亜先輩にヘタクソな笑いで返して、仕方ない、と大きくため息を吐いた。
「聞かれて答えられるようなことがあれば良いですが」
「まあ、謙虚なのねぇ」
その言葉の裏に、お兄さんとは大違いねと言っている気がして。
そうなんです。兄とは違って。
心の中でつぶやいて、うんうんうなづいた。
「そうね、じゃあ、由利亜とはどうやってあったの?」
問われて、ふと思い出して、人瞬きのうちに3回ほど人に言えない部分が浮かんで、
「学校で」
全力で嘘をついた。
「それはそうでしょう。学校のどういう場面で出会ったの?」
「た、確か、部活、かなぁ……?」
「まだ一年も経ってないのに忘れてしまったのかしら?」
「あはは…面目ありません…一年でもいろんなことがあったもので……」
居候、珍事件怪事件、あげ連ねたら目が回りそうで、なかったことにして記憶の奥の方においやった。
「そう……残念ね。由利亜の今年をききたかったのだけれど」
衣子さんは困ったように笑う。
「今年の」という部分に違和感を持った。
その単語がつくということは、去年以降は知っていると言うことになるのではないか。
衣子さんが知り得ないことを、知っているのではないか。
つい最近まで海外にいた衣子さん。つい最近まで由利亜先輩と連絡を取り合っていなかったはずの衣子さんが、なぜ。
知り得ないことを知っている。
アメリカ。そして、由利亜先輩。
ぷっつりと、糸が切れて、
「ああ、なるほど」
独り言が溢れた。
しかし、この気づきは今は一切関係ない。
だから、この場はこの場で乗り切らなくてはならない。
よし。
気合を入れ直し、座り直した。
この場にいる誰よりも、由利亜先輩の隣にいるのにふさわしいのは俺だと、そういう気持ちを持って、由利亜先輩のアメリカ行きをやめさせるのだ。
俺にできることを、全てやってやる。
そのくらいの気持ちで。




