さすかさされるか
凪沙「…おはようございます」
係長「おはよう」
犯罪者「おはよう」
この日の早朝、トラックに乗って私の家にやって来たのは係長こと小坂慎太郎。それと犯罪者こと鬼塚ケイであった。
彼らもアパレル達と同様、以前にニートとともに島でデスゲームをしたデスゲ仲間である。
犯罪者「今日もちゃっちゃと終わらそうや」
凪沙「それもそうだね。それじゃあ、今日もよろしくお願いします」
今日は、兎歩町にMr.Xが描いた新作BLエロ同人を町に腐法投棄する日である。Mr.Xの正体は一般人には秘密なので、Mr.Xが描いたBLエロ同人の製作元が割り出されないようにするため、人のいない早朝を狙って町のいたるところに腐法投棄するというめんどくさい方法を取っているのである。
凪沙「今日も朝はやくからお疲れ様です」
犯罪者「全くだ。…なにが悲しくてこんな朝からBLエロ同人を町にばらまかなきゃならんのか…」
係長「これも必要なことだから、我慢して配っちゃおうよ」
こうして、今日も腐法投棄が始まった。
町の路地裏や橋の下など、探そうと思わなければ見つからないような場所に隠し回る。
そして、私は腐法投棄する一冊一冊に手を合わせてお辞儀をしていく。
犯罪者「…いちいち一冊一冊にお辞儀をするのか?」
凪沙「そりゃあ私の愛が詰まっているからね。私の心境は巣立ちを見守る母鳥さ」
犯罪者「聞こえはいいが、やってることはいらなくなったエロ本を河原に捨てに来るおっさんと変わんないからな」
係長「でも凄いよね。今や大人気だもんね、Mr.XのBL」
犯罪者「この町じゃネットも使えないし、目新しい嗜好品も外から流れてこないからな。娯楽に飢えたこの町の住人にはMr.XのBLがより魅力的に見えるんだろ」
係長「なるほど、そういうカラクリがあったのか」
運転席でそんな世間話をしている二人を尻目に、私は大きなあくびをしていた。
係長「随分疲れているように見えるけど、大丈夫?」
凪沙「ちょっと寝不足でね。徹夜で原稿仕上げていたっていうのもあるんだけど、嫌な夢を見ちゃってさ、目覚めが悪いの」
犯罪者「嫌な夢?」
凪沙「いや…その…なんというか…この私とあろうものがニートごときに惚れてしまうという夢を見てしまって…」
犯罪者「それは…たいそうな悪夢だな」
凪沙「いや、ほんとただの悪夢だよ。なんの因果でニートなんぞに惚れにゃあかんのか…」
係長「そうだね」
凪沙「そもそもさ、あいつのどこに惚れろというのさ?。ワガママだし、デリカシーはないし、漫画を読む地蔵だし、たまには私にベッドで寝させてくれよ!!」
係長「…鬱憤が溜まってるみたいだね」
凪沙「あとこの前もさ、私の女子力を証明してやろうとちょっと可愛らしい格好したらさ、あいつなんて言ったと思う!?。私のオシャレを女装なんぞと言いやがったんだぞ!?。さすがに回し蹴り食らわしてやったわ!!」
犯罪者「まぁ、それは殴っていいわな」
凪沙「っていうか!!お願いだから一回でいいから『ありがとう』って言えよな!!」
係長「荒れてるね…」
その後、数十分にも渡り、凪沙が不満を漏らしていると、BLを腐法投棄するのに良さげな場所に差し掛かったので、凪沙は車から降りていった。
係長「…どう思う?」
凪沙が車から離れるのを確認した係長は犯罪者に小さな声でそう話しかけてきた。
犯罪者「なにがだ?」
係長「いや、その…嫌よ嫌よもなんとやらって言うし…」
犯罪者「…夢に出て来るっていうのもかなりのことだよな」
係長「凪沙、気がついてるのかな…今日、ニートの話しかしてないこと…」
犯罪者「まぁ、いいことじゃないか。特に腐りきった凪沙が誰かに恋するなら、喜ばしいことだろ」
係長「そうなんだけどさ…相手が相手だから…」
犯罪者「年頃の男女だからな、失恋なんてよくあることだろ」
係長「いや、ニートの場合さ…まずデリカシーがないじゃん?」
犯罪者「そうだな、あいつクズだからな」
係長「おまけに彼女には優しいくせに、凪沙にはまったく優しくないじゃん?」
犯罪者「そうだな、あいつクズだからな」
係長「そうなると、嫉妬っていうわけじゃないけど…凪沙にはそれがかなりのストレスになると思うんだよね…。近くにいる分、ニートのデリカシーの無さが浮き彫りになって、そうとう鬱憤が溜まると思うんだよね」
犯罪者「そうだな、あいつクズだからな」
係長「だから…その…刺されたりしないかな?ニート」
犯罪者「………」
係長「………」
係長の危惧に思わず二人は言葉を失ってしまった。
犯罪者「…だ、大丈夫だろ。凪沙に限ってそんなことは…」
係長「いや、分かんないよ。恋が人を狂わすところを僕は何度も見てきたし…」
犯罪者「いや、でも…。そっか…ニートだもんな…あいつ刺されそう」
係長「僕たち大人がしっかり見てあげないとね」
犯罪者「どちらにせよ、凪沙は不憫だな…」
二人がそんな話をしているとBLを腐法投棄し終えた凪沙が車に戻ってきた。
凪沙「それでさ、ニートのやつさ、やっぱりもう一発くらい殴っておいた方がいいと思うんだけどさ…」
係長「凪沙」
凪沙「ん?」
戻って来るなり不満をこぼす凪沙に係長は優しく諭すようにこう語りかけた。
係長「ニートを刺したくなったら、まず僕たちに相談するんだよ」
凪沙「誰もそこまで言ってないよね!?」
犯罪者「いや、分からんぞ?いまに刺したくなるかもしれないし…」
凪沙「さすがにそこまでは…」
係長「恋は盲目って言うしね…どうなることやら…」
凪沙「いや、なんでそこで恋が出て来るのさ?」
犯罪者「気にするな」
凪沙「…もしかして、私がニートのことが好きだとでも思ってるの?。言っておくけど、さすがにそれはないよ」
係長「そうなの?」
凪沙「あいつのどこを好きになれと言うのさ?。確かにいいところが無きにしも非ずと言っておくけど、それが霞むくらいのクズだからね、ニートは」
犯罪者「それはそうなんだけどな。…恋愛において悪いところが必ずしも悪く働くわけでもないしな」
係長「恋心っていうのは複雑だからね」
凪沙「っていうか、カグヤっていう可愛い彼女がいるようなやつを好きになっても悲しいだけしょ。どう考えてもそれは見える地雷だよ」
犯罪者「地雷と知りつつも踏み込まなければならないなんてことの無いようにな」
凪沙「心配ご無用。私は恋愛に関しては見る専門だから」
係長「どちらにしても、一度その辺をはっきりさせておいた方がいいよ。後になればなるほど凪沙が苦しむだけだからさ」
凪沙「いや、だから大丈夫だって…」
と、口では言いつつもどこかで不安を感じる凪沙であったとさ。