私、あんたの彼氏と寝たんだけどさぁ…
凪沙「カグヤ、私ニートと寝た」
カグヤ「え?」
ある日のお昼休み、教室でカグヤと向かい合わせで食事を取っていた私は突然のカミングアウトをカグヤにぶちまけた。
凪沙「誤解がないように言っておくけど、本当にただ寝ただけでそれ以上のことは何もないから」
カグヤ「なんだ、そういうことか」
事の真相を聞いてカグヤは安心したようにそんなことを口にした。
凪沙「『なんだ』じゃないでしょ?彼氏が他の女と一緒に寝てんだよ?もっとなんかないの?」
カグヤ「まさか。二人に限って何かあるわけないじゃん」
彼氏が他の女と寝ているのにも関わらずカグヤは笑っていた。…これが正妻の余裕ってやつか。
カグヤ「どうせベットが一つしかないから寝床の奪い合いでもしてたんでしょ?」
凪沙「流石は正妻…指摘が鋭い」
カグヤ「むしろ今まで凪沙はあの薄い本が散乱した部屋のどこで寝てたの?」
凪沙「椅子の上だけど?」
カグヤ「…え?じゃあ凪沙ってこの数ヶ月間ずっと椅子で寝てたってこと?」
凪沙「そうだけど?」
今更な事実を知らされたカグヤは私の目から見ても引いているのが分かった。
カグヤ「今まで辛かったんだね、凪沙。もう一人で無理に背負わなくても良いんだよ?」
なぜかカグヤは涙を流しながら私の肩をポンポンと叩いていた。
凪沙「まぁ、椅子の上で寝落ちするのはもともと日常的なことだったんだけど…最近はちょっと寒くなって来たから椅子の上だと厳しいんだよね」
カグヤ「暖房でも入れたら?」
凪沙「床に散乱した私の宝物に引火しそうで怖い」
カグヤ「…まぁ、確かに凪沙の部屋は火気厳禁だけど…もう一個床に布団を敷いたら?」
凪沙「そんなスペースがあるわけないだろ?」
カグヤ「じゃあ部屋を片付けたら?」
凪沙「何を言っている?私の部屋はすでに片付いているんだ。ただ、足の踏み場もないだけなんだ」
カグヤ「…アレで片付いてる状態なんだね。じゃあ部屋の外に布団を敷けばいいんじゃない?」
凪沙「…まぁ、そうなんだけどさ…ニートのために私がわざわざ部屋を開けるのって屈辱じゃない?」
カグヤ「…確かにこれで凪沙が部屋から出ちゃったらあの部屋は完全にレンジの牙城になるね」
凪沙「最後の砦は守らなければな」
カグヤ「…というか、凪沙の両親はレンジが凪沙の部屋に一緒に住んでるのはどう思ってるの?」
凪沙「それに関してなんだけどな…最初の方はお父さんもいろいろ反対してたんだけど…最近じゃもう既にニートに牙を抜かれて懐柔されてる」
カグヤ「…流石はレンジだね」
凪沙「ほんとだよ…まったく、恐ろしい男だ」
カグヤ「でもさ、そうは言いつつなんやかんやで凪沙も…」
ここでカグヤは何かを言いかけたが、ハッとなにかに気が付いたのか、いきなり黙ってしまった。
凪沙「…私も?なに?」
カグヤ「ううん、なんでもない」
その時カグヤは一瞬、何かを隠すように笑ってみせたが、私はそれ以上追求することはなかった。
凪沙「っていうかさ、カグヤがニートを引き取れば万事解決すると思うんだけど?」
カグヤ「うーん…もちろん私はいいんだけど…多分レンジは凪沙の隣が気に入ってるから、凪沙が嫌じゃないなら…凪沙の側に置いといてあげて欲しい」
凪沙「…まぁ、カグヤがそう言うならいいんだけどさ…」
カグヤ「あはは、ごめんね。厄介者を押し付けるようでさ」
そう言ってカグヤはまた笑ってみせたが私はどうも腑に落ちなかった。普通のカップルならこんな笑って他の女に自分の彼氏を炊くせるのだろうか?。
カグヤはよほどニートのことを信用しているのか…いや、待て待て、あの男のなにを信用しろというのか?。屑っぷりくらいしか信用できないだろ。
だったらなんでカグヤはそんな平気そうなんだ?。…もしかして、本当はニートのことがどうでもいいのか?。
凪沙「…ちょっと確認したいんだけど…カグヤってニートのこと本当に好きなの?」
好奇心が湧いた私は興味本位でそんなことを聞いてしまった。
そんな私の質問を受けたカグヤは一瞬間を開けた後、目を伏せて顔を真っ赤にしながら小さな声で恥ずかしげにこんなことを呟いた。
カグヤ「そりゃあ……
……大好きだよ」
凪沙「…なにこの子?めっちゃ可愛いやん」
カグヤが見せたありったけの乙女の顔に不覚にも私は萌えてしまった。
しかし、そこまで好きならばカグヤのニートに対する寛容さが余計に分からない。
…まぁ、でも一応2人は幼馴染な訳だし、深い信頼で結ばれているのだろう。
とりあえず私はそういう結論で納得することにした。
なにがともあれ、ニートの彼女からは一緒に寝ても良い許可は貰ったことだし、今度一緒に寝ることがあっても後ろめたいことは無くなるだろう。
…それにそもそも、私達に限って何かあるわけないのだ。なんにしても、これは私の気にし過ぎということなのだろう。
そう、何も気にする必要はないのだ。
だったら…
だったらどうして私は、これからもニートが隣にいることを恐れてしまっているのだろうか。
私がこの理由に気が付いてしまうのは…そう遠くない話。
そしてその時、この物語は本当の意味で幕を開けるのだ。
おまけ
凪沙がその理由に気がつくのはそう遠くない話…だといいなぁ。ほんと、この一線を越えないと書きたいことが書きたいことが描けないから困る。
あと、凪沙とカグヤの会話の中で二人とも『ニートをベットから退かす』という考えが出ていない時点で既にニートにかなり深くまで寄生されていることに凪沙は気がついていないのである。