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【番外】 鷲崎由利亜の事情(神隠し幕間)

 頻繁に家を空けるようになった太一くんの帰りが遅くなった。放課後の部活どころか、学校の授業にも参加しなくなった。

 きっとまた、何かしているんだ。

 私の時みたいに、花街先生の時みたいに。

 だから私は深く関わりにいってはいけないんだ。花街先生の時だって、きっと太一くん一人があの場にいれば花街先生が退職するような事にはならなかった。それをする余裕を私が奪った。

 私があの場にいることで、彼に必要なピースを奪ってしまったのだ。だから夏休み明けの離職の発表を聞いた後、太一くんの様子がおかしかったのだ。本人は全く気にしていないのが逆に不気味な程に、太一くんは目の奥を濁らせていた。

 だから、私は関われない。

 助けるつもりで駆けつけて、踏み込んで良い場所を見誤ってはいけない。

 私の所為でまた、彼を傷つけてしまいたくないから。



 *:*:*



 春休みが終わり、登校した私の下駄箱に珍しく手紙が入っていた。青の便箋で、要約すると「体育館裏で待っている」そう書かれていた。

 中学の頃にも数度、こういう事はあった。

 その時はありがたくも告白をされ、しかし私はその人に対して拒絶を告げていた。タイプじゃないとか良く知らないとか、色々理由はあったけど、単純な話好きじゃなかったから。

 今回もまた告白だろう。

 違う相手とは言え、断るというのは少し胸が痛む。

 顔に浮き出る辛さを、直接目にしてしまうから。

「ん……」

 鞄に便箋をしまうと、靴を履き替えて教室に向かった。クラスは変わらず四組で、学年が上がるだけだから何かを確認する必要もなかった。

「おはよう、ゆりあちゃん」

 後ろから声をかけられ、振り返ると運動部の朝練のためだろう、早く登校してきたクラスメイトがいた。

「おはよう。またよろしくね」

「うん! 朝練行ってきます!」

「いってらっしゃい~」

 三人連れだって小走りしていく友人達の後をのったりと歩く。

 家にいたくなくて、毎日校門が開くのとほぼ同時に登校している私は、教室でただぼーっとして始業のベルを待つ。

 今日もその予定で、だから教室に向かっていた。

 扉を開けるといつも通り鞄だけ置かれた机があって、人はいない。

 名簿順の席で自分の位置を見つけると、鞄を置いて腰を下ろす。

「ふぅ」

 一息ついて、鞄の中身を机にしまう。横のフックに鞄をかけて、顎を手に載せてぼけっとし始めた。この時だけは、肩に掛かる重みも和らぐので、それなりに至福の時だ。

 スマホを取りだして時計を見る。

「あ……」

 その時計の文字盤で、便箋の内容を思い出した。

 八時十五分、体育館裏で待っています。

 私がそれより後に来たらどうするつもりだったのかは、今は考えないようにして、取りあえず、いってみようと決意する。

 折角手紙までくれたのに、行かないのは不誠実な気がしたから。

 教室から体育館裏までの距離、時間にして約五分。

 思いの外、この学校は広かったりする。



 私が体育館裏につくと、そこには眼鏡をかけた気の弱そうな男の子が一人立っていた。確か、特進、六組の蛭間くん、だったっけ。いつも模試のランキング上位者リストにいる人だ。

「こんにちは。私に手紙くれたの、蛭間くん?」

 そういえば、便箋には名前がなかった。

 そう気付いた私に、蛭間くんは首を縦に振った。

「手紙を書いて、下駄箱に入れたのは俺です……。でも、呼び出したのは俺じゃなくて……」

 ぼそぼそと、それでも聞き取れる声だった。

 呼び出したのは━━━

 その言葉に、私は後ろを振り向いた。

「どうも~ いつも早起きだね、由利亜ちゃんは」

 金髪に染めたり、ピンクに染めたり、ピアスをじゃらじゃら付けたりした男子が三人、私の後ろに立っていた。

 騙された……。この時、はっきりとそう思った。

「俺、こいつらに言われて……、断ったんだけど……」

「そう、じゃあもう教室行っても良いよ。この人達は私に用事みたいだから」

「で、でも……」

「いって、いいよ」

 振り返ることもなく、情けない男の子を逃がして上げる。

 いじめられて、いたのかも知れない。

 そう思うと、責めることは出来なかった。

 そそくさと立ち去る蛭間くんを笑って見送る男子三人。

 私は震える手を気付かれないようにそっとスカートに張り付かせる。

「えっと、私になにかお話があるの?」

 早くこの場を去りたいのをぐっと堪え、私は聞いた。

 金髪の男子が思い出したみたいに大きく身振りして、

「あ、そうそう、ゆりあちゃんさあ、家を転々としてるってほんと?」

 そう聞いてきた。

 この頃の私は、二週間の内一週間を友達の家に泊まって過ごすような生活をしていた。

 だからそれは本当で、でも、この話は泊めてくれた友達の十数人しかしらないはずのことだった。

 少なくとも、私にこんなガラの悪い友達はいない。

「ときどき、遊びに行くくらいだけど」

「へ~ そうなんだ。じゃあさじゃあさ、今度俺んち来ない?」

 その誘いを私はきっぱりと断った。

「ううん、いかない」

 その解答に男子三人は大盛り上がり。やっぱな!! とか、撃沈じゃんとか、大きな笑い声と一緒に叫ぶように口にする。

「もう良いかな? 私、授業の準備あるからもう行くね?」

 早くこの場から離れよう。そう思っての行動だった。

 嫌いなノリ、汚い態度、不協和音のような言動。

 いたくない理由を挙げるのは難しくなかった。

 退路を断つように位置取る三人の前を通り過ぎようとして、ピンク髪の男子に腕を捕まれた。

「ちょっ、待ってよ。もうちょっとお話ししようよ」

「折角お手紙だしたのに、そんな素っ気なくしなくてもいいじゃん、な?」

「そうそう。殴ったりとかしないよ? ぜったいぜったい」

 ギャハハと笑い合う声に、私は腕をふりほどく。

 強い力で捕まれても、解く方法くらいは体得している。それでも、自分より大きな生き物というのは怖い。

「うちでお泊まり会しようよって誘ってるだけじゃん。男の家なら泊まり慣れてるんでしょ~」

 ぴくりと体が反応してしまう。

 初めて泊まった男子の家で、肉体関係を求められた事が脳裏をよぎった。

 自分の浅はかさを呪って、すぐにその場を去った。

「だからほら、俺のうちでもいっしょにさ、楽しもうよ」

 肩をつかまれて、とっさにふりほどく。

 男子三人は楽しそうに私に少しずつ近付いてくる。

「お前めっちゃ嫌われてない? 今の必死さマジヤバいんだけど」

 ゲラゲラと笑い、笑われた方もギャハハと笑う。

 私は一歩ずつ距離を取って、逃げる。

 足を引いて、距離を取って、考える。

 速く逃げなきゃ……、怖い……、走ってもどうせ捕まる……、怖い……、全員倒してしまえば……、怖い……、だめ、怖い、怖い怖い、怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い………、


「あ、よかった、人いた」



 それは、全然怖くない、不思議なくらいに温かい声だった。

「あ、あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」

 私の後ろ。土手を上ってくるしかきようのない所から現れた男の子は、私にこう訊ねた。

「桜の森って高校に行きたいんですけど、道迷っちゃって。ここどこだか分かります?」

 そんな間抜けな問いかけが、この場で私を助けてくれたのだ。



 *:*:*



 昇降口まで案内することになった私は、なんとか三人組から解放された。

 男の子はしきりに感謝してくれて、

「そういえばお友達さんは良かったんですか? 談笑中っぽかったですけど」

 そんな風に聞いてきた。

「ねえ、お礼させて」

「お礼? 道聞いたの、俺なんですけど?」

 絶対に、あり得ないのに。

「助けてくれたお礼。させてくれないかな?」

 男の子は観念したのか足を止めると、近くにあった自動販売機を指さした。

「じゃあ、飲み物一本いただいても良いですか。喉渇いちゃって」

「そんなんでいいの?」

「むしろ特に何かした覚えがないので、大きなことされると困るって言うか」

「ふふ、変なの」

 思わず笑いがこぼれた。

「何が良い?」

 なんとなく、この空気好きだなと思ってしまったのが、私の運の尽きだったかも知れない。

 この男の子と、一緒にいるのが楽しいと、そう思ってしまったのだ。

「ねぇ、名前。聞いても良い?」

 男の子は「あっ、そういえばしてなかったですね」と居住まいを正した。

「えー、おほんっ。山野太一と言います。明日の入学式で一年になります。よろしくお願いします」

 頭を下げる姿は、高校一年生には見えなかった。

 なんというか、大人びている。

 容姿ではなく、態度が。

 何かがあるわけではなかったけれど、そう思った。

「じゃあ、太一くんだ。はいこれ、おすすめのジュース」

「ありがとうございます。いただきます」

 昇降口にたどり着き、太一くんは飲み物を鞄にしまうと、手帳を取りだした。

 ペンをすらすらと走らせて、目を通すと閉じて鞄に入れる。

「何書いてたの?」

 私の質問に、太一くんは恥ずかしそうに目をそらす。

「記憶力が悪いんで、メモです」

「えー、見せて貰っても良い?」

「え、いや、汚いですし」

「良いじゃん良いじゃん」

 「いや、まあ、いいですけど」としぶしぶ手帳を渡してくれる太一くん。

 私はそこに書かれた住所の一つを暗記する。

 そして、パラパラと見た振りをした。

「すごいね、思ったよりびっしりだった」

「最近自分でも見づらくて」

 そう笑う彼の笑顔につられて私も笑う。

 キーンコーンカーンコーンという大きな予鈴が私の意識を覚醒させた。

「やば、そろそろ出ないと。それじゃあ、えーと、おちいさいかた、俺はこれで」

 太一くんは予鈴の鳴り終わりから逃げるように走り出した。

「ちいさくなんかないしー」

 私は手を振り替えしながら、ちがうしーと抗議した。



作者コメ


日常生活というのは恐ろしいものです。<活動報告。

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