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大人はみんな
大人はみんな、ちょっとだけずるい。
君が見たいもの、内ポケットに全部隠してる。
どうしても塞がらない傷を、覆っていたガアゼのハンカチ。
真夜中の泣き声を聞いて、落ちてきた流れ星の欠片。
渡せなかったラブレターの、最初の一文字を書いた紙片。
君には見せない。
心の柔らかい場所。
大人はみんな、ちょっとだけずるい。
君が知らないこと、靴の裏にそっと踏みつけてる。
時間をかけて読みあさった、世界中の書棚の栞。
研ぎ澄まされた指先で、翻す銀のフォーク。
深く潜る思考の海に、七色の魚が泳いでいる。
君には教えない。
ぜんぶ、時間の澱で出来ていること。
大人たちは知ってる。
幸せを作るため、幾つも重ねた明けない夜があること。
大人はみんな、その夜を越えてきたから。
お互いの顔をちらりと見て、夜を越えた人だけを見分ける。
今夜、闇の中で、君は手探りで道を探している。
閉ざされた世界に怯える君の手を、引いてあげたいけれど。
でも、大人はみんな、ちょっとだけずるい。
君が自分で道を見付けるのを、黙って待っている。
君が思っている場所よりも。
多分、ちょっとだけ君に近いところで。