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210回 出会い。出会って、出会って……?


 校舎の窓から見える丘みたいな山。

 それがなんて名前なのかも知らないままただ眺めている時間が終わったのは、やかましい後輩と遭遇してしまった日からだった。

 中学二年の始まりの頃、新しく始まったはずの学校生活でも、教室の居心地の悪さを拭えず休み時間に一人校内を彷徨う流浪の民となっていた。

 そんな時にふと目についた体育倉庫。

 体育館から見ても校舎から見ても裏側に位置するそこは、休み時間のほんの数分に物音のするような場所ではない。

 体育倉庫とは名ばかりで、体育で使う用具は体育館の備品室に置いてあるし、校庭にも用具入れが置いてあるから、こんな辺鄙なところにある倉庫に用事を持っている人間は、教師以外にいないのだ。

 しかし、基本的には使う用具は学期で決まっている。

 だから学期ごとにどこかの委員会が、体育教師の指示で用具を総入れ替えするのだ。

 つまりこの物音のする体育倉庫には教師さえ、用事はないはずなのだ。

 まあ、緊急で必要になるものがあった、ということなら納得もいくのだが。

「どう見ても……」

 そう。

 どう見ても鍵が壊されていた。

 教師が必要に応じてこの体育倉庫に訪れて、面倒だから鍵を壊した。

 そんな推察が立てられるほど俺の脳みそはフレキシブルにできていない。

 少し耳をそばだたせ、中の様子を伺う。

 中で何かが行われているわけではなさそうだ。

 人気のない体育倉庫、血気盛んな中学生。

 組み合わせ的には妄想が膨らむが、どうやら中には一人しかいないらしい。

 少し安堵して、俺は南京錠を拾い上げる。

 鍵はなく、フックの部分は枷となっていた部分を伴ったまま。

 根本からへし折られていた。

 よく見ると、扉も少し歪んでいる。

 いや、これは以前からかもしれない。

「あのぉ、何してるんですか?」

 びっくりして声の方に顔を向ける。

 少し開けられた扉の隙間から、人がこちらをのぞいていた。

「あ、それ、引っ張ったら取れちゃったんです! べ、別に壊したわけじゃないんですよ!」

 言い訳は激しく、裏返った声は耳に刺さった。

 テンションがわけわからんくらい高かった。

「こんなところで何してるの?」

 俺は少し抱いた忌避感を押し殺し、平静を装って尋ねる。

「それはこちらのセリフです! あなたはなぜこんなところにいるんですか!!」

 隙間から発せられる言葉。

 唇と目玉が映し出されるその光景に、俺は目を細める。

「散歩。教室が苦手なんだ」

「ぼっちというやつですか! そうでしょうね、あなたからは陰気な湿った土のような匂いがします」

「それは多分、その扉の隙間に詰まった本当の泥の匂いだけどな」

「いいえ、私にはわかります。あなたは陰気なその性格と、見下ろすようなその態度が原因でクラスの人から嫌われているのでしょう!」

「今俺がお前を見下ろしているのは、お前の身長が低いという物理的な要因だけどな」

「いいえ、私にはわかりま───だだだだあだだあだだだ!!!!!!」

 それ以上の言葉は遮った。

 いわゆるアイアンクロウ。

 扉を開け、目の前のちっこい人間の頭を鷲掴みにして力を込める。

 この時大事なのは、親指を中指でこめかみの部分を掴むことだ。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!! 暴力反た痛い痛い痛い痛いいた!!!!」

 ぐりぐりとこめかみにかかる力を少し強めた。

「痛い!!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! 痛い!!」

 その言葉を聞いて俺は手を離す。

 やはり暴力は最も身近な教育手段だよな。

「女の子に手をあげるなんて最低です!! 拘置所でもお元気で!!」

 そういって倉庫から出て行こうとするちっこい少女に、

「おい待てって」

 と南京錠を持たせ、

「お嬢ちゃんかわいいねえ〜 一枚写真良い? はいポーズ」

「いえーい! お兄さん見る目ありますね〜」

 パシャリ。

 そうして俺のスマホの画面には、ぶっ壊れた南京錠を持って南京錠でしまっていたはずの扉の前、満面の笑みを浮かべてダブルピースでキャピるあほの子が投影された。

「さ、お嬢ちゃん、この写真持って自首しよっか」

「はめられたっ!!!!!」

 ばかでよかった。

 馬鹿すぎて、本当に小学校を卒業したのか気になった。

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