7話 モンスターとの初戦闘
俺は一人茂みから飛び出した。
その途端、騒いでいたゴブチンたちがこちらを向き、素早く武器を取りカシコイゴブチンとマホウツカイゴブチンを守るように並んだ。
祭りの途中だったから支度できるまで待ってやろうと思ってたけど、いらない心配だったか。とりあえずここは距離をとって相手の出方を待とう。
数秒間のにらみ合いが続き、カシコイゴブチンの雄叫びとともに戦いが始まった。
「グォォオォォォォォオオォォ!」
「「「ギィィィィイィイィィィイ!」」」
3体のゴブチンが飛び出した。こっちに向かって走ってくる。
俺は腕まくりを外し、片手剣のグリップを握り、来るのを待った。ゴブチンの持っている武器はナイフと石で出来たハンマーみたいな物だ。
「思ったより走るの早いんだな」
3体のゴブチンはそのまま直進してくる。
「やっぱ、この程度だよな————」
俺は3体が攻撃に入ろうとした直前に地面を蹴り、ゴブチンたちの頭上をくるりとと飛び越え、着地と同時に片手剣を引き抜き背後からなぎ払うように切りつけた。
シュヴァルツルースは相変わらずの切れ味で、3体まとめて難なく真っ二つにした。
「「「ギギィッ……」」」
ゴブチンたちは短い断末魔とともに地面に崩れ落ちた。
すると突然、ゴブチンたちが光りだし、端から崩れ始めた。その破片はすぐに砂のように細かい粉となり、風と共に空にキラキラと消えていった。
後には武器しか残らず、肉片から血まで全部消えてしまった。
「ゲームかよ……」
どうやらこの世界のモンスターは死ぬと跡形もなく消えてしまうらしい。
死体を見る趣味はないから消えてくれるのはありがたいんだが、なんか想像してたのと違うな……。
「グォォォォオォオオォオォオォオオ!」
カシコイゴブチンが顔を少し赤らめて叫んでいる。
怒ったのかな? モンスターの怒ってるところは初めて見たけど、人間みたいに怒ると顔赤くなるんだな。そこらへんは生きてるって思えるな。
そして、それと同時に10体ぐらいのゴブチンが飛び出した。
「「「「「「「「「「ギギィィイイィイィィィィィィイイイ!」」」」」」」」」」
こんな数いるとキモいな……それにうるさい…………。
こっちに向かってくるゴブチンの中でナイフを持った奴が3体先攻してくる。1体はまっすぐ俺に向かってきて、2体は跳んで上から向かってきた。
さっきの俺の動きから学習したつもりなのかな?
俺は雑魚達のいかにもな行動を鼻で笑い迎撃の準備をする。
「これだからやりやすい!」
「「「ギイィィィィィイ!」」」
俺はノーモーションからの超加速、正面の俺が向かってくるとは思っていなかったバカを通りすがりに真っ二つにした。加速の勢いを殺さず右足をつき、そこを支点に素早く振り返り、さっきまで俺がいたところに着地したバカ2体の背中を斬りつけた。
「はっ!」
「「「ギィイイ……」」」
3体は短い悲鳴を上げて消えていった。
さっき跳んだからって次も跳ぶなんて誰もいってないのにあんな動きして……やっぱこいつら殺りやすいな。
続けて5体向かってきた。
2体が上でナイフ、3体が正面でハンマー×2と短めの片手剣×1か……。
「フッ!」
俺は軽い助走の後に跳び上がり、ナイフを持ったゴブチンに斬りかかった。2体ともそれに気づき、ナイフを体の前に構えて防御の姿勢をとったが————
「「ギイィ!?」」
シュヴァルツルースの斬れ味は凄まじく、そのナイフもろとも2体のゴブチン体を切り裂いた。短く儚い断末魔が響いた。
さすがの切れ味だな……。武器ごと斬って吹き飛ばすつもりだったんだが、その武器を斬っちゃうって……。少しゴブチン達にも同情しちゃうな。
俺はそのまま下で待ち構えていた3体の中の片手剣の持っている奴の目の前に落ち、ついでにそいつを頭の先から一刀両断した。そして、隣でハンマーで殴ろうと大きく振りかぶっている2体のゴブチンの腹を半円を描くように引き裂いた。
「はあぁっ!」
「「ギイッ……」」
その後ろから来ていた2体は、持っていた片手剣をシュヴァルツルースで弾き、体勢を崩したところを斬りつけた。ゴブチンの2郡目が走り出してわずか20秒——俺の周りにモンスターの影はなく、キラキラと輝く粉が風に流され舞っている。
「はぁ、手応えないな……」
何がしたいか見え見えなうえに、反応が遅いから簡単に倒せるな。例のように消えていった死体の後にはやっぱり何も残ってないか————あれ? 消えた後に武器以外の物がなんか落ちてる?
手に取ってみてみると、少し黄色がかったつやつやとしていた。形は先にいくにつれて細く、そして少し弧をえがいていた。
もしかしてゴブチンの牙……? ドロップアイテムか? おいおい、まじでゲームみたいだな。
他にも面白い物が落ちてないか下を向き、探していたら後ろの茂みから声がした。
「おい! アリサ! まえ! まえ!」
「まえ……?」
そうトイレさんに言われてゴブチン軍団の方を見ると火の玉が三つこっちに飛んできていた。
すぐに分かった。ファイヤボールだ。
しかもトイレさんの撃ったものよりかなり大きい。
そんな物が爆発すると考えると今からよけたところで無駄だということは分かった。
やばい、さすがになめすぎた。どうしようか。
何か方法がないかと迫る火の玉をながめていたら、急に火の玉の中心に一点極端に光る場所を見つけた。
なんだあれ? あそこを切ればいいのか? まぁ、何もしないよりはましか。
「フッ!」
俺はその火の玉に向かって跳び上がり、シュヴァルツルースで光ってる場所を切った。
「はっ! はっ! せいやーっ!」
黒い3本の斬撃が異色の輝きを放つ3つの点を捕らえた。
火の玉は切られたものから蒸発するように消えていった。
俺は地面に剣を背中の鞘に収めながら着地した。ゴブチン軍団がどよめいている。
なんかよく分からんけど無事だったな。魔法にも核みたいなのがあるのかな?
「なあ、トイ……オテアライ、魔法って切れるのかー?」
「なわけないだろ! 魔法で弾いたり魔力込めて切ったりすれば防げるけどただの剣で切った奴なんて初めて見たよ!」
「でもこの剣よく切れるよ?」
「そういう問題じゃねー! だいたいどうやったんだよ!」
「え? なんか光ってた!」
「なんだよそれ! もしかしてそれもスキルか?」
「あー!」
「何でおまえが驚いてんだよ……」
そんなこと言われても、自分だって意識してやってたわけじゃない。ただ見えただけだ。
見える! ってのはこういうことだったのかな? まぁ、魔法を防げたからいっか。ゴブチン軍団は今のやつでひるんでるみたいだな。こいつら、やっと自分らの立場を理解したのかな? さっきまでの積極性がなさそうなんで今度は俺から行きますか。
俺はゴブチン軍団をめがけて走り出した。
「おらおら! 行くぞー!」
「グオォォォォオォオォオォオオオオオ!」
カシコイゴブチンの雄叫びとともにゴブチンたちは全員走り出して、今度は電気のボールみたいな魔法が五つ飛んできた。
「おお! 電気ボールは速いねー。だけど————はっ! ふふふっ! はあぁっ!」
ファイヤボールと比べるとかなりの速さで飛んできた電気ボールは、さっきと同様に光る点が見えて難なく消すことが出来た。正面からは作戦も何もなくただゴブチンが大量に向かってきていた。
これなら無理矢理に突破してうざい魔法使いさんをたたいた方が良さそうだな。
「おらおら! どけどけー! ——はっ! ふっ! はあぁぁ!」
「「「ギィー……」」」
「ふっ! そい! せいやーっ!」
「「「「「ギギイィイィ……」」」」」
向かってくるゴブチンはみんないちいち振りかぶるので、そこを狙ってすれ違い際に斬りながら走り抜けた。断末魔が後ろに流れていく。
「「ギイィィィ……」」
「はあーっ!」
「「ギィー……」」
「よし抜けた!」
ゴブチンの中を走り抜けると、そこには俺と同じぐらいの大きさの石のハンマーを持ったカシコイゴブチンがいて、その隣に杖を持ったそいつはいた。
「グオォォォオオォオォオオオオ!」
雄叫びとともにデカ物がハンマーを俺めがけて振り下ろした。見た目通りのスローなモーション。
遅いな……。どこが賢いんだか……。
俺はそのハンマーを横に飛んで避けて、振り下ろした反動で固まっているデカ物を横腹から斬った。
「はっ!」
「グオォ!?」
横腹から二つにされたでかいだけのゴブチンはあっけなく倒れ、光って消えた。
この程度で賢いだなんて名乗らないで欲しいな……。
隣にいた杖を持った奴も、うろたえながらも魔法を撃とうとしている。
「させねぇーよ!」
「ガッ!」
俺に杖を向けて何かやろうとしたところを右手に持っていた剣が捕らえた。
よし、これで魔法撃つ奴もバカな指揮官も消えたわけだ。他の奴らはどうするんだろうか?
そう思い振り返った。10体ほど残ったゴブチンたちはこっちを見てギイギイうなってる。
「うるさいな……。おまえらどうするんだ?」
「「「「「「「「「「ギイィィ……ギギイィ……」」」」」」」」」」
勿論、返事など返ってくるはずもない。
「戦うの? 逃げるの?」
「「「「「「「「「「ギギイィ……」」」」」」」」」」
「どうしよう……」
せめて、なんでもいいから何かして欲しい。
戦う気がないなら逃げてくれればいいのに逃げない、かといって向かってくるわけでもない。
なるほど、カシコイゴブチンの存在価値が初めて分かった気がする……。試しに歩いてみるか。
俺はゴブチンたちに向かって一歩踏み出した。
「「「「「「「「「「ギイィィィ!」」」」」」」」」」
「え?」
急に狂ったように叫びこちらに向かって走ってきた。
何だったんだ? 一歩進んだだけだぞ? 分からない。こいつらの行動原理が全く理解できない。さっき言った言葉を訂正させて貰おう。
カシコイゴブチン! おまえはやっぱり賢いよ!
「ほい!」
「「「「ギイィィ!」」」」
「よいしょっ!」
「「「ギギィイイ!」」」
「あー、騒がしい騒がしい! おまえらもっと静かに出来ないのっ……と!」
「「「ギイィィ!」」」
向かってきたゴブチンは特に何がしたいのかよく分からず、ただ走ってきたのですべて瞬殺だった。
確かに、このゴブチンから考えるとあのデカ物と魔法やろうがいるだけでめっちゃ強くなった気がするな……。
まぁ、何はともあれ久しぶりに楽しく動けたな。
「アリサー! お疲れー!」
「どうも」
「おまえあんなに動けたのか?」
「だから言ったろ? あれぐらいいけるって」
「いやー、モンスターと戦ったことないって言ってたからもっと動けないかと」
「人とならいっぱい戦ってんだよ」
「え……もしかしてヒットマンとか?」
「物騒なこと言うな! 武器使ったのも今日が初めてだよ!」
「まぁ、そんなことする奴には見えないな」
「だろ?」
「うん————ところでさ、こいつらから落ちたアイテム貰ってもいい?」
「え? あぁ、あれか。いいよいいよ。道案内もしてくれたし!」
「サンキュー! じゃあこれ貰うねー!」
そういってトイレさんは何かが入った布の袋を腰に付けていたポーチに入れた。
いつの間に……。さすが本業が泥棒なだけあるな……。
「そういやアリサ、おまえ結局魔法使わなかったな」
「あー! 忘れてた!」
というか、魔法を使わないといけなくなるような場面が無かったよな……。ファイヤボールの時はまずかったけど、俺のではどうせ威力負けしてたしな。
「撃たないと魔力上がらないぞ?」
「ほんとじゃん! あ、そうだ! おまえ的になれ!」
「は?」
「ほら、いくぞー!」
「え、ちょ、待って!」
「はっ!」
「うわっ! ちょい! 当たる!」
「まだまだ行くぞー! ほいっ!」
「いやっ! 危ないって!」
「ほら次ー!」
「勘弁してー!」
まだ元気の有り余っていた俺は、トイレさんにお礼を込めて嫌がらせをしながら湖を後にした。
◇◆◇◆TO BE CONTINUED◇◆◇◆