新たな挑戦
翌日の昼休み。レイは屋上へと続く階段を物凄いスピードで走っていた。
「あーいーつーっ!」
バン!っと勢いよく屋上のドアを開けると、タカシが呑気に日向ぼっこをしているのが見えた。
「タカシ! 何で午前中の授業受けなかったのよっ!」
レイは甲高い声で怒鳴った。
するとタカシは、
「お前、よくここがわかったな。俺のストーカーかなんかか?」
「バカっ! 違うわよっ! あんたを見かけたって子がいて......」
レイの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「どうでもいいけどさ。俺、ねみいから、ちょっと寝るわ」
タカシは大きな欠伸をするとその場に寝転んだ。
「あんたね〜! ま、いいわ。今日はあんたにいいお知らせを持ってきてあげたのよ!」
レイの言葉にタカシは何の反応も示さない。
「ちょっと! 聞きなさいよ! もしかしたらアメリカに行けるかもしれないのよ!」
アメリカ、という単語にタカシはビクッと反応した。
「フフフ、興味はあるみたいね。いいわ、そのまま聞いて」
レイは不敵な笑みを浮かべた。
「あんたがこんな感じになっちゃったのは、バスケができなくなって、有り余るパワーをぶつける方法がなくなったからだと思うの。それで、昨日うちのお兄ちゃんに相談したら、一度大会に連れて来いって!」
「はあ?」
タカシは寝転んだまま、頭だけをこちらに向けた。
「何だよそれ。大会だあ? アメリカはどこ行ったんだよ」
「せっかちなやつね〜。続きがあるから聞きなさいよ。まずはその大会なんだけど『釣り』の大会なのよ! バスっていう魚を釣るんだけど、私のお兄ちゃんプロなの!」
「釣りぃ!? そんでもってプロ? おいおい、冗談はよせよ。何が悲しくて釣りなんかしねえといけねえんだよ」
「本当よ! れっきとしたスポーツ選手なんだから! それに、あんたせっかちでしょ? だから、釣りに向いてるって!」
「釣りがスポーツ? 笑わせんなよ。そもそもバスケとは格がちげえよ。世界中の選手が集まるNBAみたいな大会もあるんだぜ」
「あるわよ!」
「え?」
タカシはあからさまに驚いた表情を浮かべる。
「だから、釣りにも世界中から選手が集まる大会があるって言ってるの! 『B.A.S.S』って言うアメリカの組織があって、その中でも『バスマスターズクラシック』って言う大会が今世界で一番大きな大会なの。もしもあんたが釣りのプロになっていい成績残せたら、この大会にも出られるかもしれないのよ!」
「ば、バスマスターズクラシック?」
「そう! だからあんたもこんな所で寝てないで、すぐに始めるべきなのよ!」
しかし、レイの話を聞いたタカシは、また大きな欠伸をして寝始めてしまった。
「ちょっと! なんか反応しなさいよ! 全く!」
そうは言ったものの、レイは急に声のトーンを落とし、呟くように話し始める。
「あのね、私、今のあんたを見てらんないのよ......昨日だって練習してたし。髪は金髪に染めたけど、お酒やタバコをやらないのは、まだバスケに未練があるからでしょ? 」
「..................」
「私、バスケをやってる時みたいに、楽しそうにしてるタカシがもう一回見たいのよ。それだけ......もしも、お兄ちゃんがでる大会に来てくれるなら、今週の日曜日、朝五時に芦ナ湖に来て。私、待ってるから」
そう言い残すと、レイは屋上から出て行った。
タカシは、レイが去ったのを確認するとおもむろに立ち上がり、景色を見下ろす。
「釣りか......」