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美しい先輩に、惚れているとは気づかない。

結構広くなってきた。

二人くらいなら余裕ではいれる、こらなら完成まであと少しだ。

今日は此れくらいにしようかな。

「……ないか…、かえろ」

だれ?

紙?

入部届け!?

ちょっと!待って!

…………



 扉を開けた先には誰もいなかった。一歩足を退いて扉の横の表札を見る。

 『発掘部』

 そう書かれているのを確認すると部室に足を踏み入れた。

「これ、ここにおいときゃいいのか?」

 独り言をもらしながら自分の名前と表札と同じく発掘部と書かれた、いわゆる入部届を見やる。

 希望の入部先の名前を書いて、部活動の先生のところに提出に行くこと。そんな風に渡されたこの紙なのだが、俺の入部希望先、つまり発掘部の顧問というのが判然とせず、結果、部室に直接出しに来るというよくわからない状況に追い込まれているのが今の俺の状況だったりする。

「教員に聞いてもわからない顧問てどういうことだよなぁ」

 言いながら室内を見渡す。

 折りたたみの長机が二つ置かれ、パイプ椅子が壁に五脚立てかけられていた。それ以外には何もなく、強いて言えば据え置きの四つ口のロッカーが鎮座している。

 部員、いないのかな……?

 一応、部活紹介の冊子には顔を見せているのだが、それにしたって部活紹介が空欄でかなり異彩を放っている。

「ま、いっか」

 机の上に入部届を置いて、踵を返す。

 明日また来て、誰もいなかったら一人でこの部室を使わせてもらおう。

 そして、この入部届に何か変化があれば、元々の部員か、俺同様に入部希望者の陰があることがわかる。何にしろ明日またここに来るんだな。

 そんな風に考えながら、部室を後にしようとしていた俺の背後から、突然声がした。

「おい、君」

「───っ!!!?」

 背後、つまり誰もいなかった静まりかえっていたはずの部室内から、奇襲攻撃のような一言が俺の背中に浴びせられた。

 肩を跳ね上げ驚く俺の姿を見てか、声の主はカラカラと笑っている。

「な、何でしょうか……?」

 恐る恐る、おっかなびっくりあるだろう存在を視界に収めるため後ろを振り返ると、そこは先ほどと全く変わらない、誰もいない部室だった。

(……え?)

 俺の視界に入っていないのかとも思い、右に左に首を振り、上に下に顔を動かしたがどこに目を向けてもまっとうなところに人がいられる場所はない。

「あの……どこにいるんですか……?」

 もしかしたら空耳かもしれない。そう思っての問いかけだった。

 出来るなら、声が返ってこないことすら祈っていた。

「ここだよここ! どこ見てんの! こっち!!」

 帰ってきてしまった声にガッカリしながら、それでもなんとか人の影を見つけようと目をこらす。声のする方向には目を向けているはずなのだが、どう見ても居所がつかめない。

「…………どこ……?」

 マジわからん。なんだこの状況。超怖いんだけど。早く帰りたい。

 俺が扉に手をかけ、すぐさま締めて逃げる準備を整えたタイミングで、「はあ……」と女性のため息が漏れるのが聞こえた。

「だめだなぁ……そんなんじゃ……んしょ」

 それは部室中央からの声だった。

 机の置かれたその下の、床のタイルがボコっととれる。

「……は?」

 無意識に漏れた声は、しかし俺の心情を的確に言い表していた。

 もぞもぞと現れたのは体操服姿の女子生徒。長い髪を後ろでまとめ、匍匐前進で机の下をくぐり抜けると俺の目の前、五歩位の距離の位置に直立した。

「………………はぁ?」

 二度目の「は?」は彼女の怒りに触れたらしく、ずんと足を踏み出して声を張り上げた。その瞬間、夕日が逆光となって見えたはずの彼女の顔を暗く覆い隠した。

「は? じゃねーわ!! 何でこんなのもわかんないかなぁ……」

 ダメダメじゃん……。

 え……ぇぇえ……? だめなの俺? いやいや、だめ、って、いや、そうじゃなくて!

「ていうかあんた! それ! 学校の床に何してんの!!?」

 そうだ、俺がだめとかそんな話じゃなくて、今しなければいけない話が一つあった。

 ぽっかりと空いた床を指さして俺は怒鳴り返していた。

「何って、床の下に穴掘ってるんじゃん。見てわかんない?」

「穴が出来てるのは見てわかる!! 何でそんなことしてんだって話し!!!」

「床の下に穴だよ? そんなの秘密基地作ってるに決まってんじゃん」

「はああ!!??」

 何食わぬといった風にそんなことを言ってのける女子に、言葉を失いかけて、どうにか言い分を口にする。

「いや、穴だけ見てそんなことわかるか!! ていうかこれ、公共物破損!! 立派な犯罪行為だぞ!!」

 しかし、俺の言葉など一切聞く気がないらしく、こちらに向かって歩いてくると、電気のスイッチを入れた。

「それにしても、さっきからおまえとか色々失礼だぞ? 私、これでも二年で、そのネクタイ、君一年でしょ? つまり、先輩だよ?」

 言いながら机の前に戻ると、俺がおいた入部届を手に取って髪の毛を直したり顔についた土を払ったりしながら目を通すと、

「ね、後輩の、山野太一君?」

 さっきまで見えなかった彼女の顔が露わになった。結んでいた髪の毛をほどき、ふわりとひらめく長髪が、さながら彼女の背後でエフェクトのようにたなびくと、ふわりと笑むその表情に、その、見たこともない絶世の微笑に、俺は心を奪われた。

「ふぇ……?」

 驚きのあまり出た声は、自分でもわかる位変な声だった。

 そんな風に思える意識はあるものの、あまりの美しさに魅せられてしまった俺には、山ほどの言いたいことを放棄してしまうほどに理性というか意識というか、そういう何もかもを根こそぎ持って行かれていた。

 それくらい、綺麗な人が目の前にいた。

「おやおや? どうしたのかな、突然静かになって? もしかして顎でも外れた?」

「あ、いえ、そのくらい驚いているのは確かですけど、実際はついてます……」

 どうにか応えるが、しかし自分の言っていることをハッキリ理解しているとは言いがたかった。

「こんな美人がいるんだなと、凄いびっくりして、その、驚いてます……」

「初対面の女子にそういうこというのは感心しないなぁ」

「本当の、ことですから」

「…………」

 呆然とそう答える俺に、彼女は「またか……」と独り言つ。

 何が、そう問いかけようとする俺の口は、しかし俺の意思とは無関係に半開きにしたまま声を発しようとはしなかった。

「今回は……戻ってきてくれるかな……」

 諦めたようにつぶやかれたその言葉の後に、俺の耳に入ってきたのは激しい炸裂音だった。

 

 パーンッ!!!


 その聞くだけでも痛いとわかる音の発生源は俺の頬で、踏ん張りもせずぼけっと立っていた俺はぐらりと揺れて二歩三歩と後ろによろめいて後ずさる。

 強烈な一撃だった。

 気付けにはぴったりな、それはもう、豪快な一発。

 そして当然俺の口から出たのは、

「いってぇえええええ!!!!」

 という当たり前の感想だった。

「何すんですか!!!!」

 張られた頬を押さえ、痛みをどうにかこらえようと怒鳴り散らす。

 そんな俺の姿を見て、先輩を名乗る彼女はなぜか驚いた様子だった。

「も、もどっ、た……?」

 は? 戻る? 何言ってんだこの人?

「浪速家わかんないこと言ってるんですか。そんなことよりいきなりなんなんですか、急にひっぱたかれた理由、を…… おれ、さっきなんか変なこと言ってました……?」

 文句をつける最中、つい一瞬の記憶がないことに気づく。

 理解の追いつかないままのその問いに、先輩はふるふると首を横に振ると、短く息を吐いた。

「何でもないよ。ちょっと驚かしてやろうと思ったら、力入り過ぎちゃって」

 ごまかすように微笑む彼女の笑顔に、俺はまた魅入る。

「そんなことより、入部希望者は大歓迎だよ。ようこそ発掘部へ。私は二年の長谷川真琴」 泣きそうに笑う彼女は、よろしくね! そう言って目尻を拭う。

 俺はまだ、その表情に魅了されていることに気づいていない。



 * * * 


 数十分後である。

 入部を歓迎された俺は、「部員同士お話でもしようよ」とまばゆい笑顔で魅了され固まっているところをおさえられ、抵抗する間もなく椅子と合体させられ、気づいたときには猿ぐつわまでされた状態で放置されたいた。

 もはや助けを呼ぶことさえ出来ない状況に、長谷川真琴を名乗った先輩の姿は既になかった。

 …………トイレ行きたくなったりしたらどうしよう。

 お話をした記憶もないし、俺は一体何をさせられているのだろう……。

 この部活に入って、俺は本当に大丈夫なのだろうかと未来を不安に思っていた時。つまりは状況確認を終えて(二行前)からさらに三十分ほど後。今度は開きっぱなしとなっていた穴から、先輩が顔を見せた。なにか大きな袋とともに。

「いやぁ、やっぱり秘密基地には夢があると思わない?」

 もぞもぞと這い出てくると、先輩はそんなことを言い出す。

 俺は「そんなことどうでもいいのでこれをほどいてください」と言おうとしたが、「もごもが」としか言えないことを思い出して諦めた。

「やっぱ女の子は子供の頃出来なかった分、私くらいの年に出来る環境を与えられるとやっちゃうと思うんだよねぇ……。しかも結構気合い入れて」

 そうなんですか。すごく、どうでもいいです。

 俺が心の中で適当極まる相づちを打つと、それが聞こえていたとでも言うように、嫌味たっぷりに先輩が話題を変えた。

「ていうかさ、太一君いつまでそんな格好でいるの?」

 この台詞には、「もごもがもごごごご」とツッコミを入れた俺だったが、案の定何を言ってるのかわからなくて先輩は笑った。

 くそぅ……なんて道化だ……。

「ほどいて欲しい?」

「(コクコクッ)」

 激しく頷くと、先輩の顔が不吉に歪む。

 さっきの優しげな微笑みなんてものではなく、口角が上がり目尻が下がり、人間の醜悪を体現するような笑みだった。

「しょ~がないな~」

 砂まみれなのを気にすることなくこちらに来ると、ひもをほどく。

「これもとるね」

 そう言って真正面から俺の頭を抱えるように後ろで結ばれている猿ぐつわをほどこうとする先輩に、「いや! いいです! 自分で出来ます!」と言い出すことすら出来ずに、されるがままになって、その綺麗な顔をガン見する俺。自分でも最高に気持ち悪いことは自覚している…………。

 跳ね上がる心拍数と、乱れ始める呼吸にムチを打って、

「はい、とれた~」

 先輩が顔を離すと、すぐさま立ち上がってのびをして、ふかーーーーーーーーーーーい深呼吸の後、ようやく息が整った。

「大丈夫?」

「…………それをあなたにだけは聞かれたくなかった……」

「まあまあ、そう言いなさんなって」

 おどける先輩に、「はあ」と一つため息をつくと、意趣返しのつもりで指さした。

「砂、凄いですよ。特に顔」

「まじ……?」

「まじ」

 意趣返し、とはいえただの純然たる事実。

 美しい顔には、既に乾いてはいるがところどころに泥のはねたようなのがついていた。

 先輩は慌ててロッカーに向かうと、この位置からは見ることが出来ない鞄を取り出した。

 ごそごそと中をあさると、ポーチを取り出しその中から手鏡を引っ張り出し、顔を確認する。

「うわ、こりゃ酷い……シャワー、浴びてくるか……」

 独り言を終えると俺の方を見て、「これ」と指さした。

「外もってっといて。捨てる場所わかる?」

「いや、わかんないですけど、部室の裏にでもおいとけばいいですか?」

 その質問に少し考えた後先輩は頷いた。

「お願いできる?」

「わかりました。一応部員ですから」

「よろしい! じゃあ私シャワー室行ってくるから!」

 輝く笑顔を見た俺は、またも硬直を受け、部屋の掃除まで言いつけると勢いよく部室を出て行った。

 少しして体が自由になると、「あ、チャイム」そう口からこぼれてしまうほどに完璧のタイミングで、校内に下校のチャイムが鳴り響いた。




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