自然
『BUKUBUKU』を出たタカシとカナモは、店の近くの貯水池に来ていた。
住宅街の外れにあるその池は、全面に柵が張られており、柵を挟んだ向こう側は小さな道路になっている。
生活感のある雰囲気から、突如出現する濁った水溜り。
なんとも言えない不思議な違和感がタカシを襲った。
「さあ、着いたぞ! それじゃ、釣りを始めよう!」
タカシに向かって自信満々に言い放つカナモ。
そのまま柵の入り口を開け、中へと入っていく。
そんなカナモに疑いの眼差しを向けながら、タカシも後に続いた。
(芦ナ湖とは全然違うな......)
それもそのはず。この池は、芦ナ湖とは比べ物にならないほど小さいのだ。10分もあれば池全体を歩いて移動できる程だ。
「あ!ママ! あのお兄ちゃん達、釣りしてるよ!」
「こら! 見ちゃダメ! 早く行くわよ!」
住宅街の外れと言っても、人が通らないわけではないらしい。むしろ車があまり通らないため、歩行者にとっては便利な道の様だった......
「なんか恥ずかしいんだけど! それに、こんな池にバスがいるとは思えねえよ!」
我慢できなくなったタカシはカナモを見てそう言った。
「ボンボクラァ! こんなに少ないギャラリーの前で緊張してたら、バスプロになんてなれないぞ! それにタカシ君、決めつけるのは良くない。こんな池でも確実にバスはいるんだ」
「ホントかなぁ......」
なおもカナモを疑うタカシ。
「本当さ。ここは池の面積こそ小さいけど、全面がシャロー(1〜2メートル程の浅場)になっていて、バスが潜むストラクチャー(障害物)が豊富にある!」
「すとらくちゃあ?」
「そう。ブラックバスと言う魚はストラクチャーと呼ばれる障害物の近くにいる事が多いんだ。例えば、あの水面から出ている数本の杭」
そう言うと、カナモは持っている竿で杭を差した。
「あそこはとてもいい条件の揃ったポイントなんだ。この池は芦ナ湖とは違い、日常的に水が濁っている。水が濁ってるという事は、バスの視界も悪くなり、何かに寄り添って行動する様になる」
「水が綺麗になるまでは、なかなかエサを食わなくなるんだろ!」
タカシは大介の停電の話を思い出していた。
「いや、それは違うな。日常的に水が濁っている状況では、バスにとってそれが普通なんだ。エサを食わなくなる事はない。ただ、クリアな水質の湖なんかより、ストラクチャーにピッタリとくっついている事が多い」
「へえ〜!」
「それに、あの杭が立っているポイントは、水底が他の場所よりも硬いハードボトムになっていてウィード(水草)が生えるのに絶好のポイントなんだ。ウィードが生えているという事は、そのポイントの水中の酸素が豊富でバスが過ごしやすい環境になる」
「そうなのか! 水の中で息が苦しいのはイヤだもんな。窒息しちゃうよ」
タカシはウンウンと頷いた。
「まあ、バスはタカシ君と違ってエラ呼吸だから、基本的に水中でしか呼吸しないんだけどね」
「え!? そうなの!?」
「うん。そうだよ」
「............それぐらい、知ってたケドね! うん、バスはエラ呼吸だからな! ハハハハ!」
タカシは明らかに強がっている。
「本当かな? 知らないように見えたけど。まあいいや。つまり、目に見える範囲には数本の杭しかないが、水中では3つのストラクチャーが複合するナイスなポイントという事になるね。そして、バス釣りをする上では、このような色々なストラクチャーが複合するポイントを見つける事が、非常に重要になってくる」
「そうか! だから大介さんも、芦ナ湖で釣る時に流れ込みと他のストラクチャーがある場所をポイントに選んだのか!」
「そうなるね。でも、それだけじゃない。ストラクチャーの複合するポイントだけでは、確実にバスがいるとは言えないんだ」
「え!? どう言うこと!?」
「大介のポイント選択は、その日その時間の湖の状況を踏まえて選ぶんだ。つまり、いいポイントを見つける力と常に状況の変わる自然を読む力の二つが必要になってくる」
「自然を読む力?」
タカシは首をかしげた。
「そう。僕達は強大な自然の力には逆らえない。芦ナ湖に降った急な大雨で、水に濁りが入ってしまったのもいいお手本だね。今から釣ろうとしているブラックバスもその自然の中の一部。自然を読む力を身につければ、おのずとバスがいるであろう場所も推測できるようになる!」
「待ってくれよ! そんなのどうすれば......」
するとカナモは、ニヤッと笑った。
「僕の釣りを見れば、その意味がわかるさ」
笑ってはいるが、カナモの目は真剣そのものだった。
その目を見てタカシは、トーナメントでの大介や川藤を思い出していたのだった。




