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久しぶりなのは一人ではない。

「ところで、鷲崎先輩は容姿が災いして大変だと思うことはありますか?」

「まあ流れ的に聞いてくれなきゃ悲しかったけど、長谷川さんのエピソード程濃いのはないかなぁ」

 先輩が名前で呼ばれるのを聞くのはこれで二度目だが、なんとなく違和感があるんだよなあ。

「別に濃いのじゃなくて構わないんですけど」

「んー…、まあナンパされることは多いかな、でもあんたは逆にされなさそう」

「なんで分かったの……、まあナンパされないのは便利なんだけど、いろいろ申し訳なさは感じるよ…」

 遠い目で語る先輩は、口端が吊り上がって、笑っているように見せようとしているのが痛々しさを上昇させていた。

「でも長谷川さんいるとナンパなくて便利だから使い勝手がすごい良い」

「便利道具みたいに扱うのはどうなんですかね…」

 昼前。俺たちはアパートの最寄り駅から二駅後にある、由利亜先輩の自宅を目指して歩を進める最中。思い至って何の気なしに質問した。

「それにしても、結構ビルが多いんですね。もっと住宅街かと思ってたんですが」

「お父さんが少しだけ仕事復帰したらしくて、引っ越したんだって。仕事場に近い方が遅くまで飲んでられるって」

「ハイレベルな駄目な大人のにおいがすごいよ太一君」

「一応身内の前なのでそういう発言は慎んでください…」

 何の躊躇もなく思ったことを言うこの人の性格は、好意的に受け止めれば裏表がないが、逆から見れば建前がつかえない。そう言う事なのだ、容姿だけで生きていけるのだろうとは思うが、さすがに少し心配になる。

「もう近いんですか?」

「んー…私もまだ着慣れてないからちょっと怪しい…」

「まさかとは思いますけど、迷ってないですよね?」

 由利亜先輩の目が全力で俺のほうを見ないように動くのを確認して、ポケットから地図を出す。こういう時にスマートフォンって使うんだろうな。ちょっとだけうらやましくなった高1の春。

「どこでしたっけ?」

「ここ」

 白くて細くて短い指で目的地を示す由利亜先輩は、逆手で口に入りそうになる髪を耳にひっかける。その艶めかしい所作に、幼い容姿からは想像できない妖艶さが広がるのを感じてしまう。

「ん、うん! えーと、今がここだから、もう少し言ったところで左ですかね」

 一つ大きく咳払いし、何もないですよと大仰に示す。

「そうか、そうやってみるのか。よし、行こう」

 先頭を行くのは一応は家主の一人である由利亜先輩。だが、地図をちらちらと見て、方向を指示するのは俺の役目。俺、役目がおおいな。

 駅を出て、進むにつれて、明らかに都会然とした風景で。とても仕事してない人では住めないのではないかと不思議に思っていた。

 引っ越す前も、こことさして変わらない都会に住んでいたと言うし、つくづく謎であった。

「あ! あった!」

「え! どれどれ!!?」

「あれ!!」


「「は…?」」


 由利亜先輩が指さしたのは階層約六十。高層マンションの名に恥じぬ逸材で、、正直、

「駅からずっと見えてた、これ…?」

 ついた駅の中央改札。出て最初に飛び込んできたのはそのマンションの姿だった。見間違えるはずもない。すっと見えているのだから。

 なのにこの少女、この小学生の容姿の先輩は、栄養が全部胸に行っちゃって、頭が悪くなってるんですか、それとも目が悪いんですかと聞きたくなるようなことを言い出したのだ。

「どうやったらあんなのを目標にしてるのに道に迷えるんだ!?」

 それは当然の疑問だった。


 順々に変わっていく数字の明滅を眺めながら、浮遊感の中に閉じ込められて数十秒。

ピンポーンという機械音が響きドアが開いた。エレベーターの扉の反対側には、ガラス張りの壁があり、自分がいまどれだけの高さにいるのかを、目で見て認識することができた。

 地上六十階建てのマンション。その最上階、そう、最上階。

 扉の外に出ると、そこには空が広がっていた。背の高いフェンスが張り巡らされているが、その先を見ることは可能だった。自分が見上げる空の、その先までを見ることができた。

「ほら、太一くん、こっちこっち」

 そんな絶景には目もくれず、手招きする由利亜先輩のほうを見る。

 エレベーターホールの自動ドアは閉まり、遠目で見ると公衆電話に見えなくもない。

その横、由利亜先輩の目指す先には一軒の建物があった。マンションの屋上に、何やらの建物が。

 そこにあったのは日本建築の平家一戸建て。

塗り壁の瓦屋根。縁側を要した庭があり、俺は素直にこう思った。

「どこ、ここ」


「ささ、上がって上がって~」

 鍵を開け、玄関を開くと扇動する由利亜先輩はスリッパを用意してくれる。

 が、正直そんなことに感謝を述べている余裕は今の俺には、いやもう一人の同行者である先輩にもなかった。驚きで、目を疑ってしまう。

「ここが…自宅なんですか?」

「そうだよ~ 馬鹿みたいに高い場所にあって嫌になっちゃうよね…」

 本当に少し残念そうなのだが、こんなところに住めるのならば、俺は素直に住んでみたい。

「お父さーんただいまー」

 靴を脱ぎ、一段上がった位置から由利亜先輩は声をだし呼びかける。返事はない。

「寝てるのかな」

「昼前ですよね…」

「休みの日は昼からお酒んで寝てるよ」

 あはは、と苦笑いの由利亜先輩。こんなに微妙な表情のこの人も珍しい。「おじゃまします」と一声あいさつし、俺と先輩も上がらせてもらう。

「こっち。客室あるから。そっちは多分きれい」

 そういって長い廊下を歩き出し、いくつもあるふすまの中で、最も豪奢なのを選んですっと横に滑らせ開けた。

「お?」

 誰もいないと思っていたはずの部屋に、一人の男が正座してお茶を啜っていた。

「え、えと、どなたですか?」

 オートロック、エントランス完備のこのマンションに、不法侵入することができるとは思えない。しかも、エレベーターも何やら打ち込まないとこの回にはたどり着けない。つまりこの人物はこの階の住人の招待客だろう。そう、冷静に推理したのは俺だけのようで、少し挙動不審気味に相手の出方を見て身構える由利亜先輩と、マスクを取ろうとする先輩。

「これはこれは、今日はここの主人に依頼されてきたんだよ。君たちが来るから待っててやってくれってね」

「はあ…えと、それはどういう…?」

 緊張は解けない。これはとても自然な態度だろう。

「僕は何でも屋をやってるんだ。依頼を引き受け、言われたことをやる仕事をね」

「…はぁ?」

 言われてもよくわからない。そういう反応の由利亜先輩に、先輩が援護する。

「その、なんでも屋さんがこの家に何の御用なんですか?」

 ずっとこちらを見ず、背を向けて話していた男が、手を付き反転してこちらを向いた。

 中性的な相貌の、すらりとした体躯の男は貼り付けたような笑顔で、

「今日の仕事は君たちをここで迎えることなんだよ」

 そういった。

 俺は一歩躍り出て、深く息を吐いた。そして目をつぶることなく、もう一度吸い込み、その息を利用し一か月半ぶりに挨拶した。

「久しぶり、兄さん」

「うん。元気そうで何よりだよ」

 似ていない顔を突き合わせ、俺は努めて笑顔で兄に再会した。


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