大切と、声に出せるか。心にしまうか。
悩みの種というものは、特別憂鬱を産むものだ。
しかし、昨日の今日であるにもかかわらず、俺は昨日のことを全く悩みに思っていなかった。
それは、当日に同級生の女の子と買い物に行って遊んでいたからかもしれないし、俺自身の感情の問題かもしれないけれど、最大の理由は、「ていうかあいつらいつまでに答え出せとか言ってなかったよな。じゃあまあ来年まで引っ張れるんじゃね?」という、人の揚げ足を颯爽と取っていくスタイルが染み付いているからにほかならないからかもしれない。
そりゃあ俺だって、さっさと結論を出して返事をして、悩みの種なんていういらないものを抱えずに生きていきたい。
しかし、それはそれとしてそんなにうまく生きていけるのなら、今俺は悩みの種など抱えていないとさえ思うのだ。
つまり、抱えているものをおろすことはそう簡単ではない。
抱えたままでも解消に時間をかけて、精神的負荷を減らそうという知的な作戦なのだ。
明らかな生き汚なさを披露しながらも、俺はさらに、もう一つの事件に巻き込まれた。
巻き込まれて当然、というか、俺の生活を揺るがす一大事。
由利亜先輩の、アメリカ引越し。
全ての準備は終わり、あとはもう、飛行機に乗るだけの段だった。
*:*:*
里奈さんとのデート(勘違い)の夜。
8時を前に帰宅した部屋で高らかな電話の音が鳴り響いた。
明かりをつけて受話器を手に取ると、耳に当てる前に声が耳に届いた。
『急いで来てくれ! 9時前に着くようにお願いする!!』
誰の声かはすぐにわかった。
しかし、俺の返事を待つこともなく通話は切れた。
異常な焦りよう。
何事かと不信に思ったが、お腹も空いていたのでとりあえず冷蔵庫に向かった。
すると、再び電話が鳴った。
「はぁ……」
再び受話器を耳に当てる。
すると、今度は多少落ち着いている声が届いた。
『少し急いだほうがいい。手に負えなくなるぞ』
動揺している。
なんとなくの感覚で伝わってくる。が、なぜ? 鷲崎正造氏からの電話の後に、なぜ、兄から電話がかかってくるのだ?
「また、何か起したの?」
『今回は俺じゃない、お前だろ』
「いや俺は───」
『ツーツーツー……』
切断音と不通を知らせる音色が、俺の言葉を遮った。
俺は受話器を睨みつけ、脱いだ上着を見に纏った。
「次から次に……」
疲労感のある足を動かし、家を出た。
心をせき立てる何かを感じながら、それでもどうせくだらないことだと、思い込もうとしながら。




