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100回 一つの手としての最終手段。



 決まってしまった法則。絶対の規則。曲げられない決定。

 そういうものは表の、俺たちの日ごろ生活している世界にも当然に存在している。

 物理法則なんか、いい例だろう。

 しかし、物理法則は変わらないのではない。変えられないのだ。地球で生きている限り、重力に逆らって歩くことは今現在では不可能だし、海の上も歩けない。

 身一つでは、できないことが存在する。それを可能にするために科学技術があるのだ。

 だが、裏の世界では、決まりきった法則は変わらない。

 変えられないのではない。変わらないのだ。

 人間側が、どれほど何かをしたとしても、対する側の決定権が絶対とされている世界では、そんなものは蚤のジャンプと変わらない。

 そして、飛んだあとの着地点にセーフティーネットは存在せず、対する側に届くよう高く高く飛び上がった結果、人間という存在は死を迎える。

 これはだから、禁忌だ。

 段取りを踏み、対峙し、相応の対価を用意し、嘆願する。

 この規則を守って交わされた約束の達成率の低さを回避しようとして、神の力を引き出せば、人の身は簡単に滅ぶ。

 一足飛びになそうとすれば、天罰よりも先に目を焦がし、体を焼き、命を燃やし尽くすことになる。

 俺はある意味禁忌を犯したのだ。神を呼び出し対話する。壁の一枚も隔てず、お神酒の一杯もささげることなく。

 弓削さんが病室を祭壇として用意してくれていなければ、今頃俺は医者に死亡確認され、心不全と診断書に書かれていたことだろう。

 ソファーの背もたれに体を預け、深く息を吐くと、少し、考え始めた。


   ***


 今、俺に求められているのは決断でない。

 何が最良で、何が不可欠か、そんなことは今はどうでもいい。

 俺に仕事を投げた依頼人は昏睡状態で起きる気配はない。そして、起こさなければいけない患者には、神からのお墨付きで「もういない。葬れ」との言をいただいてしまっている。

 さて、どうしたものか。

 神を堕ろす巫女に対し、神の言葉を伝えるのはご法度。だから弓削さんに相談できない上に、今この場には俺しかいない。先輩が眠りから覚める兆しもないことを思うと、何もできないことになる。

 だから、とりあえずまとめてみることにする。この一件の、一連の流れというやつだ。

 さっきの夢で大まかな仮説を立てることには成功した。あとはこの仮説を本人に答え合わせしてもらうだけなのだが、それは難しそうだった。

 さて、ことの発端は長谷川家の……そういえば、この長谷川という名前、これは表の世界の名前らしい。弓削さんの話によれば、没落してしまった家は名を変えるのだとか。偽名、ということになるのだろうか。その仮の名前、偽りの名前が「真琴」、つまりは「マコト」=「真実」というのは本当に皮肉だとしか思えないが、これは余談。

 というわけで仕切り直し。

 ことは、長谷川家が裏の世界での権力、地位、名声を失ったことから始まる。

 長谷川を名乗るということは「初瀬」の名を裏では冠していたのではないかと弓削さんは言っていた。

 名前から察するに海の神を祀る家柄だったのだろう。弓削さんの家がなぜ「弓削」で水の神を祀っているのかは説明が細かくてよくわからなかったが、この初瀬というのはわかりやすい。

 ともかく、その初瀬家は、海が埋め立てられてしまったりして信仰を失い、消えていった。

 そして、長谷川家となる。

 長谷川家になると、家計は困窮し火の車同然。食べるのもままならない状況が続き、夫婦は完全に参ってしまった。

裏の世界で生きてきた住人の表での大変さは推し量ることは難しいが、別世界で生きると考えれば、なんとなく「ああ、生きるのすら難しいのか」と、死を選ぶのにも納得してしまいそうになる。

 先輩を育てなければという使命感があったのだろう、どんなに大変でも無理をしてでも金を稼ぎ、何とか食いつないでいたのだ。そして、先輩が中学に上がったころ、何かがあったのだろう。きっかけなんてきっと些細なことだ。隣の部屋の家族が、自分たちよりも幸せに見えてしまったのかもしれないし、もしかしたら、目標にしていた貯金額に到達してしまったのかもしれない。

 たぶん、そんな何かがあって、海外旅行に乗り出したのだ。一人娘と心中するための、最後の旅行に。

 圧倒的な無理に対して人間は、ただ立ち尽くすか、うずくまって目を背けることしかできないのだ。

 睨み付けることは出来ても、立ち向かおうとするものは片手の指の数もいないだろう。

 見て、立ち尽くし、ため息を吐いて、うずくまり、そうして、受け入れる。

 そうだ。

 先輩の両親は受け入れてしまったのだ。

 自分たちの死を。子供との死を。

 だが、先輩は拒んだ。だからこうして、死なずに在る。

 谷から落ちた先輩が生きているのはだから結局、


 神の祝福を受けてしまったから


 なのだろう。

 受けてしまったとは不躾か。

 助けを求められ、与えたにすぎないのだろうから、その土地の神は悪くない。いつも悪いのは人間で、頭だったり、心だったり、いろいろな部分を病んでいる人間が、日ごろの普段通りの日常としての当たり前だって言いたげな毎日で、その病んでいる部分すらすり減らしてしまうことがあるのだろう。

 正直、俺にはわからないことだ。

 本当にお金に困ったことはないし、他人と話が合わないことに苦痛を感じたことなんてないし、違う世界に言ったとき死にたいと思うかと聞かれれば絶対にそんなことはないし。だから、俺には一ミリもわからない。さっき、納得とかなんとか嘘を言ったりもしたが、先輩の両親に対して遅れる俺からの言葉ははっきり言ってただ一つだった。

 死を覚悟し、望み、飛んでしまった彼と彼女には、ご愁傷さまと、一言送ろうと思う。

 そして俺は、先輩に向かってお帰りと言い、兄に対しては、さて、なんといってやろうか。


   ***


 弓削さんはいつの間にか目をつぶって船を漕いでいた。

 先輩が起きる気配はやはりない。顔色がなんとなく、来た時よりも悪くなっているような気がした。

 あまたの文献に記されていた人の生の源の話を一つ一つ思い出していく。根源的なものでは、地脈を流れる霊力だったり、方位によって定まる五行だったり、教えや信仰によってさまざまだった。

 人の力では扱いきれないものとして描かれ、手では触れず、肌では感じられず、目には見ることもできないものだ。

 俺のようなものからしてみれば、そんなものは信じるに値しないものだ。見えない、感じない、触れられない。そんなもの、あったところでないのと変わらないと、以前の俺なら切って捨てることができた。だが今はできない。神を知り、未知を体験し、言葉を聞いてしまった今、俺には一つの回答が出ていた。それは、表の世界ではありえない方法で、どう考えても常軌を逸していて、だからこそ、やる価値のある方法。

 病室を出る前に弓削さんの祭壇づくりに持ってきていた大きなボストンバックを漁り、折り畳み式のナイフを取り上げる。

 刃を見て錆びてないかなんかを確認し、元に戻すとポケットにしまう。

 神に願ったのは先輩だろう。

 だからこそ、先輩は祝福され、美しさと引き換えに命を削られている。

 もっとも、先輩が求めたのは美しさではないだろうが、人は、儚いものに心惹かれる生き物なのだ。舞い散る桜。死にゆく獣。移り行く景色。変わりゆく街並み。そういう消えるものに対して敏感になる。

 先輩はまさにそのものだ。

 一人の人間が、同時に二人の人間から命をむしられていく。考えるだけでも恐ろしい。

 先輩の両親が眠る病室。

 ポケットのナイフに手を当て、確認すると、部屋に入る。

 変わらず、深い眠りについたままの無防備な二人を眼下に、ポケットからナイフを取り出すと、刃を表に出す。

 刃渡り五センチほどの短いナイフだが、寝ている人間を殺すには十分なのではないだろうか。

 男の枕元に立つと、顔色の悪い相貌を睨み付け、俺はナイフをあてがい、そのまま引き裂いた。




 作者コメ

 

 ついに百話。

 一年も同じ主人公で書いているのかと思うと何気に感慨深いものがあります。正確には一年と一月半といったところでしょうかね。

 なんども書いている通り、一話ごと指運任せに物語が進みますので、一話だけ読んでここに飛ぶと、「はあ??」と、声を上げる方もいるんじゃないかと思っていますが、それ、その声上げたいのは自分のほうです。「はあ?? なんでこんな話になってんの? なんだよ神って、先輩二人といちゃいちゃするだけのはずだったじゃん??」と、一年と少し前の自分なら両手を掲げて某何故と叫ぶ芸人よろしく問い詰めてくることでしょう。

 いやね、ほんと、なんでこうなった?

 伏線とか伏線とか伏線とか、いっぱいあるのにほんとに回収しきれるのかな?

 怖いわぁぁ……。俺はただ、ロリ巨乳に顔を埋めて美人な先輩に変態呼ばわりされるだけの作品が書きたかっただけのはずなのに………。


 でも、こんなところまで来てしまったのは自分の落ち度、いやいや、こんなところまでこれたのは自分のおかげということで、この先あと何話かわかりませんがお付き合いいただければと思います。

 百話全部読んでくれてる人なんていないとわかりつつも、物好きな方の出現を願いながら。


 ではこの辺で。

 

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