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剣士と鬼の事件手帳  作者: 小人
2/2

殺戮の鬼人

遅くなりましたが、第2話です。


少し長いですが、よろしくお願いします。

街路樹が立ち並ぶ街並を眺めながら歩く。こんな事をするのも、今日が最後だ。駅に着くまでの、残り少ない時間を淡々と過ごして行く。どうしてかはわからないが、院長と会話になることも無ければ、自分から話そうとも思わない。この街から離れる事が、少し寂しいのかもしれないのだと、自分の中でそう思うことにした。いつもならパッと出てくる言葉が、今日は出ない。最後の時ならば、院長に何か気の利いたセリフを吐くべきなのだろうが、何も思いつかなかった。


僕と院長は、黙ったまま。そうして、何もない時が過ぎ去る。過ぎ去った時間は残酷で、あと少し先に見えてしまう駅の建物が、孤児院での生活の終わりを実感させた。


そこからの時間は、とてつもなく短い。

ほんの数秒のうちに、駅に着いてしまったような気がした。

「着いたな……」

院長は、駅の建物を見つめながらそう云った。


それほど大きくない駅だが、首都へのアクセスがあるため、人通りはあった。ここから一度、東京に電車で出る。そこから熱海に行って、熱海から富戸というルートで、僕は新しい生活の拠点へ向かう。

「長旅になるだろうから、向こう着いたら連絡してくれ」

院長の寂しそうな視線を受け取って、僕も少し寂しくなる。人間の感受性とは、本当によくできていると思った。

「はい」

「それから……。さっき手に入れた妖刀の様子にも注意しておけ。今はなんともないが、不思議な刀であることは間違いない」

僕は、少し頷いた。

「ーーそれから。いいや、あまりは長くは語らないか。それじゃあ、あっちでもしっかりな」

僕はもう一度頷く。返事をしようとしても、上手く声が出なかった。僕は、何か院長に言葉を伝えなければいけない。そんな事は分かっているつもりだ。そして、それは感謝の言葉だということも分かっていた。

なのに、いい言葉や上手い言葉が見つからない。

高校にも行ったのに、言葉を全然知らない。成績は良かったし、大学を勧められることもあったが、こんな時に僕は言葉が思い浮かばない。ありがとう、とそれだけ伝えるのでは、足りない。何か別の言葉を掛けたいのだ。

「どうした理。顔が暗いぞ」

院長にはバレているみたいだ。僕の不安や、心残りが。寂しくも思う。自分が情けない。感謝の言葉も伝えられず、旅立つ日に新生活への不安を募らせたまま。頼もしさのかけらもない。

「お前が暗い顔をしてると、初めてお前に会った時のことを思い出すな。鬼に親を殺されて、死んだような目をしていたお前を……」

死んだような目とは言い過ぎな気はするが、あの時の僕はそうだったのかもしれない。

「お前に剣を教えたのは、お前が楽しそうな顔をしていたからなんだ。お前に夜叉流を継承するためでも、妖刀の試練をさせる為でもない。私は、お前の明るい表情を見たかったんだよ」

院長は、そう続ける。

「私は、理の楽しそうな顔を見たい。笑っている理を見ていたい。だから、そんな顔するな。いつでも、辛い時は笑う事だ」

「院長……」

明るい声で、院長は数珠繋ぎに出た言葉で、僕を励ました。院長は、僕が楽しく生きていればいいと言う。

ならば、僕は彼のために、誰よりも笑えるようにしよう。今まで育ててもらったのなら、次は僕が院長を喜ばせる番だ。僕がこんなにも前向きな事を思うのは、初めてだった気がする。また院長に救われたのだ。

やはり、僕は院長の為に生きなければならない。自分の人生を生きる中で、辛い顔をして生きては駄目だ。

強く、靭く生きなければならない。

そして今、僕が思う感謝の言葉を院長に伝えよう。

難しい言葉や、綺麗な言葉要らない。

ありがとう、と一言だけ伝えればいい。それが僕ならば、それでいいだろう。

「僕は、どうでもいい事を迷っていたみたいです。

あなたに伝える言葉を探しては、自分を責めていた。

だけど、そんな必要はなかったですね」

不安があろうと、辛くても。院長を悲しませてはいけない。決意を固めろ。僕にその意思があるのなら。

「今まで……本当にありがとうございました」

少しだけいつもより大きく息を吸って、大きな声で僕は云う。そして、深々と頭を下げた。顔を上げると、院長の顔は今までに見たことのない程の笑みを宿していた。優しく、僕の背中を後押しするような、そんな笑みが僕の涙腺から涙をこぼさせた。僕は上を向き、涙をこらえて歯をくいしばる。この場所を踏み越えたら、もう僕は一人だ。だけど、孤独じゃない。人の思いを背負っている。そんな意識が、僕の重い足を駅の改札の向こうへと運んで行った。













✳︎

電車に乗り、乗り換えを超え。そして、熱海まで来た。それにしても長旅である。本を読んでも、勉強をしても、一向に富戸に着かない。あと四十分程のはずだが、ここまでが長かったせいで限界だ。富戸について調べておこうと思い、僕は携帯を取り出した。飽きてきた時間帯にしては、良い選択だと思う。

電車にも人は殆ど乗っておらず、悠々とした時間だ。

旅行であれば。決して悪くない時間の使い方である。

悠々自適であり、僕なんかには合っている。

携帯電話に、『富戸』とだけ打ち込む。二〇三〇年とは便利になったもので、検索するだけで町の特色や特徴まで出たりする。犯罪の多さや、鬼の出没率まで、検索一つでわかってしまうのだ。

明るい画面に、静岡県の富戸の情報が表示される。

犯罪発生率は、極めて低い。しかし、鬼の出没率が恐ろしく高い。悪い人は居ないが、悪い鬼がいるという印象だ。人口減少が凄まじく、ここ数年で人口が五〇〇人まで減少している。以前どのくらいの人が居たのかは知らないが、五〇〇人ではあまりにも少ない。

何か原因があるのだろうが、特にこれといった記述や記事はなかった。鬼の出没も多いはずなのに、記事は少ない。あまりにも残酷なものは取り上げられている。見たところ、建物も少なく、海が綺麗だという情報はいろいろなところに書いてある。良い点は、犯罪の少なさと、自然環境が良好なことだ。という意見が、色々なところに書いてある。僕は、携帯を閉じた。腕時計で時間を確認する。そして、まだ三分も経っていない事に驚愕した。窓からの光が、僕に睡魔を呼び込む。重くなる瞼を抑えておく必要も無いので、僕は目を閉じた。



あと数分もすれば、眠りにつくだろう。そう思っていた時だった。



耳がつんざくほどの甲高い女性の悲鳴が、鼓膜を振動させた。一気に脳に血流が巡り、僕は目を覚ます。

胸が激しく脈打つ。僕は立ち上がって、声の方向を見た。声は、一つ奥の車両から聞こえたようだ。僕の乗っている車両の人も、皆んなそちらの方向を見ていた。一つ奥の車両へ、僕は歩いていく。周囲の数人の乗客も、吸い込まれるように同じ方向に足を進めていた。数秒後、今度は別の声が上がる。今度は男性だった。成人男性が上げた声だったため、驚きは恐怖に変わる。僕は、竹刀の入ったケースと、妖刀の入ったケースを肩にかけて、小走りで事のあった車両に入る。

その車両にいる人間は、ほとんどが腰を抜かしていた。震えている人間もいる。

車内の人間の視線の先には、僕がこの世で一番恐れているものがいた。人を震撼させるほどの殺気に、あらゆる物を破壊しそうな程のパワーを感じる肉体。人間よりも少し巨大だ。材質は不明だが、腰巻をしている。全身は赤黒い肌で、額に角があり、睨みつけるような目でこちらを見ていた。僕が幼少期に見て、恐怖と憎悪を覚えたその存在が、今目の前に現れた。


鬼だ。十数年ぶりの恐怖が、蘇る。心臓は強く血を吐き出し、視界は鮮明にその存在を写す。腰を抜かす人に、鬼は二足歩行で迫った。足音は、巨人のようだ。

人間は、床についた手を使って腰を抜かしたままあとずさりする。しかし、鬼の歩むスピードの方が次第に速くなり遂には追いつかれてしまった。鬼は真正面にいた男性を捕まえて、首根を掴み、掲げた。周囲の人間の悲鳴は大きくなる。掴まれた人間は、悲鳴などあげていない。恐怖のあまり、何も言葉を発せないのだ。鬼は、掲げた男性の首を強く握りしめる。男性は足をばたつかせて抵抗するも、ついに動けなくなる。

男性は、もう死んでいるだろう。鬼は、そのにやけた表情のまま、男性の首を絶えず強く握っている。

惨たらしく、見ていられなかった。僕は、目を瞑りその姿を見ないようにした。

そのため、鬼が握りしめた首が握力によって引きちぎれる音を聞いた。血が飛び散り、ベタッと僕の頬に張り付く。床にも相当の血が飛散した。腰を抜かしていた人は嘔吐し、その光景に震えていた。これには僕も吐き気を催したが、何とか耐えている。今はこの鬼から逃げることを考えなければ。そう思うことで、精神を保っていた。恐怖に支配されない心が無ければ、鬼に殺されてしまう。次の駅で電車が止まる。そうしたら即座に電車を降りて、逃げよう。僕はそう決めて、少しずつ鬼から離れようと足を下げる。鬼の睨むような視線を回避しながら鬼を監視して、動きの一つ一つに神経を研ぎ澄ました。

鬼は、目つきの悪い視線で人間を見つめる。そして、牙を出して、少し笑う。鬼の声を聞いたのは初めてだ。鬼の呼吸が少し荒くなり、手を見つめながら不気味な声を発する。

気持ちが悪い。猟奇殺人犯の番組を見ているようだ。



「……久しぶりに人間を殺した。こんなに楽しかったかぁ。面白かったかぁ。なんだか、ふわふわした感じだ……」


鬼は、小さくそんな風に呟いている。人間の言葉を話しているが、そんなことに関心を持っている場合ではなかった。鬼はケタケタと笑い始め、また近くにいた人を捕まえる。女性は無抵抗のまま、首をもがれる。

次は腰を抜かした男性に目をつけた。男性は大きく腹部を蹴り上げられ、電車の天井付近に吹き飛んだ。

辛うじて生きてはいるが、大きく吐血して震えていた。逃げる気力もなく、膝をついて倒れこむ男性を、鬼はもう一度蹴り飛ばす。今度は水平方向に男性が飛んでいき、僕の横をかすめて先頭車両まで吹き飛んだ。先頭の壁にぶつかったことにより、乗務員が異常に気づいて、電車を急停止した。次の駅で降りるという手立てもなくなる。

死を覚悟して、唾を飲んだ。


鬼は笑いを止めず、走り出して車両内の乗客を殴り飛ばす。一人殺すごとに、楽しそうに爆笑しては、また次の人へと目をつける。次は自分かもしれないという恐怖感が、僕の体に汗をかかせる。惨たらしく殺されて行く人を、眺めていることしかできない。吐きそうだ。一刻も早く電車を降りたい。

この場から早く立ち去らなければ、僕が殺されてしまうかも知れない。それなのに、もう逃げる場所はない。絶望の中で、思考の中に死という文字が乱立する。もう逃げ場はない。この場で乗客は全滅してしまうだろう。

そんなことを考えながら、目の前で繰り広げられる惨劇を呆然と見ていた。こんな風に簡単に人は殺される。僕の家族の時もそうだった。圧倒的な力の前で、人間は無力になる。

何も出来ない、誰を助けることも、僕が助かることもできないだろう。

夜叉流などというもので竹刀を使って戦ったところで、殺されるのは目に見えている。殺される瞬間をただ待とう。


そう思った時には、目の前に人の形をした者は居なかった。あるのは、血にまみれた物体と、鬼の存在だけ。僕は死を悟る。ここで殺されて終わりだと。


鬼は、また笑いながらこちらに走り出す。僕を殴り飛ばして、はじめに吹き飛ばされた男性の所まで飛ばされる。今までに経験したことの無いような痛みが、僕の体に走る。体に大穴が空いた気がした。もう身体に力は入らなかった。右肩には、竹刀と妖刀が下がっている。これを使って、今からなんとか身を守る事ができるだろうか。体が動かないのだ、無理だろう。


大河の混濁のような所に、意識が吸い込まれて行くような気がした。鬼の足音がこちらに迫る。

駄目だ、多分殺される。


目を開けないでおこう。恐怖に満たされたまま死ぬのは御免だ。抵抗をする力は残っていない。というか、全身の骨が多分砕けている。

死の瞬間を待つ。院長にも別れは告げたし、未練はあまり無い。死だ。目の前に迫る死を、僕は待つ。










✳︎

不思議なものだ。今から殺されるという運命を受け入れているはずなのに、体は必死に抗おうとしている。何故か生きようと呼吸をする。逃げようと、足を動かそうとする。僕の動かないはずの体は、静かに力を呼び戻す。痛みも消え出して、瞑っていた目を再び開こうと思う。視界がひらけて、一気に意識が鮮明になる。鬼は、二〇メートルくらい先にいた。


「まだ、死ねない。死にたくない」


とっくに死ぬ覚悟はしていた。しかし、僕の身体はまだ生を欲している。

先まではピクリとも動かなかった体が、少しずつコントロールを取り戻していた。左手で、右肩にかかった竹刀ケースを外す。そうして、竹刀を取り出すために、チャックを開いた。竹刀は粉々に砕けていた。どこがどこの部位かも分からないくらいに、粉砕している。

僕の、文字通り必死な抵抗は無意味だ。せっかく身体が動くようになったのに、もう殺される運命は変わらない。そう思った。

鬼も、歩みを止めずこちらは迫っていた。今までの時間がフラッシュバックする。人間は、死ぬ前にそういった状況に陥るという。しかし、僕の体にそんなことは起きていなかった。何か生きる手立てがあると言うのか。僕が忘れているだけで、何か。



そうだ。策はまだあったのだ。

僕は、もう一本のケースに手をかける。妖刀だ。

まだ使ったことのない、謎の多い不気味な刀を取り出す。切れるかも分からない。それなのに、なぜか大丈夫な気がしてしまう。夜叉丸が守ってきた刀だ。

もしかしたら、強大な力を秘めているのかもしれない。現実主義な僕には考えもつかないような思考が、死を前にして現れる。ついに頭がおかしくなったのかもしれない。

それでもいいだろう。生きるチャンスを貰えたのかもしれないのだから。そうでなければ、身体が動くはずはない。僕は、妖刀を引き抜く。妖刀は、刃に光を反射させる。斬れ味は不明だが、何か生き物の血のようなものが刃から溢れ出てきた。

「なんだこれ……」

僕は思わず声を出していた。

ポタポタと僕の足元に垂れる血が、刀を伝って右腕にも付く。そして、血に腕が塗れて行く。血は、息をしているかのように僕の腕を肩の方向へと進んでくる。

二筋、三筋と、血が枝分かれして血管のように張り巡らされる。血が付いていない範囲にまで、それは及んだ。特に何かの感覚を感じる訳ではないが、腕は赤黒く染まっていく。それだけではない、ちょうど目の前にいる鬼のような腕に、僕の腕は変貌していった。


爪のような尖った指先、盛り上がるほどについた筋肉、肩の関節から肘にかけて、僕の腕は鋼のように硬化していく。次第に、指先までそれに侵食され、ついに僕の腕は鬼の腕になってしまった。



あまりの出来事に、僕は動転していた。こんなに現実味のない事が起こりうるのだろうか。目の前にいる鬼は、百歩譲って現実だとしよう。しかし、この腕は、この妖刀は可笑しい。こんなことが、世の中に存在するのか。


気を確かに保つことは不可能だった。鬼を目の前にして、恐れているはずなのに、僕は立ち上がり、鬼の方向へと歩き出してしまう。妖刀を両手で構えて、鬼に向かって、ゆっくりと足を踏み出す。この行為をしているのが、自分なのか自分で無いのかも定かではない。


「あららぁ。なんか急に元気になったなぁ」

鬼は歩くのをやめて、首をかしげる。

「しかも、お前からはオイラと同じ匂いがするなぁ」

鬼はまじまじとこちらを見つめている。鬼と同じ匂いというのはどういうことだろうか。この腕と、妖刀と、何か関係があることは間違いない。そういえば、夜叉丸が妖刀には鬼が宿っているというような事を言っていた。僕は、あの時妖刀を心臓に突き刺している。鬼の宿った刀を、自分自身に突き刺した。細かいことは不明だが、僕の体に鬼が宿っているのかもしれない。

「さしずめ、僕も半分鬼みたいなものなのか?」

もしかしたら身体の中にいるのかもしれない鬼に、僕は話しかける。もちろん、返答はない。空想じみた目の前の出来事が、未だに信じることはできない。

しかし、鬼を倒せるかもしれないと前向きに考えるしかなかった。僕の身体も鬼に近づいているのなら、鬼を倒せるかもしれない。


僕の仇かもしれない、この鬼を。


もう一度、妖刀を見る。気味悪く変貌した僕の右腕が視界に入る。両手で持っている妖刀の、右腕側は妙に軽く、力も入りやすい。今なら、鋼鉄であっても右腕で破壊できてしまう気がする。鬼の腕には、そんな只ならぬ力を感じる。力の正体が本物なのか、僕が鬼に勝てるかは分からない。しかし、先程殴られて死ななかったということは、まだ死ぬ運命ではないという事かもしれない。それに、僕はまだ死を受けれいていない。死んでもいいと思っていたが、そうではないようだ。そうだとするなら、僕はこの目の前の殺戮兵器と戦わなければならない。

殺される前に、この鬼を殺す。


左足を前に出して、力を込める。一気に鬼に向かって足を踏み込み、距離を詰める。

鬼はもう一度、気色の悪い笑みを浮かべ、こちらに突進する。大きく左腕を振りかぶりながら、鬼はスピードを上げる。

敵の攻撃を回避しながら、一撃入れる。そんな技を、院長と死ぬ程練習した。体は、その動きを再生するように、何も考えずとも発現する。

「守式。二……!」

妖刀を下から上に振り上げる。鬼の左肘関節めがけて。ただの防御ではなく、敵の攻撃を防御した後に、敵の身体と自分の身体の位置が入れ替わる。勢いのついた相手の体の後ろを取れるというのが、この技の強みだった。院長との稽古は無駄ではなかったのだと、ここまで生きてきたのは、運命だったのだと、また僕は信じさせられる。


鬼の関節に命中した一撃は、何時もとは違った。いつもは、打撃で終わるはずの一撃は、凄まじい切れ味で腕を吹き飛ばす。鬼の左腕が宙を舞って床に落ちる。

青色の血が、べったりと床に飛沫する。


「イタタ……。ひどい。ひどいなぁ」

鬼の声は大きくなる。何度も同じ言葉を繰り返し発する。鬼は振り向く。にやけた表情が消える。突風のように吹きすさぶ殺意を、僕は受けた。何か、すごい攻撃が来るかもしれない。

身構え、鬼の全身に注意を払う。見るべきは、筋肉の微量な動き。鬼の呼吸。ピクッと、鬼の右腿の筋肉が震える。蹴りが来る、僕はそう確信して、体をよじる。案の定、上段の蹴りが飛んできて、間一髪の回避に成功した。大振りの蹴りだ。当たっていたら生首が吹き飛んでいただろう。

すかさず、鬼の左腿に一撃。また、切り抜ける。今回は浅かったが、その次の背中への一撃はしっかりと入る。そう確信して、大きく刀を振りかぶる。力を込めて、背筋を切り裂く。間合いから離れるため、二歩下がる。

鬼は、更に怒った。立っているのもしんどいほどの殺気をばら撒く。鬼はまた僕に突進する。不良の喧嘩程度の戦う技量でも、スピードとパワーが違えば恐ろしい。鬼はそんなことを痛感させた。目では捉える事のできないほどのスピードで、拳が飛ぶ。突進した直後には、もう攻撃は顔面間近だった。回避は間に合わないかも知れない、そう頭をよぎった。しかし、僕の右腕は刀から手を離し、鬼の迫る拳を捕まえる。

衝撃波とともに、受け止めた拳から突風が吹き荒れる。鬼に変形した右腕のおかげで、なんとか僕は無傷だ。腕のコントロールは殆んど効かなかった。何か別人によって動かされているような、そんな感覚だ。

掴んだ右腕を、僕の右腕は途轍もない力で引いた。

鬼の腕は、肩から引きちぎれる。こんな剛力を、鬼の腕は秘めていたというのだろうか。制動のできない僕の腕は、引きちぎった鬼の腕を捨てる。そうして僕の鬼の腕は、鬼の顔面へと拳を叩き込んだ。鬼を吹き飛ばし、車両の一番後ろの壁に鬼が激突する。もう鬼は動かなかった。座ったまま気絶している。呼吸はしているため、生きてはいるだろう。背中から出る血が、壁に絵の具のように付着している。

目を覚ます前にとどめを差そう。


そう思った僕の腕は妖刀に手を置き、力を込めて鬼の喉笛を突き刺す。何か生物を殺すのは初めてだった。

あまりいい気はしない。しかし、こいつが目を覚ましたらまた地獄だ。そう思って、刀へ更に力を込める。


仇を討つにしても、鬼を憎んでいても、殺しは気分が悪かった。

嘔吐する気配を抑え、目を瞑り掻き切った。鬼の喉から、大量の血が線となって吹き出す。



本当に死ぬかと思った。助かった喜びを感じて、僕は安堵する。

安堵し、体の力が抜けて行く。脚がふらつき、刀を地面に落として、僕の目の前が黒に染まって行く。






そうして僕は、車内で気を失った。




ご愛読ありがとうございます。


まだまだ未熟者ですので、ご指摘などありましたらお教え下さい。

なるべく早く対応致します。

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