作戦会議
AM6:00
『お待たせしました! それでは芦ナ湖エキシビションタッグマッチトーナメント、スタートです!』
アナウンスの掛け声と共に、40艇はあろうかというボートが一斉に湖上へと繰り出した。ボートにはそれぞれ二人組の選手が乗っており、一人が運転、一人はポイント(釣りをする場所)の指示をだしている。各チームお目当てのポイントへ着くと、早速竿を振りルアーを投げ始めた。
一方その頃、スタート地点では体を震わせて怒りを表現するタカシと、ボートの運転席でコーヒーを飲む大介の姿があった。
「おい! シスコン兄貴! もうみんな行っちまったぞ! 俺らも早く出ねえと、先越されんぞ! いいのかよ!」
「少し黙れ、生意気なガキ! 俺らみたいなプロがペアリングしてるチームは、一般参加者より30分遅れてからスタートだ。ほれ、オレンジジュースでもやるから、飲んで待っとけ」
大介はタカシに向かって缶のオレンジジュースを投げた。
そのジュースを体制を崩しながらもなんとかキャッチしたタカシだったが。
「いらねえよ! なんだよそのルール! あんたはプロだとしても、俺は釣りなんてやった事ねえんだぞ! このままじゃ負けちまうじゃねえか!」
「ほう。釣りをバカにしてたらしいが、割とやる気はあるみたいだな」
タカシは、はっと我に返る。
「そ、そんなんじゃねえよ。ただ、負けるのが嫌なだけだ......」
「ははは。素直になれよ、少年! まあ、この間にちょっとしたレクチャーでもするか」
そう言うと、大介はボートの荷物入れから一本の竿を取り出し、タカシに手渡した。
「なんだこれ? 竿か?」
「そうだ。今日はそのタックルをお前に貸してやる」
「はあ? タックル? ってなんだ?」
「おいおい、そんな事もわかんねえのか! タックルってのはな、バス釣りをする為の道具をひとまとめにした言い方だ。ちなみに全部名前がついてて、その竿の事をロッド、糸が巻いてあるのがリール。糸の事をライン、そしてその先についてるのがルアーだ」
「へえ、このフサフサな針金がルアーなのか」
タカシは竿先についている、針金の様な物を手に取った。
「それはスピナーベイトと言って、ハードルアーに分類される。ハードルアーってのは、硬いプラスチックなんかで作られたルアーの総称だ。逆にソフトルアーってのもあって、ワームって言うブニャブニャした柔らかい素材でできたルアーもある」
大介はルアーボックス(ルアーを入れる箱)を取り出すと、ワームをとってタカシに見せた。
「へえー、色々あるんだな」
「ちなみに、今日のトーナメントではそのソフトルアーは使用禁止だ」
「そ、そうなのか。ソフトルアーが使えないと何が困るんだ?」
「バスってのはな、生き物なんだ。それぞれの個体にそれぞれの個性があり、好き嫌いも分かれる。そこに気温や水温、季節なんかの自然の要素が加わると、当然魚の狙い方も変えていかなければならない」
「へえ。難しいんだな」
「当たり前だ! ハードルアーには見向きもしない奴が、ソフトルアーに変わった途端入れ食いになる事もある。まあ、逆も考えられるがな。まとめると、ソフトルアーが使えないって事は、魚を釣る為の方法が限定されて、その分釣りにくくなるっていう事だ」
「なんだよそれ! 初めての大会にしてはすげえハードルが高い気が......」
『それでは、トッププロチームもそろそろスタートのお時間です!』
スタート地点に大きなアナウンスが流れる。
「おっと、そろそろスタートだな。続きはポイントについてからだ」
「え? おい! ちょっと待......」
『スタートです!』
タカシの話を遮るようにスタートの合図が切られる。
「掴まっとけ! 飛ばすぞ!」
タカシの返答を聞く前に、大介はすごいスピードでボートを発進させる。
「うわああああ! 待てってえええ!」
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