向かい合うのは黒歴史。ひとえに、自分自身。
「私といっちゃん先輩の馴れ初めはそんな感じでした……」
一人興奮気味に語るアホが、妄想の世界から帰ってきた。
俺も里奈さんも、本気のマジで全く興味のないその語りに耳を貸すわけもなく、舌鼓を打っていた飲み物のゴミを捨てにいったり特設のタルト屋さんで二つ見繕って戻ってきて、それでようやく話が終わったらしかった。
だから正直全く聞いていなかった。
にもかかわらずなぜ俺がこのアホを放置してその場を去らなかったのかといえば、里奈さんが常識人だったからという以外に理由はない。
「で、何しにきたの」
ベンチに座る俺と里奈さんの間、ベンチの前で演説していたゆゑがそこにどっかりと座る。
「彼女が彼氏に会いにきちゃいけませんか?」
「誰が誰に会いにきたって?」
「私が、先輩に会いに」
そっと目を逸らし、少し恥ずかしそうにするゆゑ。
その向こうに見える里奈さんの表情は菩薩のような微笑みを讃えていた。
年下の女の子って、高校入学半年の俺たちには接点ないしな。
とはいえ俺は別にこの後輩が可愛くない。
むしろ黒歴史が闇背負ってやってきたくらいの衝撃だ。
埜菊といい碧波といい、会いたくもない奴らばかりが訪ねてきやがって。
兄が隠居し、面倒ごとからもおさらばだと思っていたらこの体たらく、由利亜先輩のこともあるのにどうしてこう世の中は優しくないのか。
「そうだ、後輩が特に用もなく先輩に会いにきた。しかも同級生との憩いのひとときを打ち壊すタイミングで、だ。お前の存在は今この場に全くといっていいほどそぐわない。だから2度とここには来ないことを誓って速やかにゴー・ホームしろ」
「んなっ!? 用はありますよ! 私だって高校生になって先輩とデートしたいの我慢してるんですからね!!」
「中学の時からこっち、お前と一緒に出かけたことなんて一度もないという事実を捻じ曲げて喋るな。で、用事って何」
「っ!?!?!?」
「いや、驚いたふりとかいらないから」
約束を忘れられて、しかもそのことを忘れてた彼氏にもう何も言えない彼女、みたいな複雑な演技を表情だけでやってのけるこの後輩もなかなかだけれど、帽子と眼鏡、その上マスクもしている相手のその表情の変化を読み取れるのは俺がこいつとの時間をどれだけ重ねてしまったのかということを思い知らされる部分でもあった。
「まあいいでしょう。私が先輩に会いにきた理由、それはですね」
少し、間をとるゆゑ。
ゴクリ。誰ともなく、喉が鳴る。
「それは、ですね……」
さらに間を取り、
「いいから早く言え」
俺のアイアンクローが炸裂した。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい!!! いますいいますいいまう!!!!! 会いにきたのは埜菊ちゃんとアメリカに行くからです!!!!」
「は? なんでゆゑと埜菊がアメリカに行くからって俺に会いに来るんだよ」
手を離し、そう問い返す。
俺に会いに来ることでこいつらになんのメリットがあるのか、全くわからなかった。
しかし、その考えはあまりにも考え足らずだったのだ。
俺は自分のしてきたことを、情けなくも見放していたから。
「そうした方が、宮園ちゃんの病気が早く良くなるかもしれないから」
俺の後輩、碧波ゆゑははっきりと、そういったのだ。
俺の逃げ道を塞ぐように。




