スタート
AM6:45
二人の乗ったボートは、数箇所の小さな流れ込み(川や山からの湧き水などが湖に流れ出している場所)があるポイントに止まった。
「おいクソ兄貴! なんでいきなり飛び出すんだよ! 危ねえだろうが!」
「さて、準備準備〜!」
「無視すんじゃねーっ!」
ポイントに着いて早々、タカシは大介に怒っていた。
「うるさいなあ。お前も早く準備しろよ。トーナメントは時間制限があるんだぞ」
「うるさいだと!? この変態野郎! もう許さねえ!」
タカシは大介に勢いよく殴りかかる。しかし、それをヒラッとかわされ、あやうくボートから落ちそうになる。が、ギリギリのところで踏みとどまった。
「あ、あ、危ねえ! よけんじゃねえよ! この変態......って、おい!」
大介はタカシの声など届いていない様子で、少し離れた所に止まった一艇のボートを睨んでいた。
(な......!? 川藤さんだと!? クソ......考えてる事は同じってことか。しかし、奴の得意とするサイトができないこの状況。同じ釣りなら負けない!)
こちらを見る大介の視線に気づいた川藤も、不敵な笑みを浮かべて大介を見る。
(ふん、若造もここにきたか。まあいい。バスを見つける力だけは評価してやろう。しかし、若造よ。お前は私をサイトだけの人間だと甘く見ているようだな......バカにするな! なぜ私が長年トップ50に入り続けているのかを身をもって教えてやる!)
川藤は竿を振り、釣りを始めた。
それを見た大介も、釣りを始めようと振り返る。
「おう! やっと気づいたか! 先にやってんぞ!」
そこには、あきらかに糸が絡まったリールを必死に治しているタカシの姿があった。
「お、お前、何してんだ?」
「見てわかんねえのかよ! 釣りだよ釣り! まあ、投げたら糸がグチャグチャになっちまったけどな! ははは」
「ははは、じゃねえよっ! バカ野郎! こんな大事な時に! それに、最初に渡した竿はどうしたんだ!」
「ああ、あの竿か? あれはやめた! このイカついリールがついてる竿の方がカッコ良かったから」
悪びれないタカシの言葉を聞くと、大介は頭を抱え大きなため息をついた。
「あのなあ、俺がお前にあの竿を渡したのには理由があるんだぞ」
「理由?」
「そうだ。はっきり言って、お前が今使ってるリールは操作が難しい。そのイカついリールは、ベイトリールって言って、投げる時に親指で糸が出るのを調節しなきゃならん。この、親指で調節する事をサミングって言うんだが、そのサミングをミスると糸が絡まってほどけなくなっちまうんだ。これをバックラッシュと言う。つまり、今のそのリールの状態が、まさにバックラッシュだ」
「そ、そうなのか!? ははは......ごめん!」
「もういい。それは後で治す。それより、最初に渡した竿を持ってこい!」
「お、おう!」
大介に言われた通り、タカシは最初に渡された竿を手に取った。
「これだな!」
「そうだ。その竿についてるリールは、スピニングリールと言ってさっきのベイトリールよりも初心者向けだ。なぜなら、糸を調節しなくてもバックラッシュする心配が少ないからだ」
「なんだよ〜、変態兄貴も人が悪りぃな! そんな大事なこと早く言えよ〜!」
「このクソガキっ! ちっ、まあいい。それよりも一回投げてみろ!」
「おう! 一投でそのブラックなんとかって魚を釣り上げてやるぜ! で、どうやって投げるんだ?」
大介は盛大にコけた。しかし、気を取り直して説明を始める。
「まずは、中指と薬指でリールの付け根を挟み込むように持つ」
「こ、こうか?」
タカシは言われた通りに持った。
「そうだ。次にリールについてる針金みたいな金具を上に上げる。この時、糸がフリーな状態になるから、竿を持ってる方の人差し指に糸を引っ掛けとくんだ」
「わかった!」
「できたか。それじゃあ、いよいよキャスト(ルアーを投げること)だ。そのまま手首のスナップを聞かせて竿を後ろや前に振る。この時、ルアーの重みを乗せて振るようにする。で、ルアーの位置が大体頭のてっぺんぐらいになったら人差し指を離してルアーを飛ばすんだ」
「おう! 簡単なこった!」
タカシは言われた通り、竿を振り始める。ルアーの重みを感じ頭のてっぺんに来たところで人差し指を離した。
「あ!」
ルアーは大きく真上に飛び上がり、タカシのいる位置から1メートルほどの距離に着水した。
「これ、OK?」
「NOに決まってんだろ! 人差し指を離すのが早すぎんだよ!」
「初めてだから仕方ねえじゃねえか! もう一回やってやるよ!」
タカシはリールを巻き取り、再度ルアーを投げる。
「あ!」
ルアーはタカシの頭上に高く飛び上がり、またもや同じ位置に着水した。
「クソ! このリール、壊れてんじゃねえのか!?」
「バカ野郎! リールのせいにすんじゃねえ! しかし、困ったな......お前、今日は釣りやめて帰れ!」
「え!? なんでだよ! せっかくここまで来たんだぞ! そんな簡単に......」
タカシは大介の発言に対し、グチグチと文句を言い始めた。
しかし、口では帰れと言っていた大介だが、心の中では別のことを考えていた。
(なんて奴だ。手首のスナップ力が強すぎて竿を振るスピードが異常だ。あいつは真上で人差し指を離してるつもりなんだろうが、ルアーがその先を行き過ぎてどうしても離すタイミングが早くなっちまうんだ。無理もねえ。俺だってあんなスピードで投げれるかどうか......ましてや、初心者が投げれるはずがない。しかしだ、もしも仮に投げれるようになったとしたら......!?)
「ははっ」
大介は小さく笑った。
(こいつ.........おもしれえ!)
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